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石ころ冒険者  作者: 亜蒼行
三年目
45/52

第三三話「巽の新人指導日誌・緊急討伐編」




 火曜日に自分の狩り、木曜日と土曜日に技術向上研修、それ以外の日は自主トレーニングや休養その他――それが巽の生活ペースである。そして今日は木曜日、技術向上研修を終えて狩場から戻ってきたところの巽に、


「あ、巽ちゃーん。ちょっとお願いがあるんだけどさぁ」


 なれなれしくそう呼びかけてくるのは安全指導員の高辻鉄郎だ。巽は彼に誘われるままにマジックゲート社ヴェルゲラン支部の一室へと入っていった。二人は応接室のソファに座り、対面する。


「それで、何があったんですか?」


「おっちゃんちょーっと困っててさぁ。助けてくれるとものすごっっく助かるんだけど」


 そんな前置きの上で伝えられたその話に、巽は渋い顔を隠せなかった。


「ゴブリンの緊急討伐……ですか」


「うん。巽ちゃんには毎回無理ばっかり聞いてもらって、こんなことお願いするのは非常に心苦しいんだけど」


「でも、一月前にも緊急討伐が実施されたばかりでしょう」


 まーねー、と高辻がやや苦い顔をする。


「でもその緊急討伐は全部の群れの掃討が終わらないうちに中断したままだったんだよねー。理由は説明するまでもないと思うけど」


 ああ、と巽はその一言で複数の事実を理解する。「石ころの狩場にスライムが出現して緊急討伐に参加したメンバー一四人が全滅」という事件を大前提として、


「第二一九開拓地は他のスライムがいないことを確認できるまで閉鎖されたまま。他の開拓地でも安全を見て緊急討伐が延期になっている、というのは聞いています」


「うん。でもさすがに一月経って延期するのも限界だし、念入りに調査したけどスライムも目撃例は皆無。緊急討伐が再開されるわけだけど、一月間が空いたせいであちこちが草ボーボーになっているわけ。複数の開拓地で緊急討伐を同時にやらなきゃならなくて、どうしても人手が足りないの!」


 高辻は両手を挙げて天を仰いだ。挙げられた手はやがてゆっくりと降ろされる。


「嬢ちゃん……鉄仮面が『手が足りないならわたしが出ようか?』って言ってくれたけど、さすがにそれはご遠慮願ったの」


「そりゃそうですよね」


 と頷く巽。いくら新人研修を受け持った縁で親しいと言っても「黄金クラスにゴブリン退治をさせた」なんて話が広まったなら高辻がどれだけの非難にさらされるか、想像もつかない。


「まあ、俺なんて黄金クラスと比較にもならない軽い身分ですし」


「ああ、さすがに今の巽ちゃんに掃討をしてもらおうってんじゃないよ? 巽ちゃんにお願いしたいのは掃討部隊の指揮官、兼保険役」


 巽の渋い顔がより一層渋くなった。高辻はへらへらと笑って冷や汗をごまかしている。


「……それ無茶苦茶大変な役じゃないですか。はっきり言えば、足手まといを連れていくより俺一人で掃討した方がまだ楽です」


「いや、固有スキルを封印した今の状態じゃ雑魚の掃討は死ぬほど面倒でしょ? 猫の手でもないよりはマシじゃん?」


 その言に一理ないわけではなく、唸る巽に高辻が言い重ねた。


「それにゴブリンの緊急討伐は新人がわりと安全に手堅く稼げる機会なわけだし、それを高順位が奪うような真似は良くないって」


「その安全のためにベテランが途轍もなく苦労するんですけどね」


 巽が深いため息とともにそう言う。それは高辻の依頼を引き受けるという意志表示であり、


「恩に着るよー、本当に」


 高辻は明るい声で安堵と感謝の意を示していた。











 翌金曜日、それが緊急討伐の実施日である。通常、指揮官や保険役として緊急討伐に参加する場合それは「自分の狩り」一回分としてカウントされるわけだが、今回巽は「技術向上研修」の一回分としてカウントされることとなった。巽のような高順位の冒険者に指揮官兼保険役をやってもらうために高辻がゴリ押しをした結果である。


