番外編「魔弾の射手」
番外編の追加です。時期的には32話と33話の間の話になります。
日本には現在、一万二千人の冒険者がいる。
冒険者は青銅・白銀・黄金の三クラスにランク分けされている。青銅クラスは一一〇〇人程度、白銀クラスは一〇〇人程度。黄金クラスは日本には四人、全世界で一二人しか存在していない。
三クラスに入る冒険者は全体の一割。残りの九割はランク外の、「石ころ」と呼ばれる冒険者だ。冒険者歴一年八ヶ月(実質二年と五ヶ月)、国内順位四八四一位――花園巽は青銅クラスを目指して孤軍奮闘する、石ころ冒険者である。
ときは一一月末のある日。その日は本来休養日だったが巽はメルクリアを訪れている。場所はメルクリア大陸ヴェルゲラン、マジックゲート社ヴェルゲラン支部、その一角の事務棟の、さらにその応接室。
「ああ、待ってたよ巽ちゃーん」
へらへらと笑いながらゆるい口調で巽を呼ぶのは高辻鉄郎、マジックゲート社に所属する安全指導員である。その隣には銀の髪に褐色の肌の、一二歳くらいの少女。
「遅いではないか、何をしておる」
偉そうにそう言って胸を張るのはドワーフの少女、クリアだ。巽は「悪い悪い」と形だけ謝った。
「それで高辻さん、また調査の依頼って話ですけど」
「毎度毎度悪いねー。でも俺が知ってる冒険者の中で巽ちゃんが一番頼りになるからさー」
なれなれしくそう言う高辻に巽は苦笑未満の顔となる。高辻に依頼された調査でレベル八八〇のスライムと戦ったのはつい先日の話だった。
「それで、何があったんですか」
「第二一三開拓地、レベル三〇代の狩場だね。そこで遭難者が多発している」
毎年新たに冒険者となるのは約一二〇〇人、それとほぼ同数が毎年冒険者を廃業しており、そのうち死亡による廃業は約二百人。つまりは大阪支部だけで毎週二人死んでいる計算となり、冒険者の死は高辻にとってはただの日常、通常業務のうちである。
「ただそれでも、あまりにも帰ってこない連中が多いとやっぱり調査しないわけにはいかないんだよねー。今週だけでもう三組のパーティが戻ってきていない」
それは、と巽が瞠目した。
「確実に何かいますね」
「たかだかレベル三〇の狩場じゃろう? ちょっとレベルの高いモンスターが居座っとるだけじゃろうて」
とクリアは退屈そうに欠伸をする。多分そうなんだろうけどね、と高辻は肩をすくめた。
「ただ、気になる情報もある」
不意に真剣な顔となった高辻がテーブルの下から何かを取り出した。それは木箱で、その中には白い布が入っていて、それに包まれていたのは、
「弓矢?」
一本の非常に粗末な弓矢である。その辺の比較的真っ直ぐな木の枝を削り、羽根を付けただけの代物だ。加工技術は非常に未熟だがゴブリンには矢を自作する能力があり、この矢もそういうゴブリンの手製レベルの代物だった。
「一昨日に第二一三開拓地でギガントタランチュラを狩っていたパーティが拾ってきたものだ。戦闘中に飛んできて地面に刺さったらしい」
「しかしゴブリンが作ったにしては手が込んどるように思えるが……」
とクリアがその矢へと手を伸ばし、
「触るな!」
高辻に怒鳴られて全身を硬直させる。いつになく強く鋭い叱責に巽も目を丸くした。
「ああ、ごめんねー? 大声出しちゃったりして」
高辻がいつものゆるい態度に戻ってその矢を木箱へと片付け、クリアは巽を盾にするような位置に移動した。
「高辻さん、その矢は……」
「メイジに鑑定してもらったんだけど、毒矢なんだよねー。しかも使われているのはギガントタランチュラの毒だ」
