(15)
リニアモータートレインというのは外を見さえしなければ思いの外快適だった。そう、外を見さえしなければ・・・。
「これが現実ってやつか。」
私は衝撃を隠すことができなかった。
町を離れるにつれ広がってゆく荒廃。かつては大都市といわれるものが辺り一面に広がっていたのだろう。しかし、そこには赤茶けた砂に埋もれかけた灰色のビル、崩落して何年たったのか、見当もつかないようなハイウェイ、すべては何かに押しつぶされ、太陽が降ってきたのかと疑問に思うほどの途方もない熱で融けて固まったなにか。それは、形容する言葉を失うほど形が壊れてしまっていた。
そんな感想を持ったのは私だけではない。私たちのいた街から出たことのない唯奈も聡志も優も言葉を失っていた。
「カーテン、閉めようか・・・?」
見るに耐えきれなくなった唯奈はおそるおそるときいた。
私は無言でうなずく。後から思えばこのとき、私たちはこの現実から目を離してはいけなかったのだろうが、今は目を背けたい。そうしないと、心がどうにかなってしまいそうだった。
唯奈はカーテンを引いた。
登りかけの太陽の光が遮られ、車内は少し薄暗くなる。
優は無言でライトをつけた。柔らかな光が部屋を照らすが、私たちの気分がそれで晴れることはなかった。
「あー、もうやだ。俺はこういう雰囲気が苦手なんだよ!」
最初に音を上げたのは聡志だった。彼は、頭をかきむしりながら勢いよく席から立つと、
「なあ。飯食いに行こうぜ。」
「飯って・・・まだ昼飯には早いやろが。」
優はあきれ気味に言い返すが、
「知らねえなそんなこと。俺は、気分がダウンしたらとにかく食うってことに決めてんだよ。」
うう。確かにそれはいえているが・・・・いいのかな?
「そうだな。いくか。」
まあ、いいかそれで。あえて物事を考えないようにすることも大切かもしれない。さすがに彼ほどポジティブな思考はできないが。
「え?有希ちゃんも行くの?・・・私も・・行こうかな?」
唯奈はちらっと優をみた。その視線を感じてか、優は”はあーーー”っと大げさにため息をはくと、立ち上がり、
「しゃあないな。そういうことにしといたるわ。」
やれやれとため息をついた。よし、話は決まった。
私たちはようやくいつもの調子に戻ると、三両後ろの食堂車に足を運んだ。
・・・私は、本当にいい友達を持った。
私はそのことをしみじみと感じていた。
かつて人類に襲いかかった未曾有の大災害。その記録はほとんど残されておらず、その当時何が起こったのかを詳しく知るものは皆無といってもいい。
100年ほど前のことだ。
それから人類のめざましい復興が始まりを告げた。数々の地域紛争を経て、人々は点在する都市を建設し、周りからそれを閉ざすことにより外的からの防御手段とした。
都市間の交通は制限され、都市を出るには特別な理由と行政機関の発行するパスポートが必要となった。その審査は厳しく、年間数百程度しか発行されていないという事実が確然とあった。
人々は都市に閉じこもり、そのジオラマのような、箱庭のような街で一生を過ごすことを余儀なくされたのだ。
汚染された地域では人はおろか生命の生存できる空間は存在しない、死の世界が広がっていた。
人が生存できる範囲はきわめて狭い・・・。かつて繁栄の極みを謳歌していた人類にとって、それは屈辱以外の何者でもなかっただろう。
私たちは今の世界に生きるしかほかがない。何を思い、何を考え、そして何を論じようが、それが現実なのだ。
もしも、かつての災害が自然的なものではなく、人為的なものであったら。私はそれを引き起こした者達を許しはしない。
私たちの街を出発して、気がつくと三日たっていた。
車窓に広がるのは未だ荒廃した大地のみだった。
「今夜あたりには着くってさ。」
コーヒーの缶を片手に、私の隣に腰を下ろした総志がそう告げた。
「そうなのか?どうも信じられないような。だってさ、ずっとこんな感じだし・・・。」
私は親指で窓の外を指した。
「そりゃいえるよな。・・・まあ、車掌のおっちゃんから聞いてきたことだからはずれではないだろうよ。」
「まあ。間違った情報は言わないだろうが。実感がわかないって言うか・・・。」
聡志は飲み終わった空き缶をおくとうなずいた。
「そういえば唯奈と優は?」
確か、飲み物を買ってくると言って個室を出たのは唯奈と優、そして聡志の三人だったはずだ。
「ん?あいつらか?先に帰ってろって。」
「そうか。」
彼らは何か勘違いをしているのだろうか?私と聡志は(彼がどう思っているのかは知らないが。)友達以上の関係ではあるが、恋人ではない。
もし、彼らが私と聡志に対して何か遠慮をしているのであれば・・・見当違いもいいところだ。
あ、そういえば。
私は思い当たることがあった。
「なあ。聡志。」
「ん?」
窓の外を見ていた聡志はゆっくりと振り向いた。
「何で。私なんかに告白なんてしたんだ?」
聡志はそうではないかもしれないが、私にとってあの日、いきなり告白されたようなものだった。私はどうしてもそれが解せない。いつ、彼は私のことを好きになったのだろうか?
