31.狡猾な王子(ジェラルド視点)
あの時の衝撃を何と表現すれば良いのだろう。
その声を聞いただけで…私の身体の中を何かが走り抜けた。
妹の身体に現れた模様の謎を解明するために訪れた、西の森に住む魔女。
けれど現れた女性は魔女と呼ぶには似つかわしくない、華奢な身体と美しい声を持っていた。
まるで少女のような…いや、それは少女のものとしか思えなくて。
彼女を知りたい。その顔を見たい。…触れてみたい。
女性に対してここまで興味を抱いた事などなかった。
それは初めて覚えた欲望だった。
妹を奪った霊獣が彼女の素顔を先に見た事に、どうしようもないほどの嫉妬を覚え無理やりヴェールを外し。
現れたのは…数百年生きているというにはあまりにも儚げで美しい少女だった。
何故この少女が魔女と呼ばれるのか。
一体彼女は何者なのか。
その疑問は早くに———意外にも母の手によって解けた。
彼女はまさかの私と血の繋がった従姉妹で、呪いを受けて西の森に繋がれているのだという。
それでも構わないと思っていた。
その身が呪われていようとも、私はこの美しい少女が…フローラが欲しかった。
だがやがて彼女の隣に一人の男が寄り添うようになった。
フローラの前世だという、前の西の森の魔女の弟子だったこの魔導師は、彼女の呪いを解く研究をしているという。
飄々としているようで、フローラへの激しい執着を見せる男。
フローラも…私へは警戒心を抱いているのに、彼には心を開いているようだった。
二人の間に流れる空気は、そこに強い絆と愛情があるのだと嫌でも教えさせられる。
少しずつ、フローラから発せられる雰囲気が大人の女性のものになっていく事に、あの男の影を感じずにはいられなかった。
それでも諦められない私の心情を知っているのか、父から苦言を呈された。
…分かっている。自分の立場くらい。
私は将来の王として———相応しい相手を娶り、子を為さなければならない。
そしてその相手は、たとえ由緒ある公女であっても呪いを受けた彼女では…駄目なのだ。
だが諦められるはずもない。
彼女があの男のものになるのをただ見ているだけなど…。
だから、私は。
卑怯だと思いながらも…彼女の優しさと弱さに付け込む事にした。
元々の性質なのか、ほとんど人と関わらない生活を送っていたからか。
フローラは情に厚く、そして強く迫られると断りきれないようだった。
だから諦めるといいつつも、彼女への想いを正直にぶつけ———時には強引に彼女に触れ、自分の存在を彼女の中に深く刻みつける。
今は無理でも、いつか彼女を手に入れる事が出来る時が来るかもしれない。
———その時を逃さない為に。
自分がこんなにも執着深い人間だとは思わなかった。
…いや、相手が彼女だからかもしれない。
誰よりも美しく、愛しいフローラ。
彼女に囚われている私もまた…この甘い呪いにかかっているのだろう。