「その点には感謝しないわけではないけども」


 途方に暮れた巽が天を仰ぐ。次に俯いてため息をつき、最後に気を取り直して正面を向いて、


「それではメンバーを確認する! 番号、いち!」


「に!」


『さん!』


「よん! 全員そろっております、軍曹殿!」


 その報告に巽は頭を抱える。だまされた、と思わずにはいられない。


「そりゃー、第二一九開拓地に人が集まらないのは判るけど……」


 今回の緊急討伐で巽が受け持つのは第二一九開拓地。スライムが出現した、まさにその場所であり、スライムに食われて一四人の冒険者が全滅した場所である。巽の参加が決まった時点で第二一九開拓地の担当者は同時に決定しており、その判断に巽も異存はない。誰であろうとそうするに決まっている。


「いっそ俺一人に任せてくれればまだ良かったのに」


 どれだけ調査が念入りになされようと「スライムが本当にいない」ことを証明するのは不可能だ。わざわざ危ない橋を渡る必要はない、あるいは縁起が悪いと判断して他の開拓地を選ぶのは当然であり、むしろ物好きが三人も残っていることの方が驚きかもしれなかった。


「ええっと、まずは自己紹介を頼む。たった四人のパーティだ、力を合わせてことに当たらなきゃならない」


 三人の冒険者は「はい!」と元気な声を重ねた。


鳴滝瑞穂なるたき・みずほ、メイジです! 九月試験に合格して冒険者となりました! 国内順位は一万一五一九位です!」


竹田七瀬たけだ・ななせ、戦士です。わたしも合格したのは九月試験です。国内順位は一万一五三五位です』


柳馬場万里やなぎのばんば・まり、忍者っす! わたしも九月試験の合格者です! 国内順位は一万一五六六位!」


 つまりは研修期間を含めても冒険者歴二月半の、本当のド新人だ。国内順位は同時期の巽と同程度であり、お世辞にも優秀とも順調とも言えない。三人とも同期で、三人とも女の子で、三人とも順位が同じくらいということは、


「君達はパーティでの参加か」


 巽の確認に「いえ」という三つの声が唱和した。


『わたしはずっとソロです』


 と七瀬。


「この間まであるパーティにいたんですけど、追い出されました!」


 と万里。


「今はあちこちのパーティを渡り歩いて、よさげなのを探しているところです」


と瑞穂。


「三人ともソロかよ」


 と巽はその偶然に驚いている。

 鳴滝瑞穂は、平均よりも多少低い身長。平均程度の身体を標準的なメイジのローブに包んでいる。手にした杖も量産品と、絵に描いたような新人メイジの姿だった。ツインテールにした栗色のロングヘアが特徴的で、明るく元気な笑顔が魅力的である。

 柳馬場万里は、平均程度の身長とスレンダーな体格。身にしているのは標準的な忍者装束、手にしているのはおそらく中古の忍者刀。短めの髪を強引に結んだポニーテールと、いたずら小僧のような笑顔が特徴的な、ボーイッシュな少女である。

 最後の竹田七瀬は……おそらくその体格は瑞穂と大差ないだろう。彼女は全身を、爪先から頭部・頭頂も含んで重装の金属鎧に包んでいるのだ。肌を露出させた箇所は一ヶ所もない。涼やかで可愛らしい声からして、瑞穂や万里と同じくらいには魅力的な女の子なのだろうと思われた。


「しかしこの鎧……」


 巽は鷹のように鋭い目で七瀬の鎧を四方八方から見て回っている。鎧の内側では七瀬が緊張やら気まずさやら恥ずかしさやらをブレンドして多めの血流を加えた顔をしているのだが、巽がそこまで察せるはずもなかった。


「ごつい見た目よりは薄くて軽いか。新人の女の子でも着て動けるくらいには」


『はい。その分低下する防御力は魔法で補っています。魔力を流した瞬間だけ防御力が大幅アップするんです』


 よくよく見れば鎧の表面には複雑な紋印が刻み込まれており、それは魔法陣の一種だった。素材も単なる鋼鉄ではなくミスリル銀などを加えているのだろう。


「よくこんな鎧手に入れたな。安くはなかったろうに」


 その……と七瀬はばつの悪そうな顔をした(ものと思われた)。


『これは親に買ってもらったんです。わたしの生命は何物にも代えられないからと』


 それどーなん?と非難がましく言うのは万里であり、


「わたしなんて親と喧嘩して家を出て、一人暮らししているのに」


 と軽蔑を隠さないのは瑞穂である。同じく親と喧嘩して家を飛び出して冒険者となり、初っ端で何百メルクというローンを背負った巽もまた、内心では二人と同じ感情を共有した。

