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石ころ冒険者  作者: 亜蒼行
三年目
40/52

第二九話「偽りの友情」

ということで、連載再開です。途中すっ飛ばしたエピソードを埋めていきます。




 日本には現在、一万二千人の冒険者がいる。

 冒険者は青銅・白銀・黄金の三クラスにランク分けされている。青銅クラスは一一〇〇人程度、白銀クラスは一〇〇人程度。黄金クラスは日本には四人、全世界で一二人しか存在していない。

 三クラスに入る冒険者は全体の一割。残りの九割はランク外の、「石ころ」と呼ばれる冒険者だ。冒険者歴二年三ヶ月(実質二年)、国内順位五二八二位――花園巽は青銅クラスという見果てぬ夢を追い求める、石ころ冒険者である。











 剣と魔法とモンスターの大陸、メルクリア。その大陸では何千何万という地球テランの若者が青銅クラスになることを目指し、日々モンスターと戦い、血を流し、ときに生命を落としている。巽もまたそんな若者の一人であり、今日もまたソロでモンスターを狩るために開拓地の一つへと向かっていた。

 ヴェルゲランから転移の魔法陣でつながっている、ナマジラ地方・第二二〇開拓地。石ころばかりが転がる荒野の中を、巽は一人歩いている。敵襲を警戒し、同時に獲物を探し求める巽の耳にある音が届いた。


「この啼き声、ハルピュイアか!」


 巽は声の方向へと走り出す。一分も走らないうちに巽の目がモンスターの姿を捉えた。七匹ものハルピュイアが上空を旋回し、その下には二人の冒険者が。一人は侍で一人は軽装の戦士。二人とも女の子で、血を流していて、今にも倒れそうである。巽はより強く大地を蹴った。


「Kyukyukyukyukyu!」


 ハルピュイアは耳障りな、甲高い啼き声を上げている。それは女の顔と上半身、鷲の下半身と翼を有するキメラ系モンスターであり、そのレベルは六〇から七〇とされている。今二人を襲っているそれ等は上に近い力があり、さらに七匹もの群れだ。一匹二匹ならともかく、これだけの群れの相手はこの二人にとっては荷が重いようだった。


「くっ!」


 戦士の少女の武器は彼女の身長と同じくらいの長さの槍だ。上空から急降下してきたハルピュイアに対して彼女が槍を突き出す。が、ハルピュイアはその攻撃をするりと躱した。その隙を狙うように別のハルピュイアが飛来してきて、彼女は無様に地面を転げまわって何とかそれを避けた。


「この、ちょこまかと!」


 もう一人の侍が剣を振るうが、そんな自棄のような攻撃が命中するほど甘い相手ではない。ハルピュイアは地球の伝承では「あらゆる風より速い」とされている。このメルクリアにあってそれは事実そのままではないが、彼女達にとってその速度が圧倒的な脅威であることに何ら変わりはなかった。

 ハルピュイアは交替でくり返し急降下での突進をし、二人はカウンターでの迎撃を試みる。だがハルピュイアはその攻撃を簡単に避けてしまい、逆にハルピュイアの攻撃は何度も二人に傷を負わせている。致命傷だけは受けていないが、それも時間の問題でしかなかった。

 ハルピュイアの爪に殴打され、吹っ飛ばされた侍の少女が地面に倒れ伏した。彼女は起き上がろうとするが、もう力尽きたかのように腕の一本も動こうとしない。戦士の少女が「法子のりこ!」と呼びかけ――その隙を見逃すハルピュイアではなかった。モンスターの一匹が弾丸のような速度で飛来する。避けようのない攻撃に少女は棒立ちとなり、目を見開き、己が死を覚悟し、


「もらうぞ、お前のカルマを!」


 モンスターの身体が血飛沫を待ち散らしながら西瓜のように砕け、少女は目を見張った。その間にも巽は二匹目のハルピュイアを屠っている。三匹目は足を切り落としただけで逃げられてしまい、巽は舌打ちをする。逃げたハルピュイアは上空で忌々しげな啼き声を上げた。

 五匹のハルピュイアは乱入してきた巽を警戒するように上空で滞空している。その間に巽と戦士の少女は侍の少女の下に集まっていた。


「ありがとうございます」


「話は後だ。先にあいつ等を片付けないと」


 戦士の少女は、おそらく巽よりも年下。女性としては身長が高く、スタイルが良い。黒いシャツとホットパンツ、シャツの上には動きやすさを重視した革のブレストアーマー、ブーツと籠手も革製だ。髪は明るい栗色で、肩にかかるほどの長さ。頭部には鉢巻のようにリボンを巻いている。