私が見る限りそんなそぶりはなかったように思えたのだが。
「何でって・・・そんな、理由なんてねえよ。ただ。」
「ただ?」
私はズイッと彼に顔を寄せた。彼は頬を染めながらあさっての方に視線を泳がせると、
「最初。転校してきたときだ。自己紹介を聞いて、『こいつ、変なやつだな。』って思ったわけ。それで聞いてみると優とも面識があるらしいし、唯奈と同居もしてるってんで、『なんかの巡り合わせかな?』って思ったんだよ。」
「なるほど。」
確かに唯奈と優と聡志は私が入るまで三人でつるんでいたから、彼がそう思うのも納得できる。
「んで?噂の転校生ってのは有名だったからな。どんなやつなんだろうなって、最初は探る感じだったんだよな。」
私はうなずいた。
確かに、最初彼は私の内面を探るような接し方をしていたようにも思える。そのときはどうとも思わなかったが。
「それがいろいろつるんでいるうちに、まあ俺もわかったんだよ。俺たちは似たもの同士だってこと。」
「似たもの同士?・・・そうだな、そうともいえなくもないな。」
私は不思議に納得できるような気がした。そういえば、彼の父親は彼が幼い頃事故でなくなっていると聞いた。そんな過去を持っている彼だから私の深層心理にある孤独を感じとっていたのかもしれない。蛇足かもしれないが・・・。
「まあ。そんなことはどうでもいい。とにかく俺はお前が好きだし。お前が誰かを好きになるまで俺はお前をあきらめないって決めたんだよ!」
「全く。聡志・・・お前はそんなこと言ってよく恥ずかしくないな。」
唯奈と優がいるときに話題にしなくてよかった。聡志なら二人がいることを気にせず今の言葉を口にするだろう。
以外に純情なんだな・・・と私は思った。
「なんや?盛り上がっとるな。」
・・・私は心臓が口から飛び出すかと思った。
「え?盛り上がってるの?どこが?」
ひょこっと顔を出した優の後ろで唯奈が調子外れなことを言っているがあえて無視だ。
「お前ら・・タイミングよすぎだぞ。」
私は思いっきり脱力すると、ソファに沈み込んでいった。
「そうか?俺としてはもう少し早くてもよかったんだけどよ。」
聡志はいたずらっぽい笑みを浮かべて私の頭をぽんぽんとなでる。
冗談じゃない。
私はその手をふりほどくとふてくされたかのようにふいっとそっぽを向いた。
「ん?何すねとるんや?」
何も知らない(果たしてそうなのだろうか?)優は私と聡志の顔を交互に見るとわざとらしい口調でそういった。
「走ってきた方がよかったのかな?」
さっきの聡志の言葉を受けて、何も知らない(おそらくそうなのだろう。)唯奈も心配そうな表情で私と聡志の顔を見比べている。
「まあ。いいけどね。」
私はこれ以上は時間の無駄だと思いそらした顔を元に戻した。
「それにしても、お前らずいぶん遅かったじゃねえか。」
すでに話題が変わっているのか、聡志は優の買ってきたスナック菓子を横取りしながらそう言う。
「これは後ろの方でしか売っとらんかったからな。」
そんな彼の手をはねのけながら優は答えた。
「何だ。てっきり俺は気を利かせてくれたんだって思ったぜ。」
さらにその手をかいくぐり彼は菓子をつまむ。
「誰がお前に気を利かせにゃならんのや?」
優も負けずとその手を左手でつかんで空いた右手で菓子を死守する。
「お前ら。戦争でもしてんのか?」
少しあきれ気味の声で私は二人に茶々を入れた。
「ああ。これは生存のための戦争だぜ!」
聡志はそう言うとスナック菓子の袋をむんずとつかんだ。
「甘いわ!」
しかし、優はその袋の中に手をむんずと差し入れると、その中身をごっそりとさらっていった。
「ああ!」
聡志は思いがけない行動に悲鳴を上げるが、時すでに遅し。
「ごっそうさん。」
ばりばり、ぼりぼり・・という音とともに優はそのすべてを飲み込んだ。
「くっそー!」
どうやらこの勝負、軍配は優の方に上がったようだ。
二人の真剣勝負が終わったところで私たちは手持ちぶさたとなった。
「着くのは夜・・だよね?」
気づいたら、太陽の日が地平線の無効に傾き、赤茶けた砂の大地をさらに赤々と染め上げていた。
「そうきいているな。」
聡志は、今では珍しい、本を閉じるとそう言った。
「だったらもう寝ておいた方がいいんじゃない?」
・・・そうかな?
