10.魔力の使い方
「セカイ。体の調子はどうだ?」
ゴブリンとの戦闘から1ヶ月後、父さんは俺にそう尋ねてきた。
この一月でジーク、シンシアの二人を父さん、母さんと呼ぶのにもだいぶ慣れてきた。
「まあ、失った血液も元に戻ってきたし、多分前と同じくらいには動いても大丈夫だとは思うけど」
俺は朝食として出された、村の野菜を煮込んだスープに硬いパンを浸して食べながら答えた。
ミアは苦手な野菜があったのか、とても嫌そうな顔をしながら緑色の野菜を一か所に集めていた。
そのままだと母さんに怒られるぞ、と思いながら観察していたが、それはミアも承知していたようで、一纏めにしていた野菜を一口で一気に口に含んでいた。
一瞬、吐きそうな顔をしており、せっかくの美少女が見る影もないな、と思い、俺は笑みがこぼれてしまった。
「でも、何でいきなりそんなことを?」
俺はミアから目を離して父さんに向き直る。
「お前、ゴブリンを倒したときに魔力が目覚めただろ」
「うん」
それで?
「いや、今日は村の周辺にあまり危険な魔物もいないようだし、魔力の扱い方を見てやろうかと思ってな」
「本当!?」
俺は思わず大声になってしまい、席をガタンと鳴らして立ち上がる。
瞬間、母さんが俺の頭をパアンと叩き、その勢いで俺は再び席についてしまう。
「食事中は立ち上がらないの」
「ごめんなさい」
今のは俺が全面的に悪いので素直に謝る。
しかし、我ながら良い頭の音だ。まるで中身が入っていないみたいではないか。
父さんは俺と母さんのやり取りを見て苦笑いをしていた。ミアはと言うと、自分は叩かれないようにとお行儀よく食事を続け、母さんの方をちらちらと盗み見ている。
母は強し、ってことだろう。
「ま、まあ取りあえずさっき言ったことは本当だ。嘘をつく理由も無いしな。食事が終わったらセカイとミアはいつもの広場に集合だ」
あれ、ミアも?
ミアの様子を見てみると、本人も分かっていないようで疑問符を頭の上に浮かべていた。
俺は不思議に思ったが、後で聞けば良いかと思い、再びスープでふやけたパンを口に含み始めた。
父さんはそう締めくくり、食卓にはいつも通りの団欒の時間が流れた。
◇◇◇◇
父さんは持っていくものがあるから先に行っててくれと言われて、俺とミアは一足先に広場にたどり着く。
「なあ、何でミアも呼ばれたんだ?」
「ん? 分からないけど、私にも魔力の扱い方を覚えさせたいとか?」
なるほど。
また前回のような状況になってしまった時、魔力が扱えるのと扱えないのとではその生存率に雲泥の差ができるだろう。
もっとも、そんな状況に二度とさせないと父さんは思っているだろうけど。
保険、というやつなのだろう。
「ミアは魔力が使えるのか?」
「ん~~。 使えないけど、お兄ちゃんが使って見せてよ。もしかしたらそれで分かるかもしれないし」
そういうものなのか?
「じゃあ、ちょっと俺から離れて……、そう、そのぐらい、じゃ、いくぞ」
俺はミアが自分から十分に離れたのを確認してから、精神を集中させる。
あの時の感覚を思い出せ。
あの時俺は、心臓から力が全身に巡る感覚を覚えた。
心臓に意識を集中して……。
…………あった。
俺は心臓に確かに熱い何かが滞っている感覚を掴んだ。
あとはこれを流すために、栓を外す。
栓が決壊する感覚と共に、熱い魔力が全身を駆け巡った。
ボオッ!
と、勢いよく俺の体から赤いオーラが噴出し、全身を包み込む。
同時に、身体能力が向上している感覚を感じた。
「こんな感じなんだけど、どうだ? 何か分かった?」
「全然」
即答だった。
「な、なにが分からなかった?」
「いやお兄ちゃん、ただ私の目の前で目を瞑っていただけだったから。 あれで分かれっていう方が無理だよ」
正論過ぎてぐうの音も出ない。
「そ、そうか。こう、あれだ。心臓から魔力を引き出す感じなんだよ」
俺が必死でミアに伝えようとしていると、後ろに突然気配を感じ、反射的に後ろに蹴りを放つ。
パシンと軽々しく俺の蹴りを受け止めたのは、父さんだった。
背中には丸太をこれでもかと積んできている。
いったい何に使うんだろうか?