 戦士の少女は少しの間何かを考えていたようだが、


橋立天乃はしだて・あまの。天乃って呼んで」


「花園巽だ」


 この非常時に何を言っているのか、と巽は思いながらも律義に自己紹介をする。だがもちろん、天乃は意味もなくそんなことをしたわけではない。


「わたしの固有スキルを使うわ。巽さん、腕を出して」


「こうか?」


 巽が空いている左腕を天乃の方へと伸ばした。その腕へと天乃が、


「一つ一つは小さな火でも、二つ重ねて炎と燃える!」


 高らかに口上を述べながら、自分の右腕を力任せに叩きつけた。反射的に巽の肘が曲がり、天乃もまた肘を曲げて、二人は強く腕を組んだ状態となる。


「炎となったわたし達は――無敵!!」


 次の瞬間、組んだ腕で実体のない何かがつながった感触がした。


「うおおおっっっっ!!」


 天乃が力強い雄叫びを上げながら大きく跳躍。いや、それは跳躍などというレベルではない。見えない階段を駆け上がっているかのようで、まさに空を翔けるがごとしだ。


「まさか、空中疾走?!」


 元は鞍馬口天馬が有する固有スキルで、巽がコピーしたものの一つ。天乃はそれを使っているかとしか思えなかった。ハルピュイアの高さまでたどり着いた天乃は、


「行けっ、蛇節棍!」


 彼女の槍がいきなり何倍もの長さとなった。槍が細かいパーツに分かれ、それが鎖でつながっている。沖縄の古流武術に七節棍という武器があるが、天乃が使っているのはそれと同種の武器だと思われた。ただし節の数は七の倍以上だ。槍から鞭へと姿を変えたその武器を縦横に振るい、一気に広がった間合いを最大限活用し、彼女は一方的にハルピュイアを攻撃。翼を斬られたハルピュイアが次々と落下してきて、巽は落ち穂を拾うようにそれらにとどめを刺した。

 やがて時間切れとなって天乃が地面へと降りてくる。それを狙ってハルピュイアが急降下してくるが、今度は巽の番だった。


「竜血剣が軽い? 何で?」


 ドラゴンの秘宝とされる謎の剣、竜血剣。その霊的質量は巽の魂に負荷をかけ続けている――が、今その負担がいつになく軽かった。まるで、誰かが半分肩代わりしてくれているかのように。巽が竜血剣を自在に振るい、ハルピュイアは次々と屠られていく。


「これでラスト!」


 巽が最後のハルピュイアの首を刎ね、その魔核が竜血剣の束へと回収される。少しの間生き残りがいないか周囲を警戒するがモンスターの気配は感じられず、巽は警戒を解いて力を抜いた。


「つ、つ、疲れた……」


 と天乃はその場に座り込んでいる。できれば巽もそうしたいところだが、


「その子の治療をしないと」


「そうだ、法子」


 先にするべきことがあった。巽と天乃がポーションで止血をするが、その傷は浅くはなかった。二人の少女はヴェルゲランに戻ることとなり、巽もまたそれに同行した。











『先日はありがとう。それで、会って話したいことがあるの』


 冒険者SNSを通じて橋立天乃から連絡があったのが翌日。その二日後の週末に、巽は彼女と会う段取りとなった。

 七月上旬のある金曜日、時刻は正午近く。場所は大阪梅田、マジックゲート社大阪支部ビル前の、ちょっとした公園のような場所。巽はそこで天乃と落ち合った。巽もそうだが、彼女もまたジーンズにTシャツという飾り気のない格好である。


「こんにちは。今日はありがとう」


「いや、別にいい。怪我は大丈夫なのか?」


「うん、もうすっかり」


 当たり障りのない挨拶を交わした二人は木陰に移動し、


「ここがいいかな」


 と天乃は花壇の縁の、ベンチのようになっている場所に座る。ためらって立ったままの巽に対し、


「何してるの?」


 と自分の隣の空間をぺちぺちと叩き、巽を促す。意を決した巽が彼女の横に座るが、まるで恋人のような近さに戸惑うしかない。巽は最大限彼女から距離を置こうとするが、その分天乃が接近する。巽は花壇の隅へと追い詰められた。


「それで、話って?」


「わたしとペアを組まない?」


 ごまかすように用件を尋ねる巽に対し、天乃はド直球で要求を提示した。君と?と問い返しながら、巽は思考を高速回転させる。


「とりあえずこれを見て」


 と天乃が冒険者カードを開示するので、巽もまたそれを彼女へと提示。巽はスマートフォンを使って天乃の情報を確認する。


「橋立天乃/戦士/ランク外/七七二一ポイント/五一五五位」


 なお彼女は昨年の七月試験の合格者で、冒険者歴は一年に満たない。同時期の美咲達よりも順位ではかなり上である。


「すごいな、一年足らずでこの順位か」


 巽は内心の複雑な思いを隠し、表向きは素直に讃嘆する。現時点の順位から予想するに、彼女は青銅になれるだけの天稟を有しているものと思われた。


「確かに、冒険者になってからこれまでずっと順調だった。このまま足踏みせずに青銅に……そう思っていたんだけど、ここ最近は上に上がれなくて」


 ふむ、と相槌を打って巽は続きを促した。


「ちょっとくらい無理をしても上を目指すべきだと思ってハルピュイアを狙いに行ったのがこの間。二、三匹なら充分勝てる相手だったんだけど」


「思ったよりも群れが大きかったと。でもハルピュイアの群れとしては特別異常ってわけでもないし、ちょっと背伸びが過ぎたってことかな」


「結果的には。でもわたし達は幸運に恵まれて助かったわ。こうして巽さんと知り合って話ができるのも、天佑神助の続きって感じかな」


 大げさだな、と巽は苦笑したい気分となる。だが天乃は大真面目だ。


「あなたのことは調べさせてもらった。数回見ただけで他人の固有スキルをコピーできる固有スキル、レベル二千以上のヴァンパイアを討伐、ドッペル先生の指導を受けた、ドラゴンの秘宝とされる魔剣を所持……冒険者SNSをちょっとあさっただけでとんでもない話が次々と飛び出してくるんだよ?」


 巽は気まずそうに「あー……」と明後日を向いた。それらの噂話に嘘は一切ないが、巽の実像を正確に伝えるものでも決してなかった。


「今の俺はなかなか上に上がれない、五千番台のただの石ころだから」


「今のわたしもそう。でも、青銅になれるだけの力は間違いなくあるはずなんだ」


 そう言う天乃は震えるほどに固く拳を握りしめた。


「わたしの固有スキル『炎の友情クロス・ファイア』はペアを組んだ相手と力を共有し、互いに高め合うものなの。ペアを組む相手が強ければ強いほど、この固有スキルは真価を発揮する」