 一方、軽侮の視線を一身に受けた七瀬はそれを跳ね返すように背筋を伸ばし、


『この鎧を手に入れるために親はローンの残っている家も車も売り払って団地に引っ越しました。お父さんは今スーパーカブで通勤してます。わたしは一日でも早く稼げる冒険者になって、家を買い戻してあげないといけないんです』


 そう言い募り、拳を決意と同じくらいに固く握り締める。巽にできるのは「なるほど」と頷くことくらいだった。彼女や彼女の親が正しいのか間違っているのかは、部外者である巽が論評できる話ではない。


「まあ、五千番台にもなればそのくらいは標準装備だし、家を買うのも難しくはない」


 貯金を叩いて購入した三千メルクの魔法剣を最初の狩りでへし折って二千メルクの借金だけを背負い、さらにそれを完済した男が重々しくそう言う。


「最終目標は当然青銅だけど、当面の目標はその辺になるかな」


『はい、頑張って稼ぎます』


 と力強く頷く七瀬。また万里と瑞穂も、


「そういう事情なら協力しないでもないっすよ」


「早く稼げる冒険者になりたいのはわたしも同じだし」


 とあっさりと手の平を返す。七瀬は安堵の笑顔を二人の仲間へと向けた(ものと思われた)。


「今日もそのために、小さなことからコツコツと! みんなでゴブリンの群れをぶっ潰して、目標は一人三桁メルクっす!」


 と気炎と拳を突き上げる万里。瑞穂と七瀬の「おー!」という可愛らしい声がそれに続いた。











 そしてやってきた第二一九開拓地。三人はゴブリンの群れを探して閑散とした木立の中を進んでいる。


『つ、つかれた……』


 そして早々に探索は中断していた。七瀬が獣道の真ん中で座り込み、荒い息を整えようとしている。瑞穂や万里は呆れ半分同情半分の様子で、巽は頭痛を覚える頭を抱えていた。


「そりゃ、全身鎧なんだ。いくら薄くて軽いって言っても限度がある」


 以前、美咲が巽の鎧を借りて着たときのことが思い返される。まだド新人だった美咲は鎧の上半分を着てしばらく歩いただけで動けなくなってしまったのだ。

 こんなところを襲われたなら、と思っているところにまさにゴブリンが出現した。ただその数はほんの三匹ほどだ。


「それじゃ先生、お願いします!」


「どぉーれ……って、何をやらせる」


 そんなコントを演じている間にもゴブリンは間近に迫っている。仕方なしに巽は予備の剣でその三匹を斬り捨てた。ゴブリンを斬るなんてどれだけぶりか、と感慨を抱くがそれも長い時間ではない。


「どういうつもりだ? 君達は俺に戦わせて高みの見物ができるような立場なのか?」


 あまり強くならないよう意識はするが、それでもその口調がきつくなるのは抑えられなかった。高順位の大先輩に叱責された彼女達はまず身をすくませ、次いで背筋を伸ばした。


「その……固有スキルの問題です」


 とまず瑞穂が弁明をする。


「固有スキル? 君の?」


「はい。わたしの固有魔法は範囲攻撃向きで高威力で、ゴブリンの群れを一撃で一掃できる自信があります。でも全力で撃ったらガス欠になってしまうので……」


「できるだけ魔力を温存したいと。それは判るけど、でもそのために重武装の戦士が直衛にいるんだろう?」


 と巽の視線が七瀬へと向けられる。彼女もまたその瞳を真っ直ぐに巽へと向けた(ものと思われた)。


『わたしの固有スキルは雑魚の群れよりも大物一匹向きです。威力はあるんですが燃費が悪いのは鳴滝さんと同じで……』


「やっぱり魔力と体力を温存したいと。それなら最後の一人が露払いをやるべきところだけど」


「わたし、モンスターを探すのは得意なんだけど戦闘は苦手で」


 と笑ってごまかそうとする万里。巽は深々とため息をついた。


「ゴブリンを避けているようじゃ狩れるモンスターなんか残らないぞ。廃業した方がいい」


「いや、ちょっといきなりだったからびびっただけっす! ちゃんとやれます!」


 慌ててそう言う万里に、巽も「二ヶ月半続いていることだし」と一応信じることとした。

 巽は殊勝な顔で並ぶ三人を順に眺め、その間に思考を巡らせた。そして「よし」と区切りをつけるように言う。


「先に進むぞ。ここからは俺はできるだけ手出ししない。鳴滝が魔力を温存するのはいいけど、その代わり露払いは二人がちゃんとやるんだ」


 判りました、と三人が頷き、先へと歩き出した。先頭は万里、中央に瑞穂、その後ろに七瀬、最後尾が巽だ。探索が再開され――半時間もしないうちに七瀬の体力が尽きて強制的に休憩となってしまう。巽はこの狩りの先行きを思い、途方に暮れるしかなかった。