巽が驚きに息を呑む。ギガントタランチュラの毒は極めて強力であり、それを受けた者は毒消しを使う間もなく即死するという。思い出されるのはギガントタランチュラの毒矢を使い、何人もの冒険者を殺したゴブリンの群れのことだ。群れを率いていたのは人間並みの知能を有する上にモンスターテイムの固有スキルを持つゴブリンで、それは中継地点の転移の魔法陣を破壊して冒険者の集団を孤立させることまでやってのけたのだ。
「まさかまた冒険者殺しに成功して知恵をつけたゴブリンが」
「その可能性もあるってことね」
「ギガントタランチュラと対峙して全神経をそれに集中させたパーティを狙い、横殴りをしようと矢を射かけて、狙いが外れて……?」
クリアの推測に高辻は「そんなところじゃないかと思う」と頷いた。
「しかしゴブリンか」
と巽は渋い顔となる。固有スキルが使えるならともかく今の巽にとって雑魚の掃討は不得意な分野となっていた。
「ま、雑魚の群れはわしに任せるがよい」
とクリアが胸を張り、巽は「頼りにしている」と頷く。クリアは得意そうに、ひっくり返らんばかりにさらに胸を張った。
「それじゃ頼んだよ、お二人さん」
高辻の声援を背に受けて巽とクリアが出発する。向かう先は転移施設、さらにその先の第二一三開拓地である。
時刻は午前一〇時頃、第二一三開拓地に到着した二人はベースキャンプを出たところである。周囲は果てしなく森が続く、典型的な狩場の只中だった。
「さて、ここから……」
と地図を確認するクリア。そのとき気配を感じた巽が普通の剣を抜いて身体ごと振り返った。
「待ってくれ、怪しい者じゃない」
と両手を上げるのは一人の男だ。眉が太く男らしい、いかつい顔立ち。装備は典型的な戦士のそれで、身にしているのは中古の鎧。ただし腰に普通の長剣を佩いている他に、自分の身長ほどの馬鹿みたいに長大な剣を背負っている。剣は両方ともバスタードソードだ。体格は巽と同じくらいで年齢もわずかに下くらい。ただ順位にはかなりの差がありそうだった。
特に何も怪しいところのない、低順位の冒険者である。ただ、
「ここは閉鎖されておるはずじゃぞ」
「とりあえずはメダルを見せてくれるか?」
閉鎖と言っても転移施設が機能を停止しているわけではなく、単に「閉鎖」の看板が出されているだけ、見張りが立っているわけでもない。勝手に転移施設を使うのは子供でもできることだが、もちろんそれは規則違反である。男は巽の指示におとなしく従い、自分のメダルを差し出した。そこに記載されている情報を確認すると、
「嵐山高雄/戦士/ランク外/二三七九ポイント/七八五五位」
なお冒険者歴は二年と数ヶ月で、実はゆかりや美咲と同期である。
「また微妙な順位じゃな」
遠慮も配慮もなくそう言うクリアの頭を巽が叩いた。二年以上冒険者をやっていてこの順位では青銅に上がれる可能性はほとんどなく廃業を検討するべきだろうが、
「それで、どうしてここに? この開拓地は閉鎖されているはずだ。俺達は調査のために来ているけど」
それは他人が口を挟むことではないし、第一もっと高順位から見れば巽にしても五十歩百歩なのである。
「その調査に俺も同行させてほしい。俺の知り合いがここで行方不明になっているんだ」
高雄が必死に頼み込み、巽とクリアは顔を見合わせた。
……それから少しの時間を経て。巽とクリア、それに高雄の三人は第二一三開拓地の中を進んでいる。クリアは反対したが巽が同行を許可したのだ。
「済まない、恩に着る」
と高雄は何度も頭を下げ、巽は「構わない」と不愛想に言うだけだ。
「それで、ここで遭難した知り合いって? パーティメンバーか?」
「ああ。いや……元パーティメンバーだ」
わずかに言い淀みながらも高雄はそう答えた。