「今寝てしまってよる起きられなくなったら?」
私は早くもあくびが出そうな顔でそう言った。少し説得力がなかったかもしれない。
「そりゃそうやが・・・まあ、まだ寝ることもあらへんやろう。」
優は音楽ディスクを聞いていた。今はやりの曲らしいが、私が知らないものだった。
「あ。そういえば・・・。優と唯奈っていつ頃からの知り合いなんだ?」
私は隣同士で座っている唯奈と優を見て、ふとそんなことを思いついた。
聡志は風見学園で二人と知り合い、そのときすでに二人は友人関係だったらしい。
「ん?言っとらんかったか?」
優が私の方に視線をやると、
「そうだね。まだ言ってなかったような気がするよ。」
唯奈は優の方に目を向けた。
「そうやったか。」
「ああ。」
二人ののたりくたりとした口調に少しため息をつきつつも私は気長に聞き出そうと決めた。・・・まあ、隠すことではなかったとは思うが。まあ、いいではないか!
「そうやなあ・・・。物心ついたときにはすでに一緒に遊んどったからな。」
優は遠い日のことを思い出すかのような遠い目をして語り出した。
「うん。家が隣同士だったから。」
「どっちかが引っ越したのか?」
おそらく唯奈の方が引っ越したのだろうと漠然と思いながら聞いてみた。
「唯奈の方がな。ジュニアハイスクールの時やったか?」
「だいたいその辺かな?転校はしなかったと思うけど。」
「ふうん。そうだったんだ。俺も初耳だな。」
本を脇に追いやった聡志は興味深そうな、というより子供っぽい好奇心旺盛な視線で二人の話に聞き入っていた。
「そうか。聡志にも言っとらんかったか。そら悪かったな。」
優は大して悪びれた様子もなく頭をぽりぽりとかいているだけだった。
「いいって。そう思うんだったら続きを聞かせろよな。」
優はうなずくと流暢に語り始めた。
「まあ、唯奈が引っ越ししてからもそんなに変わったわけやあらへん。いつも通りの時間に登校しとったら必然的に唯奈と一緒になるさかい。」
「二人はそれまでずっと一緒に登校してたのか?」
幼なじみにありがちな展開だと心で思いながら聞いた。
「うーん。そうなるかな。あまり意識したことはないけど。」
「ごく普通やったな。小さい頃は一緒に寝たこともあったし。」
「うん。あのときは楽しかったね。」
おいおい、そんなことをのたりくたりというなよ。聞きようによってはすごく誤解される言い方だぞ。
天然二人が会話するとこうなってしまうのだろうか。
「ふーん・・・。で?二人の間には特別な感情とか芽生えなかったわけ?」
うお!聡志!なんとストレートな。いや、私だって少しは聞きたかったが、そんなにストレートに聞くのは礼儀に反していると思うぞ。
私はこっそり彼の肘を突っつこうとしたが、
「そうやなあ。そういうのがなかったとも言えへんか。」
「一時だけだったよね。」
「まあ。あんときはお互いガキやったからな。」
何を悟ったような言い方をしているのだろうか。私はそんな二人の言葉に唖然として聡志の肘を突っつくことを忘れてしまった。
「そうだね。今のままが一番いいんだってわかったから。」
「お互いがお互いのことを知りすぎてもたってことや。言葉がなくても言いたいことはすぐにわかるし。」
「何となく伝わってきちゃうんだよね。」
「まあ。不思議なこっちゃな。」
二人はさらっと言っているが、それはすごいことだ。
ある意味それは恋人関係を超越している。
古い言い方だが、この二人の間にあるのは歴然たる”愛”そのものだ。
私は二人をまぶしそうに見つめた。
「どうしたの?」
そんな私の視線を感じとったのか、唯奈が不思議そうに聞いてくる。
「あ、いや。唯奈と優は本当にお互いのことを思っているのだなって。」
「???」
私の言葉に二人は小首をかしげるが、それでいい。それが二人が長年をかけて培ってきた関係なのだろう。
お互いが何の気兼ねもなく、何ら意識しあうこともなく、ただそばに寄り添っていられる。それは、やがて切れてしまう恋愛関係なのではなく、おそらく一生切れない何か・・・そう、言うなればそれこそが彼らの”絆”なのだ。
「うらやましいな。」
私は誰にも聞こえないようにぼそっとつぶやいた。
私はそんな二人に羨望の思いを抱いた。私では決して味わえないものがそこにあるからだ。言葉では表せないなにか。何の打算もなくお互いを大切にできる。そんな真実の愛を私は見た気がした。
・・・言葉を連ねても意味がない。
私は今のこの気持ちを純粋に受け止めようと思った。