「うーむ……」


 時刻は正午近く。探索が再開され、巽達四人はゴブリンの群れを探して木立の中を移動している。探索は順調とは言い難く、ろくに進んでいないと言うべきだった。最大の要因は七瀬の体力不足だが、


「うわっ、また来たっすよ」


「ほら、立てるか竹田」


『な、なんとか……』


 四人を囲む、一〇匹程度のゴブリンの群れ。巽達がゴブリンに襲来されるのはもう四回目であり、足止めをされた回数も同数だった。


「相手は一一匹、弓を持っている奴はなし。二人だけでいけるか?」


「やってみまっす」


 と万里が頷き、忍者刀を握り締めて群れへと突撃する。七瀬もまた己が武器を振り上げた。


『せーのっ!』


 まるでバレーボールのような、あまり気合の入らない掛け声で撃ち放たれたのは棘付き鉄球だ。何メートルもの長い鎖につながれたそれを、七瀬は縦横に振り回してゴブリンの頭部を粉砕する。フレイル型モーニングスターと呼ばれる武器である。

 万里がちょっかいをかけてゴブリンの注意を引き、その隙を突いて七瀬が攻撃。さらにその隙を突いて万里が忍者刀で敵を刺殺する。冒険者となって二ヶ月半というド新人の、今日顔を合わせたばかりの即席コンビとしては悪くない連携かもしれなかった。二人は特に危険に陥ることもなく、無事その群れの駆除を終了する。