「名前は四宮出水。今年の三月試験に合格して冒険者になった奴だ。縁があって二人でパーティを組んでいたんだが……あいつはあっと言う間に俺を追い抜いて行ってしまって」
二人だけのパーティは解散。彼女は新メンバーとパーティを組んで、調整のつもりで適正レベルより若干下の狩場を選んで狩りに行って、
「そのパーティが誰も帰ってきていないと」
その結論に高雄が沈痛な顔で頷く。だが、
「でも、狩りに行ったのは一昨日の話だ。生きている可能性はゼロじゃない」
顔を上げた彼はそう言って拳を固く握り締めた。クリアは「諦めた方がいいじゃろ」と言いたげな顔だったがそれを口にしない程度の分別はあった。生存は極めて望み薄だと巽も感じているが、
「そうだな」
と高雄に同意する。苦楽や生死を共にした仲間を助けられる可能性がわずかにでもあるのなら、居ても立ってもいられないのは自分のことのようによく判る……というか巽にも経験のあることで、それも彼の同行を許可した理由の一つだった。そしてもう一つの理由が、
「来るぞ、おそらくギガントタランチュラじゃ」
クリアの警告に二人が即座に戦闘態勢となった。ただし前に出るのは高雄の方、巽はクリアの横で待機だ。草むらをかき分けてギガントタランチュラが姿を現したのはその直後だが、高雄はもう準備を終えている。二メートル近い、規格外の長さのバスタードソードを構えた彼は、
「うおおっっ! ぶち抜け! 『剛腕粉砕』!」
それをギガントタランチュラへと叩き付ける。先制を期されたモンスターはひとたまりもなく真っ二つとなり、吐き出された魔核は高雄の長剣へと回収された。
「なるほど、身体強化の固有スキルか」
高雄が有するのは筋力、特に腕力を強化する固有スキル「剛腕粉砕」。それを駆使して超重量の長剣を振るうのが彼の戦闘スタイルだった。多少格上でも充分通用するくらいの威力を持っているが、
「大丈夫か?」
「は、はい。何でもないですこのくらい」
高雄がやせ我慢をしてそう言う。威力に比して魔力の消費量も大きく、彼は剣の一振りでへたばったかのように思われた。
「そ……それじゃ行きましょう」
平静を装う高雄が先頭に立って歩き出し、巽とクリアがそれに続く。
「……大丈夫か? これ」
「多分……」
クリアの問いに巽はちょっと自信なさげに言う。同行を認めた理由のもう一つは彼に雑魚の掃討をしてもらうためだが、あるいは判断を誤ったかもしれないという思いが脳裏をよぎっていた。
「さて、場所はこの辺って話なんだけど……」
太陽は中点を過ぎ、時刻は午後二時前。巽達三人は森林の中の開けた場所へとやってきている。何の目印も変哲もない場所なのだが、毒矢が拾われたのがこの地点だった。
巽はモンスターに警戒するのと同時に注意深く周囲を観察し、何か手がかりがないかを探している。クリアは手がかりの探索がメインで、高雄はモンスターの警戒など頭から飛んでしまって必死にその周囲を嗅ぎ回っていた。警察犬だってもっと落ち着いて行動すると思われ、クリアは鬱陶しそうである。だがその執念が実を結んだのか、最初にそれに気付いたのは彼だった。
「……なあ、あれが何か判るか?」
高雄が指差したのはさらに奥の森。ひときわ高い木々が生えている場所だ。その木の上の方が、
「……光っておる。何かあるな」
何かが太陽の光を反射していたが、遠すぎてそれが何なのかは判らない。
「関係あるとは限らないけど」
「大して距離があるわけじゃない。行くだけ行ってみるか」
「他に手がかりもないことじゃしな」
そして歩くこと一〇分足らず、彼等三人は巨木の森へと到着した。木々の高さは優に二〇メートルを超え、三〇メートルにもなるだろう。伸びた梢は重なり合い、まるで天井のように空を塞いでいる。日の光がろくに届かないため他の植物がほとんど育たず、土の見えている範囲が非常に広かった。
