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石ころ冒険者  作者: 亜蒼行
一年目
8/52

第六話「四人でパーティ」その1




 九月に入ってすぐ、巽の下に高辻からのメッセージが届いた。


『早速だけどこの間の借り返そーと思ってねー。研修が終わったばかりの新人なんだけど、紹介しようか? 二人ともかなりの才能があって、一人はメイジだぜぇ?』


 巽は当然「是非お願いします」と返信。何度かメッセージのやりとりがあり、次の日曜にその二人と会う段取りとなった。

 そして日曜日の夕方。巽は少し早めにアルバイトを終えてダッシュで電車に乗って大阪梅田へと向かう。


「花園さん」


 普通電車がJR大阪駅に到着し、下車したところで巽はしのぶに声をかけられた。


「あれ、深草? 今ついたところなのか?」


 その確認にしのぶは「はい」と頷く。


「すごい確率だな」


「そうですね」


 そんな会話をしながら巽としのぶは改札を出て歩いていく。待ち合わせ場所は定番の大阪梅田地下街、泉の広場だ。


「ええっと、とりあえず地下に行けばいいんだよな?」


「はい。確かこっちですね」


 毎週一、二回は大阪梅田にやってきている二人だが、繁華街で遊ぶような機会はろくになく、このため泉の広場の名前を知っていても実際にそこに行ったことはまだ一度もなかった。もっとも、地下に降りればあちこちに案内板や表示があり、迷うことも(ほとんど)ない。二人は(それほど)迷うことなく、ほぼ待ち合わせの時間通りに泉の広場に到着した。


「よう、巽ちゃん」


 と声をかけてくるのはサングラスにアロハシャツの男、高辻だ。その横には一人の少女が佇んでいて、少女は二人に軽く会釈した。


「こんにちは。それで君が……」


 高辻への挨拶もそこそこに巽はその少女の正面に立った。平均よりも若干高い程度の身長に、スレンダーな体格。長く艶やかな黒髪を頭頂部で結ってポニーテールにしている。タイトなジーンズにTシャツと活動的な服装で、手にしているのは竹刀袋だ。凛々しい印象の美少女で、鋭利な眼差しがまっすぐに巽達へと向けられていた。


「初めまして、鷹峯美咲たかがみね・みさきです。七月試験に合格して冒険者となりました」


 きれいな礼を取る美咲に対し、巽もまた頭を下げた。


「花園巽です、よろしく。三月試験で冒険者になって、俺は戦士。こっちは同期の深草しのぶ、忍者だ」


 しのぶも「よろしくお願いします」と挨拶し、一通り紹介は終わった。巽は美咲を見つめ……少しの間が空く。


「どう見ても君はメイジじゃないよな」


「はい、わたしの職業は侍です」


 見たまんまだな、と巽は思いながら高辻へと顔を向けた。


「それで高辻さん、メイジの人は?」


 高辻は苦笑しながら「美咲ちゃん?」と問い、美咲は「済みません」とスマートフォンを取り出した。そしてどこかへと電話する。


「――ああ、やっと出てきました。何をしているんですかゆかりさん、もう待ち合わせの時間は過ぎているのに。……電車の中ですよね? 今どの辺ですか? 桜ノ宮……まだ大分かかりますね。……はあ、ともかく急いでください」


 美咲はため息をつきながら通話を終了する。そして巽達へと向き直った。


「その……済みません。ゆかりさんは何かとルーズな人で」


「でもメイジとしちゃ出色だぜぇ?」


 巽は「はあ」と曖昧な返答をした。


「とりあえずその人を待ちましょうか……ええっと」


 この子とまず何を話すべきか、と迷う巽に対し、美咲が先制する。


「花園さん、失礼ですが冒険者カードを確認させてもらえませんか。わたしも見せますから」


「ああ、そうだな」


 美咲の提案に従い、三人は冒険者カードを開示した。冒険者カードはマジックゲート社が発行するこちら側における冒険者の身分証であり、向こう側での冒険者メダルと同じ役割を果たしている。例えば巽のカードのバーコードをスマートフォンで読めば以下のような情報が表示される。