『つ、つ、つかれた……』


 力尽きた七瀬は戦闘が終わった途端にその場に座り込む。巽はなんだか遠い目となった。


「まあ、竹田はあれだ。とにかく体力をつけるのが第一」


『はい……』


「わたしは? わたしは?」


「少しは落ち着いて体力を回復させろ」


 戦闘のハイテンションをそのまま維持している万里にそう言う巽。はーい、と返答する万里は一瞬でだらけ切った様子となり、全力で休憩しようとしていた。


「あの、わたしは」


「鳴滝は警戒」


 はい、と返答する瑞穂は周囲を警戒しながらも、


「あの……わたしも支援魔法を使った方がいいんでしょうか」


 その相談に巽は「そうだな」と少し考える。


「それがあれば竹田ももうちょっと楽ができるだろうな。ただ今回は鳴滝の攻撃魔法で群れを一掃するのが目的だから、その辺は魔力の残存量と相談しつつ、だな」


 瑞穂はまず「はい」と返答し、次いで独り言のように、


「ここならきっと参加者も少なくてわたしが一人で群れを全滅させても怒られないだろうって思って選んだんですけど」


『いくら何でもたった三人だけなんて思わなかったです』


 と続けるのは七瀬だ。彼女がこの第二一九開拓地を選んだのは、得物が集団戦向きではないから、なのだろう。そして万里は、


「はいはーい、わたしは何も考えてなかったっす!」


「知ってる」


 巽の返答に万里が「ぶー」と頬を膨らませる。そんなやり取りを笑って見ていた瑞穂だが、


「――花園さん」


 緊張に満ちた声で巽を呼ぶ。呼ばれた巽もまた即座に立ち上がり、瑞穂の視線の先を追った。


「……またゴブリンか。数は二〇近く」


「うへぇ、勘弁してよ」


 とうんざりした様子の万里。七瀬も立ち上がろうとしているが、その身体は重かった。


「まあ、戦闘直後だしここはおまけしておくか。待ってろ」


 と予備の剣を担いだ巽がゴブリンの群れへとゆっくり歩いていく。瑞穂達三人はその背中を見守った。


「固有スキルが使えれば話が早いんだけどな。ないものねだりをしても仕方ない」


 ゆっくり泰然と進む巽に対し、ゴブリンが耳障りな啼き声をあげて突撃してくる。巽はあっと言う間に四方を包囲され、


「一、二、三、四」


 瞬く間もなく剣が閃き、前後左右の四匹が斬られた。


「阿修羅拳!」


 目にも止まらぬ三連撃で三匹が屠られ、


「蜉蝣!」


 群れの後輩に回り込んでさらに三匹を倒す。


「これで半分!」


 そう言っている間にさらに二匹が真っ二つとなるが、使ったのは「魔鏡剣」。固有スキルのそれではなく、剣術としてのそれである。

 残りはもう、戦闘と言うよりは単なる作業だった。今の巽にとってゴブリンの動きなど止まっているも同じだ。果樹園の果物をもぐように、ゴブリンの頭部を割って魔核を回収する。


「これでラスト!」


 最後の一匹を串刺しにし、その魔核を回収。戦闘に要した時間は一分半ほどだろう。


「まあこんなもんか」


 不満も満足も特には覚えず、巽は瑞穂達三人の下へと戻っていく。その彼を出迎えたのは、彼女達の唖然とした顔だった。


「? どうした?」


『いえその……花園さんがどう戦うのかを今後の参考にさせてもらおうと思ったんですけど』


「全く参考にならなかったっす。レベルが違いすぎて」


「速すぎてどう戦っているのかほとんど判らなかったです」


「なんか緩急がすごかったっすよね。だから余計に速く感じるのかも」


『そうね、必要最低限の動きって感じ。剣を振ったのも敵の数だけなんじゃないかな』


「敵の動きが全部見えてて全部判ってて、その上で一番速く一番楽に全滅させるルートを選んだ……ように見えた」


 可愛らしい少女に口々に心からの賞賛をされ、巽は居心地の悪い思いをしている。もっとレベルの高いモンスターならともかく、ゴブリン相手にこの程度の芸当ができたところで自慢にも何にもならなかった。


「まあなんだ。動きは簡単に真似されたら俺の立場がないけど、考え方は参考にできると思う。特に竹田は」


『考え方って?』


「最小限の労力で最大限の効果――俺は常にそれを考えて剣を振っている」


 正確には「何も考えずに竜血剣を振っていたらすぐに潰れてしまうから」なのだが、そこまでは説明しなかった。


『なるほど……』


 大して深い話ではないのだが、七瀬は感銘を受けたようだった。


「どこに行けば敵を誘えるか、どう避ければ動かずに済むか、どこを狙えば一撃で殺せるか……もちろん一朝一夕でそれができたわけじゃなく、これまでの経験と試行錯誤が必要だったんだけど」


 七瀬は蒙を啓かれたように、両拳を胸の前で握り締めた。


『簡単に真似できることじゃないでしょうけど、でも今のわたしに一番必要なことだと思います』


「いや、一番は体力じゃないすかね」


 万里のもっともな突っ込みに巽も「そうだな」と同意する。七瀬は大きく肩を落とした。


「さて、休憩はここまでだ」


 と探索を再開する四人。が、その直後にまたゴブリンの群れと遭遇した。


「……いくら何でも簡単に見つかりすぎじゃないの?」


 とうんざり顔の瑞穂。一方万里は笑って頭をかいている。


「いやー、わたしって運が良いのか悪いのかモンスターとのエンカウント率がやたらと高くって。前のパーティもそのせいで全滅しそうになって、追い出されちゃったんす」


『そんなのただの偶然でしょう? ここは緊急討伐が必要なくらいゴブリンが湧いた場所なんだし、このくらい不思議はないわ』


「モンスターを招き寄せる悪運なんて……」


「いや、ないとも限らない」


 と巽が言い出し、一同の視線を集めた。その間にもゴブリンの群れが接近している。


「おっと、話は後だ」


 巽が三人の意識をゴブリンへと向ける。そして戦闘が開始されるが、巽はそれを見守るだけだった。瑞穂が補助魔法を使って七瀬を支援しており、彼女の戦闘力が大幅強化されている。その群れの駆除にさして時間はかからなかった。


