(18)
砂漠の夜はとても冷える。
街の光のない満天の星空の下、私達はようやく目的地にたどり着いた。
廃墟と化した研究施設。施設の規模はアリアがつとめていたところとほとんど変わりがない。しかし、そこは人の住む気配がみじんにも感じられない寒々しい場所だった。
「ここで・・・有希ちゃんは発見されたんだ・・。」
私の気持ちを代弁するように唯奈がそうつぶやいた。
「・・・全く記憶にないな・・・。」
記憶にないと言うよりは思い出せない。私はいったいここで何をしていたのだろうか?
「電源は完全に落ちとるみたいやな。」
優は焼けただれた様相を見せるエレベーターのスイッチをいじっているが、それが反応する様子はみじんにもない。
「自家発電か?ならその施設があってもいいんだが。」
聡志は私の方を見るが、そんなことを言われても困る。私はこの施設のことは何も知らないのだから。
「手分けして探すのは危険すぎるな・・・。一つずつ見ていくか。」
私が三人にそう言うと皆うなずいた。
「とりあえず通路が確保されているところからか・・・。」
聡志はフロアを見回した。ほとんどの通路のシャッターが閉じられていて通行不可能になっている。
「あっちだけやな。」
その中でも正面の通路のシャッターは何か大きな力がかかったのか、大きくひしゃげて穴が空いていた。何か爆発でも起こったのだろうか?
「行くしか・・・ないよね。」
唯奈は私の陰に隠れている。
「とにかく行こうぜ・・・ここにいたら凍えちまう。」
聡志はマントのようにして羽織っている毛布をことさら引き寄せ寒そうにしている。確かにどこか暖をとれる場所を探すしかないようだ。
車にはヒーターがあるがここまでくるのにかなりのバッテリーを消費したから無駄遣いはできない。夜が明けるまでにはまだまだ時間があるし、帰る分のバッテリーの用量は残しておかないといけない。
「そうだな。とにかく行くか。まだバッテリーが生きているところがあるかもしれない。」
私は正面の通路に向かって歩き出した。
シャッターの穴はさほど大きくないが、人一人が何とか通れるぐらいの大きさはあるようだ。
私は、唯奈を抱きかかえるとその穴を飛び越えた。
「大丈夫みたいだ。」
私は手持ちのライトの出力をあげた。
配電盤は焼け付いていて、蛍光灯はすべてガラスの破片となって床に落ちている様子がうかがえる。
「こりゃ。瞬間的にショートしよったって感じやな。ブレーカーどころかヒューズまでいかれとるんちゃうやろか。」
私に続いて穴を飛び越えてきた優はそうつぶやいた。
「なんて言うか・・。ゴーストでも出てきそうだよな。」
「冗談じゃないよ。」
私はそう一言告げるとずんずんと歩き始めた。私の足下でガラスの割れるしゃりしゃりといういやな音が耳をつく。
「どこに向かってるんだろうな?」
聡志は暗闇に目をこらしながら周りをきょろきょろと見ていた。
「さあな。」
私は周りには目もくれずにひたすら前に向かって歩いていく。
「さっきからズンズン進んどるようやけど。何か行く当てでもあるんか?」
しんがりを務める優はライトを片手にただ私の後をついてくる。
「いや、別に・・・。何となくわかるんだろうな。私がいきたいところが。」
「わずかに残っとる記憶っちゅうやつか?」
「たぶん・・・。」
私は驚くほど冷静だった。この先には私の出生の秘密に関する重要な何かがあるかもしれない。それは確実に私の価値観、人生観に大きな影響を持つものだろうし、今の私が全否定されてしまう何かであることは間違いない。
それなのに・・・それなのに、私の心は何も動じていない。それどころかいつもよりクールだ。まるで私でない冷たい目で自分自身を内面から傍観しているような、まるで機械のごとく冷たい感情が私の中に閉じこめられているような。そんなことを考えると私の背筋に冷たいものが走った。しかし、それでも思考は穏やかにすべてを受け入れている。
私の中で何が起こっているのだ?この施設を目にしたときからそれは始まっていた。私の中に隠されていた何かが目覚めようとしているのか?それは失われてしまった記憶と何の関係があるのだろうか?