「角度が悪いな。何も見えないぞ」
と頭上を振り仰ぐ高雄。光を反射していた何かは梢の傘の上にあるようで、下からでは何も判らなかった。
「……じゃが、何かおる。いまいち気配が掴み難いが……」
クリアは難しい顔で頭上を見上げている。
「どうする? 木に登ってみるか?」
固有スキル「空中疾走」が使えれば話は早いのだが、それがなくとも巽の身体能力からしてみればこの程度の木登りはさして難しい話ではない。そうじゃな、とクリアが答えたそのとき、
「!」
巽達が一斉に散開、それから数瞬遅れてその地点に矢が刺さった。巽は即座に射撃地点を特定して反撃に移る。
「そこか!」
一足飛びに距離を詰めた巽が剣を振りかぶってゴブリンを一刀両断しようとし――そのまま硬直した。そこにいたのがゴブリンではなかったからだ。
「冒険者?」
おそらくは手製と見られる粗末な矢を携えているのは、金属鎧を身にした冒険者だ。だがその肌の色は死人のそれで、腐臭を漂わせている。その冒険者が操り人形のようにぎこちない動きで逃げ出し、数拍の思考停止を経て巽がそれを追おうとした。が、別方向からまた矢を射かけられて慌てて飛び退く。
「こっちもか!」
そこにいるのも冒険者、軽装の装備からしてレンジャーだ。どう見ても死人なのはさっきの戦士と同様である。さらにはどこからか石が飛んできて巽が剣でそれを斬り払い、その間に死人のレンジャーは姿を消していた。
「くそ、どうなってる」
巽はクリアと高雄の姿を探し、二人に接近した。が、完全に合流はせずにある程度の距離を置く。三人は周囲を最大限警戒しつつ、
「敵は冒険者……ゾンビ兵か?」
「ゾンビ兵を操る敵って、まさかネクロマンサー?」
「ヴァンパイアが傀儡を操っておるようにも見えるが、腑に落ちん――あれは」
頭上をにらみつけていたクリアがそれに気付いた。強い攻撃魔法が放たれた気配、だが射線が全くの見当違いだ。訝しげな表情となったその横顔に向かって輝く弾丸が突き進み風穴を開けんとし――巽がそれを斬り払った。クリアの目の前で光が弾け、尻もちをつく。
「こいつは……」
剣を持つ手がしびれ、その威力に巽は少なからず驚いている。そして高雄は愕然としていた。
「まさか、出水か?!」
それに応えるかのように魔弾の第二射。射線は大きく弧を描き、魔弾が再びクリアへと襲いかかる。巽は先ほどよりも余裕をもってそれを斬り捨てた。が、そこに放たれる何本もの矢。巽とクリアは大慌てでそれを転がり避ける。それがその辺の木の枝で作った粗末の極みみたいな矢だろうと、ギガントタランチュラの毒を使った毒矢であることを思えば謎の魔弾よりもはるかに危険な攻撃だった。
巽とクリアが移動して適当な大木を背にした。高雄もまた別の大木を盾にしようとする。
「嵐山、今の攻撃は」
「出水の固有スキル『魔弾の射手』……でもどうして出水が」
凝縮した魔力を光弾とし、それで攻撃するのが四宮出水の固有スキル「魔弾の射手」だった。その名の通りその射線は直線とは限らず、発射後に軌道を変えることも可能とする。実際今、ほとんどUターンするような軌跡を描いて魔弾が巽達へと襲来。巽は剣でそれを打ち返した。それと同時に毒矢が飛来、クリアが火炎の範囲攻撃で毒矢ごと射手を焼き払う。
「gigi……gaga」
射手のレンジャーは肌を焼かれて嫌な臭いを漂わせている。普通の人間なら火傷で身動き一つできなくなるだろうが、その射手はそれでも矢をつがえようとした。
「おい、待て――」
