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石ころ冒険者  作者: 亜蒼行
二年目
34/52

第二四話「地底からの侵略者・後編」その2




 一方同時刻。しのぶや土御門達、九人の冒険者が洞窟の中を進んでいる。洞窟は一本道でそれなりに広くて歩きやすい。夜目の利く斥候が先導し、その次にしのぶと土御門。その後ろを美咲やゆかり、中立売や武者小路達が続いていた。


「それにしても随分遠くまで来ちまったな。ベースキャンプに戻るのが面倒だぜ」


「ここを根城にしているヴァンパイアは毎回これだけの距離を歩いて移動しているんでしょうか」


 首を傾げる美咲にしのぶが、


「メルクリアンのヴァンパイアは転移の魔法陣を罠に使っていました。あれにできることならここのヴァンパイアだって当然設置しているはずです」


「ヴェルゲランへの秘密の直通ルートくらいは設置していそうね」


「ちょうどいい。帰りはそれを使うことにしよう」


 武者小路の提案は満場一致で承認された。


「――静かに」


 斥候が手で合図をし、しのぶ達が即座に息を殺す。彼等は耳を澄ませ、洞窟の奥の気配を探った。


「……何の音?」


 何か音がしている。洞窟内で反響してくぐもった、どこか異様な金属音が。何かと何かがぶつかり合っているような音が。まるで工場があり、工業機械が動いているかのような音が。


「何かあるのは間違いない。先に進むぞ」


 冒険者達は侵入を再開した。息を殺して気配を絶って、慎重に進んでいく。一本道だがやたらと曲がりくねった洞窟を歩き続け、彼等はようやく目的地に到着しようとしていた。通路の先が明るくなっている。赤い光がこぼれている。そして音はさらに大きくなっていた。ここまで来ればかなりはっきりしている。それは金属と金属がぶつかり合う音だ。それに奥から流れてくる、熱風に近い風。

 しのぶ達は先へと進み、細い通路を抜け出た。その先にあったのは、直径百メートルはありそうな巨大な空間だ。地面から天井までは一〇メートルにもなり、しのぶ達がやってきた通路は天井に近い箇所とつながっている。地中深くに築かれた巨大な空洞。岩の地面、岩の壁、岩の天井が赤く濁った光に照らされている。

 彼女達の眼下には巨大な空間が広がり――そこに無数のモンスターがいた。ギガントアントがいた、ゴブリンがいた。数は少ないがワーウルフもいた。そして彼等は……働いていた。

 ギガントアントが槌を振るい、灼熱した鉄を打っている。何十ものギガントアントがまるで機械のように規則正しく槌を振り下ろしている。彼等が従事しているのはまさしく鍛冶仕事だ。そうしてギガントアントが作った部品を組み立てて調整しているのは、二〇人ほどのドワーフだった。いや、ドワーフだけでなくエルフや地球人テランもいる。そうして彼等が手工業で作り出しているのは、マスケット銃だ。そしてその銃器を手にしているのは、ゴブリンだった。ゴブリンの全員が銃器で武装している。その数は見える範囲だけで百を優に超えるが、どう考えてもその程度で済むはずがなかった。


「……まさか」


 しのぶはそれきり言葉が出てこない。それは美咲やゆかり、中立売や武者小路も同様だった。あるいはと予測していたことだが、まさかここまで大規模でモンスターが既に武装済みだとは想像できるわけがない。

 衝撃のあまり茫然自失としていた時間は一体どのくらいだったのだろうか。それは突然の雄叫びによって破られた。


「Gaaaaa!!」


 獣のような身のこなしで何者かが襲いかかってくる。それは土御門に掴みかかり、彼諸共岩の斜面を転がり落ちていった。


「土御門!」


 中立売と武者小路がそれを追って下へと降り、サポートメンバーの三人もそれに続く。美咲とゆかりもまた降りようとするが、


「待ってください!」


 しのぶが必死にそれを制止した。


「下に降りたら逃げ道が!」


「ですがわたし達だけでは」


 だが口論をしている時間はもうなく、逃げ道も塞がれてしまう。しのぶ達がやってきた方向、通路の入口側から多数のモンスターがやってきたのだ。人狼系モンスターのワーウルフ、レベル二〇〇から三〇〇とされるそれが一〇匹近く接近している。しのぶは折れるとか思うほどに歯を軋ませた。


