2人きりの夜
春休み中のある日――
その日は父も母も、勤めている病院に多くの急患が運ばれてきたため、帰ってくるのは、日をまたぎそうだと連絡があった。両親の仕事柄、そういうことも珍しくはない。
私はお風呂に入り、兄と2人で夕食を済ませたあと、リビングでスマホゲームをやっていた。
「お兄ちゃんもゲームやろうよー。テレビゲームで対戦するー?」
「ああ……ちょっと待って」
冷蔵庫を漁っていた兄が取り出したのは、1本の瓶ビールだった。
「……お兄ちゃん、お酒飲むの?」
「うん。で? なんのゲームするんだ?」
テレビ台に収納してあったゲーム機の本体をセットして、兄と並んでソファに座る。
チラリと隣を見ると、ビールをコップに注いだ清一が、それを勢いよく一気飲みしていた。喉をゴクゴクと鳴らすたびに、喉仏が上下しているのがなんだかセクシーで、見ている私は頬が熱くなってきた。
「……ん? なんだよあや。お前はまだ飲んじゃダメだぞ」
「べっ、別に飲みたいわけじゃないしっ」
「そうか? でもなんか物欲しそうな顔してたけど?」
「なにそれ……」
平静を装ってコントローラーを持つけれど、内心は動揺していた。
兄のいうとおり、私は物欲しそうな顔をしていたのかもしれない。
なぜなら期待しているから。これから起こるであろう展開を。
「……あやー?」
「なに。お兄ちゃん」
それは、ゲームをはじめてから3分も経たないうちにやってきた。
「……もっと、こっちくれば?」
きた! と思ったことは顔には出さずに、隣にいる兄をジッと見つめる。
「…………お兄ちゃんが、くれば……?」
「それも、そうだな……」
ずいっと一気に距離を詰められ、ソファの上で2人の体が密着する。
ドキドキしながら清一の顔を見上げると、お酒に弱い彼の顔は、すでにほんのりと赤く染まっていた。息がかかるほど顔が近くて、アルコールのニオイに、私まで酔いそうだった。
「ゲーム……しないの? お兄ちゃん」
「んー? あやはお兄ちゃんより、ゲームのほうが好きなのか? いつもは、お兄ちゃん好きって、いってくれるじゃんかぁ」
やや呂律の回らなくなった喋りと、甘えてくるような物言いは、兄がお酒に酔ったとき特有のものだった。今日もビール1杯とちょっとで、見事に出来上がってしまったようだ。
「んー……ゲームとお兄ちゃんかぁー。迷うなぁー。どっちが好きかなぁ」
普段は私のほうが突き放されている分、わざと意地悪ないい方をしてみる。
すると兄は、私の身体に長い腕を回して、ギュッと抱きしめてきた。顔は拗ねたように口を尖らせている。25の大人がする表情ではないはずなのに、イケメンがすれば可愛く見える。
「なんだよぉ……俺はあやのこと……好きなのに」
「……好きって、どういう好き?」
尋ねると、兄の骨ばった大きな手が、私の髪を梳いて、うなじに添えられる。
そしてゆっくりと顔が近づく。いつもより兄の瞳が潤んでいて、それを綺麗だな……と思いながら、目を閉じた。
唇が柔らかい感触に包まれる。温かくてとても気持ちがいい。心地よさにうっとりして兄の背中に手を回すと、私を抱きしめていた腕の力も強まった。
「あや……好きだよ……愛してるよ」
「……私も……大好き……お兄ちゃん……」
何度もついばむようなキスを繰り返した後、兄の体重が私にのしかかる。
「……寝た」
酔っ払うと、甘えてきて、キスをして、そのまま寝落ちする。これが、清一がお酒を飲んだ時にのみ発動する展開だった。
酔ってる時にしか聞けない、感じられない、兄の本当の気持ち。
こんなに優しく抱きしめてキスをしてくれるのに、どうして普段は、兄妹の一線を、頑なに越えようとしないのか。それが私の兄に対する最大の疑問であり、問題だった。
本当は普段から、清一とこんな風にイチャつきたい。両想いなら、ちゃんと恋人同士になりたい。
酔った兄から、初めて今のように、好きだといわれてキスをされたときには、かなり浮かれた。忘れもしない、中学2年の夏休みだった。
でも肝心の彼は、目を覚ますと、酔っていた最中に私にやったことを、綺麗さっぱり忘れてしまっている。それが悔しいから、私も彼にされた行為や、いわれたことは、本人には教えていない。
素面の清一から告白されなければ、意味はないのだ。
「……意気地なしなの? お兄ちゃん」
ソファに横たわった兄のほっぺたをツンツンと突きながら、私はひとりごちた。
(書いてて)楽しい(*´▽`*)