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石ころ冒険者  作者: 亜蒼行
二年目
33/52

第二四話「地底からの侵略者・後編」その1




「ぅおおおっっ?!」


 空中へと投げ出された巽は何も考えられず、ただ固有スキル「空中疾走」を全力で行使。運良く爪先が岩の壁をかすったためそれが発動の足がかりとなった。両足を高速回転させて落下の速度に抗うこと一秒余り。地面から二メートルほどの高さで落下速度と上層速度が拮抗し、巽の身体は宙で制止――だがそれも一瞬でしかなく、結局巽は地面に落ちた。


「な……いて……なんだこれ」


 巽の身体は細い岩と岩の間に挟まっている。打撲で全身が悲鳴を上げているがそれを無視して巽は何とか立ち上がり、「……これは」とそのまま絶句した。

 円錐状の、先端が尖った岩。それが二メートル四方程のその空間に、まるで剣山のようにびっしりと並べられている。その数はざっと見で三〇ほど。その高さは一メートルから一・五メートルの間だがばらつきが大きく、加工技術も非常に粗末で不格好な代物だ。

 だがその程度のものであっても、一〇メートル以上の落とし穴と組み合わせて使えば殺傷力は充分だった。実際、いくつかの岩の先端は黒く汚れている――おそらくそれは、冒険者の血の汚れだろう。一旦落ちてしまえばかなりの高順位でも回避しようがなく、最低でも戦闘不能。普通は大怪我、運が悪ければ即死である。


「くそ……」


 巽は怒りに唇を噛み締めた。こんな罠に引っかかった自分に対する怒りもあるが、この罠で冒険者の生命を奪った存在に対する怒りの方が九割以上だった。遺品をエサにして冒険者を誘い込み、狼狽うろたえたり逃げ出したりして油断させ、落とし穴という罠へと填める――敵は非常に知能が高く、そして悪辣だった。


「ギガントアントの女王蟻は元から知能が高いって話だけどいくら何でもここまでじゃないだろう。どう考えても冒険者殺しに成功して人間並みに賢くなっている」


 まさかそんなギガントアントだとは考えていなかったから、と言い訳したくもなるが、巽に油断や慢心があったこともまた否定できない事実だった。

 巽は大きく呼吸をして感情をコントロールし、まずは冷静さを取り戻した。上を見れば、落とし穴の深さは優に一〇メートル以上。巽の「空中疾走」では上まで届かない。横を見れば横穴があって、洞窟がずっと奥まで続いているようだった。そしてその奥からギガントアントの兵隊蟻が何匹もやってきている。おそらくは罠に填った間抜けな冒険者にとどめを刺しに来たのだろう。

 巽はその隊列の中へと飛び込み、暴風のように剣を振るう。兵隊蟻は抵抗する間もなく全員斬殺された。ギガントアントの方も罠に填ったのに無傷の冒険者がいることは想定外だったのかもしれない。


「まあ、あの落とし穴に引っかかっても無傷でいられるのは俺みたいな特殊な固有スキルがあるか、しのぶくらいに身が軽いか、何か特殊な装備を持っているか……」


 結構いそうだな、と巽は結論する。つまりは女王蟻は悪辣ではあるが完璧でも万全でもないということだった。


「よし」


 と巽は静かに戦意を高め、洞窟の奥、巣穴の奥へと進んでいく。このままどうにかして逃げて増援を呼ぶか、それとも一人で女王蟻を駆除するか――巽が選んだのは後者だった。巽は地の底へと続くような洞窟を迷うことなく進んでいった。











 一方同時刻、第二〇九開拓地。九人の冒険者パーティが不毛の岩山を進んでいる。ドワーフ誘拐未遂事件の捜査にそこへとやってきた彼等はヴァンパイアとの戦闘後、逃げ出した樫原勝吾を追っているところだった。