高雄が止める間もなくクリアが雷撃の攻撃魔法を放ち、その射手を撃ち倒した。その後で彼女が高雄へと冷たい目を向け、
「なんぞ文句でもあるのか」
「まだ生きていたかもしれないのに!」
「どこに目をつけておる。どう見ても死人じゃろうが」
「出水は生きている! 固有スキルを使っている!」
「人生の軌跡」とも「魂の形」とも言われる固有スキル。死人や傀儡にそれを使えるはずがない、というのは筋の通った話だった。だが、
「それがどうした。撃ってくるなら撃ち返すまでじゃ」
クリアは容赦なく言い捨てるだけだ。巽にしても、四宮出水の生存は自分達三人の無事に優先させるものではなかった。それでも、
「生存者がいるなら救出しなきゃいけない」
高雄が露骨に安堵する一方、クリアは面白くなさそうな顔である。
「できると思うておるのか?」
「簡単じゃないのは判っている」
そこに弓矢による攻撃、巽とクリアは飛び退いてそれを避けた。見ると、弓を携えた四人の冒険者が二人を包囲するように接近している。
「まさかあれまで殺すなと言うのではなかろうな」
その確認に巽は苦い顔となるが「やってくれ」と告げる。それを受けたクリアが敵の一人めがけて攻撃魔法を放つが、敵は上へと逃れた。
「何!?」
飛び上がったわけではない、上へと引っぱり上げられたのだ。他の冒険者も一斉に上へと移動し、そこから弓矢を放ってくる。さらに出水の魔弾が襲来、二人は走って逃げ出した。が、敵は何かに吊り下げられた状態で巽達を追ってくる。
「何だ? どうなってる!」
「糸じゃ!」
からくりを見抜いたクリアが雷撃を撃ち、それは外れて敵兵の頭上をただ通り過ぎたように思われた。が、糸を切られた敵兵が地面へと墜落する。うつ伏せとなったその敵兵の後頭部と延髄付近は、とりもちのような何かに覆われていた。
「糸? 蜘蛛の糸? 蜘蛛型モンスターか?」
「じゃろうな! こんな能力を持つ蜘蛛型モンスターは知らんが、冒険者を食らって固有スキルに目覚めたのかもしれん!」
おそらくは木の上、梢の傘の上に巣くっており、光を反射していたのは蜘蛛の巣の糸なのだろう。巽とクリアは逃げ回りながらも攻撃魔法を駆使し、さらに一人の敵兵を墜落させた。元々少ない手駒をさらに減らされて業を煮やしたのか、
「動クナ!」
女の声が響き、声の主が姿を見せた。梢から吊り下げられた状態で高度を落とし、頭上数メートルの高さで停止する。軽装の鎧を身にし、大型の金属弓を手にした女性。銀の髪は身長よりも長く――いや、髪のように見えたのは全て蜘蛛の糸だ。髪の代わりに糸が頭部全体にかぶさり、上に伸びた糸が身体を吊り下げている。鳥もちのような粘液が顔の半分を薄く覆い、瞼がなくなったのか片方の眼球が外に浮き出ている。
「出水、今助ける!」
「ナラ動くナ! ワタシがドウナっテモもいいノカ!」
彼女は手にした短刀を首筋に当てる。高雄は手にした剣を捨てた。
「マヌケが!」
出水が即座に「魔弾の射手」を行使、魔弾は高雄の脇腹を貫き、彼は血反吐を吐いて地面に顔を埋めた。
「いいザマね。わたしヲ見捨テタクせに、ぺあヲ解消シテせいせいシタワ」
「い、いずみ……」
高雄が手を伸ばそうとするが、その手に魔弾が撃ち込まれてへし折れる。それでも彼は顔を上げ、目の当たりにしたのは彼女の嘲笑だった。
「馴れナレしく名前ヲ呼ばれるノガ嫌だっタノヨ。ネエ、助けてよ今のわたしを。アンたなンカと組んダノのは間違いダッたワ。おカゲで随分と足踏ミシチャったじゃなイ」
言っていることが支離滅裂で、正気を保っているとは思い難い。それが本音とは限らなかったが、
「てめえが! てめえが……!」