「しのぶちゃん、早く!」


 ゆかりに促され、しのぶもまた岩の斜面を駆け下りた。その大空洞の底に降り立ったしのぶ達が中立売達と合流。岩の壁を背にした九人の冒険者を、何百というモンスターが包囲しようとしていた。

 モンスターの先頭に立っているのは樫原勝吾――土御門に掴みかかったのは彼である。彼は瀕死の状態となりながらも未だ燃えるような殺意を土御門へと向けていた。


「ヨクモ……ヨクモ……」


「大したものだな。そこまで浸食されてもまだ自我を残しているとは」


 それに対し、土御門が彼へと返したのは冷笑だけだ。


「だが、これで終わりだ」


 土御門が指を鳴らし――樫原勝吾が糸の切れたマリオネットのように倒れ伏す。そしてゆっくりと立ち上がるが、そのときにはもう彼の自我は完全に消滅し、ただのアンデッドと化していた。死そのものをかたどったような虚ろな目を向けられ、しのぶは怖気を振るう。我知らずのうちに彼女は胸のペンダントを握り締めた。


「それは救難信号の発信器か。だが無意味だ、ここは私の結界の中だ。魔法だろうと科学技術だろうと外に通じはしないよ」


 それでもしのぶは全ての力を込めてそれを握り締めている。土御門はそんなしのぶをせせら笑った。


「土御門、てめえ……」


「貴様、まさか」


 中立売と武者小路が信じられないように問い、土御門は呆れたようにため息をつく。


「この期に及んでようやくなのか? 彼女は早々に気付いていたというのに。そうだろう?」


「さっき殺したヴァンパイアはただの傀儡で、あなたが本物なんですね」


 土御門は「残念、それでは落第点だ」と首を振った。


「この身体も傀儡に過ぎないんだよ。ただちょっと特別製だから私は『人形』と呼んでいるがね」


 しのぶが恐怖と戦慄を込めて「人形……」と呟く。土御門清和――そのヴァンパイアは満足げに頷き、


「私は『人形師』。『人形師エルミオニ』と言えばディモンでもそれなりに名の売れたヴァンパイアだ。お見知りおきを頼むよ」


 とおどけるように己が名を告げた。











 「人形師」エルミオニと彼の率いる何百というモンスターが八人の冒険者を完全包囲する。だが中立売も武者小路も、しのぶも美咲もゆかりも、一人も諦めてはいなかった。罠だろうと何だろうと力尽くでぶち破り、モンスターを全て倒して生還する――全員が燃えるような決意を両目に宿している。

 だがその戦意を前に、エルミオニは薄笑いを浮かべるばかりである。


「お嬢ちゃんよ、こいつがヴァンパイアだって最初から判っていたのか?」


「確信したのはここまでの道中です。いくらなんでもディモンの事情に通じすぎているって疑わしく思っていたんですけど……途中からこの人、もうごまかす気がなかったじゃないですか」


 しのぶの言葉に中立売が舌打ちをし、エルミオニは、


「むしろ気付かなかった君達の方が驚きだよ」


 と笑う。中立売は忌々しげに唸った。


「白銀よりも青銅の方がよほど善戦しているぞ? 彼女は私の正体を見破っただけでなく、私からできるだけ情報を引き出すべく知恵を絞っていた。彼にしても」


 とエルミオニは樫原勝吾――今はもうただのアンデッドだが、彼を指し示す。


「牛ヶ瀬弥生にしても、私の血の魔力に支配されながらも最大限の抵抗をしようとしていた。『お芝居で私と戦え』という命令を拡大解釈し、全力で私を殺そうとしていたのだ」


 しのぶは唇を噛み締めた。ヴァンパイアに支配され、犯罪に荷担させられながらも、必死にそれに抵抗していた樫原勝吾と牛ヶ瀬弥生――一体どれほどの絶望を味わい、それでもどれほどの意志をもって抗い続けたのだろうか。そしてそんな二人をこのヴァンパイアはあっさりと使い捨てたのだ。しのぶはエルミオニに対する怒りを新たにし――深呼吸をしてそれを鎮める。怒りを剣に込めるのはもう少し後でもいい、今優先するべきは……