「踏みにじって消そうとしているが血の跡が残っている。この先だ」


 レンジャーであるサポートメンバーの一人が逃亡の痕跡を追尾し、一同がそれに続いている。


「でもヴァンパイアはもうぶっ殺したじゃねえかよ。なんでわざわざ死に損ないの傀儡を追わなきゃいけない?」


 中立売正親はぶつぶつと文句を言い、武者小路一松は無言である。土御門清和は、


「すっきりしないのは判るが、何がどうと言葉にするのは難しい」


 中立売をなだめるようにそう言い、


「何故樫原勝吾を追う必要があるのか、説明してくれないか」


 としのぶに求める。しのぶは「はい」と冷静に頷いた。


「でもわたしも確証があるわけじゃなくて、それを手に入れられないかと思ってあの人を追っているんですけど……」


「確証はないが疑念はあるんだろう? それを説明してくれればいい」


「はい――まずあのヴァンパイア、本当にあれで死んだんでしょうか?」


 しのぶの言葉に一同が沈黙するが、それは長い時間ではなかった。


「俺達があれを殺し切れなかったと?」


「ヴァンパイアの魔核は俺の剣が回収している」


 中立売が不快そうに、武者小路がたしなめるように反論する。それに対してしのぶは直接の反論はしなかった。


「白銀クラスが二人がかりだったということはあのヴァンパイアはレベル四桁、二千か三千くらいでしょうか。それだけの高レベルのヴァンパイアはディモンでも大勢いるわけじゃないでしょう。魔王にとっても直属の部下、幹部クラスになるんじゃないでしょうか。どう思いますか? 土御門さん」


 問われた土御門は一瞬「そうだな」と戸惑い、


「幹部クラスなのは間違いなく、おそらく魔王の腹心の部下の、その部下。そのくらいにはなるだろう」


 しのぶは納得したように「なるほど」とくり返し頷いている。


「それがどうかしたのか?」


「魔王の幹部が生半可なモンスターなわけがありません。いくら白銀が相手だったとしてもあの程度で死んだと考えるべきじゃないと思います。それに……」


 しのぶは少しの間、説明の順番を組み立てているようだった。


「あのヴァンパイアは何がしたかったんでしょうか?」


「え? 冒険者を罠に填めてカルマを獲得したかったんでしょ?」


「そのために適当なドワーフを誘拐して、傀儡を使って捜索隊をここに誘い込んで……何か不自然な点でも?」


 ゆかりと美咲の問いに、


「以前お話ししましたけど、わたしと巽さんはごく駆け出しの頃にヴァンパイアと戦う羽目になったことがあります」


「はい、聞き覚えがあります。適正レベルが一〇かそこらの頃に罠に填められ、レベル一〇〇のヴァンパイアに襲われたという話でしたね」


 ほう、と土御門が瞠目する。


「よく生き残れたものだな」


「はい。もうちょっとで死ぬところでしたけど運良く高順位の人達が救援に来てくれて――ただ」


 としのぶは苦笑した。


「青銅になった今なら判りますけどあのヴァンパイア……本当に弱っちくて間抜けだったんだなって」


 メルクリアンが苗床となったヴァンパイア、エラソナ。彼女を倒したのは高順位ではあるが青銅ですらない、石ころのパーティだ。今の巽なら彼女を撃破できるかもしれず、今のしのぶなら気付かれないうちに彼女の息の根を止めるのも簡単なことだった。


「そのヴァンパイアはメルクリアンの商人を脅迫して利用し、集めた冒険者を殺してそのカルマを獲得していました。配下にいたのはクルートーとその群れです」


 それはまた、と土御門が呆れた顔をした。


「哀れになるほど貧相な……本当にそれはヴァンパイアだったのか?」


「それは間違いありません。ただ成り立てでメルクリアンが苗床になっていて、自分の力を過信していて油断していて、だから生き残れたんですけど」


「それがどうしたって言うんだ?」


 中立売が改めて問い、しのぶが「気が付きませんでしたか?」と問い返した。


「そのメルクリアンのヴァンパイアと、今日のヴァンパイア。やっていることがほとんど同じなんです」


 誰もが目を見開き、互いの顔を見合わせる。しのぶの主張を理解し、検討し、問題点をつけるのに多少の時間が必要だった。


「石ころだろうと白銀だろうと、食事をするという行為には何の違いもない。人間を殺してカルマを獲得したい、より強くなりたいと思うのはモンスターの本能であって、それはゴブリンも魔王にも変わりはない」


