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石ころ冒険者  作者: 亜蒼行
三年目
41/52

第三〇話「決戦は日曜日」




『巽君、今からこっちに来れる?』


 ゆかりからの呼び出しを受けて、彼女達三人の住むシェアハウスに向かったのは夜の七時過ぎ。八月下旬のある日のことである。


「こんばんはー」


 玄関で一声かけて、勝手知ったるその家に上がっていく巽。巽のスニーカーの横に、三人のものではない小さなパンプスが並んでいたことに、巽は気付かないままだった。


「ゆかりさん、何か……」


 居間の襖を開けた瞬間に巽は呼び出された理由を理解する。卓袱台を囲む、ゆかり、しのぶ、美咲、そしてもう一人の女性。小学生みたいな体格なのにきっちりとしたスーツを着、細い眼鏡をかけた女性――巽の母親、花園宮乃だ。


「母さん、どうしてここに」


「あなたが今年のお盆も帰ってこなかったからでしょう」


 そう言って深々とため息をつく宮乃だがあまり怒ってはおらず、もう諦めの境地に達しているようだった。


「あー、ごめん」


 と気まずい顔をしながらとりあえず謝る巽。


「ちょっと色々とあったせいですっかり忘れてた」


「話は聞きました。ペアを組んでいた子が大怪我をして、冒険者を廃業したと」


 巽が痛みに耐えるような顔となり、宮乃は次に何を言うべきかを検討した。


「その子の怪我の具合はどうなの?」


「日常生活を送る分には大きな問題はないって聞いた。激しい運動は無理だけど。冒険者を廃業してもマジックゲート社の保険と施設を使って治療は続けられるって言うから……」


 そう、と宮乃は安堵の吐息を漏らした。

 しばらくそのまま顔を俯かせていた宮乃だが不意に顔を上げた。さらにその顔を、額が接するほどに巽に近づける。後退する巽だがその分宮乃が前進した。


「その子とはどうなの?!」


「どうって何が」


「会いに行ったりはしていないの? プライベートで一緒に遊んだりとかは」


「一回お見舞いに行ったけどそれっきり……」


 と顔を背ける巽。宮乃は「このヘタレが」と吐き捨てた。


「大怪我をして、冒険者も廃業して、その子は気弱になってるんでしょう? そこを優しくしてあげればイチコロじゃないの」


「そんな卑怯な真似ができるか」


 巽は憤然と反論した。


「怪我も廃業もしてないときなら、冒険者としてお互い対等なときならそういうことも考えたけど、今はダメだろ。そんな相手の弱みに付け入るような真似は」


「考えてたんだ。そういうことを」


 ゆかりの何気ない、だが鋭い指摘に巽は言葉を詰まらせる。


「結構可愛らしい方でしたしね」


「仲も悪くはなかったようでしたし」


「むしろ相手の子が巽君にご執心のように見えたけど」


 ゆかりだけでなくしのぶや美咲も加わり、徹底的な追及が続く。吊し上げのような状況に、巽の精神はやすりで削られるがごとくに消耗した。ようやく解放されたのはかなり遅い時間であり、巽はふらふらになりながらシェアハウスを退出する。疲労の度合いは竜血剣で全力戦闘をした後といい勝負だった。


「ふっ、耐え切ったぜ。この過酷な時間を……これで冒険者としても成長しているはず」


 巽はそんな風に自分を慰める。なお「魂に対する負荷」と「精神に対する負荷」は表面上似ていてもその中身は全く違っており、巽が今日でどの程度成長したかは神のみぞ知ることだった。

 一方、巽が帰った後のシェアハウスでは。


「うー、せっかく巽にお嫁さんに来てくれるチャンスだったのに。もっと上手くいけば巽もその子も冒険者を廃業して地元に帰ってくれて」


「その子の廃業が巽君の責任だったなら、それもあり得たかもね」


 もし自分のミスや責任で橋立天乃が廃業に追い込まれていたなら、巽はどれだけ責められようと彼女の下に毎日通い詰めただろう。天乃に対して誠心誠意償いをしようとし、彼女もそんな巽にほだされて、あるいは宮乃の願い通りの結果となったかもしれない。

 宮乃の愚痴にゆかりが付き合い、どんどんと酒を飲ませ、早々に酔い潰してしまう。宮乃を布団に寝かせたゆかりが居間に戻ってきて、


「それじゃどうする? しのぶちゃん、美咲ちゃん」


 二人にそれを問うた。


「どうするって、何がですか?」


「巽君のことに決まってるじゃない。二人ともこのままでいいの? 自分の知らないところで巽君が彼女を作っちゃっても」


「よくはないですけど……」


 しのぶの言葉はそれ以上続かなかったし、美咲も口を閉ざしたままだ。


(しのぶちゃんはこういう性格だし、美咲ちゃんは自分の気持ちが自分でもよく判ってないみたいだしねー)