 不可視のラインをつなげて互いに力や魔力を共有し、融通する固有スキル。それが天乃の「炎の友情」である。あのとき竜血剣がいつになく軽かったのはその負荷の半分を彼女が担っていたからだし、彼女は彼女で巽の固有スキルを発現していたのだ。

 うーむ、とうなる巽は腕を組んで考え込んだ。確かに天乃の固有スキルは巽にとって大きな助力となるだろう。そしてそれ以上に、巽の固有スキルは天乃にとってこの上なく魅力的に違いなかった。


「知っての通り俺はソロだし、君と組むことに何の問題もない」


 それじゃ、と天乃は顔を輝かせるが、巽が「でも」と接続する。


「君の方はどうなんだ? 今ペアを組んでいる子がこれを知ったら」


「許すわけがないじゃない!」


 斬りつけるような鋭い声が響く。声の方を向くと、そこに立っているのは法子と呼ばれていた天乃のペアの少女。夏物のシャツに長いスカートの彼女は、震える手に箒を持って正眼に構えている。そのずっと後方では掃除のおじさんが途方に暮れたような顔をしていた。


「この泥棒猫……! よくもわたしの天乃を!」


「待って法子、落ち着いて」


「そうだぞ、この子をペアを組むとまだ決めたわけじゃ」


「わたしの何が不満なの?」


 天乃が火に油を注ぐようなことを言い、ブチ切れた法子が「問答無用!」と箒で斬りかかってくる。巽が逃げに徹したため乱闘にはならなかったが、法子が多少なりとも落ち着いて話ができるようになるまでかなりの時間が必要だった。

 ……巽が掃除のおじさんに箒を返して平謝りしている間に、天乃は懸命に法子をなだめている。


「どうして、天乃……二人で一緒に青銅になろうって約束したのに」


「うん、ごめん。でもわたしは五千番台で足踏みしているのは嫌なんだ」


 天乃が情理を尽くして法子を説得しようとするが、法子だって青銅を目指す冒険者だ。そう簡単に納得するはずがない。


「俺も橋立と本当に一緒にやっていけるのかを確認しないといけない。一度三人で狩りに行くのはどうだ?」


 巽のその提案を法子に承諾させるのに結局ほぼ一日が費やされ、話が終わる頃には日が暮れようとしていた。全力で狩りをしたときのように精神を疲労させながら、巽は重い身体を引きずるようにして帰路に就いた。










 そして翌週の火曜日。巽・天乃、そして高雄法子の三人は第二一二開拓地に狩りへとやってきている。


「それじゃ行こうか」


「はいっ!」


 巽の号令に天乃は元気よく返答するが、法子はそっぽを向いて舌打ちするだけだ。巽は小さくため息をつき、森の奥目指して歩き出した。

 ……ベースキャンプを出て既に数時間、最も気温が高くなる時間帯だ。メルクリアにも季節はあるがその変動は穏やかであり、一年中過ごしやすい気候が続いている。避暑地の高原を散策するように森の中を進む三人だが、


「……なかなか見つからないな」


「そうだね。こんなにモンスターを見かけないのは初めてかも」


 巽達は獲物を捉えられないでいた。これまで姿を認めたのは狩る手間も惜しいくらいの雑魚だけ、それもほんの数匹だ。


「何かあったのかな。この森で」


「一日歩き続けて空振りだったこともあるし、休む間もなくモンスターに襲われ続けたこともある。こういうのは巡り合わせだ、焦ったって仕方ない」


 巽が自分に言い聞かせるようにそう言い、天乃が「そうね!」と明るく頷く。法子は「ふん」と鼻を鳴らすが特に何も言わなかった。


「でもさすがにそろそろ見つけられないと……ちょっと待て」


 先頭を進んでいた巽がその場にしゃがみ込み、天乃と法子もそれに続いた。服が汚れるのも構わず四つん這いで前へと進み、二人もそれに倣う。十数メートル進み、巽は壁のように並ぶ灌木の隙間からその向こう側をうかがった。


「……見つけた。ギガントホーネットだ」


 灌木の向こう側は草原となっていて、そこにはギガントホーネットが蚊柱のような群れを作っていた。その数はざっと二〇匹程度。それは「単に雀蜂が巨大化しただけのモンスター」であり、その体長は八〇センチメートル超、そのレベルは六〇超。ハルピュイアよりは下である。だがその速度からレベル以上に危険とされているモンスターだった。


「あのくらいなら何とでもなります。やりましょう」


 巽が何か言う前に法子が気負ったように言う。天乃にも異存はないようで、巽も「判った」と頷いた。


「それじゃわたしから」


「ああ。俺はサポートに回る」


 事前の打ち合わせ通り、まずは法子が天乃とペアとなってその群れを狩ることとした。二人は手を伸ばせば届く距離で向かい合い、


「「一つ一つは小さな火でも、二つ重ねて炎と燃える!!」」


 声をそろえて力強く口上を述べる。「それは必要なのか?」と巽がこっそりと突っ込んだ。それに構わず二人は互いの腕と腕をぶつけ合い、両者の腕が固く組まれた。二人の身体からあふれた魔力が天乃のリボンを、法子の長い髪をなびかせる。

