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石ころ冒険者  作者: 亜蒼行
三年目
43/52

第三二話「ホーンテッドハウス」その1



「おはようございます」


「おはよう、みんな」


 ときは一一月中旬、場所はしのぶ達三人のシェアハウス前。朝、三人が家を出て駅に向かう途中で巽と行き当たり、合流したところである。


「今日は技術向上研修の方でしたっけ」


「ああ。みんなは狩りか?」


「はい。今日は第二一八開拓地を攻めてみるつもりです」


「へえ。あの辺は何がいたかな」


 仕事の話、世間話をしながら駅に向かい、電車に乗って四〇分。大阪駅から歩いて一五分ほどでマジックゲート社大阪支部に到着する。四人がそれぞれの「棺桶」に入って世界の壁を越えてメルクリア大陸ヴェルゲラン・マジックゲート社ヴェルゲラン支部へとやってきて支部内で再度合流した、ところで。


「ああ、巽ちゃん。探してたんだよー」


「高辻さん?」


 ちょうどそこに姿を現す高辻鉄郎。


「ちょっと急ぎでお願いがあってねー。来てくれる?」


 判りました、と返答した巽は三人へと顔を向けて、


「それじゃ、気を付けて」


「はい。巽さんも」


 と簡単にあいさつを交わす。しのぶは名残惜しげに遠ざかる巽の背中を見送っていたが、それも長い時間ではない。


「それじゃ行きましょうか」


 彼女達もまた自分達の狩場へと赴くために転移施設へと向かっていった。

 一方の巽と高辻は歩きながら「急ぎのお願い」の話を進めている。


「でも俺、今から研修の方をやらなきゃいけないんですけど」


「研修は延期にしてくれるかな。お詫びとかスケジュール調整とかはおっちゃんの方でやっとくから」


 巽はすぐには「それでいい」とは言わなかった。


「とりあえず、何があったのか教えてくれませんか」


「第二一九開拓地で大規模なゴブリンの群れが発生、って聞いていなかったかな。で、昨日緊急討伐が行われたんだけど」


 耳にしたような気もするが今の巽にとっては「自分に関係のある話」ではなく、一時メモリから即削除したものと思われた。


「討伐隊が未だ帰ってきてない」


 巽は小さく息を呑んだ。そして同時に自分が呼ばれた理由も理解する。


「調査と救出ですね」


「可能であればね。正直言ってもう絶望的だとは思うけど」


「第二一九開拓地ですね」


 踵を返して今すぐに現地に向かおうとする巽だが、高辻はそれを引き留めた。


「慌てなさんな。これは巽ちゃんだけのお仕事じゃないんだから」


 そうして高辻とともに施設内を歩くこと数十メートル。ある一室で彼等を待っていたのは、


「遅いではないか、何をもたもたしておる」


 薄っぺらい胸をそっくり返して偉そうに言うのは、銀の髪に褐色の肌の、一二歳くらいのドワーフの少女――クリアである。


 悪いねー、と高辻が口先だけの謝罪をする一方、巽は渋い顔をした。


「この子も調査に連れていくわけですか。正直言って足手まといなんですけど」


「何を勘違いしておる」


 頬を膨らませたクリアが巽に指を突き付ける。


「調査を依頼されたのはわしじゃ。お主の仕事はわしの護衛!」


 巽が半目を高辻に向け、高辻は苦笑を返した。


「いや、何が起こったのか推測できないか訊ねただけだったんだけどね」


「現地も見んで回答できるわけがなかろうが。じゃが、わしは戦闘は得意ではない」


 なるほど、と巽がため息をつく。何度か一緒に狩りをしたこともある巽を護衛とするのはクリアとしては当然以前のことであり、他の選択など最初から思いつきもしていない。


「この子の立場上、こういう仕事をこなして点数を稼ぐ必要もあるんだよねー。でも現地で何があったのか今のところ全く不明。知恵の回るゴブリンが相手だったのかもしれないし、レベル三桁四桁のモンスターが湧いて出たのかもしれない。でも巽ちゃんならどっちが相手でも切り抜けられそうだしねー」


 そして高辻にとっても選択の余地はほとんどなかった。


「緊急討伐に参加したのは七月試験、九月試験の合格者っていう、全員本当のひよっこだけ。保険のパーティは八千番台、指揮官は六千番台。はっきり言って、かなり頼りないメンバーだ。たとえばギガントアントの群れに襲われても多分全滅するんじゃないかと思う」