 とゆかりは内心で肩をすくめ、二人に満面の笑みを向けた。


「ということで、巽君とデートしよう!」


「何がどういうことなんですか?」


 脊髄反射の速さで美咲が突っ込むがゆかりはそれを無視した。


「わたし達と巽君との付き合いも長いけど、顔を合わせるのも狩りに行くのも、遊びに行くとしても四人一緒か、クマやんも含めて五人一緒で、巽君と一対一で遊ぶ機会なんて一回もないじゃない。一回や二回くらいはそういう機会があってもいいと思わない? もしかするとそれがきっかけで『親しい男女のお付き合い』に発展するかもしれないし」


 二人は沈黙したままで、一拍置いてゆかりが「それじゃけってー!」と独り決めしてしまう。それでも二人は何も言わないままで、それはゆかりからすれば何よりも雄弁な肯定の意思表示だった。


『ということで、わたし達とデートしてもらうから!』


「なにがどういうことなんですか?」


 その夜のうちにそんな電話がゆかりからかかってきて、巽が打てば響くくらいの速さで突っ込みを入れる。


『わたし達とデートするのに何か不満でも?』


「いや、そんなわけでは……」


『今回のことをあの子達が面白くなく思っているのは巽君も判るでしょ? デートの一つもして、御機嫌をうかがうのは巽君のためでもあるんだけど』


 無茶苦茶な理屈だ、と巽は思わずにはいられない。が、問題は理屈ではなく感情のそれなのだ。それに、


「……まあデートかどうかはともかく、一対一で遊ぶことに不満も問題もありません」


 橋立天乃とペアを組み、彼女が廃業に至った経緯に巽も思うところがあったようである。曖昧だった彼女達との関係を少しははっきりさせた方がいいかもしれない……そう考えた巽はゆかりの提案を受け入れた。