 その魔力に気付いたのか、ギガントホーネットが一斉に天乃達へと向かってきた。二人もまたひるむことなく、モンスターの群れへと突進する。


「うなれ、雷斬剣!」


 法子が剣から発した雷撃でギガントホーネットの一匹を撃ち落とす。さらに電撃をまとった剣で二匹目を叩き斬った。


「大した威力だな」


 と感心する巽は早速その固有スキルのコピーを始めている。それと同時に二人の壁となり、護衛役となることに徹した。固有スキルを封印した今の巽ではギガントホーネットに速度で対抗するのは難しく、竜血剣を使っている今の巽では手数で勝負するわけにもいかない。ギガントホーネットは今の巽にとってあまり相性の良いモンスターではないのだ。


「これで六匹目!」


「なんの、七匹目!」


 その一方天乃と法子は調子良くモンスターを狩り続けている。二人の戦闘スタイルはどちらかと言えば攻撃力よりも速度を重視するものであり、それはギガントホーネット相手には最適と言えた。


「斬り裂け、蛇節棍!」


天乃は蛇節棍を槍として突き刺し、鞭として振り回した。高速で振り下ろされた蛇節棍の先端をかろうじて躱すギガントホーネット。が、


「雷斬剣!」


 蛇節棍が雷撃を発し、至近のギガントホーネットを撃ち落とす。さらに穂先に雷撃をまとわせ、次の一匹を黒焦げにした。対抗意識を燃やした法子が雷斬剣を飛ばして一匹を撃ち落とし、巽もまた地味に一匹を粉微塵にした。

 二人は背中合わせとなって互いの死角を補い合い、互いを守り合った。それでもカバーしきれない箇所には巽がいる。二人を狙うギガントホーネットの斜線に割り込み、カウンターでモンスターを斬り捨てる。

 天乃と法子は交互に雷斬剣を行使。特に危険に陥ることもなく、二〇匹のモンスターの群れは一掃される。一狩り終わり、二人はまずポーションを飲んで魔力を補給した。

 法子は「どうですか?」と言わんばかりの勝ち誇った顔を巽へと向ける。巽もまた彼女の力を認めることはやぶさかではなかった。が、彼女が力を認めさせるべき相手は巽ではなく天乃なのだ。


「確かに法子は強いよね。わたし達は良いコンビだったと思う」


「何それ?」


 淡白な物言いに、その内容に法子は歯を軋ませた。


「こんな奴がわたしよりも強いって言うの? 二年以上やっててわたし達と同順位の奴が!」


 半分激高した法子が巽を指さし、巽は困ったような顔をするばかりだ。それに構わず天乃は周囲を見回し、


「実際に見てみれば判ると思う。手頃なレベルのモンスターが出てくれればいいんだけど」


「そうそう都合よく出てこないだろう。先に進もう」


 巽が先頭を歩き出そうとし、二人がそれに続こうとしたそのとき、背後で物音と何者かの気配。最後尾の法子が喜び勇んでふり返った。事前の打ち合わせでは次は巽と天乃のペアでモンスターを狩る番なのだが、


「あんな奴に狩らせない。全部わたしと天乃の二人で……!」


 剣を構える法子の横に巽と天乃が並ぶ。そうして待ち構える三人の前に茂みを割ってモンスターが姿を現し――


「う、うそ……」


 人間型モンスターだがその身長は二メートルを優に超える。全身が針金のような獣毛で覆われ、頭部は狼のそれ……


「ル・ガルー……どうしてこんなところに」


 法子は身体の震えが止まらず、天乃は折れそうなほどに歯軋りをした。ル・ガルーは人狼系モンスターの中では最弱と言われているが、それでもそのレベルは一〇〇に達する。「これを倒せれば青銅クラスになれる」とされる、青銅への登竜門とされるモンスターなのだ。未だ五千番台の天乃や法子などこれからすれば雑魚同然、歯牙にもかけられないだろう。それは巽も同じことだが、


「君達は逃げろ、俺が時間を稼ぐ」


 巽は剣を正眼に構え、立ち向かおうとしていた。いつの間にか竜血剣は鞘に納まっていて、巽は鞘のままの剣を構えている。


「石ころが何を……! 死ぬつもりなの!?」


「三人で別々の方向に走って逃げれば」


「二人は助かるかもだけど一人は死ぬよな、その一人は多分俺だ。それなら最初から立ち向かった方がまだマシだろう。それに俺が一番良い得物を持っているし、手札も多い」


 そう言って巽は野太い笑みを二人へと見せた。


「大丈夫、到底勝てないと思ったらさっさと逃げるから」


「つまりそれは、戦う以上は勝つつもりってことじゃないの?」


 天乃はそうため息をつき、自分の腕を巽の方へと伸ばした。巽が焦って、


「何の真似だ、早くしないと」


「わたしの力があれば勝率が上がるでしょ? 早くしないと、相手はいつまでも待ってはくれないわよ」


 ためらう巽だがそれも長い時間ではない。天乃の力は確かに必要だし、何より天乃に逃げる気がないのは明白だったからだ。巽の方から天乃の腕へと自分の腕を叩きつけ、


「「一つ一つは小さな火でも、二つ重ねて炎と燃える!!」」


 腹の底からその口上を轟かせる。天乃との不可視のラインが強固につながり、巽の全身から魔力があふれた。そのテンションは一気に上限値を突破する。


「炎となったわたし達は、無敵!!」


「行くぜ、ル・ガルー! 三千メルクの剣の仇!」


 天乃達が知るはずもない理由で戦意を燃やす巽。一方のル・ガルーもまた殺意にその眼を輝かせた。


「Grururu!」


「うおおおっっっ!」


 ル・ガルーと巽、両者の咆哮が戦場に響き渡る。巽と天乃がル・ガルーへと突貫し……法子はただそれを見ていることしかできなかった。

 ル・ガルーが丸太のように太い腕を振り回し、二人は左右に分かれてそれを避ける。巽と天乃は左右からル・ガルーを挟み撃ちする形となり、ル・ガルーは煩わしげに交互に二人を一瞥した。


