夜更けの父息子
やれやれ……今日も帰りが随分と遅くなってしまった。まあ日付が変わっていないだけ、まだマシか。
車を降りて我が家を見上げると、2階の電気はすでに消えている。ゲームばかりして夜更かしすることの多い娘だが、今日はもう寝ているようだ。
玄関を開けて家に入ると、どの部屋の照明もついていない。妻は今日は夜勤だから、帰りは明日の朝になるだろうが、息子ももう寝ているのか。
シンと静まり返った家に帰ってくるというのは、やはり寂しいものがあるな……と、ダイニングの照明をつけた私は、悲鳴を上げそうになった。
「……!? な、なんだ!?」
誰もいないだろうと思っていたダイニングのテーブルに、暗いオーラを放った男が1人、座っていた。
一瞬、同僚の医師から聞かされた、ホラー話の悪霊か!? と、ゾッと悪寒が走ったが、よく見ると、それはよく知った我が息子であった。
「せ、清一! なにをやっているんだ、電気もつけずに! 驚かすんじゃない!」
「…………よう、親父……帰ったのか」
「なんだ、どうしたんだ一体」
酒にめっぽう弱い息子だというのに、テーブルには空になったビール瓶がすでに2本も転がっており、さらに3本目に入っている。座っているのに体がフラフラとしていて、目の焦点も合っていない。
よっぽどのことがなければ、清一がヤケ酒などしないだろう。まあ、清一をこんなにしてしまう原因は、たった1つしかないが。
「あやと、何かあったのか。とりあえず、もう飲むな」
「あや……うっ、ぐっ」
清一の向かいの席に座り、ビール瓶を取り上げる。すると息子は妹のことを思い出したのか、なんと目元を片手で覆いながら、泣き出してしまう。息子が泣くところなど、子供の時以来見ていなかっただけに、さすがの私も、これには焦る。
「わ、わかった! ちゃんと聞くから話してみなさい!」
本当は帰宅してすぐ、まずはゆっくりと風呂にでも浸かって1日の疲れを取りたかったが、もうそれどころではなさそうだ。だがまあ、たまには、息子の悩み相談に付き合ってやるのも悪くないだろう。
私は食器棚から新しいグラスを取り出して、あらためて清一の向かいに座り、飲みかけの瓶ビールを自分のグラスに注いだ。
「あの小僧、殺す!」
「……いきなり、医者の息子とは思えん発言だな」
泣いていたと思ったら、今度は目を血走らせて怒りを露わにする。危険だ。
下手なことはいわないほうがいいなと、勝手に喋り出した息子の話を、私はただ静聴した。
「あやが、あやが変なんだよ……今朝まではたしかに俺のこと好きだって……何回も何回も! いってたのに! 放課後にあいつ……あの小僧が勝手に家に上がり込んでて…………あやのか、彼、かれ、か、彼氏? とかいってんだよ。何いってんだよって感じだよなぁ」
「ほ、ほう……それで?」
「いや、それはいいんだよ。あやとあいつの演技だから。多分。いや絶対だな! ……問題はそのあとだ…………あぁ……! 思い出しただけでツライ!」
早くいえよ。明日も早いんだから。と、急かしたくなる気持ちをグッと抑えて待つ。
清一は、また泣き出しそうな顔をして、やっと話し出す。
「俺……演技とはいえ、ムカついてさ…………あいつ! あやのおでこに……あやはあやで、あんな小僧にあんなことされて顔赤くしてるし……ムカついたんだよ」
えらくあやふやな内容だが、まあ要するに、目の前で他の男とあやがイチャついてるのを見せつけられて、腹が立ったのだろう。まんまと2人の思うつぼ、というわけか。
「……演技とはいえ、あやが俺以外に触られるのなんて許せねぇ……だからやめさせようとしたら……子ども扱いしてると思われて……あや、すごい怒ってた」
「子ども扱い? なんだそれは」
さすがに話が飛びすぎて理解できない。詳細を聞いてみると、つまり、あやとその少年の別れを清一が強要しようとしたため、あやが怒り出して部屋に閉じこもってしまったらしい。
本当に、あやとその少年が交際しているのであれば、悪いのは100%清一のほうだが、演技だというのならば、事情が変わってくる。変わってくるが……あいにく私は、息子よりも娘の味方だ。
「それは清一、お前が悪い。」
「……いうと思った」
「そもそも、お前があやの気持ちに応えてやらないから、こんなややこしいことになるんだろう。いい加減、子ども扱いはやめてあげろ。お前だって、好きなんだろう? あやのことを。恋愛対象として」
義兄妹とはいえ、自分の息子と娘の恋愛事情を尋ねるのは何気に勇気がいったが、ここまできたからには、とことん腹を割って話し合うほかあるまい。
家で1人、ヤケ酒していたところを見ると、可哀想なことに、他に恋愛相談できる相手もいないのだろうから。
父と息子の恋愛トークw 続きます(/ω\)