『それじゃまず最初はしのぶちゃんからね! 明後日の日曜日、一日しのぶちゃんとのデートだから。エスコートするのは巽君の役目だからね!』


「判りました、考えておきます」


 苦笑しながら電話を切って、数拍の時間が流れて、


「……しのぶとデート? どうすればいいんだ?」


 今になって現実感が押し寄せてきて、巽は狼狽えた。その夜、巽は深夜までデートプランの企画立案に頭を悩ませることとなる。











 そしてデートの日曜日がやってきて、過ぎ去って、その夜。場所は三人のシェアハウス。

 その居間で、しのぶが身を縮めて正座をしている。卓袱台を挟んで対面で座っているのはゆかりと美咲だ。二人はそろって頭痛を堪えているかのようだった。


「……それで、しのぶちゃん。巽君とのデートだけど」


「はい」


「巽君から先に話を聞いたんだけど、『用事で行けなくなった』ってすっぽかしたんだって?」


 すっぽかしてはいないです、としのぶは力強く反論した。


「わたしは今日一日ずっと、巽さんと一緒でした」


「要するに、いつもみたいにずっと物陰から巽君のことを見守っていたわけ」


 はい、とうなづくしのぶに二人の頭痛は強まったようだった。


「しのぶ先輩にすっぽかされたから、仕方なしに用意していたデートプランを一人で実行したって言っていましたが。梅田で映画を見て買い物をして」


「はい。映画の感想はSNSで聞きました」


「人気の喫茶店に一人で入って」


「ボックス席で、わたしも一緒でした」


 なお「隠形」を使っていたため巽も店員も、それに気付いた者は誰一人いない。その状態で、


「ちょっと勇気を出して、パンケーキを『あーん』とかもやってみたんですけど」


「怖いよそれ」


 もじもじと恥ずかしそうにするしのぶにゆかりは思わずマジレスしてしまう。


「頼んでもいないパンケーキがいつの間にか口の中に入っているのはホラーです」


 美咲の指摘にもしのぶは不思議そうに小首を傾げるだけである。ゆかりは指で眉間を押さえつつ、


「……それで、喫茶店の後は服を見に行ったんだっけ」


「はい、丈夫で安いからと巽さんがよく利用しているミリタリーの古着を扱っているお店に行って。わたしが巽さんの服を選んであげました」


「うん。選んだ覚えのない服がいつの間にか一緒に会計されてたって言ってた」


「その分のお金はわたしが出しました」


「うん。払った覚えもないのにって言ってた」


 どこか誇らしげな様子のしのぶだが、二人の頭痛はさらに募るかのようだ。


「それもまたホラーですよ」


「というかしのぶちゃん。せっかくチャンスを作ってあげたのに、普通に一緒に遊べばよかったんじゃないの?」


 そう問われたしのぶは赤面した顔を俯かせて、清純な乙女そのもののように、


「巽さんと二人きりだなんてそんな……恥ずかしい」


「ストーキングの方がよっほど恥ずかしいでしょ」


 再度突っ込みを入れるゆかりだがしのぶはきょとんとするだけで、何が問題か判っていない様子である。肩をすくめたゆかりはそのまま後ろ手で匙を投げ捨てた。


「……本命のしのぶちゃんが全くの期待外れに終わっちゃったんだけど、対抗馬の美咲ちゃんには期待してもいいわけね?」


「期待と言われましても」


 と美咲は居心地が悪そうに身じろぎする。


「正直言って男女の機微なんてわたしには別世界の話です。その点ではわたしよりもしのぶ先輩の方がまだマシだと思います」


「でも常識はあるじゃない」


「どういう意味ですか?」


 そう問うしのぶを二人はきっぱりと無視する。


「別に難しいことなんて考える必要はないから! ただ単に仲のいい友達と遊びに行くだけのことだから」


「それでいいんですか?」


「それでいいのよ、最初はね。一緒にいるうちに気持ちが友情から別のものに変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。その辺は付き合ってみないと何とも言えないから、ま、何事も経験てことで」


 はあ、と曖昧な返事をする美咲。強引に話をまとめたゆかりは巽に電話をし、


「来週の日曜は美咲ちゃんとのデートだからね!」


 と勝手に話を進めていた。先週と同じく、今週もまた巽はデートプランに頭を悩ませることとなる。











 ……そして翌週の日曜日がやってきて、過ぎ去って、翌月曜日の夜。場所は三人のシェアハウス。

 その居間で、美咲が背筋を伸ばして正座をしており、ゆかりとしのぶが卓袱台を挟んで対面に座っている。二人はそろって頭痛を堪えている様子で、まるで人間を入れ替えて先週の再現をしているかのようだ。ただ、美咲は糾問されるのが心外そうな様子だったが。


「……それで、美咲ちゃん。巽君とのデートだけど」


「はい」


「巽君から先に話を聞いたんだけど……海かプールに泳ぎに行くか?って提案されたんだよね?」


「はい。ただわたしは泳ぎはあまり得意ではないので『海ではなく山ではどうでしょう』と逆に提案したんです。巽先輩は『それでも構わないけど近畿の山のことはあまり知らないから』と言うので、わたしの行きつけの山に二人で行きました」


 数拍の間の沈黙を置き、


「美咲ちゃんの行きつけの山って、要するに鷹峯流の修行場でしょ?」


「はい」


 当たり前のようにそれを肯定する美咲に対し、二人の頭痛はさらに深まったかのようだった。


「巽さんと二人きりで山に行って……」


「まずは山道のランニング、修行の基本ですね」


 当然のようにそう言う美咲は、


「続いて丸太の素振り、丸太での打ち込み、丸太での乱取り」


 修行内容を指折り数えていく。ゆかりは頭痛を緩和させるべく眉間を指で押さえた。


「鷹峯流は対ヴァンパイアの戦闘にでも備えているわけ?」


「それは重要ですが、そういうわけではありません。以前の修行では鉛を仕込んだトレーニング用の模擬刀を使っていたんですが、冒険者となった今では物足りない代物なんです。少しでも修行を充実させようと二人で知恵を絞って、丸太ならその辺にいくらでもありましたから」


 そう語る美咲はどこか誇らしげな様子だった……ゆかり達は呆れるばかりだったが。


「そういう修行の他に、クマ退治もしたって聞いたけど」


「いえ、単に撃退しただけで退治したわけでは。奴は丹後半島一体を自分の縄張りとして、何十という熊を配下としていました。たてがみのような赤い体毛が特徴的で、体長は五メートル以上」


「いやちょと待って」


 突っ込みを入れるゆかりの発音もおかしなものとなってしまう。


「それ、本当に熊なんですか? ギガント系のモンスターじゃ」


「確かにそう言われた方が納得できますね。でも奴は何十年も前から鷹峯流と闘っている宿敵ですし」


 要するに「黄金のアルジュナ」がメルクリアとの往来を開始する前からいる熊?ということで、メルクリアから流れてきたモンスターである可能性は非常に低いということだった(なおメルクリアのモンスターがこちらで観測されたという報告は今のところゼロである)。


