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「なんちゅうか。いやな夜やったな。」

 優は思い出したかのようにつぶやいた。

「おい。優。何回目だよ。」

 聡志がうんざりするように言った。

 私が数えるに、今日でもう5回目だ。

「・・・・。」

 唯奈はその言葉が出るたびに始終聞こえないふりをしていた。

 それもそうだろう。

 防音すらされていない粗悪な宿をとったために夜には30分に一回、人の悲鳴なり銃声が部屋に響いてくる。唯奈と同じ部屋だったため、彼女の短い悲鳴がそのたびに聞こえて、私は気が落ち着かなかった。

 この街は、さながら悪夢そのものだった。

「で?この方向であっとるんか?」

 優は今日で3回目の質問を私に投げかけた。

「ナビゲーションが間違ってなかったこの方向だよ。」

 私も今日で3回目の答えを返した。

 こんなやりとりがずっと続いていた。

 私たちが今いるのは廃墟となった砂漠地帯だ。当初の予定通り、というかなるたけ早くこの街を離れたくて朝の早いうちに宿を出てこの街はずれで一台の車を借りて今、その車でこのだだっ広い砂漠を走っているというわけだ。

 目的地はこの砂漠を越えたところにあるらしい。最初、ナビゲーターを頼もうと思っていたが、そこの人にとって私が行こうとしているところは”不可侵の聖域”のようなものらしい。

 私はそう言う迷信じみたものは信じないタイプだったが、私がそこに行きたいと言っただけでその人の顔色がさっと変わったのは無視できなかった。

 仕方ないので手持ちのナビゲーションシステムを使うことにしたのだ。旅のお供にといわれてついつい購入してしまった安物がこんなところで役に立つとは思わなかった。

 ともあれ、私は車の操縦する知識はあるようなので、私が運転をすることとなったのだが・・・。

「本当に、のどかな旅だよな。」

 私はたっぷりと皮肉を込めてつぶやいた。

 何もない砂漠。所々には焼けただれたビルの残骸などが砂に埋まっているが、それをのぞいてもただだだっ広い赤茶けた大地が広がっているだけだった。

 車は時速180メートルを超えているのだが、こんな道(?)ではいくらとばしても事故など起こるはずもない気がしてきた。

「思ったより早くつきそうだね。」

 助手席に座っている唯奈がナビゲーションをちらっと見るとそう言った。

「まあな。」

 私は彼女の方を見ずに答えた。たとえ、何もないにしろ岩などの小さな段差はあるのだ。このスピードでそれに乗り上げたら結構な衝撃になる。

 油断大敵というやつだ。

「うん?」

 私はふと、サイドミラーに目をやった。何か変なものが移ったような。

「お客さんのようだぜ。」

 後部座席に座っていた聡志がふっと漏らした。

「なんだ?」

 私は、サイドミラーをもう一度よく確認しようと身を乗り出した。

「さながら陸の海賊ってところやな。」

 陸の海賊・・・まさか!

「サンドマッダーか!」

 サンドマッダー。それはまさに陸の海賊。獲物を見つけると即座におそって金目のものを強奪してゆく・・と、この車を貸してくれた男が言っていた。

 強奪するのは金目のものだけではない。人の命もだ。

 センスのない自称だが、その暴れぶりはしゃれにならないという。

「仕方ないな。・・・みんなシートベルトを締めてくれ。少し・・・とばす。」

 かちゃりという三つの音を確認した。敵はすでに私たちの車の後方20メートルにまで近づいている。

 相対速度は前方に対して正の方向に向いていた。つまり、このままでは敵の接近を許すだけだ。

「どうか。先の方で待ち伏せをしていませんように!」

 私は根拠のない祈りを捧げると”ジーザス・・”と短く唱え、車のアクセルを一気に踏み込んだ。

 強い慣性力により私の体はシートにたたきつけられる思いがした。

「う!」

 横と後ろからもうめき声が聞こえるが気にしていられない。

 スピードメーターを見る。

 190,200,220・・・。

 ここが性能の限界か。小さくきしみをあげる車に私は乱暴に舌を打った。

 メーターの回転が止まった。サイドミラーを見ると敵との相対速度がようやく0になったところだ。このままでは、ただ追い回されるだけ・・・しかもこちらのバッテリーが切れれば、それでお終いだ。

 何とかしなければ。

 私は目をこらした。

 流れる景色の700メートル先に何かが見えた。それは、廃墟の残骸がかなり入り組んだ地形を作り出しているフィールドだった。たとえレーサーだとしてもあれをすんなりと避けて通ることは困難なはず・・・。