「何で後ろに立ってるのさ父さん」
「いや、驚かせてやろうと思って」
心臓に悪いから止めてください。
と言うか、一応強化した状態の蹴りなのに、何事もなかったかのように受け止められたな。なんだか少しショックだ。
「しかし、ふ~~む。そんな感じか」
父さんは俺の姿を見て、何やら訳知り顔をしている。
「そんな感じって?」
「端的に言ってしまえば、魔力の使い方に無駄がありすぎるな。後発動遅すぎ。それだと実戦じゃ使えないだろう」
確かに、このままでは実戦で発動前に殺されてしまう。
「じゃあ、どうすれば良い?」
「魔力の発動速度に関して言えば、慣れるしか方法はない。暇な時に魔力を引き出していれば、いつかは呼吸するようにできるようになるさ」
思ったよりも単純な方法で少し拍子抜けしてしまったが、当然と言えば当然のことか。
「じゃあ、魔力の無駄に関しては?」
「それは口で説明するよりも、実際に無駄を体験させてやる」
父さんはそう言って、腰にぶら下げていた袋から細かな石をザラザラと出し始めた。
ミアは父さんの方へ近寄り、
「何で石なの?」
と疑問を口にする。
「ま、ちょっと待ってな。 セカイ、ちょっと目を瞑れ」
「え? まあいいけど」
俺は素直に目を瞑るが、何をするのかが未だによく分かっていない。
「今お前は魔力が触れている範囲内の情報を感じているはずだ」
「そうだね」
確かに、目を瞑った状態でも体周辺の探知はできている。
「その魔力の範囲をできる限り広げてみろ」
魔力の範囲を広げる?
俺は全力で全身から魔力を噴出させ、その範囲を広げていく。
「ぐ、ううううぅぅ……っ!」
これは……、想像以上にキツイっ!
体感で、恐らく体の周囲の5m程まで広がったと思う。
ゴブリン戦の時は目を潰されそうになった一瞬のみ爆発的に広げたため、そこまで負荷がかかっていなかったが、その状態を常に維持しようとすると途端に体が悲鳴を上げているのが分かる。
「お兄ちゃん、真っ赤っかになってるね……」
ミアのそんな呟きが耳に入ってくる。
真っ赤っか?
今の俺はそんなことになっているのか。
目を瞑っている状態であるため、自身の様子を見ることができないが、赤いオーラがだだ漏れになっている状態なのだろう。
「よし、その辺でいいだろう。 セカイ、今から俺はこの掌にある石粒をまとめてお前の探知範囲内に投げつける。 そして、その個数を正確に答えてみせろ」
あんな細かい石粒の個数を当てろって?
「いやいやいや、そんなの無理に決ま「そら!」」
俺の言葉にかぶせるように、父さんは石の粒を投擲してきた。
ああ、もうやるしかない!
投擲された石粒は俺の魔力範囲内へと侵入してくる。
俺はその石粒の数を数えようとするが――
「あれ?」
――ほとんど粒の数を数えることができずに、探知範囲内を出て行ってしまう。
「どうだ?」
そう聞かれ、俺は正直に答える。
「なんだか、粒の一つ一つが識別できなかった。多分、近すぎる粒同士の探知が重なっていたんだと思う」
俺の言葉を聞いて、父さんは真剣そうな顔で頷く。
「ま、そういうことだ。魔力の操作が雑すぎて、探知がボケているんだ。もっとはっきりと探知したいなら、均等に、薄く広げてみることが大事なんだよ」
薄く広げる……か。
俺は言われた通りに薄くしてみようとする。
「ぐううううぅぅぅ」
一向に魔力が薄く延ばされる気配はない。
そう簡単にはいかないようだ。
「そう簡単にはいかないだろう。今のお前は新しい感覚器官を一つ手に入れたばかりの状態だからな」
そうか、生まれたばかりの子供が自身の機能を十全に生かせないように、俺の魔力もまた、生まれたばかりということなのだろう。
「上手く魔力を薄く、広く、均等に展開できるようになれば、俺のように常に周囲の様子を把握することができる」
そう言われて気が付いたが、確かに父さんは常に探知魔術を使っているにも関わらず、その魔力は俺のように周囲にあふれ出してはいない。
多分、目視できないくらいに薄く魔力を広げているはずだ。
「探知魔術に関してはこんなところだな」
父さんはもう魔力を広げなくて良いぞ、と言いながら丸太を一本俺の目の前に置いた。
「今度は何をするんだ?」
「別な方法で魔力の扱いの雑さを体験してもらう」
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