「今のわたしなら、ちゃんとした得物さえあれば勝てたと思います。巽先輩には厳しい相手でしたがその分いい修行になったと言っていました」


「うんうん、冒険者の修行としては充実した週末だったわけよね」


 腕を組んだゆかりがまずそう頷き、


「でもデートとしてはどうなわけ?」


 それを問われた美咲はしばらくの間きょとんとしていたが、改めてそれを思い出した顔となって「おお」と手を打った。


「言われてみればそんな話でした。でも気の合う相手と楽しいひと時を過ごせたわけですし、これもまたデートの一つの形ではないかと」


「しまった、この子にも常識がなかった」


 そう言って頭を抱えるゆかり。「どういう意味ですか」と不満げな美咲に対してしのぶが、


「美咲さんよりもわたしの方がまだデートらしいことをしています」


「それも違う」


 ゆかりの突っ込みもぞんざいになってしまう。ゆかりはまず肩をすくめ、次いでハンマー投げみたいに遠心力を付けた匙を全力で投擲した。


「……もうこうなったら、真打が登場するしかないじゃない!」


 ゆかりが拳を握って立ち上がり、力強くそう宣言する。が、しのぶと美咲は、


「常識なしの真打ですか?」


 と白けた目をするだけだ。その二人にゆかりが指を突き付けた。


「あなた達おこちゃまに大人の女の真のデートってもんを見せてあげるわ!」


「ゆかりさんことだから飲みに行くだけでしょう?」


「当然それもあるけど、それだけじゃないわよーん」


 浮かれた様子でそう言うゆかりは巽に電話をし、


「それじゃ巽君、来週はわたしとデートだからね! ……何よ、わたしが相手じゃ不満なわけ? ……当然それもあるけど、それだけじゃないわよーん」


 聞いたような会話が交わされている様子に、しのぶと美咲は苦笑をする。が、


「――それじゃ、その日はお泊りだからそのつもりでね!」


 最後の最後で告げられた爆弾発言にしのぶ達が硬直する。巽が焦って何か言っている様子だったがそれを無視してゆかりは電話を終えて、


「さーて。来週に備えて珠のお肌を磨かなきゃねー」


 鼻歌を歌いながら居間から立ち去っていく。その場に残されたのは、ブリキのロボットのようにぎこちない動作で首を回し、何とも言い難い顔を見合わせているしのぶと美咲の二人だけだった。











 そして決戦の、動乱の日曜日がやってきて、過ぎ去って、翌月曜日の午前。場所は三人のシェアハウス……ではなく、メルクリアのヴェルゲラン。マジックゲート社ヴェルゲラン支部、その地下牢。

 壁も天井も全て石材がむき出しのまま。窓はなく、照明は魔法のランプが必要最低限あるだけで、非常に薄暗い。部屋はあまり大きくはないがその一面が全て鉄格子となっていて、ある意味開放的である。


「マジックゲート社の施設にこんなところがあったんだなー、初めて知ったぜ」


 椅子に座った状態で、鉄鎖で椅子ごと胴体を縛られた巽はそんなことを考えて現実逃避している。きつく縛られた鉄鎖が身体に食い込もうとするが鍛えに鍛えた筋肉はそれに対抗して余りあり、その痛みは大したものではなかった……この現状を受け容れられるかどうかはまた別問題だが。


「ちょっとー、美咲ちゃん、しのぶちゃん、ひどいじゃないのよー」


 巽の斜め後ろ後方で抗議の声を上げるゆかり。ゆかりは胴体を鉄鎖で縛られた上で、天井から吊り下げられている。が、その姿もその抗議も、二人は全く意に介さなかった。

 美咲が愛用の日本刀型魔法剣を抜き、穏やかに微笑みながらその切っ先を巽へと突き付けた。


「さて、巽先輩。何か言い残すことは?」


「弁護士を呼んでくれ」


「それが遺言でいいわけですね」


「俺は無実だ」


「それが墓碑銘でいいわけですね」


 よくねーよ!と力の限り叫びたい巽だったが、冷静さを失ったら負けだと自制する。


「オーケーオーケー、話し合おう。話し合えば人は判り合える」


「そうですね、形だけでも事情聴取は必要です」


 としのぶ。自らの精神安定のために巽は不穏な言葉を聞き流した。


「それじゃ昨晩何をしたかを一から説明してもらいましょうか。昨日はゆかりさんとのデートだったわけですが」


「まあ一応。プランはゆかりさんが全部考えて、俺は引きずり回されただけだった」


 巽は冷静に、客観的に言い訳をする。


「最初はウィンドウショッピングって聞いたから梅田にでも行くのかと思っていたらメルクリアこっちがわの青空市場だった。だから買い物の内容もほとんど狩りで使うものばっかりだ」


 仕事の一環であることを強調する巽だが、それはそれで二人は面白くなさそうな様子だった。


「ふふーん、これが内助の功ってやつよー」


 とゆかりが勝ち誇るように煽ってくるためなおさらである。腹いせにしのぶが吊り下げられたゆかりを何回転かさせ、ゆかりは「きゃー」と暢気な悲鳴を上げた。


「買い物が終わっても地球側に戻らず、こちら側での夕食だったわけですね」


「ああ。こっちの知り合いに良い酒をもらったから一緒に飲もうって。それはほとんど全部ゆかりさんが一人で飲み干したけど」


「巽さんは飲まなかったんですか?」


「いや、無理矢理かなり飲まさせた。途中からの記憶がない」


 と顔をしかめる巽。一方、しのぶと美咲は能面のような笑顔である。


「そして、目が覚めたらゆかりさんと一緒のベッドの中だったと」


「わたし達が部屋に踏み込んだとき、二人とも何も着ていませんでしたね」


 笑顔のまま二人が漆黒のオーラを解き放ち、巽は恐怖に震え上がった。


「冤罪だ!! 俺は何もしていない!」


「記憶がないのにどうしてそれが判るんですか?」


「ゆかりさんの方から何かしたわけですね」


 巽は必死に反論しようとするが、記憶がないために論拠を上げることができないでいる。酒場兼宿屋の個室で差しで酒盛りをし、途中で記憶をなくし、目が覚めたらゆかりと二人、素っ裸でベッドの中だった――巽が覚えているのはそれだけなのである。さらに、