「くそ!」
私は限りない憤りを感じていた。
「どうしたの?」
私の陰に身を潜めていた唯奈がその憤りを感じとったのか、不安そうな表情で私を見ていた。
「・・・わからない。何がどうなっているのか・・・。いったい、私はどうしてしまったんだろう?」
気づいたら私は叫んでいた。心の中の歪みのすべてをはき出すように・・。
「有希ちゃん・・・・?」
唯奈は呆然として私を見つめる。
「私はいったい何者なんだ?私は・・・私はこの世界に必要ない存在なのか?」
それでも私は止まらなかった。こんなこと言うつもりではない。しかし、私の心が止まることを許さなかった。・・・今ここですべてを暴露してしまえ。お前は薄汚れた機械なんだと・・・。
「宮野!」
優の鋭い声に私は正気に戻った。
「唯奈にそんなこといっても何にもならへん。」
気がつくと優は唯奈をかばうように私の前に立ちふさがっていた。
「・・・あ・・。」
私は愕然とした。今の自分の状態を見たなら嫌悪感すら抱いていたかもしれない。私は今にも彼に飛びかからん状態だったのだ。
優が止めてくれていなければ、私はきっと唯奈を絞め殺していただろう。何かを求めるように・・・否・・何かを握りつぶさんと差し出された両手を見て私はそう悟った。
「す、すまん。」
私はうなだれるようにその両手を引っ込める。
「ええ。」
優は大して気にもしてないような口調で唯奈の後ろに回った。
「大丈夫?」
今、自分を絞め殺そうとしていた私に対しても彼女は救いの手をさしのべるのか。
「大丈夫。ちょっと調子が出ないだけだ。」
私は何とか自分の心にわく不可解な衝動を抑えながらライトを握りしめた。
すると、
「階段か・・・。」
聡志のうなるような声が聞こえる。
そのライトの先には長々と地下に続く階段が映し出されていた。私の目にそれは、まるで奈落の果てに通じる階段のように映った。禍々しい、それでいて不思議な、いや奇妙で唾棄すべき好奇心が私の心をよぎる。
私は・・・求めているというのか?
「おい。有希。危ないぞ・・・。」
聡志の声。気がつくと、私は何かにとりつかれたかのようにその階段を下り始めていた。
「みんなはここでまっててくれ。私は・・・確かめたいんだ。この先にきっと何かがある。その何かがなんなのか。」
階段の向こうにはライトの光が届かないほどどす黒い闇が広がっている。それは生きとし生けるものを拒み、排除する闇が・・・。
しかし、私はいかなければならない。この先、いかなる障害がまとうとも。
そう決めたのだから。
「仕方ねえな・・・。」
聡志は本当にどうしようもねえな・・という表情で後ろ頭をかくと、
「だったら俺もいくぜ。何ができるかわからねえけど。一人よりはましなはずだ。」
「一人より二人、二人より・・・ね!もちろん、私もいかせてくれるよね。」
唯奈は私が見た一番優しい笑顔を浮かべていた。
「わいを放ってくってのはなしやろ?」
優はいつものように淡々としていたが、燃え上がる何かをうちに秘めた表情を私に向けていた。
「ありがとう。」
私は頭を下げた。本当に感謝したい気分だったのだ。
「おいおい。なに言ってんだよ!俺たちの仲だろう?そんな遠慮はなしだぜ!」
聡志は親指を力強くかざした。
「それに、元々私たちが無理に言ってついてきたんだもの。最後までね・・・ね!」
「そう言うこっちゃ。ほな行こか。」
これで完璧だ。私はさっきまであった憤りが心の中からすっと消えていくことを感じた。これでいい。これで私は何にも負けることはないだろう。たとえそれがいかなる強大なものであっても。これで、私は最強になれる。この最高の仲間達がいれば・・・。
私の心は晴れていった。それは、私を包み込む闇すらも排除していくほど。私は、この時初めて人間になれたのかもしれない。
「ついたのか?」
階段の最後の段を下り終えた私は目をこらした。
