両想い
柔らかくて温かくて、気持ちいい…………? じゃない!!
私は慌てて、目の前の影近から離れる。そして、たしかに彼の唇に触れていた口を押さえて呆然とする。
今……何した? 影近の口と、私の口がくっついた。でも一瞬だったから、事故? いや違う。影近はごめんと謝ってから私にキスした。キス…………してしまった……清一の前で。清一以外の男と。影近はわざとした……? どうして……。
咄嗟の出来事に、頭が混乱してうまく回らない。いいようのない不安のような悲しみのような感情に苛まれた私は、兄と目が合った瞬間――ついに泣き出してしまう。
「……っ……こんの…………クソガキ!」
「お! お兄ちゃん……!」
私同様、何が起こったのか理解できない様子で、しばらく呆然としていた兄だったが、私の泣き顔を見て我に返ったように、怒りを爆発させる。
影近の元まで大股で距離を詰めた清一は、怒りのままに影近の襟元を乱暴につかみ上げ、そのままソファの裏側に叩きつけるようにして投げ飛ばした。影近は背中を強く打ったせいで、咳きこんでしまう。
しかしそれでもまだ兄の怒りは収まらず、苦しそうに息を整えようとする影近に歩み寄って、まだ何かしようとする。これにはさすがに泣いている場合じゃなくなった私は、兄に縋りつくようにして止めに入る。
「やっ、やめて! 乱暴はダメ!」
「っ! だってお前! 泣いてるじゃねぇか!」
「そ、それはビックリして……。とにかくもう大丈夫だから、やめて!」
しっかりと兄の目を見て説得すると、兄の表情から怒りの気配が徐々に消えていく。固く握られていた拳からも力が抜けていった。
そして影近を素通りして、リビングのテーブルの上に置いてあるティッシュボックスから2、3枚ティッシュを抜き取ると、私の元へと足早に戻ってきた。
「なん……んんっ!?」
何の断りもなく、ゴシゴシと少し強いくらいの力で、唇を拭かれる。
やっとティッシュが離れた瞬間、唇が荒れてしまうと文句をいおうとした。
いおうとした、その口は――今度は目の前の愛しい人の唇によって、塞がれていた。
今度は間違いなく、私の一番好きな温度と感触。何度も与えられた、兄の温もりだった。
でも信じられない。今の兄は酔っ払いじゃない。素の状態で私にキスをしている。
ドキドキと張り裂けそうになるほど、心臓が鼓動を打っている。恥ずかしい。でも、この瞬間がずっと続いてほしい。
突然のことであるにもかかわらず、確かな幸福感を感じながらも、ゆっくりと唇を離していく。
間近で見た兄の目からは、初めて見るたしかな熱を感じた。
「あや……好きだよ」
ゾクリとするような声音での告白を、私はどこか夢でも見ているかのように聴いていた。