「男と女、密室、一晩中。何も起きないはずがなく……」


 鉄鎖から抜け出したゆかりがそんなことを言いながら巽へと歩み寄ってくる。いつの間に、と驚く二人の隙を突いてゆかりはそのまま巽へと抱きつき――濃厚なくちづけをぶちかました。

 ズキュウウウン、とまるで銃撃のような音が響き、時間が凍り付いたかのように思われたが、それらは全て気のせいである。だが衝撃のあまり頭の中が真っ白になっているのは間違いのない事実であり、抵抗することも思いつかない状態で巽はゆかりに唇を貪られるがままとなっている……実に一分近くにわたって。

 艶っぽい吐息を漏らしたゆかりがようやくその唇を巽から離した。ゆかりは巽の膝の上に横座りとなって、


「巽くん……」


 熱いため息のようにその名を呼ぶ。ディモンにはサキュバスというモンスターがいると聞くが、今のゆかりはそのモンスターに匹敵する魔性をもって巽を誘惑した。それに抵抗するのは極めて至難……


「うふふふ」


「あははは」


 生命が懸かっていなければ、の話だが。乾いた笑いをこぼれさせながらしのぶと美咲が剣を抜く。一言を間違えれば一秒後には胴体を両断されているのは疑いなく、巽は全身全霊をかけて「黄金のアルジュナ」のように選択肢を見通そうとした。


「その泥棒猫を殺してわたしも死にます」


「オーケーオーケー、話し合おう」


「一緒に死んでください、巽さん」


「話し合えば人は判り合える」


 選択の余地もなくいきなりバッドエンドに直行しそうだった。助けを求めるように美咲へと視線を向けるが、


「わたしが介錯します」


 と短刀を手渡そうとしてくる。両腕を縛られてそれを受け取れない状態なのは幸いだったかもしれない。最後に……どうしようもなくなってゆかりへと助けを求めようとし、


「ふっふっふ! おこちゃま二人が足踏みしているうちに巽君は大人の階段を駆け上がったのよ!」


「そのまま天国まで駆け昇っていくわけですね」


 と美咲。天を仰いだ巽は、


「ああ、来世は青銅になりたいなぁ」


 と全てを投げ出した。


「何があったのか本当に何も覚えていないのに……」


 と巽は心から悔やむようにつぶやく。ゆかりと本当に男女の関係となったのなら、その夜のことを思い出せないのは残念などというものではなく、一生の痛恨事である――その一生ももう数えるほどしか残っていないわけだが。

 そんな巽にゆかりが頬擦りをしながら、


「昨日の夜本当にやっちゃったのかどうか、ぶっちゃけわたしも覚えてないんだけど、それは大した問題じゃないわ。わたしと巽君はもう切っても切れない深い絆で結ばれたのよ! これを見なさい!」


 懐から何かの書状を取り出して二人へと突き付ける。しのぶと美咲は眉を寄せてその書状に顔を近づけた。


「……ディモン語ですね。何が書いてあるんですか?」


「……多分契約書だと思いますけど、見たことのない単語ばっかりです」


 冒険者である以上メルクリアの共通語であるディモン語の習得は必須だが、それは「日常会話に支障がなければそれでよし」という水準である。契約書で使用されるような、高度で複雑な単語は普通は覚える必要がないのだ。

 その契約書?のうちの読める単語を拾い読みしても意味はほとんど判らない。すんなり読めるのは巽とゆかりの自筆署名だけである。


「何の契約を結んだんですか?」


「いや……確か外泊証明か何かで必要だからって、言われるまま名前を書いたような気が……」


 巽が頼りなげにそう説明する一方、ゆかりは豊かな胸を張って、


「婚姻届よ!!」


 大威張りでそう宣言する。巽は生きたまま墓場に埋葬されたかのような顔となるが、二人は白けた目を向けるだけだ。


「メルクリアで婚姻届を出してどうするんですか。地球側で出さないと意味がないでしょう」


「そもそも、これって本当に婚姻届なんですか? どう読んでもそうとは思えないんですけど」


「わたしの全ては巽君のもの、巽君の全てはわたしのもの。そういう契約よ。これが婚姻届でなくて何なのよ」


 その契約内容に「いやちょっと待て」とさすがに巽も慌て出す。


「いくら何でもその契約は洒落にならん。俺の全財産がゆかりさんに飲まれてしまう」


「自分の借金を全部巽さんに押し付けかねないですね」


 二人の懸念にゆかりは「そんなことしないわよー」と言いながら目を逸らす。当然ながらその言葉を信じる者は皆無である。


「前後不覚になるまで酒を飲ませた上で結んだ契約なんて、そもそも無効でしょう」


 美咲の冷静な指摘に巽は生気を取り戻し、強く頷いた。が、ゆかりは全く意に介さない。


「それはエルフのメイジからもらった魔法の契約書よ。一度サインしたならもう最後、魔法が契約者を縛ってどんなことをしてでも絶対に契約を守らせるようとする、特別製の契約書なんだから!」