 レベル三桁四桁のモンスターが迷い込んできた可能性もゼロではないが、それは極めて低い。順当にレベル二桁上位、あるいは二桁の群れが出現したものと考えるのが妥当であり、調査に送れるのも石ころの上位が限界だった。


「ギガントアントの群れですか。今は当たりたくない相手ですね」


 と巽は封印の腕輪に一瞬視線を落とした。竜血剣が得物である限り手数で勝負するのは不可能であり、雑魚の群れは相性の悪い相手である。予備の剣は用意しているものの固有スキルが使えなければ雑魚の群れの掃討は非常に面倒な話だった。もちろんそれも、危険になれば封印を解けばいいだけの話であり、


「どうせならレベルの高いモンスターだったらいいんですけど」


 竜血剣がありさえすればレベル三桁のモンスターが相手でも戦えないことはない。相手にもよるが、逃げることに専念するなら生き延びる可能性はそれなりに高いものと思われた。


「話は終わったか? ならば行くぞ」


「ああ。急げば助けられる人もいるかもしれない」


 クリアと巽が早足で転移施設へと向かう。頑張ってねー、とお気楽な調子で言う高辻がその背中を見送った。











 それから小一時間を経て。巽とクリアの二人は第二一九開拓地へとやってきている。


「それで、ゴブリンの群れは?」


「西の平原に湧いたという話じゃ」


 二人はその方向と歩き出した。クリアが前を歩き、そのやや斜め後方に巽が続く。クリアに索敵ができるわけではないが、比較的見通しの良い道が続いているため前方から奇襲を受ける可能性は低かった。巽は後方からの襲撃に警戒の重点を置きつつ前へと進んでいく。

 閑散とした木立を抜け、平原へと出る二人。クリアは周囲を見回し、


「ふむ。あの丘が一番高そうじゃ」


「登ってみるか」


 さらに数十分かけてその丘を登った。丘の頂上でクリアが四方八方に視線を飛ばす一方、巽は水筒の水を飲んで一息入れている。


「見つけた、あそこじゃ」


 とクリアが指差す先を巽もまた見つける。が、


「ごめん、判らない。何があるんだ?」


「視力強化もできんのか?」


 とクリアはまず勝ち誇り、


「広い範囲で草が踏み付けられておる。大人数があの辺を歩き回ったのは間違いない」


「判った、急ごう」


 巽が丘を駆け降りるように進んでいき、クリアがそれに続いた。

 小さな丘を複数上り下りし、二人がその場所へと到着する。「大人数が歩き回った」足跡は巽の目にも明らかだった。また、それ以外の痕跡も。


「この足形はゴブリンか。数え切れんほどに残っておるの」


 クリアが草を除け、土の様子を確認する。巽は焦げた草の周囲を注意深く観察した。

「攻撃魔法がこの範囲を焼いて……これがゴブリンだな」

 焦げた草の上に横たわる、人型の土の盛り上がり。冒険者に倒され、魔核を奪われたモンスターはその身体の組成を維持できず、ほんの半日ほどで土に還ると言う。巽の前にあるのはその実例であり、かなり良い状態で残っているゴブリンの遺骸だった。


「ここで戦闘があったのは間違いないとして」


「ゴブリンも大した群れではなかったようじゃな。下手をすると百にも満たん」


「緊急討伐が実施される以上、ゴブリンの群れは少なくとも五百六百のはずだ」


「指揮官も当然そう考えて、さらなるゴブリンの群れを探そうとしたはず……」


 二人は手分けして手掛かりを探した。巽は予備の剣で草をかき分け、クリアは四つん這いとなってゴブリンの足形を追う。それなりの時間を経て、


「見つけた、こっちじゃ」


 立ち上がったクリアが指差すのはさらに西の方向だ。巽がその下に駆け寄る。


「ゴブリンの群れはこっちから来たようじゃ。この方向に向かったらしい人間の足形も残っておる」


「行こう」


 巽が先へと進み、それにクリアが続く。太陽は既に頂点を過ぎ、日差しはさらに強くなろうとしていた。










 時刻は一七時を回ったところだが、メルクリアでは携行式の時計は極めて高価であり普通の冒険者は所持していない。暦と日差しの傾きで大体の時刻は把握でき、大抵の場合はそれで充分だった。


「今日は結構危なかったですね」


「油断や慢心があったのは否定できないです。最近ちょっと、惰性で狩りをしていたかもしれません」


 今日の狩りで彼女達はワーウルフに挑戦する。三人がかりで何とか一匹を倒すことはできたのだが、その直後に複数のワーウルフに襲われそうになったのだ。その絶体絶命のピンチを救ったのが、