「花園巽/戦士/ランク外/四五六ポイント/一万一〇八七位」


 これに対し、しのぶと美咲の情報は以下の通りとなる。


「深草しのぶ/忍者/ランク外/五七五ポイント/一万〇八九九位」


「鷹峯美咲 /侍 /ランク外/一九〇ポイント/一万一六三三位」


 美咲は表示された順位に悔しそうにし、


「やはりお二人とも高いですね……」


 と独り言のように言った。巽は苦笑するしかない。


「いや、四ヶ月も先行しているのに研修が終わったばかりの君に負けていたんじゃ話にならないだろ」


「このくらいの順位、美咲ちゃんくらい才能があればすぐに行き着けるって」


 高辻のその慰めに美咲は「確かにそうです」と強く頷いている。


「とりあえず年内に国内順位四桁を目指します」


 と美咲は拳を握り締めた。


「そして来年中には青銅クラスになるつもりです」


 そう高らかに宣言する美咲に対し、巽としのぶは唖然としている。


「まあ、この子みたいな天稟ならそれくらいのことはやっちゃうかもしれんけどねー」


 と高辻は笑っている。その高辻を巽が少し離れた場所へと引っ張っていき、


「高辻さん。いくら才能があっても油断すれば死ぬ――高辻さんだって見てきたことでしょう」


「ああ、もちろん。そんな例はいくらでも見てきたぜぇ?」


 と二人は美咲に聞かれないよう内緒話をした。


「それなら注意するべきなんじゃ……」


「ま、それはパーティ仲間の巽ちゃんに任せるわ。それもあって巽ちゃん達に紹介したんだから」


 無責任とも思えるような高辻の態度に巽はため息しか出てこない。一方残された二人は、


「あの……こんな時期に試験を受けて冒険者になったのは、何か事情が?」


「大した理由ではありません。ただ、誕生日が来て受験資格が得られるのを待っていただけです」


「え、じゃあ高校生?!」


「もう退学しています」


 聞き捨てならない会話をしていた。巽は思わず口を挟んでしまう。


「じゃあ、俺達よりも一学年下? 高校を中退して冒険者に?」


 その確認に美咲はごく自然に「はい」と返答。巽は美咲のことをまじまじと見つめた。


「……親は反対しなかったのか?」


「『高校くらい卒業したらどうだ』とは言われましたが、わたしの決意が固いと判ると『そうか』と納得してくれました」


 巽は「そう」と頷きながらも、まるで異世界人を見るような目を美咲へと向けた。


「花園さんは、やっぱり親御さんに反対されたんですか?」


「大喧嘩して、親子の縁を切って、やっとの思いで冒険者になったんだ」


 と肩をすくめる巽。なるほど、と頷く美咲は次にしのぶへと水を向けた。


「深草さんは?」


「え、あの……」


 としのぶは躊躇いがちに答える。


「わたしの家は母親だけで……お母さんは特に何も」


 他にできる仕事もなかったから、というしのぶの呟きは誰の耳にも届かなかった。


「それじゃ花園さんは家を出て……」


「まあ、実家が石川県だから。家を出るしかなかったんだけどな」


「わたしも実家が綾部にあって、毎週ここまで通うのはちょっときついです」


「深草も一人暮らしだったよな? 家どこだっけ?」


「え、えっとその」


 三人がそんな話をしているところに、


「美咲ちゃんごめんねー、遅れちゃって」


 と女性の声。一同が声の方を振り返ると、一人の女性が近付いてくるところだった。

 明るい栗色の長い髪はくるくるとうねり、ふわふわとボリュームがあった。身長は美咲よりも高く、非常にグラマラスなプロポーション。身にしているのはノースリーブのニットシャツで、胸を強調するかのようなその服装は凶悪なまでの攻撃力を有している。薄化粧をしたその顔は大人の女性のそれだった。……ただしそのゆるい口調はあまり大人らしくはなかったが。