 勝ち誇ってとんでもないことを言い出すゆかりに、巽も真面目な顔となった。


「常識の欠片もない人だけど、ここまでひどくはないはずだ。ゆかりさんに何があった?」


 しのぶと美咲もまた真顔となって、


「この契約書を用意したエルフのメイジとは?」


「ここにいるぜぇ」


 と、四人のうちの誰のものでもない声。声の方を見ると、鉄格子の向こうに二つの人影があった。


「高辻さん」


 一つはマジックゲート社の安全指導員、高辻鉄郎。そしてその後ろに、高辻の陰に隠れるようにして身を縮めている一人の女性。


「お二人ともご苦労さん、裏は取れたぜ」


 高辻の言葉に「そうですか」と答え、しのぶ達がまず巽の鉄鎖を外す。拘束から解放された巽は軽く柔軟体操をした。


「ごめんなさい、手荒な真似をして」


「いや、まあ、それはともかく……」


 しのぶと美咲が深々と頭を下げたので「手荒な真似」に関してはそれで区切りとすることとした。が、


「何が一体? ゆかりさんはどうしてしまったんですか? その人は?」


 この状況を理解も納得もしているわけでは、もちろんない。高辻がなだめるように、


「説明するから場所を移そうか。それともここで話をするかい?」


 当然のことだが、この牢屋から出ることに巽は何一つ異存はなかった。











「解毒剤です。彼女に飲ませてください」


 まず最初にエルフのメイジの女性が、用意していたポーションを差し出す。抵抗するゆかりだが腕力でしのぶや美咲に敵うわけもなく、力づくで抑え込まれて無理矢理ポーションを飲まされた。


「ちょっとー、ひどいじゃないのよー」


 涙目のゆかりが抗議をするが、しのぶと美咲は顔を見合わせている。


「戻っている……んでしょうか。何かあんまり変わりがないような」


 エルフのメイジがゆかりに探知系の魔法をかけて何かの確認をし、


「多分戻っている……はずです」


 頼りなげにそう言う。巽が「もっとはっきり言えないのか」と言いたげな顔となるが高辻が、


「ま、とりあえず座ろうか」


 と着席を促した。場所は地下牢から垂直に何メートルか移動した、マジックゲート社ヴェルゲラン支部内。その小さな応接室の一つ。巽、しのぶ、美咲、ゆかり、高辻、それにエルフのメイジがソファに着席する。


「彼女はマルマリさん。見ての通りエルフのメイジだ」


 マルマリは二〇代前半。身長はゆかりと同程度で、ゆかりほどではないがかなりのグラマー。眼鏡をかけた、理知的な印象の女性である。


「マジックゲート社の嘱託メイジの方でしたね」


「は、はい。ゆかりさん達のパーティとは顔見知りです」


 マルマリが肩身を狭くしながら巽に説明し、


「マルマリちゃんとは飲み友達なんだよー」


 とゆかりが補足した。


「で、ディモンの良い酒が手に入ったからってもらったんだけど」


「そのお酒はヴァンパイアの血が混入されたものだったんです」


 巽が顔色を変え、しのぶと美咲が腰を上げそうになる。マルマリは小さく悲鳴を上げて頭部を守る体勢となり、高辻が「まーまー」としのぶ達を落ち着かせようとした。


「彼女もヴァンパイアの呪縛下にあったんだ。その呪縛はもう解けている」


「『傀儡』……でしたっけ。ヴァンパイアの血を入れられ、その支配下にある状態」


 しのぶは以前ヴァンパイアと戦ったときのことを思い出していた。ヴァンパイアの血を身体に入れられ、その支配下にある人間は「傀儡」と呼ばれるが、その支配の程度には何段階かある。大量の血を入れられ、完全に自由意思を奪われた「傀儡」はゾンビ兵と大差ない、モンスターの一種である。


「一方少しの血しか入っていなければヴァンパイアの支配に抵抗することもできるし、浄化をすればその支配からも解放される。でもヴァンパイアの影響下にあることを外から判別することはほとんど不可能で、影響下にあることを『傀儡』自身が自覚していないこともある……」


「はい。わたしはまさしくその弱い影響下にある『傀儡』でした。自分がいつヴァンパイアの血を入れられたのか、それさえも判りません」


 マルマリが恐縮する一方、巽は慄然としている。


「まさかそんな……自分が支配されていることすら判らないなんて」


「でも、その状態でできることは限られているんだよねー」


 と高辻が努めて軽い調子で説明した。


「メルクリアの入国審査は非常に厳格だから、ちょっとでもヴァンパイアの血の気配が感じられたなら絶対に入国できない。メルクリアに無事に入るためにも血は効力を失うぎりぎりの量しか入れられなかったようだし、その状態の『傀儡』に命じられるのはごく限られたものだけだ」