「勝機は一回だけだ。それに全力で戦える時間は限られている」


「判ってる」


 ラインでつながっているため距離があっても、つぶやくような小声でも意思疎通には充分だ。「炎の友情」はペアとなった相手と魔力を共有し合い、融通し合う。魔力量が倍増したように勘違いしそうになるが、消費量はそれ以上に増えているのだ。全力で戦えるのはせいぜい一、二分。長くて三分くらいのことだった。


「奴の注意を引いて、隙を作ってくれ。無理はしなくていいから」


「また難しい注文ね」


 天乃はそう笑い、それがそのまま牙を剥くような獰猛な表情へと移行した。


「出し惜しみはなし! 疾風迅雷あーんど、奥歯のスイッチ!」


 高速機動と「加速」の補助魔法と同じ効果を有する固有スキルの同時使用だ。巽が使えるのは劣化コピーに過ぎず、それを流用している天乃はさらに劣化しているのだが、それでもその速度は法子が目を見張るものがあった。ル・ガルーが反応できないうちにその懐へと入り込む天乃。そのまま槍で串刺しにせんとするが、


「もらった……何っ!?」


 槍の穂先はル・ガルーの腹に食い込んだ。だが、それだけだ。出血はさせたようだがかすり傷もいいところで、ル・ガルーは冷たい目で天乃を見下している。


「まずいっ」


 と槍を引き抜こうとする天乃。だがモンスターの筋肉が穂先をくわえ込んで離さない。さらにその手が槍を掴んだ。ル・ガルーはそのまま槍を振り回そうとし、体勢を崩しそうになる。天乃が蛇節棍を槍モードから鞭モードへと変形させたのだ。


「Grururu!」


 ル・ガルーは苛立たしげに、綱引きのように蛇節棍を手繰り寄せる。天乃は得物を手放さざるを得ず、ル・ガルーは手の中のそれを遠くに投げ捨てた。ル・ガルーは地響きを立てながら天乃へと突進し、天乃はその場に大きく屈む。


「空中疾走!」


 空中へと跳躍した天乃はさらに「百手の巨人」を使って蛇節棍を手元へと取り戻す。さらに、


「さらに、雷斬剣!」


 上空からの雷撃がル・ガルーを襲来する。戦いを見つめるだけの法子の目が零れ落ちんばかりに見開かれた。


「くそっ、やっぱりダメか」


 だが、その攻撃もル・ガルーには全く通用しない。直撃を受けたはずだが何一つダメージはなく、ル・ガルーが着地した天乃へと猛然と突っ込んでくる。それは殺意と暴力の塊であり、全速のダンプカーを正面から受け止める方がまだ勝ち目があるだろう。天乃は逃げ出したい衝動を必死にこらえている。


「Grururu!」


 ル・ガルーが大きく腕を振り上げた。次の瞬間には、天乃の頭部だけでなく上半身がその腕によって陶器の人形のように粉砕されるはずだった。だがもちろん、


「こっちだ、ル・ガルー!」


 巽がそれを許すはずがない。後背から全力全速で接近する巽に対し、ル・ガルーが一八〇度回頭した。その間に巽は鞘に入れたままの剣を高々と振り上げている。ル・ガルーは天乃に対して背中をさらしていて、普通なら天乃には絶好の機会のはずだった。だが天乃にはル・ガルーに通用する攻撃手段がない。ル・ガルーもそれを理解した上で巽に向き合ったのだ。


「行けっ、巽!」


「おおおっっっっ!!」


 天乃の全ての魔力と体力を託された巽が渾身の力で剣を振り下ろす。ル・ガルーは右腕でそれをブロックしようとし、実際に止めた。両者が一瞬動きを止め――巽は勝利の笑みを見せつけた。


「前とは違うんだよ!」


 竜血剣が鞘を砕き、さらにル・ガルーの右腕を切断する。モンスターは驚愕したような顔となって……そのままその胴体は袈裟懸けに両断された。


「Gru……」


 巽の作戦と勝利を讃えるように唸り、ル・ガルーの身体が重々しい音を立てて倒れる。そして二度と起き上がることはなかった。その身体から吐き出された魔核は竜血剣の束へと回収される。


「勝った……勝てた……ル・ガルーに」


 全ての力を使い果たした巽がその場に座り込む。竜血剣を鞘に入れたままだったのは刀身を見られたら警戒される可能性が高かったからである。巽は竜血剣の威力に全てを託し、その賭けに勝ったのだ。が、巽は自分の勝利がまだ信じられないかのようだった。その巽に、


「たつみたつみたつみたつみたつみーーー!」


 姦しい声を上げて天乃が突進してきて抱きつく。二人はそのまま地面に倒れ込んだ。


「勝った勝った勝った勝った勝った勝ったよ! ル・ガルーに勝ったんだよ!? これでわたし達も青銅クラス! まさかこんなに早く青銅になれるなんて!」


 ル・ガルーを倒した嬉しさで天乃は有頂天となっている。巽はその分冷静となり、


「まあ、得物が良かったからな」


「それ込みでのわたし達の力じゃない! ひゃっはー! 青銅クラスだ青銅クラス!」


 天乃は自分がもう青銅クラスの冒険者だと思い込んでいて、巽が何を言っても耳に届かないようだった。そして法子は、


「……」


 ただ見ていただけだった。二人が戦うのを、ル・ガルーに勝利するのを、その喜びを分かち合うのを、ただ見ていることしかできなかった。











 それから一月弱の時間が経過し、ときは八月初旬の火曜日。場所は第二二三開拓地。


「Gagagaga!」


 巽と天乃はそこでモンスターと戦っていた。敵は醜悪で怪異な姿をした巨人、オーグル。身長が二メートル半はあり、人間くらい簡単に握り潰せるほどの剛力を有している。さらにそれは、


