夜更けの父息子2
「子ども扱いなんか、してねぇよ」
「そうなのか?」
酔いのせいで、泣いたりキレたりと百面相を繰り広げていた清一が、ふと真面目な表情になり、真剣な声音でいい切った。少しは冷静になったか。
「そりゃそうだろ! 子ども扱いしてたら、そもそも女として見ねぇし……」
「どうした?」
熱弁が始まるのかと思いきや、急に何かを思い出したように硬直する清一。そしてぐふっ……という気色の悪い笑い声を上げたあと、テーブルに顔を突っ伏した。
「胸……あやの胸……だいぶ成長してきてるよなぁ……ふふっ……はぁ……早くもみt」
「それくらいにしておけ、息子よ」
全然、冷静になどなっていなかった。両手で何かを揉むしぐさをする息子。これをあやが見たら、きっと百年の恋も冷めるだろう。あの子は、格好いい王子様のような兄を、恋い慕っているのだろうから。
「お前があやを異性として見ているのは、嫌というほどわかった。ならなおさらだ。なぜあやの気持ちに応えてやらん?」
「……おい親父。今あやの身体、想像しただろ。ふざけんなよハゲ親父」
「ハゲてないし、想像してるのはお前だろう。いいから質問に答えろ、酔っ払い息子」
いい加減、酔っ払いの相手は面倒になってきたが、娘の幸せもかかっている。ここはきちんと理由を訊いておかねばなるまい。
しばらく無言になった清一は、顔を伏せたまま、ぽそりと一言だけ呟く。
「あやの身体が……」
「よっぽど酔ってるらしいな……?」
「ちがうって……!」
酔いで頭が回らないというのなら1発ガツンとやってやろうと、息子の頭上に拳を固めたが、それに慌てた清一は顔を上げる。
「だからさ……あやは喘息持ちだろ? だから無理させたくないんだよ」
「無理させたくない? …………ああ。そういうことか」
同じ男として、清一のいわんとすることを察し、いちおう相槌を打った私だったが、やはり本当の意味で合点はいかない。
「いいたいことはわかったが、それなら無理をさせなければいいだろう。交際しても、手を出さなきゃいい」
「…………手を出さなきゃいい!? お前、何いってんの!?」
私の発言に、目を剥いて驚きを表す清一。それはいいが、父親をお前っていうな。
「俺はおっさんと違って、健康な若い男子だぞ!? 付き合っておいて、何もするな? バカいえ! 無理だ! あんな可愛いあやと恋人同士になって、家で2人きりにでもなってみろ! 押し倒すぞ! その自信あるぞ俺は!」
「おっさんっていうな。私だってまだ若い……いや、そんなことはどうでもいい。なんだお前は。そんなことで今まであやを拒絶してたのか。やっぱり、あやが可哀想だな」
「なんだよ、俺はあやを心配して……」
「じゃあなんだ。手を出せないから、一生あやと結ばれる気はないと?」
「そんなわけねぇだろ!!」
ガン! と、清一の拳がテーブルを打つ。
そしてなぜか、手をもじもじさせて、照れたような表情に一変する。あやが見たらキャーキャーいうかもしれないが、男から見れば、ただ気持ち悪いだけだ。また何か想像しているらしい。
「……あやが高校卒業したら、告白するんだよ。その頃になれば、あやももう大人だろ……身体も……今よりは丈夫になってるだろうし」
なるほど。もう未来予想図は、息子の中で出来上がっているらしい。
そう、息子の中だけで。
「……そりゃいいな。素敵じゃないか。あやの気持ちを綺麗に無視した、実に美しい妄想だよ」
「…………は?」
青いな。実に青い。安全策を選択するだけで真の愛が手に入るのならば、誰も人生を、山あり谷ありなどと表現はしなかったろう。
胸に、いつか感じた、苦い痛みが蘇る。
まったく……私と同じ過ちを犯すつもりか、息子よ。
「清一。あや子のことが大事なら、絶対に逃がすな。ただ身体を慮るだけが、大事にするということじゃない」
「いや、でも俺は……」
「もっといえば、お前の思い描く未来で、あやがお前に振り向いてくれるという保証なんか、どこにもないんだぞ」
「…………っ、くそ……」
悪いな、清一。これも、子ども達には幸せになってもらいたいという親心だ。
苦悩し続ける清一を、あえて置きざりにして、私は1人バスルームへ向かった。
酔っ払いって、見てるだけなら面白いけど、絡まれると面倒くさいよね(~_~;)