幼馴染と密談中2
「……あや? あや! ちょっとなにニヤけてんのよ、あんた」
「…………はっ! えっ、なに春奈?」
つい、あの日の夜のことを思い出してしまって、一瞬、上の空になってしまっていたようだ。春奈の声で我に返って慌てる。
「にっ、ニヤけてないしっ。それに……酔ってる時に告白されたって……しょうがないし……」
自分でいっておいて、だんだんと声が沈む。現在の私と兄の関係を、喜んでいいものかどうか、かなり微妙なところだ。でも私は現状に留まることを、望んではいない。
はぁ……、と思わず、ため息を1つ吐くと、いつも笑顔の春奈が、珍しく真顔になる。
「ねぇ、あや。あんたが、本気でお兄さんと付き合いたいって思ってるんなら、私に考えがあるよ」
「え、なに?」
正直あまり期待はできないなと思ってしまいながらも、私は藁にも縋りたい思いで、春奈の提案を聞くことにした。
そして彼女の口から飛び出してきた言葉は、やはりろくでもないものだった。
「あやが、お兄さん以外の彼氏を作るのよ!」
しーん……と、その場が静まり返る。
固まったままだった丸助は、あんぐりと口を開けて声も出ない様子だ。もう1人は変わらず、そっぽを向いて知らんぷりだが。
私は遠慮なく、全力でツッコませてもらう。
「なんでそうなるの! 私はお兄ちゃんと付き合いたいんだよ!?」
春奈は、まあまあと私を制止する。
「違うんだって。ホントに誰かと付き合うってわけじゃなくて、ようするに誰かに彼氏のフリをしてもらうってことよ」
「彼氏のフリ? なんで? それで、お兄ちゃんと付き合えるようになるの?」
「なる! ……かも?」
いまいち自信なさげな春奈の態度はともかく、話がまったく見えてこない。春奈は一体、私に何をさせたいのか。
「つまり……嫉妬させようってんだな。あやの兄貴に」
丸助がやっと、重苦しいながらも、口を利いた。それに対して春奈は、にやりとしながら頷いた。
私は丸助の言葉から、気になる単語を復唱する。
「嫉妬?」
「そう! お兄さんは、本当はあやのことが好きなわけでしょ?」
「……う、ん。たぶん」
「ってことは! あやがある日突然 "彼氏ができたよー!" なんていって男を紹介してきたら、当然、お兄さんは嫉妬するよね?」
「……え」
「そして、嫉妬に燃えたお兄さんは! "あやをあんな男に渡すものか!" と躍起になり、ついに素面の状態で本音を暴露! 晴れてあやとお兄さんは両想いになり、交際開始! って作戦よ! どう? ヤバくない!? 成功率90%は堅いよ! この作戦!」
「う、うーん……」
春奈のあまりの勢いに、気圧されそうになるが、作戦の概要はわかった。作戦というには単純だが、正直ちょっと試してみたいという考えも、私の頭をよぎっていた。
でも人の心をそんな方法で試していいのかという、良心の呵責がどうしてもある。
「で、でもさ。彼氏役っていっても、都合よくそんな役をやってくれる人なんて……」
「なにいってんの。ここにいるじゃない」
そういって春奈が指したのは、丸助……ではなく、さっきから一言も喋らず、我関せずを貫いていた、もう1人の幼馴染――影近だった。
「はぁ?」
これにはさすがに無口な影近も、反応せざるを得ない。
そして、影近以上に大きな反応を示したのは、丸助のほうだった。春奈と影近の間に割り込んで、異議を唱える。
「って、おーい! ここは俺を指名するところだろが、春奈! 影近みたいな暗いやつじゃ、役不足だろうがよ!」
「はぁ? なにいってんのよ。あんたみたいな"豆助"が隣にいても、小学生を連れてるとしか思われないでしょ。あやの彼氏になんて見えないの!」
「がっ……ぁ……」
あまりにはっきりした春奈の物言いに、丸助はショックを受けてテーブルに突っ伏してしまった。豆助というのは、小学生の頃から、私たちの中で一番背の低い丸助に、春奈がつけたあだ名だ。
丸助を撃沈させたあと、春奈は話を続ける。
「いいでしょ、カゲチー。あんたいっつも、私たちが恋バナしてても聞こえないふりしてるけど、親友の恋を応援する気が少しでもあるのなら、協力しなさいよ!」
春奈が強引なのはいつものことだけど、今回はさすがにまずい。止めなければ。
「い、いいって、春奈。カゲチーに悪いから……」
「別にいいよ。俺は」
「え!?」
止めに入ろうとしたのに、肝心の影近がまさかのOK。
私のための作戦なのに、私の肚は、しかしまだ決まらずにいた。