 例えば自殺や殺人など、本人が全く望まないことを強制するほどの力はない。例えば下戸に酒を飲ませるとか、本人が普段はしない、不自然な行動をさせることすら難しい。できるのは本人の意思や望みの方向を捻じ曲げること、くらいである。


「例えば、親しくなった異世界の友人に良い酒を贈るとか、その友人の恋が成就するように何故か手元にあった魔法の契約書を渡すとか、な」


 へえ、と感心するしのぶ。かつて戦ったヴァンパイア――エルミオニは血の気配を察知されないまま強い支配力を行使していたように見えるが、それは彼が「人形師」の異名で呼ばれたように「血の支配」に特化したヴァンパイアだったからだろう。


「じゃあわたしはヴァンパイアの血が入ったお酒を渡されてそれを飲んで」


「俺はコップ半分も飲んでないです。ほとんど全部ゆかりさんが一人で飲みました」


「多分それはヴァンパイアの計算違いだろうなぁ。二人が同じくらいに飲んでいれば二人ともが程良く『傀儡』となったんだろうが」


 と苦笑する高辻だが、巽達は笑えなかった。しのぶが首を傾げて、


「血の支配がゆかりさんにしか及ばず、分量も大幅に多かったせいで暴走した……ってことでしょうか。でもヴァンパイアはゆかりさんを『傀儡』にして何をしようと?」


「マルマリさんもゆかりちゃんもとっかかりだよ。ヴァンパイアの本命は巽ちゃんだ」


「俺ですか?」


 と驚く巽だが、


「正確には巽ちゃんの持つ竜血剣だね」


 その一言に完全に納得した。


「つまり? マルマリちゃんを使ってわたしと巽君を深い仲にして? 巽君の竜血剣をわたしが自由にできるようにして?」


「調査のために長期間貸してほしいとわたしに依頼させて……元々わたしはメルクリアの遺跡調査にも関わっていますから、何の疑問もなくゆかりさんにそうお願いすると思います」


「わたしもヴァンパイアの支配下にあれば、何も考えずに竜血剣をマルマリちゃんに渡してしまう、と」


「その後竜血剣がどうなっちゃうかは、ま、想像に難くないわな」


 と肩をすくめる高辻。


「それにしても、随分とまた迂遠な……」


 と呆れるしのぶに対して高辻がたしなめるように、


「ぶっちゃけ言っちゃうと、竜血剣が狙われたのは今回が初めてじゃない。『黄金のアルジュナ』の警告がなければ巽ちゃんが死んでたのって、一回や二回じゃないんだぜぇ?」


 巽が身も心も凍り付かせるが、それはしのぶ達三人も同様だった。


「全然知らなかった……」


「ま、巽ちゃん自身には警告しなかったのは魔王側の油断を誘うためって理由もあるんだけどね」


「でもどうしてディモンの魔王が竜血剣を。メルクリアからディモンに竜血剣を運ぶのは不可能でしょう」


 美咲の疑問をマルマリが「そのはずです」とまず肯定した。


「表向きは――四大魔王はわたし達の想像を絶するほどの力を有していると言われています。一般には知られていない手段で竜血剣をメルクリアからディモンへと移送することも、彼等ならできるのかもしれません」


「移送できないとしても、メルクリア侵攻のときの武器として確保しようとしている、ってことも考えられるな」


「あるいはただ単に、売ればいい金になるから狙っている、ってことも考えられると思います」


 としのぶ。高辻が「その心は?」と解説を求め、しのぶはまず苦笑した。


「いえその……エルミオニと比較するとやってることがあまりにせこくてみみっちいから、ヴァンパイアと言ってもかなりレベルの低い奴なんじゃないかな、と」


 身も蓋もないその物言いに美咲やゆかりもしのぶと同じような顔となった。


「確かに、四大魔王が直接指示したとは到底考えられないわよね」


「魔王の軍勢の中の下っぱが、大まかな指示しか受けておらず自分の考えだけで行動しているのか、それとも最初からそんな指示はなく自分の利益だけで動いているのか」


「でも――ヴァンパイアに狙われていることには変わりないわけですよね」


 と真顔の巽にしのぶ達もまた真剣な表情となった。


「しのぶ達ならともかく、今の俺じゃエルミオニどころかエラソナと再戦しても勝ち目が薄い。そのヴァンパイアが本気を出したら俺なんかひとたまりもないと思う」


「メルクリアじゃ本気を出せないし、アルジュナの未来予知からも逃れられないから、こんなせこい遠回りなやり口を選ぶしかなかったんだろうけどね。でも油断大敵火の用心に越したことはないわな」