「花園さん、さっきの話っすけど」


 戦闘終了後、万里が気になっていたことを問う。


「ああ。君は何か固有スキルを使っている」


「はい?」


 あっさりと告げられたその言葉に、万里だけでなく他の二人もそう問い返した。


「俺は固有スキルとそうでない普通の技術を見分けることができるんだ。で、君は何か固有スキルを使っている……と思う。多分探知系だろうけど、それだけとも思えない」


「探知だけじゃなくモンスターを引き寄せてもいて、それが万里ちゃんの固有スキルってことですか?」


 おそらく、という巽の返答に万里は複雑そうな顔をした。


「固有スキルの手がかりだけでも掴めたのは嬉しいけど……探知系っすか」


「探知系の固有スキルで青銅になっている人もそれなりにいるから」


 巽はそう慰めるが万里の顔は晴れなかった。


『でも探知系は判りますけど、モンスターを引き寄せる固有スキルって……そんなのがあり得るんですか?』


「固有スキルってわりと何でもありだぞ? 何回か見ただけで他人の固有スキルをコピーできる固有スキルとか」


「何すかそのクソ超絶チートスキル」


「でもモンスターテイムの派生と考えればあり得なくもないかも」


 そんな議論が続くが実りあるものとなるはずもなく、


「とにかく、使ってみれば判るっすよ」


 議論より実践、それが結論となった。











「刮目して見よっ! これぞ我が固有スキル『モンスターホイホイ』!」


「いいのか、その名前で」


 見晴らしの良い、小高い丘の上に移動した巽達は、早速万里の固有スキルを試すこととした。とは言っても使い方の判らない、効果も不明な固有スキルだ。万里はそれっぽく両手を前に突き出し、目を閉じて一心に何かを念じている。


「みょんみょんみょん……」


 さらには変な効果音を口にして出す万里。果たしてそれが功を奏したのか判らないが、


「う、嘘。本当に?」


 土煙を挙げて複数の集団が四方から集まってくる。それらは全てゴブリンであり、その数は全部合わせれば五百を優に超えていた。


「鳴滝、いけるか?」


「は、はい」


 緊張に息を呑みながらもそう頷く瑞穂。


「少し時間をください。それにもっと集まってもらわないと」


「判った、竹田は鳴滝の直衛」


 と七瀬に指示した巽は次に万里へと一瞬視線を合わせて「行くぞ」とだけ言う。


「ひー、いざとなったら守ってくださいっすよ」


 泣き言を言いながらも万里は巽の背中を追ってゴブリンの群れへと突撃する。二人を心配そうに見守る瑞穂と七瀬だが、それもわずかな時間だった。瑞穂は目を瞑り、全神経を集中させて固有魔法を準備する。七瀬はその瑞穂を背にし、得物を握り締めて仁王立ちとなった。その眼下では、何百というゴブリンの群れがたった二人の――正確には、たった一人の冒険者によって翻弄される光景が展開されている。


「ひー! ひー! 師匠、師匠!」


「誰が師匠だ?」


 それぞれ百を超えるゴブリンの群れが二つ、巽と万里はその二つの群れの中間にいた。二つの群れは怒涛のような勢いで進撃して一つになろうとしている。正確には、二つの群れが二人の冒険者を四方から包囲し、肉の一欠片も余さず喰らい殺そうとしていた。それは人間を憎み、カルマを求めるモンスターとしての本能だが、万里が無意識のうちに発動している「モンスターホイホイ(仮)」の効果も含まれるものと思われた。

 その殺意の直撃を受けた万里がひたすら巽に助けを求めている。実際巽がいなければ彼女は全身の肉をゴブリンにかじられ、一分もかからずに白骨死体と化しているだろう。


「よっと」


 が、ここに巽がいる以上そんな事態が起こるはずもない。万里を小脇に抱えた巽が大きくジャンプ。ゴブリンの一匹の頭部に飛び乗った。ゴブリンの体格は高学年の小学生程度だ。成人二人分の体重を支えられるはずもなくその首は折れ、その身体は倒れ――巽はその前に別のゴブリンの頭部へと飛び移っている。