「ヴァンパイアは人間と同等以上の知性を持っているが、レベルが高ければその分頭が良くなるってもんでもあるまい。知性の高さは一定以上にはならないんじゃなかったか?」


 武者小路の言葉に土御門も「確かにそうだ」と同意した。


「そう考えれば二匹のヴァンパイアのやっていることがあまり変わらなくてもそれほど不思議はないように思えるが?」


 だがしのぶは確固として「いえ」と言い、首を横に振る。


「その二匹はレベルだけじゃありません、立場が全然違います。エラソナはメルクリアに隠れ住むただの野良ヴァンパイア。今日のヴァンパイアはディモン出身で魔王の部下の部下、四大魔王の幹部クラスです。彼には明確な悪意を持ち、メルクリアに対する侵略の意志を持っている。そうでなければギガントアントという戦争用モンスターを用意できるはずがないし、するはずもありません」


 美咲やゆかりはしのぶの言葉を受け容れ、真剣な表情となっている。だが中立売や武者小路は半信半疑――三信七疑くらいの様子だった。


「敵はそのくらいの方が面白いけどよ……」


「そのヴァンパイアは何をしようとしていると?」


 その問いにしのぶは「さすがにそこまでは」と首を振った。


「ですが樫原勝吾にドワーフの職人を誘拐させようとしていたのは、それなりの目的があってのことだと思います。わたし達に妨害されて捜索隊が結成されて、その目的をごまかすためにあんな陳腐な罠をでっち上げたんじゃないかと」


「その目的が銃器の量産だと?」


 その確認に対し、しのぶは満腔の自信をもって頷くことができなかった。


「……そう考えるのはそんなにおかしいことでしょうか?」


「そう考えたくなるのは理解できる」


 土御門はそう言いながらも、「だが」と接続した。


「魔王やその幹部クラスのモンスターが銃器で武装しよう等と考えること自体が、まずあり得ない」


「それはどうして? ディモンでも大戦争のときには銃器が大規模に使われて多数の死者が出たんでしょう?」


「ああ、その通りだ。それ以来銃器は禁忌の武器となって、どこの王国も諸侯も、魔王の軍勢も銃器を放棄している」


 ゆかりの問いに土御門はそう答え、肩をすくめた。


「銃器を量産して武装しようとした王国や諸侯は周囲からよってたかって襲撃されて滅ぼされ、領地は好き勝手に切り刻まれる。『禁忌の武器を手にした』と糾弾されれば味方はどこにもいなくなる。誰もが糾弾される側ではなくする側に回ろうとするから、ディモンでは銃器の放棄がスムーズに進んだと言えるだろう。そして事情は四大魔王にとっても同じなんだ」


「四大魔王同士は仲が悪いんですか?」


 その問いに土御門は「人間同士と同じくらいには」と皮肉げに笑う。


「大戦争時には敵対する人間の国を襲わせるために魔王と同盟を組む人間の国は珍しくも何ともなかった。魔王の方も敵対する魔王に対抗するため積極的に人間と手を結んだ。戦後もこの辺の事情はあまり変わりなく、他の魔王に滅ぼされないために人間との融和や平和を唱え、人間と同盟を結んでいる――四大魔王の四柱全員がそんな有様だ」


 しのぶは少し呆れてしまう。


「仮に建前だけだとしても、魔王が……」


「もちろん本気なわけがないし、主張の濃淡にも大きな差がある。今は人間側の方が優勢だから大人しくしているだけで、情勢が逆転したなら融和など即座に捨て去るだろう。それは四柱とも同じのはずだ」


「その情勢逆転のために裏では色々と画策していて、その一環が銃器の量産なんじゃないでしょうか」


 しのぶは再度主張を展開した。


「魔王の部下の部下という地位もそういう意味では手頃です。成功を見込めるくらいには才覚と能力があって、失敗したときに切り捨ててもそこまで惜しくはない。銃器の量産を糾弾されることになっても上司の魔王は『部下が暴走した、監督不足で申し訳ない』って頭を下げて、それで終わりにするでしょう」