「あなたは一体何をしようとしているんですか? 『銃器なんて玩具だ』って散々言っておきながらこんな大きな工房を作って、モンスターに銃を持たせて……一年や二年でできることだとは思えません」


「ほう、それを訊くか? それが聞きたいか!」


 エルミオニは何故か上機嫌となって相好を崩している。しのぶは訝しく思いながらも「是非に」と頷いた。中立売が「仲良くおしゃべりしている場合かよ」とか文句を言うが、ゆかりがそれを制止している。


「是非にとまで言うのなら語って聞かせるのもやぶさかではない――いや、実は誰かに聞いてほしくて仕方なかったんだ! この私がどれだけの深慮遠謀の元に、今のメルクリアとディモンをひっくり返す大胆不敵な計画を企てているかをね!」


 エルミオニは両手を広げ、歌い上げるようにそう言う。目を丸くするしのぶにエルミオニは柔らかく微笑み、


「まあリラックスして聞いてくれ。何ならお茶を用意しようか?」


「ワインはないの?」


 そう言い出すゆかりに美咲がハリセンで突っ込み、しのぶは冷や汗を流した。


「この人のことは気にしないでください。それで、銃器を量産している理由ですが」


「ああ、その話だったな」


 二人はゆかりを無視して話を進めた。


「銃器なんてただの玩具だって、あなたはくり返し言っていたと思います」


「我々にとってはそうだというのは間違いない。だがメルクリアンや、地球人テランの石ころにとってはどうだろうな?」


 しのぶ達が息を呑み、エルミオニは愉悦の笑みを浮かべている。


「千や二千のゴブリンが群れようと、今は石ころの小遣い稼ぎで掃討されるだけだ。だがその群れが銃器で武装すればどうなると思う?」


「……かなりの高順位でないとどうしようもなくなります」


「その通りだ。間引きできなくなったゴブリンの群れがこの大陸に満ち溢れ、町に押し寄せる。ヴェルゲランや他の町も危機に陥るだろう。高順位の冒険者はその数が限られる、町の被害を完全に食い止めることは難しい。ならばどうする? メルクリア評議会やマジックゲート社はそれにどう対抗する?」


 長い沈黙がその場を満たした。「……まさか」という呟きが聞こえるが、あるいはそれはしのぶの口から漏れたものかもしれなかった。


「銃器で武装したモンスターに対抗するために人間もまた銃器で武装する――それ以外に選択肢はあるまい」


「馬鹿げている……」


 しのぶはそう言わずにはいられなかった。


「人間が、マジックゲート社が本気になれば一万二千人全員を銃器で武装させることも簡単です。それもモンスターに無理に作らせた粗末な代物じゃありません。ライフリングをして、金属薬莢も使って、こっち側の魔法技術だって導入して……こんなところでこそこそ作っている火縄銃なんてそれこそ玩具です。あなたの自慢のモンスター軍団は石ころの冒険者に一掃されて、それで終わりです」


「そしてメルクリアには何万丁という銃器が溢れることになる」


 しのぶ達が息を呑み、エルミオニは心底愉しそうに笑っている。


「銃器があれば適正レベルよりずっと上のモンスターを狩ることも容易い。メルクリアンでもモンスターを倒せる。一度手にした銃器を捨てようなどとは誰も考えないだろう。そしてメルクリアで銃器が普及すれば、それはいずれ必ずディモンにも波及する」