「なーんもあらへんな。」
ライトで周囲を照らしている優のつぶやきも闇の中へと消えていく。
「そうだな・・・ん?あれは?」
そんな中聡志は何かを見つけたのか、闇の中にことさら目をこらした。
「あれ・・・何かランプみたいなものが・・・。何かのスイッチか?」
聡志の指し示した指の先を追うと確かに言われたような赤いランプが点灯している。
私はそれに向かって歩いてゆく。唯奈も優も聡志も何も言わずに私の後に付いてくる。
「・・・。」
私はそのランプに指をかけた。三人の顔色をうかがう。
「・・・。」
三人とも何も言わないが、かすかにうなずいたような気がした。
「・・・押すぞ・・・。」
私は三人を振り返らず、少しのタイムラグの後それを軽く押し込んだ。
「・・・・No.1432・・・いや、今は名も知らぬ我が娘よ。ここにたっていると言うことはお前の心情に何か変化が起こったのだろう。」
一瞬で部屋の明かりがともったと思ったら、若干の機械音の後、そんな言葉が部屋に響いた。
「娘・・・?」
私は周りを見回した。その声は私のちょうど正面にあるディスプレイから流れてきているようだった。
「我が娘よ。お前がこの世界に目覚めてどれだけの時が流れたのか・・・。おそらく私がお前を生み出して100年ほどの時が過ぎたのだろうと思う。」
正面のディスプレイに明かりがともり、一人の疲れ切った顔をした中年の男性がモニターに映し出された。
「私が、お前をここに封印した者。お前の父親だ。」
・・・唐突だった。それはあまりにも唐突で、私は何の言葉も口から出てこなかった。
・・・彼が、私の父親・・・。
「なぜ?おそらくお前が今思っているのはそう言うことだろうと推測する。少し話がそれるが、今、私たちの世界では世界を巻き込む戦争が勃発している。いや、していたと言うべきか。今ではその最初の目的は失われているため不毛な戦いにすぎない。文明が戦争をすることによって発展したと同じこと、今まさに戦争によって一つの文明が滅びようとしている。お前が生きているのはどういう世界なのだろうか。できれば戦争のない平和な世界であることをねがう。しかし、その戦いにも終わりが近づいてきている。」
彼は言葉を切った。
唯奈も優も聡志も何も言わずにただそれを聞き込んでいる。飲み込まれていると言うべきか。
かつての災害。おそらくは彼の言うこの戦争のことを指しているのだろう。それだけでも衝撃の事実なのだから。
「私はお前の生みの親だと言った。だとすれば、母親はどこにいるのだ?これは当然の疑問だろう。・・・はっきりと言おう。お前には母親はいない、私も本当の父親ではない。私がお前の生みの親とあえて自称するのは私がお前を作ったからに他ならない。お前は、人間ではないのだ。」
・・・何・・・?今、なんと・・・。私は人間ではない?そう言ったのか?
「科学が発展するに従い人の扱う兵器も高性能になっていった。しかし、弊害は訪れた。人の能力がその機械の能力に追いつかなくなっていったのだ。コンピューター制御によるコントロールが考え出されたが、電波妨害の技術の発展によってそれはあっさりと終焉を迎える。人の扱う兵器はその操縦者の生の感覚があってこそ力を発揮しうるのだ。そこで私は考え出した。その兵器を扱うことのできる人間を作り出せないか、と。兵器が人を疎外するのであればそれにあった人間を作ればいいのではないか・・・と。私は、生体兵器を製造するにあたった。生体兵器・・・脳内に埋め込まれたCPUにより人の何十倍もの情報処理能力を持ち、遺伝子操作により通常の数倍の身体能力を持つモンスター。私は生体兵器の研究に成功した。いや、今となっては成功してしまったといった方がいい。それがすべての破滅へのきっかけとなったのだから。」
・・・私のことか・・・?
私は・・・人間ではない・・・?人によって作られた生体兵器・・・?