怒りの感情が傷を忘れさせたのか高雄が立ち上がった。出水は固有スキルで攻撃しようとしたが、横からクリアが攻撃魔法を放って出水はそれを避け、
「うおおおおっっっ!!」
高雄は自分の長剣を踏み台にして跳躍。固有スキルで強化したその剛腕で、力任せに拳を出水の顔面へと叩き込んだ。骨の砕ける感触に高雄が顔をしかめる。高雄は金属弓を掴んでそのまま落下しようとし、だが出水はそれを放さなかった。
「シネ!」
血と歯をまき散らしながら出水が「魔弾の射手」を使おうとし――その身体が傾いた。彼女を吊り下げていた梢が……その巨木が大きく傾き、倒れようとしている。
巨木は山崩れのような轟音を立て、何本もの周囲の巨木を巻き込んでぶっ倒れた。その根元では巽が、
「やればできるもんだな」
と自分のやったことに感心している。岩すら発泡スチロールのようにぶった斬ってしまうアダマントの魔剣すら、全く歯が立たずにへし折れた竜血剣だ。いくら大木でも普通の木くらい豆腐と同じで、その上クリアの補助魔法もあったのだ。
「Gugigigigigi……」
木の上に巣くっていたモンスターは地面に叩き付けられたが大したダメージではない。すぐに逃げようとするが、その前に二人の人影が立ち塞がった。
「やはりアラクネーか」
「厄介な敵だったけどもう終わりだ。もらうぞ、お前のカルマを」
蜘蛛の胴体に女の上半身を乗せたモンスター、アラクネー。冒険者殺しに成功して人間並みの知能を得たそれは、モンスターの本能を計算で抑え込んだ。巽達に背を向けて逃げようとし、一足飛びに距離を詰めた巽が竜血剣でその胴を貫く。それはひとたまりもなく絶命し、それが吐き出した魔核は竜血剣へと回収された。
「そうだ、嵐山は。早く助けないと」
「あの程度で死なんじゃろ、冒険者が」
大怪我をしていた高雄と、まだ息のあった出水を二人が見つけ出したのはそれからすぐであり、高雄達を担いでベースキャンプへと向かったのもまたそうだった。
数日後、マジックゲート社ヴェルゲラン支部。
「先日はありがとうございました」
「いや、それはいい。それよりも……」
巽は附属病院で高雄と会っているところだった。幸い生命に別条はなく、怪我もほとんど完治している――高雄の方は。
「四宮さんはやっぱり……難しそうか」
巽の確認に彼は暗い顔で頷いた。
アラクネーが四宮出水を支配した手段が呪いの類だったのならまだマシなのだろうが、それは自分の糸を彼女の脳に突き刺して操っていたのだ。糸が崩れ去っても傷付いた脳が元に戻るわけではなく、出水は昏睡状態のままである。
「このままで目が覚める可能性があるのかどうか……高位のメイジの治癒魔法なら脳の損傷も直せるかもしれないけど」
それでも記憶が損なわれていればそれは絶対に元に戻らない。そもそも、一万メルク以上の大金を払って彼女を治療する義務も義理もマジックゲート社は持っていなかった。
「そうか。ともかくお大事に」
巽はそれだけを言い残し、逃げるように病院を後にした。残されるのは、頭を抱えて懊悩する高雄だけである。
この先彼がどういう判断をするのか――元パーティメンバーという関係だけで彼女のために冒険者を続け、大金を稼いで治癒をするのか、それとももう無関係と思い切るのか。仮に後者を選んだところで誰に責められる謂れもないし、これ以上巽が口を挟む話でもなかった。こんな末路があり得ると最初から判っていていて、それでもこの道を選んだのが冒険者なのだから。
巽はこれからもこの道を歩き続けるだろう。いつか青銅クラスとなって、約束の場所へとたどり着くために。
ということで、新作宣伝のための番外編でした。できれば新作も読んでやってください。