「それが目的で……」


 しのぶの独り言のような呟きにエルミオニが首肯した。


「君達は知らないだろうが、ディモンではここ二百年大きな戦争が起こっていない。技術の進歩もなく、社会は停滞し、淀んでいる。人も魔物も、二百年前と何一つ変わらない今日を送り、明日を過ごしていく。私にはそれがもどかしく、我慢ならない」


「それじゃディモンを地球のように発展するために」


 その確認にエルミオニは「いやいや」と大きく首を横に振った。


「勘違いしないでほしいんだが、私は地球の社会や文化を全く評価していない。それはあまりに即物的で、低俗で、幼稚だ。ディモンが地球のようになるべきとは私は夢にも思っていない……だがただ一つ、君達にも見習うべき点がある」


 エルミオニが禍々しく嗤い、


「――地球人の、人殺しに懸ける情熱だ」


 静かにそう述べる。しのぶ達は唇を噛み締めた。


「ディモンに銃器を流入させて、ディモンの社会を不安定にし、戦乱を起こすために……」


「でも、そんなことをしてもモンスターより人間の方が有利になるだけじゃないの?」


「別に構いはしない。私さえ生き残れるのなら」


 ゆかりの疑問にエルミオニは悪びれもせずそう言い、ゆかりも二の句を継げなかった。


「私が求めるのは人間同士の殺し合い、大規模な戦乱という混沌だ――私の立場は魔王の部下の部下、幹部と言っても末席だ。かつて戦争が日常だった頃は幹部の序列も頻繁に入れ替わったものだが、ここ二百年それすら変動していない。人間を殺してカルマを獲得する機会が以前より大幅に減っているためだ」


「結局それが目的で」


 しのぶの確認にエルミオニが頷く。中立売は「やることが回りくどいんだよ」と悪態をついた。


「こんな陰謀、上手くいくとは思えません」


 しのぶが決然とそう告げ、エルミオニは面白そうな顔をする。


「ディモンで戦乱が起こって、カルマを獲得する機会が増えるのはあなただけじゃないはずです。対立する魔王の陣営に殺されるかもしれない。あなたよりも強くなった部下に裏切られるかもしれない。ディモンの冒険者に倒されるかもしれない」


 エルミオニは怒りもせずに「確かにその通りだ」と大きく頷く。


「いくら銃器で武装しても所詮ゴブリンはゴブリンだろ。そんなもん何とでもしてやるよ」


「そもそも貴様がここで倒れれば全ては絵に描いた餅だろう」


 中立売と武者小路の言葉にエルミオニは、


「全てが順調に進んでいくと、私も虫のいいことを考えているわけではない。そもそもここまでこぎ着けるのも苦労とトラブルの連続だったのだよ?」


「失敗して全ての努力が水の泡になるかもしれないのに、死ぬかもしれないのに、それでもこんなことを続けるのかしら?」


 ゆかりの問いに、


「君達は何故冒険者をしているんだ?」


 エルミオニがそう問い返す。ゆかりは「え?」と戸惑い、それに答えられずにいた。


「君達の国は地球の中でも特に平和で豊かで、仕事はいくらでもあるのだろう? わざわざ生命を懸けてモンスター退治をしなくても普通に平穏に暮らしていけるはずだ。それなのに死ぬかもしれない危険を冒し、冒険者などという仕事をやっている。それは何故だ?」


 その問いにしのぶも、他の誰も答えられない。そんな冒険者の顔を見回し、


「それと同じだ」


 エルミオニはもっともらしくそう言った。


「今よりも強くなりたい、カルマを獲得したい、人間を殺したい――それは変えようのないモンスターの本能だ。今よりも強くなりたい、カルマを獲得したい、モンスターを狩りたい――それが冒険者の本能であるのと同じように」