 私は考えた。

 奴らを底におびき寄せられれば・・・何とかなるかもしれない。

「よし。」

 私はハンドルを切り、すぐに反対側にハンドルをなおした。それを幾度か繰り返す。

 乗ってくるか・・・。

 ふと、後ろに気を配る。囂々という風を切る音に混じって敵の熱狂的な雄叫びが聞こえる。そして、奴らは速度を上げた。

 よし、乗ってきた。

 おそらく奴らは私のさっきの行動を挑発と捕らえたのだろう。今さっきまで獲物として追いつめようとしていたものはその獲物に挑発されるといきり立つ。

 私はそうやって、敵が冷静な判断力を失うようにし向けたのだ。

 後は・・・私の腕次第だ。

 私もアクセルを踏み込んだ。また息が止まるかのような慣性力が加わる。しかし、私の目はしっかりと先を見通していた。

 車のきしむ音がさらに強くなる。

 後、550。

 後ろをちらりと見る。敵はまだついてくる。

 こちらを煽るかのようにジグザグにハンドルを切りながら。

 私も少し敵を挑発するかのような運転をする。

 後400。

 ここからはもういかに速度を落とさないかにつきる。敵との相対速度、距離は今のままを維持しておきたい。

 一進一退を繰り返すことにより敵がより熱狂するように、より冷静さをなくすようにし向けなければならない。

 あと250。

 事態は何も変わらない。つまりは私の思うままとなっている。彼らは私の意図に気づいているのだろうか?

 もし、これが彼らの罠だとしたら・・・・。おもしろい!受けて立とうじゃないか!!

 そう・・・この後のことはその時になってから考えればいいのだ!!!

 後140。

 目的のフィールドが見えてきた。もし、私もハンドル操作を誤ってあれらをよけきれなかったら。すべては終わるのだ。

 ・・・突入!

 突然、大きな柱となったコンクリートの残骸が私の行く手を阻む私は、落ち着いてハンドルを右に切る。

 それをよけると次はまた別のもの。今度は左に・・・。

 後方から耳がいかれるほどの爆発音が聞こえる。一つだけではない。それはどんどん多くなってゆくようだ。

 しめた・・・敵は私の思惑通り自滅をしていっている。

 この高速度でこの複雑な地形は並の人間の身体能力では対処できない。しかし、私ならできる。私は・・・・普通の人間じゃないから!

 今は、自分の体に感謝したいぐらいだった。

 どれだけの時間がたったのだろうか。ハンドルを右に左に切るうちに時間の感覚がぼけてしまっていた。

 長かったようにも短かったように思えた。

 そして、視界が開け、再び広大な赤茶けた大地が私の眼前に広がっていたとき。私を追いかけるものは何もいなくなっていた。

 私は車を止めて後ろを見た。

 遠くで黒い煙が上がっている。どれだけの人間が死んだのかはわからない。しかし、私たちが生き残るためだったのだ。だから、許せとは言わない、恨んでくれてもいい。私は、自分を・・みんなを守りたかったのだ。

「すげえな。有希は。」

 見ると、ふらつく頭を押さえながら聡志が座席から顔を上げた。

「大丈夫か?」

「ああ。何とかな。」

「こっちも何とか平気や。」

 首をコキコキとほぐしながら優も顔を上げた。

「私も・・・大丈夫・・・だと・・思う・・・よ。」

 苦しそうな顔をしているが唯奈も一応は無事だったようだ。よく気絶しなかったものだ。

「だけど・・・もうかんべんだな。」

 聡志がみんなの顔を見回しながらそう言った。

 一瞬目が合う。

「ふふふふふ・・・・。あはははははは・・・・。」

 誰が最初に吹き出したのだろうか。いや、そんなことはどうでもいい。

 私たちはこうして生きているのだ。その喜びを、今は味わっていたい。

 私たちはのどがかれるまでお互いの方を、背中をたたき合いながらひたすらに笑いあった。

 そう、私たちはこれからもやっていけるさ。たとえ、この先に何が待っていようとも。私たち4人にかなうものはいない。

 私たちは最強の4人なのだ!

 私たちはとうとうたどり着いた。私にとってすべての始まりであるこの地に。私が眠らされていた施設、”生体進化改造研究所”に・・・。

 私の旅もクライマックスを迎えることとなった・・・。


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