「うそっ!?」


 オーグルの間合いの外にいたはずなのに、いきなりモンスターの腕がゴムのように伸びて天乃へと襲いかかってくる。巽がカバーに入り、その腕を竜血剣で斬り捨てた。さらに巽が突進するがオーグルはゴムまりのように跳躍し、大きく後退する。二匹のオーグルと二人の冒険者が距離を置いて対峙した。

 オーグルは地球の伝承では「何にでも姿を変えられる」とされており、このメルクリアにおいてもそれはある程度現実となっている。変身こそしないものの、その身体は自由自在に変形するのである。巨体と、剛力と、変形能力と、それがもたらす思いがけない機動。オーグルはレベル九〇に達する、強力なモンスターだった。


「……こっちから動くべきじゃないな」


「カウンター狙いだね」


 巽と天乃は足を止め、敵の動きを誘った。しばらくはオーグルも同じように動きを止めていたが、先に焦れたのはモンスターの方だった。二匹のオーグルが二人に向かって突進してくる。オーグルは変則的機動で意表を突いてくるが、素の動きはそこまで速くはなかった。

 天乃が「空中疾走」でオーグルの頭上を飛び越え、その後背に回る。天乃に気を取られて後ろを向いた隙を突き、巽がそのどてっぱらに大きな風穴を開けた。

 二匹目を倒したのも同じ作戦だ。オーグルが巽に襲いかかってきて防戦、そこに天乃が攻撃を加えてオーグルの注意を引く。そして、


「うおおおっっっ!」


 巽が股から上へと向かって竜血剣を走らせ、オーグルの胴体を縦に真っ二つとする。モンスターは臓物を地面にぶちまけながら崩れ落ち、吐き出された魔核は竜血剣の束へと回収された。

 ……そしてその夜、大阪梅田のとある居酒屋。


「いつまでレベル二桁で足踏みしてなきゃいけないわけ? わたし達はル・ガルーを倒したんだよ?」


「二人がかりでな。青銅になるには一人であれに勝てなきゃいけない。天乃は一人であれを狩れるのか?」


 むー、と不満そうに膨れる天乃だが反論はできない。天乃が沈黙している隙に巽は鶏の唐揚げをむさぼった。

 身体が資本の冒険者は女性であっても大食漢が多く、天乃はその典型だった。巽にもまた美味しいものを食べることは何よりの喜びであり、狩りの後はこうして居酒屋で祝杯を挙げることがこの一月の恒例となっていた。

 高雄法子が力の差を思い知らさせて身を引き、天乃は巽とペアを組むこととなる。


「ペアでなくなっても、わたしが先に青銅になっても、法子とは一番の親友だから!」


 天乃はそう言うが、その屈託のない言葉が法子の胸に届くかどうかは保証の限りではなかった。

 そしてこの一月、二人は上へと向かって順調に進んでいる。


「俺達はまだまだ半人前で、二人でようやく一人前だ。一人で一人前になれるように、今は地力をつけるときだと思う」


「昇格試験に挑むのはまだまだ早い、でしょ。判ってるわよそんなこと」


 そう言う天乃はコーラを一気飲みする。


「一人でもあれを狩れるように、『炎の友情』がなくても今以上に戦えるように……そんなことは判っている。でも、それならなおさらこんなところで足踏みしている場合じゃないじゃない。もっと上の狩場に行って、もっと純度の高いカルマを狙わないと!」


 今度は巽が沈黙する番だった。その意見には一理も二理もあり、何より巽自身が早く上に行くことを切望しているのだから。ただこれまでの経験から慎重を期するべきと考えており、天乃も不満ながらそれに従っていたのだ。


「でも、もういいじゃない。アンフィスバエナも狩った、レンオルムも狩った、デルピュネも狩った、今日はオーグルも狩った。この一か月慎重に、少しずつ狩場のレベルを上げてきた。次はもう、レベル三桁の狩場しかないじゃない」


 巽は何も言えず、天乃もまた口を閉ざした。両者の沈黙が長く続くが、先に口を開いたのは巽の方だった。巽は根負けしたようにため息をつき、


「……確かにそろそろ上を狙ってもいいかも、とは思っていた」


 花が咲くように天乃の顔が輝く。「慎重を期するべき」という理性と「上に挑戦するべき」という野心。巽の中でその二つが綱引きをしていて、優勢なのは理性の方だった。だがそれは僅差だったのだ。天乃が野心に加勢してしまっては理性の方には勝ち目がない。そもそも冒険するから「冒険者」なのであり、危険を冒す覚悟なしでこの商売を続けているわけではないのだから。


「よし、そうと決まれば前祝い! ぱーっといこう!」


 テンションを上げた天乃がさらに注文をする。もっとも天乃は二〇歳未満で、巽はアルコールが好きではない。テーブルに並ぶのは料理ばかりなのだが、二人は思う存分それを堪能した。

 ……それからしばらくの後。居酒屋を出た二人は夜の梅田を歩いている。天乃は巽の腕を取り、まるで恋人のようにそれを抱え込んでいた。天乃の身体の暖かさと、その肉感と、その匂いと、思いがけないその柔らかさに、巽は精神的に棒立ちとなってしまう。


