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 その日以来私は多忙な日々を過ごしていた。テスト勉強の合間を見て、アリアから送られてきた資料とにらめっこし、自分一人でそこに向かう算段を建てなければならなかったからだ。

 そもそも私はこの街から出たことがなかった。

 この街から違う街へ向かうにはパスポートが必要であることも今回調べて分かったことだ。そして、その交通にはリニアモータートレインを使用するということも。

 それは唯奈にも優にも聡志にも気づかれてはならない。

 彼らから隠れて作業をすることが一番難しいことだった。

「ねえ、有希ちゃん・・・聞いてるの?」

 ふと、唯奈の怒ったような声で正気に戻る。

「さっきから全然手が動いていないよ。」

 周りを見回すと、そこには多くの書物(紙ではなくてデータディスク)が所狭しと並べられている大きな空間が広がっていた。

 ああそうか。私たちはテスト勉強のために学校の図書館に来ていたのだ。

「ああ。悪い。で、なんだって?」

「もういいよ。自分でやるから。」

 珍しく拗ねたような声を上げる唯奈を見ながら私は軽くため息をついた。

 自分の特異性を自覚して以来、どれだけハードスケジュールをこなしても数時間眠るだけで何の異常もなくなってしまう。わたしのこの一週間の睡眠時間は二桁を切っている。普通の人間なら過労で倒れてしまうだろうが、私はあいにくと普通の人間ではないようだ。

 便利なのか、嘆かわしいことなのか。

「ほら。またそうやって上の空・・。」

 唯奈の声でまた正気に戻る。

「うーん。」

「疲れてるの?」

「いや、身体の方はまったく異常なしというどころか。絶好調なんだけどな。」

 やはり気持ちの方が追いついてきていないのだろうか。この一週間、一人でいるとついぼーっとしてしまう。食事の時もほとんど会話をしないようになってしまった。

 しばらく教科書を広げていたが、このままではまったくらちがあかないので、図書館での勉強は取りやめることにした。

 私たちは図書館を出た。

 すでに太陽は西に傾いていて辺り一面を真っ赤に染め上げている。

「もうこんな時間なんだ。私、先に帰っていいかな?夕ご飯の準備もあるし・・・。」

 唯奈は夕日をまぶしそうに見上げている。

「ああ。かまわないよ。ごめんな。私のせいで。」

「別にいいよ。・・・それじゃあ。先に行くね。」

 そう言い残すと、唯奈は少し急ぎ足で廊下を歩いていった。この後家に帰ったら彼女には夕食の準備ことだろう。

 彼女は本当に働き者だと思う。

 私は、しばらく気分を落ち着けようと思い屋上にたった。太陽は街の壁から半分だけ顔を出している。後20分もたてば完全に壁の向こうに姿を隠すだろう。

 私はポケットからタバコを出すと一本銜えると火をつけた。

 ゆっくりと吸い込み、そしてため息をつくようにはき出した。

「わいにも一本くれんか?」

 妙な既視感を感じて私は振り向いた。

「よう。奇遇やな。」

 優が一人で腰掛けに座っていた。

「ああ。どうしたんだ?こんなところで。」

 彼は私の方に歩み寄ってくる。

「どうってことあらへん。気が向いたからここで寝とったんや。」

 そういえば、彼と初めて出会ったときも彼は寝るためにここに来たような気がする。

「そっか。」

 優は腰を下ろした。

「お前、最近変やな。」

 優にも言われてしまった。

「そうか?」

 やはり分かってしまうのだろうか。

「ああ。どことなく上の空っちゅう感じや。なんかあったんか?」

「別に何もない。」

「嘘やな。」

「・・・・。」

 私は口をつぐんだ。

 そう嘘だ。だけど、こればかりは言うわけにはいかない。私は言いたくない。言ってしまったら、彼は私のことをどう思うようになるだろうか。そんな思いが頭をよぎる。

「まあ。お前が言いたくないっちゅうんやったら仕方あらへんな。せやけど、曲がりなりにもわいらは一緒に連んどる仲や。あんまし隠し事されたくないっちゅうんが本音やな。まあ、気が向いたらでええわ。わいでよかったら相談したってや。」

