4名様デート
土曜日――
家から車で1時間半ほどの場所にある『桑島後楽園ゆうえんち』へ、兄と影近、そして春奈と私の4人は訪れていた。
春奈たちと遊ぶとなると、いつもならば自動的に丸助も誘うのだが、今日は事情を話して丸助には遠慮してもらった。
そう。今日の目的はあくまで、影近と春奈の仲を今までよりも近づけることであり、みんなでワイワイ遊ぶことではないからだ。
影近が春奈に想いを寄せていることを、丸助は全く気付いていなかったようで、2人にデートをさせたいといったときには、かなり驚いていたが。
まあ、影近はどんな時も表情の変化が非常に乏しいため、気づかないほうが普通なのかもしれない。
そんなこんなで、春奈にだけは秘密のデートを今日、遊園地で実現させることは叶ったのだ――。
「でもよかったじゃん。あやとお兄さんが無事、うまくいって。こんな早くうまくいくと思わなかったから、作戦提案した私のほうがビックリしてるけどさ」
「う、うん。それは、ほんとにありがとね。春奈」
お昼を過ぎたため、私たちはオープンカフェで軽食をとっていた。ぽかぽかとした陽の当たるテラス席を囲むように座って、それぞれハンバーガーやホットドッグなどを食べている。
「でもさー。なにも初めてのデートに、私にお礼しなくてもよかったんだよ? 普通に私らお邪魔虫じゃん。ねぇ、カゲチー」
春奈が影近に話を振ると、影近は視線を向けるものの、特に何もいわずに黙っている。
実は今日、春奈を誘う口実として、私と兄の仲がうまくいったのは春奈の作戦のおかげだからということで、そのお礼をしたいのだということにしていた。
しかしいくら傍若無人の春奈といえど、さすがに私と兄のデートの邪魔になるのではと気にしている様子だ。そんな春奈に、清一がすかさずフォローする。
「気にしなくていいよ、春奈ちゃん。春奈ちゃんが背中を押してくれなかったら俺、あやに気持ちを伝えられなかったままだと思う。本当に感謝してるよ」
「え……いやぁ……」
清一の王子様スマイルに、春奈はほんのり頬を赤く染めて、珍しく緊張している。兄に優しい言葉をかけられた女性は大抵こうなるけれど、なんだかちょっとモヤッとした。
「今日は俺のおごりだから、遠慮せずに好きなだけ遊んでね。ご飯も、もっと注文してもいいよ?」
「い、いいえ! 私はあやと違って大食らいではないので、もうお腹いっぱいです!」
「ちょっと……大食らいって、いわないでよ」
恥ずかしくて、春奈に文句をいう。
たしかに、どのメニューも美味しそうで、結局ハンバーガーとホットドッグにポテトをつけて、デザートも食べたくなったから、生クリームパイも食べているけれど、大食らいといわれるほどのものではない。
生クリームをフォークですくっていると、隣に座った兄が、ふいに私の口の端を指でぬぐった。そして指についた生クリームを、そのままペロリと舐めとる。
「……ついてたよ。それに、いっぱい食べてるあやは可愛いよ」
「ちょっっ、お兄ちゃんっ」
さすがに友達の前だったこともあり、兄の行動が恥ずかしくて赤面してしまう。
春奈は、ひゃー……家でもあんなことやってんのかなぁ……と、影近に小声で耳打ちしているけれど、こっちにも丸聞こえだ。
「あや。あんたすごいわ。こんなお兄さんが家にいたら、私なら心臓もたない」
「あ、そ、そう?」
なんかわからないけれど、褒められた。
デザートも食べ終わって、腹8分目になったところで、午後はどのアトラクションに乗るか考える。絶叫系のアトラクションは大方、午前中に乗ったし、あと試したかったアトラクションといえば、巨大迷路くらいのものだ。観覧車は一番最後と決めているし。
「よしっ。それじゃあ迷路いこっ!」
元気に席から立ちあがった春奈は、巨大迷路のあるエリアへ早足で先頭をいく。
そんな春奈の背中を見ながら私は、内心溜息を吐いていた。
それはそうだろう。なんせ本来の目的を、まったく果たせていないのだから。
今日は、影近と春奈の2人をデートさせにきたのだ。だというのに、影近は相変わらず無口だし、私が一緒にいるせいで、結局、春奈は私とばかり話してしまい、影近とはほとんど会話ができていない様子だった。
こうならないために、本当は影近と春奈の2人だけでデートさせようと私は企んでいたのだが、それに異議を唱えたのは、今、私のとなりに並んで、私の手をここぞとばかりに握っている兄だった。
私は、前をいく春奈と影近には聞こえないように、兄に囁く。
「もう! やっぱり2人だけでデートさせてあげたほうが、よかったじゃん。これじゃあ、いつもの4人で遊んでるのと変わんないよ」
「まぁまぁ。いっただろう。俺たち2人がイチャついてるのを目の前で見せつけられたほうが、春奈ちゃんも彼氏が欲しくなるんだって」
「……そうかなぁ」
清一がそういうから、今日だけは特別に恋人同士として手を繋いだりしても、拒否しないようにしている。しかし、今日の春奈を見る限り、私たちを茶化したり、冷やかすようなことはあっても、羨ましがっているようには見えなかった。
「やっぱりこのままじゃ、ダメだよね」
私はぽそりと呟いた。
巨大迷路はクリアするのに30分から40分くらいはかかるそうなので、入る前にトイレを済ませてから、いよいよ入り口から入っていった。
木造迷路の壁をなでながら、春奈は得意げにいった。
「あや知ってるー? 迷路って、壁に手を当てて、それに沿って歩いていくだけで、出口まで辿りつけるってこと」
「そんなの知ってるよー。ゲームの常識じゃん……」
春奈の問いかけに応えながら、春奈と影近がこっちを見ていない隙に、私は兄の腕を引いて、春奈たちとは別の道を選んで、彼女たちから離れていく。
「おっ。どうしたの、あや。積極的だなぁ」
「もう、なにいってんの。カゲチーたちを2人っきりにしたかったの」
何度も何度も道を曲がったから、もうゴールするまで、2人に会うことはないだろう。これで少しは影近も春奈と、会話の機会を持てるといいのだが。
そう考えての行動だったのだが、兄は2人のことには興味がないのか、私のことをいきなり抱きしめてきた。
「あっ! ちょっとお兄ちゃん! もう春奈は見てないんだから、イチャつくのは駄目……」
「やだ。今日は俺たち恋人同士だろう? 今日だけ……駄目?」
「うっ……」
甘えるような声で懇願され、綺麗な顔で目線を合わせられたら……断れるわけがない。
いつ人が来るかもわからない、迷路の行き止まりで、私はギュッと兄の体を抱きしめ返した。
遊園地デート続きまーす(/ω\)