(色即是空、空即是色、一切苦厄舎利子)


 うろ覚えの般若心経を内心で唱える巽に天乃が潤んだ目を向け、


「……ねえ、どこかで休んでいかない?」


「そのー、明日は用事があるんで早く帰らないと」


 その回答に天乃はまず「そう」と言い、


「じゃあ、また今度ね」


 艶やかに、あるいは肉食獣のようにそう笑う天乃に、巽は内心往生した。


 梅田駅のホームで天乃と別れ、普通電車に一人乗り込んだ巽は、


「……惜しかったけどなぁ」


 ため息交じりにそうつぶやく。天乃は充分以上に魅力的な女性であり、彼女に誘われるのは男冥利に尽きるというものだった。が、


「しのぶ達のこともあるし、まあ仕方ない」


 明言されたわけではないが、しのぶに好意を寄せられていることは巽も判っていないわけではない。ことによっては美咲からも。だがそれは言い訳に過ぎず、結局巽は私生活ではどうしようもないヘタレなのだった。











 そして翌週の火曜日、マジックゲート社ヴェルゲラン支部。転移施設を使って狩場へと向かおうとする二人だが、


「ごめん、ポーションがちょっと足りなかった。すぐ買ってくるから」


「判った」


 社内の購買部へと天乃が向かい、巽は通路の一角で所在なげに突っ立っている。そこに、


「あ、巽君じゃない」


「久しぶり、三人とも」


 同じく狩りに向かう前のゆかり・美咲・しのぶの三人が話しかけてきた。


「狩場に行かないんですか?」


「今ペアを組んでいる子がちょっと買い物に行ってて」


 ふーん、と頷くゆかりだが、その眼が鋭く光った。


「ペアの子って女の子だよね」


「いや、その」


「結構可愛らしい方でしたよね」


 そう言ってにっこり笑うしのぶだが、その身体からは黒いオーラが放たれているかのようだ。美咲もまた菩薩のように微笑み、


「どのような方なんですか?」


 羅刹を背負ってそう問い詰めてくる。まるで真剣を喉元に当たられているかのようで、一言でも間違えれば首を刎ねられそうだ。


「あの子が危なかったのを助けたのがきっかけでペアを組むようになったんだ。もう一月くらいかな。すごく効果の高い固有スキルを持っていて、今から三桁の狩場に行くところだ」


「それは危険じゃないの?」


 ゆかりがそう眉をひそめるが、


「俺達はル・ガルーだって狩ったんだぜ?」


 と三人へと胸を張った。

 だが三人は納得せず、「もう少し慎重に」と口々に言い募ってくる。このため三人との会話は長くなり、その間に天乃の買い物は終わっていた。


「巽、行こう!」


 挨拶も何もなしで、天乃がいきなり巽の腕をつかんで三人から引き離し、そのまま引きずるように歩いていく。


「おい、天乃。――それじゃまた後で!」


 なおも心配そうな三人にそう挨拶をし、巽は天乃の後について歩き出した。


「おい、天乃」


「余計な時間遣っちゃった。早く行かないと」


 天乃は巽の前を歩いていて、巽から見えるのはその後ろ姿だけだ。彼女が今どんな表情をしているのか、垣間見ることもできなかった。

 ……それからしばらくの後。転移施設をいくつか挟み、巽と天乃は第二〇四開拓地へとやってきている。ここまで来ても天乃の様子はさきほどとあまり変わらなかった。天乃が前を歩き、その後ろに巽が続いている。


「あの三人とはどういう関係?」


「前にあいつ等とパーティを組んでいた。あの三人は青銅に上がっていって、俺は石ころに取り残された」


「仲、良いんだね」


「約束しているからな。また一緒に冒険者をやるって」


 交わされた会話と言えばそのくらいだ。普段はおしゃべりな天乃がずっと沈黙を守っている。彼女の内心を察することなど巽には不可能だが、様子がおかしいことくらいは自明だった。


「そんな調子で大丈夫なのか? 俺達は今レベル三桁の狩場にいるんだぞ。何か言いたいことがあるなら引き返して、どこか落ち着ける場所で話を」


「大丈夫、狩りはちゃんとするから」


「でも」


「わたしだってル・ガルーを狩ったんだ。今は石ころでもきっとすぐに青銅に……!」


 天乃は冷静になるどころか、ますますおかしくなっていくように思われた。さすがに「まずい」と巽も判断し、その腕をつかんで強引に引き止める。


「すぐに引き返すぞ」


「どうしてよ?! ここまで来ておいて!」


「どうもこうもあるかよ、今モンスターに襲われて」


 まさにそのとき、茂みを割って姿を現すモンスター。それは王冠のような形の銀の鶏冠とさかを持つ、蛇のモンスターだった。それが吐く息は猛毒となり、その視線は見られた者を石を化し、そのレベルは一〇〇を優に超えている。


「バジリスク……! こんなときに」


 巽は舌打ちを禁じ得ない。このモンスターを狙ってここまでやってきたのだが、タイミングが最悪だった。しかもそのモンスターの体長は二メートル近くある。バジリスクとしてかなりの大型で、レベルも相応に高いものと思われた。


