22.視線
ラウルの調査はとても…地道だった。
あの邪神の石があるところまでいき、そこから少しずつ離れながら、杖を地面について何か呪文を唱えている。
私はただそれを眺めているだけなのだけれど…正直、暇だ。
ラウルはすごく集中しているから話しかける訳にもいかないし、手伝いも出来なさそう。
…これなら留守番していた方が良かったかな。
眠くなってきて、ついあくびが出てしまう。
———念の為にとヴェールをしてきて良かった。
ふいに視線を感じて私は振り返った。
何…いまの。
一瞬だったけれど———気のせいではなくはっきりと感じた。
「フローラ様」
ふいに耳元でラウルの声が響いた。
「ラウル…今」
「ずいぶんと…奇妙な気配だったな」
私を抱え込むとラウルは視線を周囲に走らせた。
「霊獣なのか魔物なのか…よく分からないのが不快だな」
ラウルにも分からないの?
「邪悪な感じはなかったけれど…」
怖い。そう思った。
「今までこの森で同じような気配を感じたことは?」
「———ないわ」
あんな嫌な視線、感じたことない。
ラウルは顎に手を当てしばらく思案していた。
「とりあえずこの周辺にはもういなそうだけど…帰る?」
「…調査は?」
「正直中途半端で今止めるのは惜しいけど、身の安全の方が大事だし…」
「じゃあ続けましょう?私が周囲に気を配るから。また感じたら次は逃げればいいわ」
「大丈夫?」
「ええ」
私は頷いた。
何だか家に戻っても…あまり変わらないような気がするのだ。
一通りの調査が終わるまであの視線を感じることはなかった。
「思ったより封印の範囲は狭そうだよ」
夕食を取りながらラウルが言った。
「そうなの…」
「ただ、すごく深いと思う」
「…縦に長い穴みたいな感じ?」
「そうだね」
長い筒の中にぎゅうぎゅうに押し込まれた魔物の姿を想像してしまった。
ちょっと…可哀想かも。
「今日はざっくりだったから…もう一度調査に行きたいんだけど」
本当にラウルは研究好きだなあ。
お師匠様も同じだったわ、とことん追求したがるの。
「…あの気配の正体を突き止める方が先かな」
スプーンを持つ手がびくりと震えた。
「———また…現れるのかしら」
「分からないけど…あれは放っておいてはいけない気がする」
忘れそうになるけれど、ラウルは私の実家の公国付きの魔導師なのだ。
そのラウルが言うのだから…きっとあれは危険なものなのだろう。
———私にはそう危険には感じなかったけれど。
怖いと…近づいてはいけないというのは分かる。
「色々な事を合わせて森を調べてみるよ。まだこの森について分からない事も多いし」
「…そうね」
私は———三百年も生きていて、この森について何も知らない。
今更ながらそんな事実に気づいてしまった。
その事をラウルに告げると「フローラ様はそういうところが魅力だよ」と慰められたけど…ショックだわ。
眠れない…。
いつも寝つきはとても良いのだけれど、今夜は何故か眠れなかった。
布団に潜り込んでゴロゴロする。
何だろう、すごく心がざわざわする。
これは———
ぞくり、と背中に冷たいものが走った。
「あ…」
あの視線だ。
昼間感じた…どうして?ここまで…
視線を感じる先を恐る恐る振り返る。
窓の外、カーテンの隙間から覗く二つの赤い光が見えた。
「きゃあ!」
「フローラ!」
私が叫ぶのとラウルが飛び込んで来たのは同時だった。
ラウルは素早く私を抱き寄せると結界を張った。
怖い。
私はラウルにしがみつく。
ラウルの温かな胸と大きな手がほっとする…
「———いなくなったようだな」
しばらくしてラウルが口を開いた。
恐る恐る顔を上げる。
「だがまた戻ってくるかもしれないな…」
呟くとラウルは私を離して部屋から出て行こうとした。
「いやっ!行かないで…」
私は思わずラウルにしがみついた。
一人になるのが怖い。
「———家の周りに結界を張ってくるから。少しだけ待っていて」
「いや!」
一瞬でも一人になるのは嫌だ。
「フローラ様…大丈夫だから」
額に柔らかな感触を感じた。
「すぐ終わらせるから、ね」
私を落ち着かせるように何度も頭を撫でると、ラウルは部屋を出ていった。
ラウルが戻るまでの時間はとても長く———気が遠くなりそうだった。
やっと戻ってきたラウルに抱きつくと、彼はしばらく私を抱きしめ———それから抱き上げるとベッドへと運んだ。
また離れようとしたラウルの腕を掴むと少し困ったように笑みを浮かべる。
「…一緒に寝る?」
私は迷わず頷いた。
「キスでも…何でもしていいから。一人にしないで…」
「———そういう事は言ってはダメだよ、フローラ様」
ため息をつくとラウルはベッドに上がり、私の隣へ寝転んだ。
「そんな事言われて、俺が我慢できなくなったらどうするの」
「…我慢しなくていいから」
「だからダメだってば」
ラウルの腕が私を抱きしめる。
だって本当に…怖いんだもの。
一人になるくらいならもういっそ…
「結婚するまではダメ。君は公女なんだし…俺だって一応貴族の端くれだよ」
…え?
「貴族…ラウルが?」
「言わなかったっけ。公国に仕える事になった時に子爵位をもらったんだよ。爵位がないと城の中では働けないからって」
「そうだったの…?凄いじゃない」
「貴女の呪いを解けばもっと高い地位をくれるってさ。公女と結婚してもおかしくないようにね」
ぽんぽんと、大きな手が私の背中を叩く。
「だからそれまでは我慢させて?」
「———ああいうキスをするのはいいの…?」
「それくらいは見逃して欲しいな」
そう言ってラウルは私の顔を覗き込んでキスをした。
「…正直辛いけどね、頑張るよ」
再び抱きしめられる。
そうか、ラウルは公国でしっかり基盤を築いているんだなあ…って。
———あれ?ラウルと結婚する事はお父様との間でもう決まりになっているの?
私の知らない所で……何か腑に落ちないけれど。
ラウルに抱きしめらるのは嫌じゃないし安心できるから、このまま流されてもいいのかな…?
ようやくさっきの視線と恐怖が心の中から消え去るのを感じると共に急速な眠気がやってくるのを感じた。