「あらてっちゃん、ひさしぶりー」


「あらゆかりちゃん、一週間ぶりじゃん?」


 と彼女と高辻は掌を打ち合っている。まるでバーのママとその客のようだ。


「ええっと、その」


 と途方に暮れたようになる巽に対し、美咲が彼女を紹介した。


「彼女がメイジの紫野むらさきのゆかりさんです。研修中わたしはずっとゆかりさんと組んでいました」


 ……それから約一〇分頃。場所は泉の広場から駅の方へと少し戻り、地下街の喫茶店に移動している。


「喫茶店じゃなくってさー。ちょうどいい時間なんだしせっかくだから飲みに行こうよー」


 とゆかりは主張し、高辻も賛同したのだが、他の面々が却下したのである。


「わたし達は未成年ですよ? そんなお店に行ったら問題になるでしょう」


「だいじょーぶだいじょーぶ、美咲ちゃん達はソフトドリンク飲んでればいいから」


 とお気楽に言うゆかりだが、巽達は首を縦に振らなかった。


「でも居酒屋じゃ落ち着いて話せないし、余計なお金もかかりますし」


 と言う巽に美咲が一回、しのぶが二回頷いて賛意を示す。ゆかりは「ぶー」と頬を膨らませた。


「そこまで言うなら仕方ないわ……お姉さんがおごっちゃう! だから飲みに行こう!」


 決然とそう言って高々と拳を突き上げるゆかりだが、美咲は白けたような目を向けるだけだ。


「……それだけの手持ちが今あるんですか?」


「美咲ちゃん、立て替えといて。メルクで返すから」


 晴れやかな笑顔で堂々とそう言うゆかり。美咲はため息を一つつくと竹刀袋の口紐を解き、そこから長物を取り出し、


「ちょ、ちょっと――」


 巽が止める間もなく美咲がそれをゆかりの頭部へと叩き付けた。すぱーん!と景気のいい音が鳴り響く。


「いたーい、美咲ちゃんひどーい」


 とゆかりは頭を抱えて涙目になっている。巽としのぶは目を丸くするばかりだ。


「……それ、何?」


「対ゆかりさん用装備です」


 これくらいしないと止まらないんです、この人、と言いながら美咲はそのハリセンを竹刀袋に収納している。巽は刺すような視線を高辻へと向け、高辻はそっぽを向いて口笛を吹いていた。

 ――と、そんな一悶着を経て巽達四人は喫茶店のボックス席で向かい合っている。なお高辻は「後は若いもん同士に任せるわー」と去ってしまっていた。


「ええっと、それじゃ改めて、冒険者カードを見せ合おうか」


「はい、これー」


 巽としのぶは自分達のカードをゆかりに渡し、またゆかりのカードを受け取る。スマートフォンで読み取ったゆかりの情報は以下の通りである。


「紫野ゆかり/メイジ/ランク外/一五九ポイント/一万一七二〇位」


 ふむ、ともっともらしく頷く巽だが、開示されたこれらの情報で判るのは、正直言って名前と職業くらいのものだった。研修が終わったばかりの新人では順位だって参考程度にしかならない。直接会い、短い時間だがそこで得られた情報を加味したなら、


「何か、不良在庫を押し付けられたような……」


 ついそんな風に考えてしまう巽だった。


「しのぶちゃんて言うんだー、可愛いねー。中学生?」


「いやあの、鷹峯さんの一つ上……」


 だが巽やしのぶのようなコミュ障ではなく社交的な人間のようで、今もどんどんとしのぶに話しかけている。押される一方のしのぶは迷子のキツネリスのように身を縮めていたが。