「まー君達はアンラッキーだったけど、その分ラッキーなこともあったさ。こうして俺と巡り会えたんだし」


 と若い男が得意げな顔をする。そうね、とゆかりが愛想笑いをする一方しのぶと美咲はうんざりとした顔である。だが男はそれに気付かない様子だった。

 男の年齢は二〇代半ば、身にしているのは軽装のレザーメイル。それなりの長身とそれなりに整った顔立ちだが、どこか軽薄そうな印象がある。その男の名前は今出川飛鳥いまでがわ・あすか。現在の順位は五百番台。急成長を遂げている、注目株の青銅の戦士だ。

 しのぶ、美咲、ゆかりの三人は狩場から撤収してヴェルゲランの帰路へと就いているところである。そして狩場で一緒になった飛鳥も彼女達に同行している。第二一八開拓地の第五ベースキャンプから転移の魔法陣を使って第四ベースキャンプへ。さらに第三、第二とたどっていき、到着したのは第六分岐点だ。

 分岐点はベースキャンプと比較すれば作りはしっかりしているが、そこまでの大きな差はない。木製の柵が円形に設置され、その内側に見張り台と複数の丸太小屋。ベースキャンプとの違いは、まず一つは大型の石灯籠のようなものが四方に建てられていること。それはモンスター除けの結界を展開している魔法陣の小型塔だ。もう一つは、転移の魔法陣の数がベースキャンプよりも一つ多いことだった。


「梅田の良い店を知ってるんだけど、この後どう?」


 飛鳥が二枚目を気取って誘うが、その下心は丸出しだった。ゆかりが「そうねー」と勿体ぶった態度を取るが、感触悪くなさそうだ……と飛鳥が感じているのが傍目にも判る。あわよくばそのままお持ち帰り、とか考えているのだろうが、


「ゆかりさんのことだから他人の金で好きなだけ飲んで、この男は先に潰してしまうのだろう」


 言葉を交わすまでもなく、しのぶと美咲の見解は一致していた。この男のことはゆかりに任せて我関せず、といった素振りの二人だったが、


「もちろん君達も一緒に。大勢の方が楽しいだろ?」


 ポーズか本気か判らないが二人のことも誘ってくる飛鳥。親切心なのかもしれないが、二人にとってはありがた迷惑だった。


「あいにくお酒は飲めませんので」


「今日は巽さんがご飯を作ってくれる日なので」


 とつれない態度の二人。またゆかりも、


「あー、そっか。今日は巽君のご飯か、どうしようかな」


 と迷い出している。飛鳥はちょっと焦った様子だが、彼を置き去りにして三人だけの会話が交わされる。


「今日は巽君、何を作ってくれるのかな」


「ヴェルゲランで合流できるかもしれませんからそのときに聞けば」


「そう言えば朝、高辻さんから何か依頼されていましたね」


「何そいつ、冒険者なのか? 順位は?」


 飛鳥がその会話の中に無理矢理割り込んできて、しのぶと美咲はちょっと不快そうな顔だ。ゆかりが代表して、


「えっと、今は四千番台に戻ったんだっけ」


「何だよ、石ころかよ?!」


 飛鳥のその一言には、腹の底からの軽侮が込められていた。


「石ころなんて一般人と変わんねーじゃん。冒険者はやっぱり本当の・・・冒険者同士で付き合うべきだって!」


 その嘲笑には、さすがにゆかりでも不愉快にならずにはいられなかった。しのぶや美咲からすれば喧嘩を売られたも同然だ。


「巽さんはいずれ必ず青銅になります」


「そのときはまたパーティを組む約束をしています」


「パーティメンバーを馬鹿にする奴と飲んでも楽しくはなさそうね」


 言い捨てるようにそう告げ、足早に先へ進む三人。飛鳥は一瞬置き去りとなったがすぐに彼女達を追った。何やら話しかけてくるが、彼女達はもう聞く耳を持っていない。

 しのぶ達三人と飛鳥が分岐点内を進んでいる。転移の魔法陣が設置されている丸太小屋。その一つから残り二つのうちの一つに、飛鳥を振り払って入ろうとした、そのとき。


「ひゃ、あひゃ、はぎゃーああああっっ!!!」


 轟き渡る断末魔の悲鳴。彼等四人は一瞬の間も置かず戦闘態勢となった。


「あっちです!」


 悲鳴の方向へと駆け出すしのぶと飛鳥、それに美咲が、最後にゆかりが続く。狭い拠点の中のことであり、その場所に到着するまで何秒もかからない。が、しのぶがそこで発見したのは何人かの冒険者だけだった。