 優はそれだけ言うとタバコも受け取らずにすたすたと歩いていってしまった。”ほなお休み。”という言葉を残して・・・。

「・・・・ふう・・・。」

 私はため息をついた。それと共に白い煙が空に立ち上る。

「私は・・・一体どうすればいいんだ。」

 誰も答えてくれない。

 太陽は沈み街は闇に閉ざされる。その中で私はたまらない孤独感に陥っていった。私はフェンスから身を乗り出し、下を見た。

 今ここで飛び降りたとしても私は死ぬことはないだろう。

 重傷を負ってしまうが、私の強化された治癒力はそれらをさほどの時間をかけずに治してしまうはずだ。

 そんな自分が。そんなことを考えてしまう自分がたまらなくいやになってしまう。

「私は、なんのためにこの世界に生まれてきたんだ。」

 私は二本目のタバコに火をつけた。ただゆらゆらと揺らめく煙が異様に恨めしく思えた。


 たとえ抜け殻であっても時間というものは無情にすぎていく。私は始終抜け殻のような毎日を過ごしていた。

 テスト勉強をしているだけの方が気が楽だったのかもしれない。教科書を開ければ少なくともこれからの自分というものに思い悩むことはない。

 そして、その日、最後のテストが終わり私たちを締め付けるものはなにもなくなった。後は夏休みを待つばかり。

 たとえ外に出られない避難の時期であっても、夏休みという言葉は人の心に一種の開放感を与えるものだ。しかし、私の心は重苦しくなってゆく。

 準備は万全だった。私の発見された場所に行くための計画は完璧に立てられた。後は実行に移すのみ。

「そうだな。ここまで来たらもう行くしかないか。」

 決行は今夜、午前二時。唯奈が寝てしまった後、私は家を出てこの街のはずれにあるターミナルステーションに向かう。ステーション行きのモノレールが24時間態勢で運行されているはずだ。それに乗ってステーションへ。それからリニアモータートレインでステーションターミナルまで向かい、目的の街へ。そこからかつてジャパンと呼ばれていた島へと渡る。

 よし、決意した。この決意が鈍らないようにしなければならない。

 私は、少し勢いをつけて席を立った。

「有希。これから暇か?」

 私が教室を出ようとすると、聡志が呼び止めた。

 あれ以来彼は私のことを”宮野”ではなく”有希”と呼んでいる。

「暇なことは暇だが。」

 準備は完全に整っているのでもう後は時間を待つだけだ。

「だったらこれからどっか飯食いに行こうぜ。」

 そういえば、そろそろ昼飯時か。

「ああ、そうだな。・・・・唯奈と優はどうした?」

 よく見ると教室にも廊下にも二人の姿はない。先に帰ったのかな?

「用事があるってよ。」

「ふーん。」

 まあ、今日はあまり人に会いたくない気分だったから逆に好都合だ。

「で?行くのか?行かないのか?」

「・・・・いく。」

 たまには聡志と二人きりというのも悪くないだろう。どちらにせよ、しばらく会えなくなるのだから。

「今日は食堂、あいているのか?」

「ああ。今日はいい店見つけたからそこでどうだ?」

 街に繰り出すとなると少し金がいることになるな。

 私はウォレットカードの残高を思い出したが、さほど心配もいらなさそうだ。

「ああ。いいぞ。」

「それじゃ、行くか。」

「ああ。」

 私たちは歩き出した。

「テスト、どうだった?」

「まあ。だいたいはできたかな?」

 私は適当に答えた。正直ほとんど無意識にといていたからどの程度のできばえか覚えていないのだ。

「結果は3時ぐらいになったら送信されるから。後で見せ合おうぜ。」

 個人の成績は個人の携帯端末に送信されることになっている。

 そういえば、忘れていたが、聡志は成績優秀性だったっけ。その彼だから他人の成績も気になるのだろうな。

「ああ。分かった。」

 彼がどうしていきなりそんなことを話題にしたのかはよく分からないが、正直なところ、この時代で私はどの程度通用しているのだろうとか、聡志がどの程度の点数を取っているだろうとか言うのは気になるところだ。

 もっとも、私の場合、脳内のCPUによって知能補助がなされているので、それがそのまま自分の力だというわけではないのだが。

 私たちはしばらく他愛もないことを話し合いながら街を練り歩いた。通りかかる店のショーウィンドウを眺めながらいろいろ商品をひやかしてみたりと。私達はそれなりに楽しんでいた。この一週間はそんなものとは無縁だったから。今だけは、この感覚に浸っていたい。