「でも一匹だけだわ、勝てない相手じゃない」


 と天乃が臨戦態勢となる。どの道、背を向けるのも同じくらい危険な相手だ。それならば立ち向かうことに活路を見出すしかなかった。


「「一つ一つは小さな火でも、二つ重ねて炎と燃える!」」


 巽と天乃が腕を伸ばし、二つの腕が一つと組まれる。見えない何かがつながった感触が……


「なんだ?」


 つながっている。確かにつながっているのだが、それがいつになく弱く、細く、あまりに頼りなかった。


「Kikikiki!」


 バジリスクが耳障りな啼き声を上げながら突進してくる。天乃は例によって「空中疾走」でその頭上を飛び越えて回避するが、


「うそ、何なの? どうして!」


 いつもなら何メートルもの高さまで跳躍できるのに、今は二メートルの高さを飛び越えるので精一杯だ。バジリスクは天乃に狙いを定めて襲いかかってくる。「疾風迅雷」や「奥歯のスイッチ」を行使して回避する天乃だが、やはりその速度は半減していた。天乃はあっと言う間に追い詰められてしまう。


「くそが!」


 巽がモンスターの背中に竜血剣を叩きつけようとするが、それは簡単に避けられてしまった。竜血剣がいつになく重い。持っているだけで手がしびれそうだ。


「……いや、これが本来の重さなんだ。ここしばらく忘れていた」


 何が起こっているのか、巽も天乃も理解する――「炎の友情」の効果が極端に薄れている。


「なんで? どうして? こんなときに――」


 事態は把握したが、原因までは理解が及ばず……いや、感覚的には判っている。「炎の友情」はより強い信頼関係があれば、より深く互いの心がつながっていれば、より高い効果を発揮する。理屈ではなく本能的にそれを知っていたからこそ天乃は巽との距離を縮めようとしていたのだ。

 そして、今起こっているのはその逆のことだった。


「Kiki――!」


「くそっ!」


 バジリスクが口から猛毒を吐き、それを避けるために巽は大きく後退。それでもわずかに毒を吸い込んでしまったようで、巽は慌てて毒消しのポーションを飲んだ。巽の動きを止めた上でモンスターは天乃へと視線を向ける。


「しまっ……」


 天乃の身体が硬直する。まるで彫像となってしまったかのよう……いや、「まるで」ではない。


「いや……いや……たすけ……」


 天乃の身体が石と化していく。先端から始まり、石と化す範囲は急速に広がっていった。


「天乃――!!」


 巽がバジリスクへと突貫する。モンスターは嘲笑うように一啼きし、石化の視線を巽へと向けた。が、巽はそれを流血剣の刀身でブロックする。


「Kiki?!」


 ドラゴンの秘宝とされる竜血剣にレベル一〇〇程度のモンスターの攻撃が通用するはずもない。狼狽えるかのようなバジリスクに対して巽は目をつむったまま突進し、


「邪魔なんだよ!」


 竜血剣でその胴体を両断する。ひとたまりもなくモンスターは屠られ、その魔核は無事に回収された。


「天乃! 天乃! 待ってろ、すぐにメイジのところに」


 巽は石と化した天乃を担ぎ、ベースキャンプに向かって全力で走っていく。その途中で、


「あ、巽君」


「ゆかりさん良かった!! すぐに治癒魔法を!」


 偶然か、幸運か、あるいはそれ以外か。巽と同じ狩場にやってきていたゆかり達三人に出会った巽は天乃の治療を依頼。ゆかりが全力で応急処置を施し、しのぶと美咲も協力し、天乃は最大限の早さでヴェルゲランの病院に担ぎ込まれることとなった。











 幸いにして、天乃は一命をとりとめた。が、石化は広範囲・高深度に及んでおり、その治療には長い時間が必要だった……場合によっては年単位の。それでも完全に元に戻る保証はなく、当然ながら冒険者を続けられるはずもなく。


「結局またソロか」


 翌週の火曜日、巽は一人で狩場へと向かった。狙うモンスターはレベル六〇程度。この一月、レベル八〇やレベル九〇のモンスターを狩っていたのが嘘のようである。まるでこの一月が夢か妄想だったかのようだ。


「今の俺はこの辺が分相応か」


 と巽は自嘲する。何を間違えたのだろう、とつい繰り言を言いたくなってしまう。何が悪かったのだろう。天乃の気持ちに応えていたら、あるいはこんなことにはならなかったのではないか……


「言っても仕方ない。結局、背伸びをしすぎた。それだけだ」


 「炎の友情」はあまりに強力な固有スキルで、それに依存しすぎた。地力をつけるのを怠り、実力が伴わないまま青銅の狩場に足を踏み入れてしまった。結局はそれだけのことなのだ。


「判っていたはずなのに。強力な固有スキルに頼りきりにならず、冒険者としての地力をつけなきゃいけないって」


 巽は封印の腕輪に視線を落とす。ル・ガルーを倒し、青銅になれたかのように錯覚していたのは天乃だけではなかったのだろう。

 巽は竜血剣を手に取り、意味もなくそれを振り回した。気力が急速に奪われるが今の巽にはその痛みが心地よかった。


「一から、ここからやり直しだ。俺は底辺の石ころで、青銅はまだまだ遠い」


 でも、届かないわけじゃない――そう信じる巽は一歩一歩、孤独な道を歩いていく。




本当は三年目も一年目・二年目と同じように「一二話ほしいな」と思っていて、当初はその予定で考えていましたがどうしても次の小説が書きたくなって途中すっ飛ばして最終決戦を投稿しました。

で、その途中すっ飛ばしたエピソードをこれから埋めていきます。次話はこれから執筆するのでちょっと時間をいただきますが、できれば次話以降も読んでやってください。




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― 新着の感想 ―
残念、ヒロイン力高めの娘だったのですが…。
[一言] どういうエピソードが入れ込まれるのか、楽しみです。
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