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9.人の温もり

 目を覚ますと、いつものベッドに寝かされていた。


「知っている天井だ」


 俺は特に意味のないことを呟き、右手が何やら不自然に温かいことに気が付く。

 体を起こさずに、顔だけで右側を向いてみると、白金色の髪を持つ少女が俺の手を握っていた。

 窓から洩れる太陽の光を浴びて、少女の髪はきらきらと輝いている。絵画をそのまま現実に持ち込んできたみたいな、美しい光景に俺はつい呆けてしまった。


「ミア……?」


 自分で見たものが現実かどうか信じられず、思わず疑問形になってしまう。

 すー、すー、と静かな寝息を立てながら、彼女はベッドに頭を乗せて寝ていた。

 起こしたら可哀そうだなと考え、起こさないように慎重にベッドから抜け出そうと起き上がる。

 しかし、眠りが浅かったようで、彼女は俺が上半身を起こしたところで目を覚ましてしまった。

 ぱちくり、目を瞬かせ、こちらをじっと見つめてくる。


「えっと、俺の顔に何か付いてる?」


 俺の声にびくっと肩を跳ね上げ、何か言おうとしているのか口をパクパクとさせていた。

 しかし言葉が出てこなかったようで、彼女は俺を握っていた手を離し、パタパタと可愛らしい音を鳴らして部屋から出ていってしまった。


「何だったんだ?」


 ミアの行動は良く分からなかったが、この家にいるということは俺はまた助けられたのだろう。

 …………ちくしょう。

 生きていた喜びよりも、自身がまた助けられたという事実からくる情けなさが、俺の心を蝕んでいた。

 無意識に手に力が入り、シーツをギュッと握りしめる。

 このままだと、自責の念で頭がおかしくなりそうに感じた俺は、深呼吸で少し気持ちを落ち着かせることにした。

 すうぅぅ、はあぁぁ。

 無心で幾度か繰り返し、酸素が脳内に供給されるにつれて、徐々に冷静さが取り戻されていくのを感じる。

 冷静になったところで、一つの違和感が残った。


「そういえば、腹が痛くない?」


 先ほど上半身を起こしたとき、不思議と痛みを感じなかった。

 服をまくり上げ、自分の腹を確認する。


「傷が、もう塞がっている?」


 刃物が刺さった箇所は既に修復され、その痕こそ残っているものの、傷の深さを考えれば完治と言って差し支えないような状態だった。


「これが、シンシアさんの治癒魔術ってやつか」


 思い返してみれば、俺が初めて助けられた時、俺は右太ももに刺し傷を負っていたはずだ。あの時は助けていただいたことに対する感謝と言葉が通じていないことによる焦りが考えの大部分を支配していて自身の体の状態にまで注意が回っていなかった。

 あの時も、シンシアが俺に治癒魔術を施してくれていたんだろう。

 ジークの探知魔術、シンシアの治癒魔術は魔力を用いていると聞いていたが、いまいち実感が伴わない知識として俺の中を漂っていた。

 だが今回、俺自身が魔力を発現させたことで、感覚的に、そういうこともできるのだろうな、と言う程度に認識を改めることができたようだ。

 探知術に関していえば、無意識にゴブリンに用いていたし。

 もっとも、範囲は非常に限定的なものだったが。

 俺が自身の変化について考えていると、複数人の足音が聞こえてきた。

 ジークとシンシア、そしてシンシアの後ろに隠れるように、ミアが部屋へと入ってきた。


「よう、目覚めの気分はどうだ?」


 ジークは部屋へと入ってくるなり、にこやかに笑いながらそんなことを聞いてきた。


「最悪の気分です」


 ジークは俺の答えが意外だったのか、一瞬面食らった顔をする。

 しかし俺の表情を見て何か察したのか、今度は穏やかな笑みを浮かべて、そうか、と言いながら俺の頭をポン、ポン、と優しく叩いた。

 ジークと交代するようにシンシアが俺に近づいてくる。

 彼女は何故か今にも泣きだしそうな顔をしていた。


「シン――」


 シンシアさん、何かあったんですか?

 そう聞こうとした俺の言葉は、彼女の抱擁でかき消されてしまった。

 彼女は、娘を助けてくれてありがとう、あなたも生きていて良かった、と言って、俺の体を力の限り抱きしめてくる。

 肩が暖かく湿る感覚が、何故か心地よく感じた。

 しばらくして落ち着いたのか、目を赤く腫らした状態で彼女はようやく抱擁を解いてくれた。

 ジークはこちらをじっと見据えて、頭を下げてくる。


「俺からも、ミアを助けてくれてありがとう。セカイがいなければ今頃どうなっていたことか。君には感謝してもしきれない」


 彼らに受けた恩を考えれば、俺がしたことは大したことではないけれど、それでも、俺を彼らが助けた意味がほんの少しはあったのかもしれない。

 そう思ったら、なんだか、心が温かくなるのを感じた。

 先ほどまでは自分への悔しさが生きていた喜びをかき消していたけれど、今は違う。

 生きて帰ってこれて、本当に良かった。


「セカイ、ミアもお礼を言いたいそうだ」


 ジークはそう言って、シンシアの後ろに隠れていたミアを引っ張り、俺の前へと連れてきた。

 ミアはもじもじと手を体の前ですり合わせていて、何度も最初の一言を発しようとしてはそれを引っ込めて、という行動をしていたが、やがて意を決したのか、とても大きな声で話し始めた。