 エルミオニが嘲るようにそう述べ、美咲達は唇を噛み締めた。反論したいのに言うべき言葉を見つけられないでいる。


「君達と私達は同じものなんだ。人間の中のモンスター、それが冒険者だと言えるだろう」


「あるいはそうなのかもしれません」


 静かにそう言うしのぶは「でも」と続けた。


「わたし達は知性があり、言葉を交わせる相手を問答無用で殺したりはしません」


「私には知性があり、こうして言葉を交わしているが?」


「ええ――罪を認めてヴェルゲランの憲兵隊に出頭する気はありませんか? わたし達が付き添いますから」


 エルミオニは大笑いをする。涙を流し、おなかを抱えて苦しそうになるくらいの爆笑は延々と続き……しのぶは無言でそれを見守った。


「非常に魅力的な提案だが」


 エルミオニは涙をぬぐいながらそう告げる。


「遠慮しておこう。私は私の目的を優先させたいのでね」


「そうですか。残念です」


 しのぶは本当に残念そうにそう言う。提案が容れられるともちろん寸毫も考えてはおらず、予想通りでしかなかったのだが。


「そういうわけで、仲良くおしゃべりをするのもこれまでだ」


 エルミオニの宣言に八人の冒険者は即座に戦闘態勢となった。だがエルミオニ自身はリラックスした姿勢を崩していない。


「わたしとしては一晩くらいおしゃべりをしていても……」


「ワインがあるならオールで付き合っちゃうわよ?」


「あいにくワインの用意はないが、処女の血はどうかな? ワインよりもずっと薫り高く芳醇な味わいだが」


 しのぶとゆかりの軽口にエルミオニも軽口で応酬。ゆかりは「遠慮しておくわ」と肩をすくめた。


「結構時間は稼げたが、気は済んだのか?」


「情報も引き出せるだけ引き出しましたし、これ以上は望めないみたいです」


 武者小路が一歩前に出、その双剣が風をまとい雷電を放つ。中立売が二歩前に出、両拳のガントレットが紅蓮の炎に包まれた。


「ここで無理に倒す必要はありません。ヴェルゲランまで逃げ込んで援軍さえ呼べれば」


 しのぶの言葉に中立売は面白くなさそうな顔をするが、その提案に理があると認めたようだった。


「俺達が殿しんがりをやる。お前等は突破口を開け」


 中立売と武者小路がエルミオニと対峙し、サポートメンバーの三人がワーウルフの群れを獲物と狙い定める。しのぶ達の担当はまたもやギガントアントやゴブリンといった雑魚だった。


「張り切っているところに水を差すようで済まないが、この身体は私の本体ではない。この身体を壊しても私を倒したことはならないぞ?」


 それを聞いた中立売は舌打ちを禁じ得なかったが、すぐに気を取り直した。


「人形を何体出そうと全部ぶっ倒せばいいだけだ」


「それで本体が出てくるならそれも倒す。そうでないならヴェルゲランに帰ればいい」


 エルミオニは「それは困るな」と眉を寄せる。


「できればこの人形は大事に使いたい。白銀クラスという立場は色々と便利だからね」


 そう言ってエルミオニが指を鳴らした。ぱちん、ぱちん、ぱちんと三回指が鳴り――首を締め潰されたような悲鳴が三つ。


「お、お前等……」


 サポートメンバーの三人がその場にいきなり倒れ伏し……再び立ち上がったとき、彼等の目からは意志の光も生命の輝きも失われていた。死んだ魚のような濁った、虚ろな目が中立売へと向けられる。


「この三人はこれまで何度か狩りに同行させている。気付かれないよう私の血を身体に入れる機会はいくらでもあったということだ。……そう言えば君達二人と」


「てめええぇぇええ!!!」


 それ以上は言わせないように、恐怖を振り払うように雄叫びを上げた中立売が魔力の全てを注ぎ込んで固有スキルを発動する。両拳の轟火は爆発したかのように一度巨大となり、それが収束して鋼鉄をも溶かす灼熱となった。大きくジャンプした中立売が一瞬で距離を詰め、直撃すれば戦車の装甲にすら大穴を空けられるその一撃がエルミオニの胴体に――