「確かにそうなるのは目に見えるようだが」


 と土御門。


「それでも彼等が陰謀の題材に銃器を選ぶのは疑問、と言う他ない。そもそも銃器などただの玩具だろう」


「確かに火縄銃程度じゃ殺せるモンスターのレベルも限られますが、いずれ地球並みに発達すれば……」


 土御門はおかしそうに笑った。


「いやいや。人間同士の殺し合いならともかく、魔王に対しては自衛隊の火器だろうと玩具と変わらないさ。魔王の一柱と、自衛隊の一個師団が真正面から戦うと仮定しようか。さて、どちらが勝つと思う?」


「ネットの書き込みで『ドラゴンなんて対戦車砲がありゃ楽勝じゃんww』っての読んだことがあるんだけど」


 ゆかりの言葉に土御門が返したのは嘲笑だった。


「確かにドラゴンが魔法を使わないなら対戦車砲で殺せるだろうが、それは『戦車から降りた兵士を石で殴れば殺せるから、戦車より石器の方が強い』と言っているようなものだな」


「それじゃ前提となるのは、フィールドはどちらにとっても有利でも不利でもなく、両者とも持っている能力を何でも使ってよくて」


「ああ、ただし使っていいのは自分の世界由来の力や技術のみとしよう。富士の裾野に魔王が現れました、魔王は持てるあらゆる力を十全に使えます。自衛隊側も時間をかけて充分な戦力と補給を用意しました――さて、どうなる?」


 少しの間全員が沈黙、やがてしのぶが口を開いた。


「簡単に勝てる相手ではないと思いますが……」


「最初から勝負になりはしない。魔王が自分の属性を『物理攻撃一切無効』に変えてしまえば自衛隊の攻撃は全く通らない。あるいは結界に身を隠してもいい。広域呪詛で敵のSAN値を極限まで下げた上で幻覚魔法や幻惑魔法を乱れ撃ちすれば自衛隊は同士討ちを始める。この場合地球側の武器が無駄に高性能なのが仇となってしまうだろうな」


 しのぶは何も反論できない。戦車の一輌が味方に機関砲を向ければ、歩兵の百や二百を殺すのは造作もないだろう。


「『ファンタジーなめんな、地球』ってところかしら」


 ゆかりの結論に土御門は「まさしくな」と頷いた。


「ただし実際には、地球には魔力がないから魔王が地球にやってきても極端に弱体化してほとんど何もできなくなる。逆に、メルクリアに地球の武器を持ってくることはできないから自衛隊の一個師団がやってきても剣や槍で身を守るのがせいぜいだ。それではゴブリンの群れと何も変わらない」


「それはそうなのかもしれません……今は」


 しのぶが反論を試み、土御門は興味深げな顔をする。


「もし許されるなら自衛隊の人達は銃器を自作して身を守ろうとするでしょうし、魔法技術も積極的に取り入れようとするでしょう。地球とメルクリア、両方の技術が交流すれば、充分な時間があれば、いずれは魔王にも脅威となる武器が生まれるんじゃないでしょうか」


「なるほど……ヴァンパイアがやろうとしているのはそれかもしれないと」


 しのぶは「可能性の一つです」と首肯した。


「メルクリアが地球と交流するようになってもう一一年。両方の技術の良いところ取りをしようと考える人が出てきても何も不思議はありません」


「だが実際どうだかは確認しないことにはな」


「そのためにここまで来たんだろう。どうやら目的地は近いようだ」


 追跡を開始して一時間以上、彼等は岩山の裾野へとやってくる。そこにはまたもや洞窟があり、樫原勝吾の血の痕跡はそこへと続いていた。


「どうする? 入るのか?」


「ここまで来て手ぶらじゃ帰れません」


 土御門の確認にしのぶが決意を示し、全員がそれに同意。土御門もそれ以上は何も言わない。彼等はその洞窟へと足を踏み入れ、その奥へと進んでいった――あるいは地獄へと続くかもしれない奥へと。