「おう。ここだ。」

 聡志が足を止めたのは、コーヒーと軽食の店と書かれた『バターカップ』という店だった。

「イタリアンか?」

 店の感じから私はそう思ったが、

「イタリアン?ここは軽食店だぜ。」

 どうやら言葉が通じていなかったようだ。

「・・・いや、なんでもない。」

 私たちはとりあえず店の奥に席を取った。意外に穴場なのか、この時間帯でも人は少ない。その分、静かな雰囲気が漂った落ち着いた感じの店だった。

「やっぱりイタリアンだな。」

 私はメニューを見てそうつぶやいた。

「ここのおすすめは、やっぱりコーヒーなんだよな。インスタントじゃないコーヒーが飲めるのはここぐらいなもんだぜ。」

「へえ。」

 聡志の熱弁を聞いて、私はそのコーヒーが飲みたくなった。

「このダッチコーヒーって言うのはなんだ?」

 メニューの端っこに小さく店長おすすめという表示のあるものが何となく目に入った。

「ああ。それか。水出しコーヒーって言ってな。コーヒー本来の味が楽しめるってんだが、いかんせんすっげー苦いんだよな。」

「ふーん。だったら私はこれにする。」

 何となくチャレンジしてみたくなった。

「そうか。俺は、ブレンドコーヒーだな、モカとキリマンジャロの半々。後は、どうだ?このピザの特大のやつを半分に分けるってことで。」

「いいんじゃないか?」

「トッピングはミックスでいいよな。」

 私はメニューを見てみる。ミックスといったらトマトやベーコンなどがごちゃ混ぜになって乗せられているこれのことだろう。見た目は少しあれだが、味は期待してもいいだろう。・・・たぶん。

「ああ。OKだ。」

「うし。じゃあきまり。」

 そういうと、聡志は手を挙げてサーバーを呼んだ。

「おきまりでしょうか?」

 すぐにサーバーの女性がメモを片手にやってくる。こういうのは、私の知っている時代と変わらない。それを意識しているのだろう。

「俺は、ブレンドコーヒー、モカとキリマンジャロを半々で。こっちはダッチコーヒー。それとミックスピザの特大を一つ。」

 サーバーの女性は手際よくメモにペンを走らせる。

「以上でよろしいでしょうか。」

 私も聡志もうなずいた。

「かしこまりました。少々お待ちください。」

 深々と頭を下げると彼女は店の奥に引っ込んでいった。すべて自家製なのだろうか。なにやら楽しみだ。

「なあ。」

 突然聡志が私を呼んだ。

「ん?なんだ?」

 私は面を向ける。

「最近のお前なんだか元気ないよな。」

「そうか?」

 私は会話をかわすように答えた。聡志にも気づかれていたと言うことか。

「ああ。なんだがいつも上の空って感じだ。」

 私は苦笑を浮かべた。

「唯奈と優にも同じことを言われたよ。」

 ここまで三人が同じことを言うと隠し事をしている自分がなにやら滑稽に思えてくる。

「なんかあったら言えよな。俺はお前の恋人なんだし。」

 おい、ちょっと待て。今、聞き捨てならんことを聞いたぞ。

「誰が恋人だよ。誰が。」

「そのうちってことだよ。気にするな。」

「気にするよ。まったく。」

 真顔でそういわれれば怒ることも呆れることもできない。私は顔をそらせた。

「人生何があっても前さえ向いていればきっといいことがあるもんだ・・って親父が言ってた。」

「親父?そういえば、家族のことはあまり話題にしないよな。」

 どういうことか、唯奈も優も聡志も今まで一度たりとも家族のことについて話題になったことはない。

「ちっちゃい頃交通事故でな。優のお袋もそうだ。」

「唯奈も・・・か。」

 なるほど。お互い片方の親がいない、だから気があったと言うことか。

「お前も、似たようなもんだろう?」

「私か?私は・・・そうだな。少し違うような気もするけど。まあ、そういうことか。」

 私の場合はそれよりもっとひどい。死んだという事実以前に顔すら覚えてすらいないのだ。人は一生のうち二回死ぬといわれている。一回目は肉体の死、そして二回目は人の記憶から消えたとき。

 つまり、私に親がいるとしたら彼らは二回も死んでいることとなる。そして、その二回目は私自ら殺したのだ。

「だけど。何故いきなりこんな話をするんだ?」

「将来のことを考えて俺のことを知ってもらおうと思ってな。」

「どういう将来だ?それは?」

 私はいやそうな顔を浮かべながら聞くが、

「それは、有希の想像にお任せするよ。」

 イタズラっぽい笑みを浮かべるだけで答えようとしない。まあ、想像に難くないが、それを言えば、『お前もその気だったか』と言うに決まっている。

 だから私はもう何も言わないことにした。

「お待たせしました。ミックスピザにブレンドコーヒー、ダッチコーヒーです。」

 しばらくしてさっきのサーバーがテーブルに私たちが注文したものをのせていった。店を見回しても彼女以外のサーバーが見あたらない。アルバイトは彼女一人なのかな?