 高辻は軽い口調で言うが、その内容に異論がある者は一人もいなかった。さらにその中でゆかりが、


「よし! もうこーなったらお姉さんが巽君とペアになっちゃおう!」


 いきなりそんなことを言い出して巽に抱きつく。巽が慌ててゆかりから離れようとし、さらにしのぶと美咲がゆかりを強引に引き剥がした。


「何を言っているんですかあなたは」


 美咲が鼻先にハリセンを突き付けるが、それで怯むゆかりではない。


「だって巽君の全てはわたしのもので、わたしの全ては巽君のものだもん。わたしが巽君の警護を買って出るのも当然じゃない」


「そもそも無効でしょうあんな契約」


「マルマリさん、あの契約を解除する方法は?」


 問われたマルマリは恐縮しつつ、


「あれを作ったのはわたしよりもずっと力のあるメイジみたいで、わたしの力ではあの契約を破ることは……少なくとも白銀クラスと同等の、契約破りが得意なメイジであれば、あるいは」


「それ、ほとんど不可能って言いませんか?」


 巽の指摘にマルマリは何も言えず、それは肯定と同義だった。巽は頭を抱えるが、一方のゆかりは普段通りのお気楽な調子である。


「何よ、わたしのこの心も身体も、何もかもを巽君の自由にできるのよ? 何が不満なわけ?」


 とゆかりは豊満な胸を巽へと突き付けるようにする。巽はそれに目を奪われるが、それもわずかの間だけだった。


「契約を盾にそういうことを強要するのは卑怯です」


 巽の断言に、しのぶと美咲も抜こうとしていた真剣を鞘に納める。高辻が話をまとめるように、


「まあ、こっちにいる間は巽ちゃんは一人にならず、この三人と一緒にいるべきだろう。ただ、石ころの狩りに青銅が付き添うなんて話は聞いたことがない。別に禁止されているわけじゃないけど、それをやるとしても三人全員はさすがに大仰すぎるだろうなぁ」


「交替で一人ずつですか。それならわたし達の負担も最小限ですし」


「問題ないと思います」


 と頷く美咲としのぶ。そしてゆかりが、


「じゃあまず明日はわたしが付き添うから!」


 そう言い出して二人が反対。誰が最初に巽に付き添うかはじゃんけんで決めることとなった。


「それじゃ、契約を解除できるメイジは俺の方でも心当たりをあたってみるから」


「わたしも他の方法を調べます」


 高辻とマルマリに「お願いします」と頭を下げる巽。その横では三人が熾烈なじゃんけんを続けており、勝利の栄冠はゆかりの頭上に輝いたと言う……。











「何とかしてあの契約を解除しないと、俺が破産する」


 深刻な顔で頭を抱える巽に対し、しのぶと美咲もまた真顔となった。ときは翌火曜日の夕方、場所はマジックゲート社ヴェルゲラン支部。巽とゆかりが狩りから帰ってきて、しのぶ達と合流したところである。


「ゆかりさんは?」


「一人で飲みに行った」


 止めても無駄なことはしのぶ達も嫌と言うほど判っており、ため息をつくしかない。


地球側むこうがわでもメルクリアこちらがわでも、財布はわたし達が握っていて自由に飲めないから、ここぞとばかりに」


「昨日の飲み代の請求書が早速回ってきた。この調子で飲まれたら本当に洒落にならん」


 切々と訴える巽だが、しのぶ達にできることはほとんどない。


「とりあえず、何か進展がないかマルマリさんのところに行ってみましょう」


 マルマリは基本的にはヴェルゲラン支部内に常駐しており、会いに行くのもすぐである。ただ、昨日の今日で進展があるはずもないだろうと思っていたわけだが、


「……解除されていますね、契約が。何をしたんですか?」


「は?」


 マルマリが目を丸くしてそう言い出し、巽達もまた同じような表情となった。


「いや、今日は狩りに行っただけで他には何も……本当に解除されているんですか?」


 疑う巽だが、マルマリが何度確認しようと契約は影も形も残骸も残っていない。


「解除されたのは助かるけど、一体どうして」


 と巽が首をひねり、そんな巽をマルマリが真剣な目で見つめている……正確には、その腰の竜血剣を。


(あの契約は悪質かつ強力な呪いの一種。所有者に悪影響を与える呪いを、竜血剣が勝手に解除した? この剣ならそのくらいの力はあっても不思議はないかも……)


 とは言え根拠は何もなく、推論と言うよりは妄想に近い代物だ。マルマリはその可能性を巽達に告げはしなかった。


「ともかく、これで破産だけはせずに済む。本当に良かった」


 と心底安堵する巽。しのぶや美咲もまた明るい笑顔である。

 そして、それ以上にお気楽極楽な笑顔の、両手いっぱいの請求書を抱えて帰ってきたゆかりが、奈落の底へと叩き落されるのは翌朝のことである……。




最終決戦は一旦削除しましたが、間のエピソードが埋まれば改めて投稿します。


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― 新着の感想 ―
[一言] 全然羨ましくないハーレムw 巽は責任をもって三人を引き取って欲しいw
[一言] ギャグ回かと思いきやちゃんと呪われてた。
[一言] ちゃんと通知出てます!それにしてもポンコツ揃いの女性陣よ。
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