「て、てめえ……!!」


 中立売の身体から血が噴き出している。まるで見えないピアノ線に絡め取られているように身動きができず、動こうとするたびに皮膚が裂けて血が噴き出た。血は皮膚からだけでなく両目から、口からも流れ、止まろうとしない。武者小路もまた双剣を振り上げた姿勢のまま硬直している。


「……狩りに行ったことは何回あったかな? 君達の傷を私が治療したこともあっただろう」


 中立売と武者小路の二人が血の魔力で呪縛され、身動き一つままならない。中立売の全身から血が滴り、武者小路は食いしばりすぎて折れた歯を口からこぼした。エルミオニは酷薄な笑みを浮かべてその二人を眺めている。


「やめろ! やめてくれ!」「頼む! 許してくれ!!」


 唯一自由に動かせるのは口だけだが、それが吐き出す泣き言すらも自分の意志ではないかのようだ。意志に反して身体が命乞いをし、その醜態にエルミオニはわざとらしくため息をつく。


「土御門清和のときもそうだったが、仰々しく白銀を名乗ってもこの程度か。生まれ変わって一からやり直すといい」


 エルミオニが二回指を鳴らし、糸の切れたマリオネットのように二人が脱力する。再び中立売と武者小路の上体が起き上がったとき、彼等はもう人間ではなくなっていた。モンスターの最底辺、ゾンビ兵――今の二人はそれに生まれ変わったようなものだった。


「ま、まさか……」


 今日だけで何回その言葉をくり返しただろうか。もう数え切れないくらいだなと、しのぶはどうでもいいことを考えていた。それは一種の現実逃避なのだろう。しのぶの身体が小刻みに揺れている。恐怖と、絶望と、最悪の状況がしのぶの心と身体を凍てつかせた。


(白銀が二人もいるなら、逃げるだけなら何とかなるって思っていたのに……)


 しのぶの胸中が後悔で埋め尽くされた。益体もない繰り言がしのぶの意志を腐食し、その心は折れる寸前となった。


「まだです。わたし達はまだ戦える」


 美咲が口に出してそう言い、刀の切っ先をエルミオニへと向ける。ゆかりもまた杖を構えてその横に並んだ。


「しのぶちゃん、しっかりして。諦めないで時間を稼げば救援が来るかもしれない」


 二人の言葉にしのぶは自分を取り戻した。左手で胸のペンダントを、右手で忍者刀を握り締めて戦列に加わる。彼女達はそれぞれのやり方でエルミオニに立ち向かわんとし、エルミオニそんな三人を愉しそうに眺めている。


「私は直接戦闘はあまり得意ではないが、それでも一千番台に負けるほど弱くはない。君達では私どころかワーウルフの一匹も倒せはしないだろう。第一いくら時間を稼いだところで救援など来るはずもない」


 今一瞬エルミオニが洞窟の奥へと視線を送った。洞窟内が薄暗いためその場所を特定できないが、おそらくそこには転移の魔法陣が設置されているのだろう。だが、


(ゆかりさん、魔法陣のロックを解除する方法は)


(ごめん、今度覚えておくね)


 ゆかりの言葉にしのぶは乾いた笑いしか出てこなかった。


「さて、君達にはまたお芝居に協力してもらおう。君達はヴァンパイアと戦闘になり、中立売正親や武者小路一松は君達三人を逃がすために犠牲となった。彼等が殿となってくれたおかげで君達は何とかヴェルゲランに逃げ込むことができた。君達はマジックゲート社にこう訴える――


『腕利きの白銀をいるだけあの山に送ってほしい、彼等の敵を討ってほしい』


 だが君達が指し示したのは全く見当違いの場所だった。白銀が出払ってヴェルゲランの戦力が乏しくなった隙を突いて、君達は傀儡の本領を発揮する。マジックゲート社の、非戦闘員を狙って一人でも多くの人間を殺すんだ」


 しのぶは唇を噛み締める。ただ殺されるだけならまだともかく、アンデッドとなって虐殺をやらされるなどそれこそ死んでもゴメンだった。


「私は大怪我をしながらもかろうじてヴェルゲランにたどり着いて、『助かったのは私一人だ、他は全員ヴァンパイアに支配された』と報告する。君達はその直後に決起してほしい。タイミングが大事だからしっかり頼むよ?」