 そうやってゴブリンを八艘飛びし、ついでのようにその魔核を回収し、群れの外側に移動する。着地した巽が万里を投げ出し、尻から落ちた万里は腰が抜けたように座り込んだ。


「師匠、扱い悪いっす。せめてお姫様抱っこで」


「お姫様を弟子にした覚えはないからな」


 そんな話をしている間にもゴブリンの群れが左右から接近。四つだった群れは合体して二つにまで減り、その二つが一つになろうとしているところだった。


「師匠、またゴブリンの頭を伝っていくんすか?」


 ああ、と頷く巽に万里はまずため息をつき、続いて両腕と胴体を伸ばした変な体勢となった。


「どうぞ」


「何の真似だ?」


「いや、またわたしを脇に抱えて……」


「俺は弟子には厳しいんだ」


 そう言い、大きくジャンプしてゴブリンの頭上に飛び乗る巽。「待ってくださいーっす!」と悲鳴を上げて万里がそれに続いた。


「こんな、こんなの無茶っす!」


「手本は見せただろう?」


「そんな、一回だけで練習もなしに」


「大丈夫大丈夫、忍者なんだから行ける行ける」


「ひー! 死ぬー!」


 半泣きになりながらも巽の真似をしてゴブリンの頭部を渡っていく万里。その臆病な性格のため自分一人なら絶対にこんな手段は選ばなかっただろうが、今回は巽が彼女の選択肢を奪ってしまっている。そうなればもう、必死になって巽の後を追うしかなかった。元々職業が忍者のため万里は巽よりも身が軽く、身体能力の上ではできない芸当ではない。それに加えて巽が比較的安全な進路を示したため、特に怪我を負うこともなく群れを脱することができた。


「死ぬ、死んだ、ここはお彼岸……?」


 ただ、精神的ダメージは軽くないようだが。呆けたように座り込む万里を置いておいて、まず巽は群れの様子を観察する。四つあった群れは一つとなり、五百以上のゴブリンが一塊となって蠢いている。範囲攻撃を加える絶好の機会だが、


「まだなんすか、瑞穂っち」


 瑞穂は大量の脂汗を流しながら、未だ精神集中の真っ只中だった。その瑞穂の下にゴブリンが殺到していて、七瀬が必死の防戦を続けている。仕方ない、と巽が万里へと指示を下した。


「柳馬場、お前がゴブリンの注意を引きつけて竹田や鳴滝への圧力を減らすんだ」


「それはいいすけど、でも群れが瑞穂っちの攻撃範囲の外に出ちゃったら」


「もちろんそうならないようにするんだよ」


 一瞬置き、万里がまた「ひー!」と悲鳴を上げた。


「そんな無茶な! 注意を引いて、でも群れをこの場所に引きつけて」


「大丈夫大丈夫、お前ならやれるやれる」


「なんかすっごく薄っぺらい物言いで信じられないっすー!」


 そうこうしている間にゴブリンが万里の下へと集まってくるが、彼は「頑張れよー」と無責任に手を振るだけだ。


「どちょくしょー!」


 万里は罵声と悲鳴を上げながら、尻に帆をかけて逃げ出した。一応自分の役目は忘れず、群れの外周ぎりぎりを走り回っている。生暖かくそれを見守る巽が次に瑞穂と七瀬の様子をうかがうと、


「竹田! 鳴滝!」


 巽が鋭い声でその名を呼ぶが二人に返答する余裕はなかった。一匹の、黒い大型犬の姿をしたモンスターが二人を襲わんとしているのだ。瑞穂は魔法に集中していて、七瀬がモーニングスターを握り締めてそのモンスターと対峙している。

 その体長は一メートルを優に超え、その重量は百キログラム以上。その全身は炭のような漆黒で、その眼は燃えるように赤い。そのモンスターの名はブラックドッグ。そのレベルは一〇を超え、彼女達の適正レベルを大きく上回っている。

 巽が全速で瑞穂達へと向かって走り出すが、それよりもブラックドッグが二人に襲いかかる方が先だった。そして、さらにそれよりも、


神風弾丸娘ロケットガールー!!』


 七瀬の迎撃の方が先だった。大量の魔力を噴出した七瀬が砲弾となり、弾丸となって突進。鎧の頭からブラッグドッグに体当たりし――粉砕した。黒い魔犬の身体が肉片となって飛び散り、七瀬はその勢いのままに地面に顔面から突っ込んでいる。そのまま突っ伏す七瀬の下にようやく巽がたどり着き、それと同時に瑞穂の魔法が完成した。


「いきます! 『爆炎の乱舞バースト・ルンバ!!』


「大丈夫なのか? その名前」


 パチモンくさいギリギリの名前はともかくとして、その威力は本物だった。ナパーム弾の爆撃のような巨大な火球がゴブリンの群れを一呑みし、一匹たりとも逃がさず焼き尽くす。後に残ったのは焦土と化した円形の地面と、消し炭となった五百以上のゴブリンの死骸だけ。冒険者歴二ヶ月半の新人としては破格の攻撃力である……が、もちろん何の代償もないわけではなく。