「あ、あの、失礼ですけど紫野さんはおいくつ」


「ゆかりちゃん二一歳!」


 とゆかりは両方の人差し指で頬を指しつつ小首を傾げている。


「へえ……その歳で冒険者を志願したのは、何か理由が?」


「わたし、短大出た後はOLやってたのよー」


 意外な経歴に巽は軽く目を見張る。


「でも二ヶ月で会社クビになっちゃってねー」


 意外でも何でもなかった。


「どーしよーって途方に暮れてて、ハローワークに行く途中に駅でマジックゲート社の告示を見かけてね、冒険者試験の。物の試しに受けてみたら受かっちゃった」


 なるほど、と巽は頷く。冒険者になること以外何も考えていなかった美咲と、冒険者になるつもりなどなかったゆかり。生真面目な美咲と、不真面目なゆかり。実に対照的な二人だった。


「……それじゃ、お二人さえ良かったらお試しってことで、一度一緒に狩りをしてみたいと思う。俺達は火曜日を狩りの日にしているんだけど」


「はい。わたし達もそれで構いません」


 美咲は即答した。巽は一応ゆかりにも確認する。


「紫野さんもそれでいいですか?」


「別にいいけどそれはともかくとして、わたしのことはゆかりでいいよ?」


「いや、さすがにそれは……」


 と巽は苦笑未満の当惑を浮かべた。ゆかりは「『むらさきの』なんて言いにくいじゃない」と不満げな様子だ。


「しのぶちゃんは『ゆかりちゃん』て呼んでね? わたしもしのぶちゃんのことはしのぶちゃんて呼ぶから」


「は、はあ……」


 一方、美咲はゆかりのことを放っておいて、巽と事務的な話を進めている。


「誰が回収しようと魔核は最後に均等分配。それで構わないか?」


「はい。ゆかりさんともそうしていますし、問題ありません。それで、火曜はどこの狩り場に行くつもりですか? 普段はどこへ?」


「うーん。そろそろ第二一三開拓地に挑戦しようって話をしていたところなんだけど」


「ちょうどいいです。わたし達もその辺りから始めようと思っていました」


 え?と巽は思わず問い返す。第二一三開拓地の狩り場に出没するのはレベル一〇前後のモンスターであり、研修が終わったばかりの新人にはハードルが高いと思われた。


「レベル一〇のモンスターくらい、わたしにとっても手頃な獲物です」


 巽の内心を見抜いたように、美咲は不満げにそう言う。その美咲を、


「わたしの支援があれば、でしょ?」


 とゆかりがたしなめ、美咲はばつの悪そうな顔をした。


「うーん」


 巽は腕を組んで少し悩んでいた。美咲は優れた才能の持ち主で冒険者としても優秀なのだろうが、増長しているように見受けられた。レベルの高い狩り場に連れていくのは危険のように思えたが、


「……君達がそれでいいなら、第二一三開拓地に行くことにしよう」


 巽の判断に美咲は「はい」と力強く頷き、ゆかりは「判ったー」と笑って言う。しのぶは何か言いたげにしていたがその場では何も言わなかった。

 喫茶店を出、ゆかりが「飲みに行こうよー」と巽にすがるようにして言い、美咲がそれを引きずって去っていき、


「……いいんですか? 花園さん」


 巽と二人だけになったときにしのぶはようやくそれを問うた。非常に言葉足らずだったがしのぶの疑問は巽にとって自明だった。


「あまり良くはないけど……初対面の俺が説教したって聞く耳を持つとは思えないし。結局こういうのは痛い目を見なきゃ判らないだろうし」


「確かにそうですけど」


「ま、できるだけフォローしていこう。深草も頼むな」


 巽の依頼にしのぶは「はい」と嬉しそうに頷く。そして巽は大阪駅のホームでしのぶと別れ(主観的には)、自宅へと帰っていった。今夜・明日はゆっくり休養し、火曜日は一ランク上の狩り場に挑戦である。




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[気になる点] まだ主人公がコミュ障設定というのを貫くのですか? 普通にそんな人として描かれていないですよね 話数が進む度にそこが凄く気になってきました
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