 念押しされたところで彼女達が頷くはずもないが、エルミオニはそれに一切構わなかった。


「こうすれば土御門清和に対する嫌疑も今しばらくはごまかせるだろう。私の計画が実行に移せるのもあと少しだ。ヴェルゲランを混乱させてあと少しだけ時間を稼げればそれでいい」


 エルミオニが一歩前に踏み出し、しのぶ達が一歩後ずさる。それが数回くり返され、しのぶ達は岩の壁へと追い詰められた。エルミオニが腕を振り上げ、しのぶが思わず固く目をつむった、そのとき。


「な――そんな馬鹿な」


 洞窟の中を鮮烈な光が満ち溢れた。膨大な光が奔流となり、渦となる。エルミオニはそれが信じられず、理解できない。


「馬鹿な、何故転移の魔法陣が起動している。どうして、誰がこの場所に」


 その呟きにしのぶ達が顔を上げ、真円にした瞳を見つめ合った。


「本当に救援が?!」


「でも誰が――まさか、巽さん?」











「そこを退けぇぇええ!!」


「Gigigigigi?!」


 一方同時刻。巽は女王蟻を目前にしながらも兵隊蟻の群れに進路を阻まれ、難儀しているところだった。巽は立ちふさがる兵隊蟻を蹴散らしていくが、それは戦闘と言うよりはまるで降り積もった雪を除雪するかのような、作業だった。ただそれは決して軽作業などではなく、とんでもない重労働だったのだが。


「くそ、もっと天井が高ければ『空中疾走』であそこまで一足飛びに」


 巽は愚痴をこぼしながらもこれが最後とばかりに、


「『隠形』! 『疾風迅雷』! 『月読の太刀』! 『筋城鉄壁』! 『剛力招来』! 『蜉蝣』! 『阿修羅拳』! 『奥歯のスイッチ』! 『目からビーム』!」


 固有スキルを大盤振る舞いし、兵隊蟻をなぎ払っていく。女王蟻は理不尽そのものの事態に悲鳴を上げながらも必死の抵抗を続けていた。











 転移の魔法陣を使い、エルミオニのアジトへと救援に現れたのは、もちろん巽ではなかった。エルミオニが、しのぶが、美咲が、ゆかりが見守る中、渦巻く光が収束する。やがてそれは三つの輝く塊となり、三人の人影となった。そして光がはじけ――


「……まさか」


 本当に、それ以外の言葉を全てなくしてしまったかのようだった。だが自分の目が信じられない。これなら救援にやってきたのが巽だった方がよほど驚きが少なかっただろう。

 転移の魔法陣から姿を現したのは、三人の冒険者だった。一人の男は伝統的・標準的オーソドックスな忍者装束だが、頭巾布の余りをマフラーのように長くし、風になびかせている。

 一人はどうやら女性で、身にしているのはメイジのローブ。むやみやたらと大きく重そうな鉄仮面を首から上に載せている。

 最後の一人の男はインドの伝統衣装シェルワニをまとった、長身の美丈夫。浅黒い肌の美形で額には金色のビンディを飾っている。

 しのぶは彼等のことをよく知っていた。もちろん面識があるわけではないが、彼等の姿と名を知らない冒険者が一人だっているはずがない。

 「隠形絶影(Invisible shadow)」のシャドウ・マスター。

 「殲滅の魔眼(Evil Eye Genocider)」の鉄仮面。

 「千輻星眼サハスラーラ・ターラー」の「黄金のアルジュナ」こと、アルジュナ・ソムナート・バンキムチャンドラ。

 全世界で一二人しかいない黄金クラスの冒険者、そのうちの実に三人が救援に現れたのだ。




 思ったよりかなり長くなってしまったのでここで一旦切ります(あと盛り上がりそうなので)。

 残っているのはもう消化試合だけなので近いうちに「その3」を更新できると思います。

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