「おし。食うか。」

 聡志は指を鳴らす仕草をすると、ナプキンを膝に敷いて早速ピザに手を伸ばした。

「いただきます。」

 私は一言そういうと彼に習ってナプキンを膝に敷くととりあえずダッチコーヒーを口に運んだ。

 ・・・シュガーは必要だな。

 口の中のいがいがを直すべくシュガーを一ふり二ふり入れたそれを再び口に運ぶ。今度はほどよい加減だ。

「さすがに言うだけあって美味いな。」

 コーヒーの風味がそのまま味になっているような深さが口の中に広がってゆく。唯奈の入れてくれた紅茶と優劣つけがたいほどのものだった。

「だろう?この店のコーヒーはうまいんだって。何たって、インスタントじゃないんだからな。」

 コーヒーの豆というのは今になっては手に入りにくいのだろうか?

 私はすでに二切れ目のピザに手を伸ばそうとしている聡志の手を払いのけてそれを取った。精一杯口を開けてそれにかじりつく。

「うん。チーズがいい感じだ。」

「だろう?」

 払いのけられた手を伸ばしながら彼は二切れ目のピザを取って頬張る。

「ああ。」

 みるみるうちにピザはなくなっていった。

「なかなか満腹になったな。」

 コーヒーの最後の一口を飲みながら聡志は腹をぽんぽんと叩いた。私も結構満足だ。

「いい感じの店だな。」

 私は時計を見た。時計は三時ちょうどを指している。ここに来たのが二時ぐらいだったからちょうど一時間たったわけだ。

「そろそろ発表じゃないのか?」

 私が言うと聡志も時計を確認し、

「ほんとだ。もうそんなにたったのか。」

 私たちは小型の携帯端末を開いた。そこには未読メール一通という表示がある。私はそれを開いた。

 そこには、教科ごとの得点と平均点が書かれた一覧表があった。

 無意識に問題をといていたにもかかわらず10割にわずかに届かずといった点数がほとんどのようだ。私の脳内のCPUは私が無意識でもしっかりと機能を果たしているようだな。

「どうだった?」

 聡志は私の端末をのぞき込んできた。

「まあまあだ。ほら。」

 私は彼に端末を渡し、私も彼から受け取った。

「まあまあって・・げっ!」

 彼は私のモニターを見て言葉を失ったようだ。

 私も彼のモニターを見てみる、

「ふーん。やっぱり聡志は頭いいんだ。」

 ほとんどの教科が9割ちょっとあって苦手そうなものでも八割を下回っているものはない。順位は4位。この間聞いた順位より一ランク下がっているがトップクラスであることは変わりない。