私の脳内にあるCPU、そして、人の数倍の身体能力。すべては戦争のために・・・100年も過去の戦争のために作られたというのか?
「私は後悔した。彼らが人という種にふれそれに興味を示したとき、私は警戒するべきだったのだ。彼らには当初自我というものが存在しなかった。しかし、学習を重ね、人を理解するうちに彼らに一つの疑問が芽生えた。『人は果たして存在するべきものなのだろうか?』と。そして、彼らは一つの答えを見いだした。『人は存在するべきにあらず。』と。そして、彼らは自らを作り出した存在に向かって反旗を翻したのだ。・・・それが破滅へのトリガーとなった。
彼らの攻撃により、すでに世界の半分が焦土と化している。おそらくここももう長くはないだろう。私はここで後悔と懺悔をし続けることしかできない。私はもう生きることに疲れた。だから私も自ら破滅に身を任せようと思う。」
私は心が真っ白になっていく思いがした。
私は、機械。私は、兵器。私は、人間ではない。だったら、・・・だったら。
「だったら、なぜ私をこの世界に残したんだ!?なぜ、あなたは私を作りたもうた?いったい何のために。私はあなたの懺悔の道具だったのか?」
私は叫んでいた。涙は出ない。私の涙は、この感情が作られたまがい物だとしたら、そんなものを認めるわけにはいかない。
「最後に、私はお前をこの地に残しておくことにした。これは私のエゴなのかもしれない。本来、戦争のために作られたお前が戦争のない世界で果たして一人の人間として、一人の人間の女性として生きていくことはできるのか。そうであってほしいと言う私の願いがお前だ。名も知らぬ愛しい娘よ。私はお前を愛している。信じてほしい。私はけしてお前を薄暗い野望のために作り出したのではないことを。お前は私の希望だった。ただ、今この私の言葉を聞いているお前を見ることができないのが残念だが。」
・・・・・。
私はあっけにとられた。
「最後に言おう。お前の命は確かに作られたものだ。まがい物だと言っても過言ではない。しかし、この世界に目覚め、一人の人間として生きる以上、その命はお前のものだ。だから、これからは自分で決めろ。私はお前に希望を持ちたい。お前が一人の人間として生きることができるのであれば、私はそれが何よりも幸せだ。名も知れぬ我が娘よ。私はお前を愛している。」
モニターはそこで終わっていた。
・・・・・。
私の思考は停止していた。もう、何がなんだかわからない。何も考えられない。
どうも視界がぼやけると思ったら、私の頬は涙に濡れていた。
「有希ちゃん・・・。」
唯奈の声。
しかし、私は答えることはできなかった。
「唯奈。・・・今は、一人にしておいてやった方がいいだろう。」
聡志の声。
「宮野。・・・わいらは上におるから・・・お前がこの先どうするか決めたら・・・上ってきてや・・・。待っとるで・・・。」
優の声に私はやっとの事でうなずいた。
三つの足音が次第に遠くなってゆく。私はその音が聞こえなくなるまでその場に立ちすくんでいた。
「・・・・ううううう・・・。」
濁った何かが腹の奥底からこみ上げてくる。私は立つ力を失いその場に崩れ落ちた。
わずかにともる蛍光灯の下。薄暗い私の影。
その影をまるで虫食い穴のように茶色の斑点が埋めていく。それは・・私の涙だった。
「・・・ううううう・・・・うわああああぁぁぁぁぁ・・・・。」
私はすべてをはき出すかのように叫んだ。この世界には私しかいないような感覚が襲ってくる。
私は叫んだ。何もかもがなくなるぐらい。
私は叫んだ。心が壊れるくらいに。
私は叫んだ。すべてを壊してしまうくらい。
世界が逝く。私の心がバラバラの破片となってゆく。堅い鱗に覆われていた私の心はもろく崩れ去ってゆく。
暖かい涙。冷たい心。醒めてゆく世界。
・・・バラバラになってゆく・・・。すべてが・・・。
私も破滅の道を歩んでゆきたかった・・・。
・・・・もうすべてが消えてしまった・・・・私は・・いったい誰なのだ・・・。
神よ・・・なぜ私を作りたもうた・・・。なぜ私に心を与えたもうた・・・。なぜ私に目覚めを与えたもうた・・・・。
どれだけ時間がたっただろうか。私の周りの世界は未だ闇のそこに沈んでいた。一握の光もない。それは私の心境そのものだった。
私は・・・いったい誰だ・・・。
私はなぜここにいるのだろうか。
私はずいぶん内外こと夢を見ていたような気がする。いや、今ここにいる世界が夢の世界なのだろうか?