「ここで何があった?」


「判りません、俺達も今ここに来たところで」


 彼等三人の男は三人とも戦士で、石ころのパーティだと見られた。さらにそこに、


「どうやらここみたいね」


「何があったの?」


 二人の女性がやってくる。一人は白を、もう一人は黒を基調とした、まるでドレスのような服装。手にしているのは大型の、錫杖のような魔法の杖。服装は対照的だが顔立ちは全く同じで、二人ともメイジであることは自明だった。


「キラキラシスターズ……」


 迂闊にも飛鳥が彼女達の通称を呟き、彼女達が殺意に満ちた視線を飛鳥へと向ける。バジリスクに魅入られたかのように、飛鳥は石ころになってしまうかと思われた。

 彼女達は双子の姉妹であり、二人そろって有名な白銀のメイジである。嵯峨朝日(サガ・アウローラ)嵯峨明星(サガ・ルシファー)――それが彼女達の本名(・・)だ。これにちなんで口さがないファンが付けた通称が「キラキラ(ネーム)シスターズ」。この二つ名を彼女達が嫌っている事実は、彼女達の名を聞いたことがあるのなら同時に耳にする話だった。


「それで、何があったわけ?」


 刺々しい口調でそう問うのは黒いドレスの、明星の方だ。


「判りません。このあたりで悲鳴があったことしか」


「悲鳴の主はどこに行ったの?」


 朝日の問いに全員が周囲を見回す。だが何も見つけることができなかった……すぐには。突然しのぶが軽くジャンプして丸太小屋の壁に取り付く。覗き込んでいるのは屋根裏の通気口だが、顔色を変えた彼女が地面へと降り立った。


「痕跡を見つけました。誰かの手首があそこにあります」


「胴体は?」


 しのぶが無言で首を横に振り、誰もが慄然とした顔を見合わせた……双子の姉妹を除いては。


「まさかモンスター? それとも人間が?」


「冒険者ならできないことはないだろうけど、でも」


「人間の仕業とは考えにくいわね。モンスターがいると考えるべきじゃないの?」


「でもここにはモンスター除けの結界が」


 誰かの反論に全員が口を閉ざした。だがそれも長い時間ではない。


「どっちでも構わないわ。犯人を探すわよ」


 朝日の方がそう言い放ち、丸太小屋へと向かって歩き出す。まず明星がそれに並んで歩き、さらにしのぶ達全員が続いた。


「確かに、あーだこーだとおしゃべりするより探す方が早いわな」


 と、二分前の出来事をなかったことにして飛鳥がゆかり達に笑いかけてくる。ゆかり達もまた、その件については一旦棚上げとすることとした。


「ホラー映画だったら手分けして敵を探すのが定番なんだけど」


「そして一人ずつ殺されていくわけか」


 と飛鳥は軽く笑った。


「もっと広い場所ならそれも必要だったかもしれませんが、この程度の施設なら固まって動いた方がいいです」


「俺達なら手分けしても問題ないだろうが、石ころを連れていることだしな」


 と飛鳥が後ろを振り返り、そして目を見張った。


「……おい、一人足りないぞ」


 最後尾を歩いていたはずの戦士の姿が見えない。狼狽える二人の石ころを尻目に、しのぶと美咲が全速で逆走、つい今曲がった角を逆に曲がった。


「どこだ! こんな一瞬で……」


「美咲さん、足元!」


 しのぶの警告に美咲が大きく飛び退く。美咲に代わってしのぶが慎重に前に出た。その頃には他の面々も集まってきている。しのぶの、全員の視線の先にあるのは、丸太小屋と地面の接地箇所、その角だった。


「ここだけ地面の色が違う。まるで、今掘り返したみたいに」


 試しにしのぶが忍者刀をそこへと突き刺すが、刀は何の抵抗もなく束まで地面に沈んでいった。刀を地面から抜いたしのぶが泥を拭い取ろうとし、


「……」


 痛みを覚えたかのように顔をしかめる。ゆかり達もまたすぐに気が付いた……泥の中に、わずかに血が混じっていることを。美咲が悔しげに唇を噛み締める。


「くそっ……あなた達は中に。わたしが最後尾に立ちます」


「いえ、足手まといはヴェルゲランに帰らせるべきだわ」


 と冷たく言うのは明星の方であり、しのぶが「そうですね」と同意した。


「ヴェルゲランに戻って、この事態をマジックゲート社に連絡してください。わたし達はここに残って調査を続けます」


「確かにそれは必要よね」


 とゆかりが頷き、他の者も無言のまま雰囲気で賛同する。石ころの二人は半分安堵、半分感謝といった顔をした。それが事実だとしても「足手まといだから帰れ」と言われてプライドが傷つかないはずがないが、必要な仕事を任せられたのなら多少の救いは感じられた。