「大丈夫か? 鳴滝」


「な、何とか……」


 座り込んだ瑞穂がそう返答するが、それ以上言葉を交わす体力も惜しむかのようだった。高威力の固有魔法に対し、彼女の魔力量がまだまだ貧弱なのだ。結果として瑞穂はたった一発の攻撃で魔力を全て使い果たし、身動き一つままならない状態になっている。そしてそれは、


「竹田、お前は?」


『すみません、動けません……』


 七瀬の方も同じだった。七瀬は地面に顔を突っ込んで尻を上げた姿勢のまま、ぴくりとも動かない。「神風弾丸娘」は大量の魔力を噴出して推力とし、大量の魔力を身にまとって防御力とし、体当たりで敵を撃破する固有スキルだ。適正レベルよりずっと上のモンスターも一撃で倒せる威力はあるが、馬鹿みたいに大量の魔力を消費するのは瑞穂と同様である。


「仕方ない、柳馬場。お前が鳴滝を……」


「ししょー、助けてほしいっす……」


 地面に倒れ伏し、腕だけ巽へと伸ばす万里。彼女の場合は肉体及び精神的疲労が上限を突破していた。短時間でも一人で五百のゴブリンの群れを引きつけ、一定範囲から逃さないようその鼻先を走り回っていたのだ。その功績は瑞穂や七瀬に決して劣るものではなく、その疲労や心労もまた同じだった。

 群れは一掃したが、全員が疲労困憊で自力では動けない状態だ。巽は天を仰ぎ、深々とため息をついた。

 いくら三人とも小柄と言っても、三人の少女を一人で担いで狩場から帰るのは巽にとっても容易ではなく、ベースキャンプまで帰着する頃には巽もまた全ての体力を使い果たしていたと言う……。











 それから数日後の、一二月最後の火曜日。巽はソロである開拓地へとやってきている。ベースキャンプを出て狩場へと向かおうとしていたとき、


「あ、師匠じゃないすかー」


「偶然ですね」


『先日はありがとうございました』


 巽の背中にかかる三つの声。巽を「師匠」と呼ぶ人間は一人しかいないし、他の二つの声もそう簡単に忘れるはずがない。


「お前等か。どうしたんだ? 三人そろって」


 そこにいるのは鳴滝瑞穂・竹田七瀬・柳馬場万里の三人だ。三人はそれぞれの笑みをその顔に浮かべている……七瀬については推測だが。


「言ってませんでしたっけ。わたし達パーティを組んだんです」


「ああ、なるほど」


 狩りでの出会いを縁としてパーティを組むのはよくある話であり、何も不思議なことはない。ただ、


「いい組み合わせだな。お前等なら結構上まで行けるかもしれない」


 広範囲の敵を一撃で殲滅できる瑞穂。高い防御力と、格上の敵を倒せる一撃を有する七瀬。そしてモンスターを引き寄せる異能を有する万里。この三人はそれぞれの弱点があるが、それを互いに補う特技があった。青銅になれる、と保証できる立場にない巽だが、


「俺と同じだけの時間があるなら、最低でも俺くらいの順位まで来れるだろうな」


「ありがとうございます」


 とその評価に破願する瑞穂。笑顔なのは万里も同じだが、


「四千番台くらいで腰を据えてられないっすよー。目指すは青銅っす!」


「弟子に抜かされるわけにはいかないな」


「そうっすよ。わたしも『あの人の弟子なんだ』って威張りたいっす」


 巽は力任せにかき回すようにして万里の頭を撫で、万里は猫のように目を細めた。


「さて。お前等の狩りに付き合うわけにはいかないけど途中まで一緒に行こうか」


「はい、よろしくお願いします」


 そうして巽と彼女達四人が狩場を目指して歩き出し――三〇分ほどで力尽きた七瀬が座り込む。


『す、すみません……』


「早く体力付けような」


 と嘆息する巽。彼女達はそれぞれの才能と固有スキルに恵まれている……が、その前途が保証されているわけでも、平坦なわけでもないのだった。




あと一話追加の上で最終決戦を再投稿の予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 最終話を抜かして次がラストか…… 本当に勿体ない これだけ続きがよみたい作品も珍しいですわー 新しい三人娘だけど、巽と縁があるということはなにかやべえ設定が隠れてんだろうなw
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