そうだ、夢を見るとき人にあったんだったっけ。
誰だったか・・・。アリア・・・。ああ、そんな名前だったか。
それから・・・そうだ。学校に行ったんだっけ・・・。それで、いろんな人と知り合いになって・・・。
最初に友達になったのは誰だっけな・・・・優?そんな名前だったか?
そうだ。それから聡志って言う変なやつと知り合いになったんだっけ。
文化祭も・・・楽しかったよな。私がお好み焼き屋をやろうって言ったんだっけ。忙しかったなあ・・・今となってはいい思い出だよな。
それから・・・ああ。聡志がいきなり私に告白してきたんだっけ。あのときの聡志の顔・・・傑作だったよな。
それから・・・どうしたんだ・・・?確かアリアの日記を見て・・・私が・・・。
まあ、今となってはどうでもいいことか・・・どうせ私は夢を見ていたんだ。夢の中の話なんて思い出したってしょうがないよな。
『違うよ・・・。』
そう言えば、誰か忘れているような。
誰か大切なやつを・・・忘れているような・・・。
『夢じゃないよ・・・。』
・・・ん?誰だ?私を呼んでいるのか?
『それは夢じゃない。有希ちゃん。私はここにいるよ。』
有希・・・それが私の名前か・・・。お前は・・・誰だ?
『それはあなたが忘れているだけ・・・思い出して・・・。私は・・・。』
そうだ・・・アリアには一人の娘がいたんだっけ。自慢の娘だって言ってたよな。気が弱くて内気でそれでいて目が覚めるような笑顔を持っていたっけ。
『有希ちゃん・・・あなたは生きているんだよ。だから、私を見て・・・。』
だけど・・・何も見えないよ。それに、私は本当に生きているのか?
『私の名前を思い出したら・・・きっとそれがわかるはずだよ。だから・・・お願い・・・私の名前を呼んで・・・。』
君の名前・・・君は・・・唯奈・・・。そうだ、唯奈だ。私の一番大切な人。君は私が絶対に守ってみせるって誓った。
そうだ・・・唯奈だ。なぜ忘れていたんだ・・・。
『思い出してくれてありがとう・・・・。ねえ有希ちゃん。一つだけ聞かせて・・・。』
なんだ?
『有希ちゃんは・・・人として生きていく気はある?』
・・・・私は人間ではない。そんな私が人間として生きていくことができるのか?できるはずがないよ。私はあのまま眠っているべきだったんだ。だから、今こうして・・・。
『そうじゃないよ。私が聞きたいのは・・・有希ちゃんの気持ちなんだよ。』
私の・・・・気持ち・・・・?
『そう。有希ちゃんはどうなの?人として・・・一人の女の子として生きていく気はあるの?私と一緒に生きていくつもりはない?私じゃ、だめなのかな・・・・?』
そんなことない・・・・そんなはずないじゃないか・・・・。
そのとき、私の世界に亀裂が走った。何もない闇に走った一本の亀裂。そこからは光があふれてている。
『有希ちゃん・・・・聞きたい。有希ちゃんの気持ちのすべてを聞きたいよ・・・。』
私は・・・生きたい・・・。人間として・・・。確かに私は人間じゃないかもしれないけど。そんなことどうでもいい。みんなと、優と聡志と何よりも唯奈と一緒にこれからずっと、死ぬまで一緒に生きていきたい!