 しのぶ達三人、キラキラシスターズと飛鳥、そして石ころの二人がヴェルゲランにつながる転移施設、丸太小屋の一つへと向かう。短い道中は何もなく、石ころの二人は転移の魔法陣に足を踏み入れた。しのぶ達に見守られながら魔法陣が起動しようとした、そのとき。


「――!」


 悪寒を感じたしのぶが後ろを振り返ると、そこには一人の人影が。つい今行方不明になったばかりの戦士だ、彼が丸太小屋の入り口に佇んでいる。


「若松!」


 ヴェルゲランに向かおうとしていた石ころの一方がそう呼びかけるが、若松と呼ばれた男は何の反応も示さない。彼のその表情も、その顔色も、既に死体のそれだった。石ころの二人が魔法陣から出ようとして、


「うぎゃっ!」


「ひっ、なんだこ」


 全員の意識が若松と呼ばれた男の方を向いていた、その瞬間を狙い、二人の石ころが襲われていた。二人に襲いかかっているのは何本もの触手か何かのようだった。ただ、一般的に触手と言われて連想するような、ちゃんとした形をしていない。まるでアメーバのような不定形だ。


永遠の氷結(コキュートス)!」


煉獄の炎(ハル・メギド)!」


 キラキラシスターズがその固有魔法を行使、二条のレーザーのような攻撃魔法が何本もの触手を薙ぎ払う。触手は二人の石ころを解放して地面の中へと逃げ込んでいった。

 しのぶとゆかりがその二人の下へと駆け寄って治療しようとする。が、


「……だめね。首が完全に折れている」


 一人は、おそらく一瞬で絶命したことだろう。もう一人はまだ息があったが腹の半分をえぐり取られており、手の施しようがなかった。


「そっちは?」


「ただの死体だ」


 若松と呼ばれた方を飛鳥が確認するが、やはり既に事切れていたようだった。「敵」はしのぶ達の注意を引くためだけにその死体を放り出したのだろう。

 舌打ちをした明星の方が地面に向けて固有スキルを連射。地面にはいくつもの穴が開き、熔けた溶岩が逆流してその穴から噴出した。


「……手応えなしか。範囲攻撃は得意じゃないけど」


「魔力を無駄遣いしないで」


「ある程度でも敵の位置を特定するべきです」


 姉妹としのぶに諫められ、明星はそれ以上の攻撃を止めた。忌々しげに、殺意に満ちた目を地面へと向けるが、それは朝日の方も同じである。


「ゆかりさん、探知魔法は?」


「使っているけど、よく判らない。まるでそこら中にモンスターがいるみたい」


 ゆかりの所感に朝日と明星が同意する。


「ジャミングされているってことか? まさか」


 飛鳥のつぶやきに対しては、誰も肯定も否定もしなかった。


「敵は地面の中に巣くっていて、この施設の中ならいつでもどこからでもわたし達を襲える。そう考えるべきです」


「まさか、ギガントアントが?」


「いえ、あの触手がギガントアントだとは到底考えられない。何か別のモンスターです」


「あの姿からして……」


 朝日が可能性の一つを挙げようとしたそのとき、またもや悲鳴が響き渡った。ここではない、隣の丸太小屋からだ。そこにあるのは、


「狩場から戻ってきた奴が襲われている!」


 今のこの場所はヴェルゲランと二つの開拓地をつなぐ、第六分岐点だ。その開拓地の一方から戻ってきた冒険者が「敵」の奇襲を受けたのだ。分岐点内はモンスター除けの結界により守護されている……と誰もが思い込んでいる。そこを、しかも転移の魔法陣から出た瞬間を狙われては、たとえ白銀であっても防ぎようがないだろう。

 しのぶ達は悔しさを噛み締めながら、それでも全速で転移施設へと走っていく。「敵」のターンは未だ終わらず、いつ終わるのかも皆目判らなかった。




長くなったので前後編です。明日17時に後編を更新します。

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