「噂の転校生の実力は健在か・・・俺ももっとがんばらないといけないなあ。」

 私たちは再び端末を交換した。そういえば自分の順位を見ていなかった。私も結構高ランクにいると思うが・・・。

 私はその項目に目を走らせた。・・・どうやら私は学年トップのようだが、これはひとえに私のCPUの性能のおかげであって私自身の実力ではないはずだ。

 それはそうだろう。コンピュータ並みのCPU以上の演算速度と情報処理化は普通の人間にはできるはずもないのだから。

 そう考えるとあまり嬉しくない。

「まあ。気にするな。私の場合自分の力っていうわけじゃないからな。」

「はあ?」

 彼は訳の分からないといったふうな表情を浮かべたが、まあ当たり前だろう。このことを知っているのは、私とアリアと唯奈だけなのだから。

「そろそろ行こうか?」

 そう言うと聡志は立ち上がった。

 だらだらと時を過ごすのも悪くはないが、ずっとここにいるのもいまいちのような感じもする。

「ああ。そうだな。・・・適当にそこらをぶらぶらすっか?」

 それも魅力的だが・・・。今はやめておこう。

「いや。私はこのまま帰るよ。」

「そっか。・・・分かった。」

 聡志は少し残念そうな顔をしていたが同意してくれたようだ。

 私たちは「バターカップ」から出た。いうまでもなく勘定は割り勘だ。

「それじゃ。またな。」

 聡志の家は私の家の反対の方向なので、私たちはそのまま別れて家路についた。

 家に帰ったら何をしようか。しばらく帰らないことになるからただぼーっと時間を過ごすのもどうかと思うが、これといってやることもない。

・・・・いや、いつも通りでもいいか・・・。

 そんなことを考えているうちに家の玄関の前まできていた。

「ただいま・・・。」

 玄関の鍵をあけて中にはいるが、なんの返事もない。

「まだ帰っていないのかな?」

 私は下駄箱を見るが、通学用の靴はおいてある。しかし、外出用の靴は見つからない。どうやら一旦帰ってきてからまた出かけたってのが妥当な線か。

「鍵はもって出てるよな・・・。」

 私が入るときには鍵がかかっていたので、それは大丈夫だろう。私は扉を閉めて再び鍵をかけると階段を上って自分の部屋に入った。

「さてと・・・準備するものはもうないよな。・・・後は・・・。」

 私は勉強机の引き出しを開けると一通の手紙を取り出した。唯奈とアリアあてに書いた手紙だ。私は、自分一人で行くことにしたことと彼女たちへのお詫びの言葉が連ねられている。

 おそらく、こんなものでは許してもらえないだろう。しかし、もう決めてしまったのだ。今なら引き返せるかもしれないが。ここで逃げてしまえば、これから一生逃げ続けることになってしまう気がする。

 だから、もう逃げない。だから、一人で行きたい。

 私は、荷物をクローゼットから引っ張り出すと入り口の付近においた。

「ふう・・・。」

 何か、疲れてしまった。

 私は夕日が見える窓際に腰を着くと制服のポケットからタバコを取り出すとくわえて火をつけた。

「あの壁の向こうには・・・何があるんだろうな?」

 その呟きは赤く染まる街にとけ込むだけで答えは返ってこない。

 私は一箱すべてを吸い終わるまでそこにいた。灰皿で私の吸ったたばこの残骸が白い煙とともに山となっていた。

「そろそろ唯奈も戻ってきていい頃なんだけどな・・・。」

 部屋の時計を見みてみると、もうそろそろ夕食の時間のようだ。しかし、さっきから下で物音がした覚えはない。

 私は階段を下りてリビングを除いてみた。そこにはタッパーが一つに手紙が添えられてあった。

『今日は部活のことで、友達の家に泊まるので、タッパーの中のものを暖めて食べてください。・・・唯奈。』

 部活のことでか・・・吹奏楽部にそんな用事あったかな?私は少し訝しげに首をひねったが思い当たる節はない。

 それよりタッパーの中身はカレーのようだ。朝に仕込みをしていたのはこれだったのか。私の腹がふいにグーッと鳴った。

「・・・・食うか・・・。」

 私は電子レンジにタッパーごと放り込んで調理ボタンを押した。

 待つこと一分半、ちーんと言う小気味のいい音ともにレンジの扉を開けた。

「美味そうだな。」

 もくもくと湯気を上げるそれをご飯の上にたっぷりとかける。ルーとライスは6対4ぐらいが私の好みだ。

「いただきます。」

 私の他に誰もいないが私は両手を合わせてスプーンを握る。

「ほうほう・・。やっぱ唯奈の作るものは何でも美味いな。」

 手抜きしようと思えばいくらでも手抜きできるものであっても彼女は丁寧に心を込める。それはすごいことだと素直に思う。

 タッパーにはかなりの量が入っていたが、私はすべてを平らげてしまった。

「さて。自分の皿ぐらいは洗わないといけないな。」

 私は慣れない手つきで皿を洗った。やっぱり、こういうのは普段からやっていないと上手くはならないな。

 食事が終わると手持ちぶさたになる。私はしばらく椅子に座ってぼーっとしていたが何もやる気が起こらないので自分の部屋に行くことにした。

 後は夜が更けるのを待つだけだ・・・。私は時計を見た。出発までおよそ2時間。私はただ心静かに時を待つことにした。

 夜は更けてゆく。月の煌々とした青い光が街を覆い尽くし、夜空に一番星が輝き始める。街は静寂の闇に沈んでゆく。

 ・・・街が逝く・・・。


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