世界が、闇が砕け散った。光があふれる。まさに光の洪水。
ああ・・・世界ってこんなに光りあふれているものだったんだ・・・・。
私の意識は輪郭を取り戻し一つの形を刻み始める。
・・・・目覚めの時がやってきた・・・・。
深い闇の中から私は意識を取り戻した・・・。
私はいったいどうしていたのだろうか。泣き疲れて眠ってしまっていたのだろうか。
私は階段を上って外に出た。真っ赤な太陽が私のすべてを照らしつける。
・・・・・何なのだろう・・・この高揚感は・・・。なにやらすべての柵から解放されたような・・・。
私は不思議な感覚に身を泳がす。
朝の澄んだ空気が肺を満たしてゆく・・・。私は・・・帰ってきたのか・・・。
「おーい。有希ぃー。」
私の後ろから聡志の声が聞こえ、私はゆっくりと振り向いた。
「大丈夫なのか?」
彼は心配そうに私の顔をのぞき込んできた。
「まあ、なんて言うか・・・吹っ切れちまった。」
私はどういう顔をしていたのだろうか。なにやらすべてが斬新に映る。まるで、世界が私を祝福してくれているような。
「宮野・・・・大丈夫そうやな。」
聡志の後ろにいた優も私の顔を見るや安心したような、どこか拍子抜けしたような複雑な表情で私を見た。
「心配かけたな。」
私は彼と目線をあわせた。
「・・・有希ちゃーん。・・・。」
遠くの方から唯奈の声がした。私は周囲に目をやった。唯奈は私の方に向かってかけてくる。
朝日をその背に背負っている彼女はまるで・・・・。
「有希ちゃん・・・大丈夫?痛いとことかない?」
いや、元々けがなんてしていないよ・・・。私はほほえんだ。
「ありがとう・・・。」
そして、自然とその言葉が口からわき出してきた。
「・・・何?私・・・何もしてないよ・・・。」
きょとんとした顔が少しおかしかったのか。私はくすっと笑ってしまっていた。
「なによー。ほんとうに心配したんだから・・・。」
唯奈は泣きそうな顔をしていた。
「ごめんごめん。ただ・・・。」
「ただ・・・?」
唯奈はまぶたをこすりながら面を上げた。
「なんだか・・・帰ってきたんだなって思っただけ・・・。」
唯奈はまだきょとんとしていた。
「・・・さて・・行くか。」
私は三人を見渡し、そう言った。
「行くって・・・どこに?」
聡志はまぶしそうな表情をしている。
「当然・・・帰るんだよ。私達の帰るべき場所に・・・・。」
彼らは一瞬驚いたような表情を浮かべるが、それはみるみるうちに喜びのそれに変わってゆく。
「帰ろう!私達の街に・・・。ね?」
「ああ。帰るか・・・。」
「もっといろいろ見て回りたい気もするが・・・まあ、しゃあないな。」
私達は手を取り合った。私達は帰るのだ。私達のいるべき場所に。私が生きているのは、100年前の戦場じゃない、今という平和な世界に生きているのだ!
そうして、私の物語は終わりを告げた。そして、私のすべては今こそ始まったのだ。
これからいろいろなことが起こるかもしれない。目を背けたくなること、夢より残酷な現実。時には挫折し、時には死の願望すらも抱くかもしれない。
唯奈も聡志も優も知らないことだが、私の父親の言葉には続きがあった。
なぜ人類は滅びを免れたのか?
それは生体兵器は10年でその活動を停止するからだという。
そして、彼らと同様の行程で作られた私もその例外ではない。つまり、私は後9年と少ししか生きられないのだ・・・・。
みんなとあと9年ほどしか一緒に生きていられない・・・それは絶望なのかもしれない。
しかし、乗り越えてゆけるだろう。
いつかいったように、この仲間達がいれば私は最強になれる。
私一人では小さな力だろうが、唯奈がいれば、優がいれば、聡志がいれば、乗り越えられない障害など一つとしてない。
私は自分のことに絶望しなくてもいいのかもしれない・・・・と今なら信じることができる。
そして、今ならいえる。
私は・・・この世界に生まれてきて・・・本当によかった・・・。
End