「ああ、くそ! きりがない!」


 一方同時刻。巽はギガントアントと戦い続けているところである。巣穴の奥へと進んだ巽を待っていたのは何百というギガントアント、そして罠だった。

 ギガントアントの戦闘力はゴブリンの一〇倍以上だが、今の巽にとってはあまり変わらない雑魚でしかない。ゴブリンのように弓や毒を使うわけではなく、器用さの面ではゴブリンに大きく見劣りし――要するに、彼等が用意できる罠は限られたものだということだ。

 洞窟の一部が拡張されて二十畳ほどの空間となった、比較的小さな空洞。巽はそこでギガントアントの群れと戦っているが、


「くそ、また落とし穴か」


 深さは一メートルほど、大きさは人の胴体ほどもなく、落ちてもせいぜい片足が填るだけ。そんな落とし穴でも、戦いの場に用意されては決して填るわけにはいかなかった。巽はできるだけ足を止め、足場を確認しながらの戦いを強いられている。落とし穴は数え切れないくらいに用意されていて文字通り足の踏み場もないくらいだった。


「これでラスト!」


 この場にいる兵隊蟻の最後の一匹をぶった斬り、ひとまず戦闘は終了する。巽は大きくため息をついて一時の休息を取ることとした。

 ギガントアントは戦争用に、工兵として生み出されたモンスターだ。彼等が最も得意とするのは地面の掘削であり、削岩機の何倍もの速さで穴を掘ることもできる。罠を用意するのも当然それを生かしたものとなり、必然的に落とし穴ばかりとなるのである。


「もう一生分くらいの落とし穴に填ったかな」


 これまでの道中でいくつ落とし穴が仕掛けられていて何度危ない目に遭ったか、もう数えていないくらいだった。ある場所では大きな穴に橋が渡されていたが、その橋は簡単に崩れるように細工されていた。ある場所では通路全体が落とし穴となっていた。ある場所で戦ったときは下から兵隊蟻が奇襲を仕掛けてきた。戦っている最中に別のグループが巽の足下の地下を掘削し、掘り抜いたのだ。


「もう絶対に引っかからないぞ」


 さらに奥へと進んだ巽は身を屈め、地面を舐めるように観察しながら慎重に慎重に歩を進めている。そのとき、上から砂粒ほどに小さな石が落ちてきた。ふと巽が上を見上げると、


「な」


 と巽は絶句した。洞窟の高い天井に作られた足場、そこに何十という兵隊蟻が集まっていて――それぞれ大きな岩を抱えている。これまでずっと下からの攻撃が続き、巽の注意は全て下へと向けられていた。そうして上への意識がおろそかとなった隙を突いて、上からの攻撃。ほんのわずかなミスがなければ、あと少し運が良ければその奇襲は大成功を収めていただろう。

 気付かれたと悟った兵隊蟻は一斉にその岩を投げ落とし、岩が雨あられとばかりに降ってきた。


「空中疾走!」


 横よりも上に逃げる方が安全と判断し、それは間違っていなかったがそれでも被弾なしとはいかなかった。いくつかの岩が巽の身体に命中し、巽はバランスを崩して落下する。一旦着地した巽が再度ジャンプし、兵隊蟻も岩の弾丸を装填して第二弾を発射。だがその数は第一弾の半分以下だ。被弾しながらも何とか耐えた巽は天井部の足場に着地。


「……ふふふ。やってくれたなお前等」


 頭部から血を流しながら笑う巽に、ギガントアントは怯えた様子を見せた。慌てて岩を投げつけようとする兵隊蟻だが巽の方がずっと速い。巽は複数の足場を八艘飛びして剣を振るう。何十という兵隊蟻が全滅するのに要したのは数分という時間と、一〇〇ミリリットルほどの巽の血だった。


「ふふふ……泣いても笑ってももう許さねーぞ」


 巽は静かにぶち切れている。今、仮に外への出口が見つかっても巽は逃げることを選ばないだろう。ここの女王蟻をこの手でぶち殺さなければ気が済まなかった。


「さあ、どこにいやがる女王蟻。……そうか、この奥か」


 悪鬼のような外見となり、羅刹のような内面となった巽が迷わず奥へと進んでいく。女王蟻は巽の憤怒まで把握していたわけではないが、巽を止めるべく残る兵隊蟻を全て集めようとしていた。




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