「助けてくれてありがとう! 今まで冷たくしてごめんなさい!」


 ただそれだけの言葉が、彼女にとってはとても勇気のいる言葉で。

 ただそれだけの言葉が、俺にとっては何より嬉しい言葉だった。


「それで、あの……」


 あれ? まだ何かあるのか?

 ミアは以前もじもじとしたままで、と言うか、今度は顔まで赤くなっている。むしろ先ほどの言葉よりも言い難いことなのだろうか。


「……お兄ちゃんって、呼んでもいい?」


「お兄ちゃん……?」


 俺は自分で聞いたものが信じられず、唖然として聞き返してしまう。


「うん。あのね、私、今更何言ってんだって思われるかもしれないけど、セカイさんのことがもっと知りたい。それでね、まずは仲良くなるところから始めたくて。それで、えっと……」


「仲良くなるために、気さくに話しかけられる呼び名が欲しかったってこと?」


 俺の言葉に、彼女はこくんと頷く。

 お兄ちゃん、お兄ちゃんか。

 血の繋がりのない俺に対して、その呼び名は些か不適切な気がする。


「そうだな、えっと……」


 言い淀んでいる俺の様子を見て、ミアはあからさまにがっかりとした顔をする。

 ああ、まずい。

 そんな顔をさせたいわけじゃないのに。

 これは、もう受け入れるしかないのだろうか?

 俺は助けを求めるように、ジーク、シンシアの方へ視線を投げる。

 すると彼らは何やら微笑ましいものを見るような生暖かい目つきをしていた。

 あ、これは助ける気がないな。

 そう確信した俺は、ミアを悲しませないためにも――


「わ、分かった。お兄ちゃんって呼んでくれ……」


 ――彼女の提案を受け入れることにした。

 俺の言葉を聞いて、暗い顔から、ぱあ、と花が咲いたようにうれしそうな顔をするミア。

 ああ、この顔が見られたなら、このくらい安いもんだな。

 そう思っていた矢先、


「よし、ミアがセカイの妹なら俺はお父さんだな」


「じゃあ、私はお母さんかしら~」


 何故か悪乗りでミアに乗っかる両親に俺は我慢できずに突っ込む。


「いや、なんか話の流れがおかしいんですが!?」


「何もおかしくなんてないさ。セカイ、君は俺たちの家族だよ」


 おかしいだろう。

 俺はあなた達と血の繋がりなんてないんだぞ。

 血の繋がりもないのに、家族なんて呼べるものなのか?

 そんな俺の考えを見透かしたかのように、ジークは俺の目をまっすぐに見据えて答える。


「セカイ。君はどうやら、血の繋がりというものに家族という概念を押し込めているんだね。だからミアの提案に悩んだし、俺達のことを両親と考えられない。じゃあ、逆に聞くぞ、セカイ。俺とシンシアには血のつながりはないけれど、俺達は家族じゃないのか?」


「違います、それは絶対に違います。ジークさんとシンシアさんが深く愛し合っていることくらい、傍目に見ていても理解できる。 あなた達の間には愛情という繋がりがある」


 ああ、そうか。

 そういうことなのか。


 ジークは俺の言葉を聞いて、満足げに頷く。


「分かっているじゃないか。想いがあれば、人は家族になれる。俺たちは、君をとても大切に思っている。君は違うのか?」


 大切に思わないわけがない。

 彼らと共に暮らすことで、俺と言う存在は生き返ったのだから。

 そんな彼らが大切じゃないなんてことはありえない。


「大切に決まってます。分かり切ってるじゃないですか、そんなこと……」


「それじゃあ、今日から俺たちは家族だ。それでこの話はおしまい」


 ジークはパンパンと、手を叩き、話を打ち切る。

 家族、家族か……。

 地球にいたころ、俺には家族がいたのだろうか?

 不意に、そんな考えが浮かんできた。

 いや、それは今考えても仕方ないか。

 それよりも、今は彼らに、話さなければいけない大事なことがある。


「聞いて欲しい、ことがあります」


 俺は話した。

 自分がどこから来たのか。

 なぜ、この世界に来てしまったのかを。

 俺の話を、彼らは笑うことなく、真剣な表情で聞いてくれた。

 新しい家族を前に、俺は生き残ることができて良かった、と心の底から思った。


読んでいただきありがとうございます

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