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石ころ冒険者  作者: 亜蒼行
二年目
29/52

第二一話「音楽性の違いにより解散?」




 ときは一二月最初の火曜日、場所は第二〇四開拓地。そこでは今、三人の冒険者が何匹かのモンスターと戦闘をしているところだった。

 彼女達が戦っているのはバジリスク。王冠のような形の銀の鶏冠とさかを持つ、蛇のモンスターだ。それが吐く息は猛毒となり、その視線は見られた者を石を化す。その体長は一メートル半、そのレベルは一〇〇を優に超えており、それが今四匹も彼女達を取り囲んでいる。


「月読の太刀!」


 ――たった今、美咲がバジリスクの一匹を必殺剣で両断。さらにその後ろでしのぶがもう一匹を忍者刀で串刺しにし、バジリスクはあっと言う間に残り二匹となった。残り二匹が心なしか怯んでいるように見え、一方の美咲としのぶは平静そのものだ。


「ゆかりさん、支援魔法を止めてもらえますか」


 それに便乗するようにしのぶも「わたしもそれでお願いします」と言い、ゆかりは「りょーかい」と頷く。ゆかりは見物の態勢となって後方に下がり、メイジの支援を失った二人が前へと進み出た。


「さあ勝負です、レベル三桁……!」


 美咲が静かに、だが決然と告げる。しのぶもまた忍者刀を構え、その戦意を示した。


「Kikikiki!」


 侮られたと感じたのか、バジリスクは憤ったように啼き声を上げる。そして毒を撒き散らしながら猛然と突進してきた。さらに動きを止めるべく石化の邪眼を美咲へと向ける。だが美咲は剣を鏡のように使ってそれを跳ね返した。うろたえたように見えるバジリスクに対して美咲が息を止めたまま走り出し、


「……!」


 上段からの「月読の太刀」によりバジリスクを左右に真っ二つにする。それが吐き出した魔核を美咲の日本刀が回収し、美咲はようやく大息をついて酸素をむさぼった。

 一方のしのぶも、バジリスクと激突しようとしているところである。


「隠形……!」


 激突の一瞬前にしのぶが固有スキルを行使。敵を見失ったバジリスクが突進の勢いのまま無様に地面を転がる。体勢を立て直したバジリスクがしのぶを探して左右を見回し――その首が宙を飛んだ。バジリスクの首を断ち切った忍者刀がその魔核を回収、しのぶが安堵のため息をつく。


「おつかれー、二人とも」


 戦闘を終えた美咲としのぶの下に笑顔のゆかりが寄ってくる。二人もまたゆかりに笑顔を返した。


「勝てましたね、レベル三桁のモンスターに」


「ええ、メイジの支援なしで。これで条件は満たしたと思います」


 美咲の発言にゆかりが「それじゃ」と問うように言い、美咲は「ええ」と頷く。


「青銅クラスへの昇級を申請しようと思います」


 美咲はその決意を形にするかのように拳を胸の前で握り締めた。

 ……そして三日後の金曜日、場所はメルクリア大陸ヴェルゲラン。美咲・しのぶ・ゆかりの三人はマジックゲート社ヴェルゲラン支部の一角へとやってきていた。同じヴェルゲラン支部の中であっても今の今まで一度も足を踏み入れたことのない区域――青銅以上専用の施設である。施設自体はランク外用(石ころ用)と変わるところはほとんどないのだが、三人は物珍しげに周囲を見回している。


「済みません、先日昇級申請をした鷹峯と言います」


「はい、少々お待ちください」


 美咲が受付の職員に声をかけ、男性職員が書類を確認する。その職員は一枚の書類と三人を見比べるようにし、


「ええと、紫野ゆかりさん・深草しのぶさん・鷹峯美咲さんで間違いないですね」


「はい」


 三人を代表して美咲が返答、その職員はやや言い辛そうな顔をした。


「皆さんは無試験で昇級するだけの討伐実績が不足しています。ですので試験を受けていただかなくては……」


「はい、判っています」


「それではこちらの申請用紙に記入を。それと、受験料は一人一〇〇メルクです。こちらの口座振替伝票にも記入をお願いします」


 三人はそれらの用紙に必要事項を記入しながら、


「試験を受けるだけで百万円以上かかるんですね」


「ぼったくりよねー」


 等と言い合っている。職員は言われ慣れているのか苦笑するだけで怒りはしなかった。


「一〇〇メルクは最低限の必要経費です。受験者が全員一発合格するならマジックゲート社は赤字ですよ」


「最初の試験で合格できない人は多いんですか?」


「ええ、実力を伴わないまま受験する人は一定数存在します。ですので、二回までは一〇〇メルクですがそれ以降の受験料は一回千メルクです」


 ゆかり達は噴き出しそうになった。ぼったくりどころではない法外な受験料だが、これくらいでなければ誰もが何度でも合格するまで受験することになるのだろう。


「それではこちらです」


 手続きが終わり、美咲達はその職員に案内されて施設内を移動。彼女達がやってきたのは試験会場だが、そこは観客席がないだけの円形闘技場コロセウムそのものだった。


「来たわね」


 そこで美咲達を待っていたのは一人の女性である。しのぶほどではないが小柄で華奢な体格。ゴシックロリータファッションと呼ばれる、レースとフリルが満載の黒を基調としたドレス。おそらくは舞妓さんなみにファンデーションを塗りたくっているのだろう、凹凸のわかりにくい顔は不自然なほどに白い。年齢不詳の容貌だが二〇代半ばから後半のように見受けられた。


「わたしは鏡屋巴かがみや・ともえ。あなた達の試験官をするわ」


「あの白銀クラスの……」


 美咲としのぶは緊張に背筋を伸ばした。鏡屋巴は名の売れた白銀クラスであり、今の美咲達にとっては雲上人に等しい人物だ。


「うん、よろしくー」


 だがゆかりはいつものマイペースである。その姿に美咲達も気が抜け、ほど良く緊張がほぐれたようだった。

 鏡屋巴が指揮棒のように小さく細い杖を一振り、彼女の背後に控えていたゴーレムが一斉に立ち上がった。ゴーレムは全部で三体、巨人型・昆虫型・肉食獣型とそれそれ形状も異なっている。

 鏡屋巴は「ゴーレムマスター」として有名なメイジであり、彼女の固有魔法はゴーレムの製造・指揮に特化している。彼女自身は石ころにも負けるくらいの戦闘力しか有していないがゴーレムを駆使してレベル四桁のモンスターを狩り、白銀クラスにまで至ったのである。ただ最近は狩りにはほとんど行かず、サポート業務の方で日銭を稼いでいるとのことだった。

 まあ実際、今その姿を目の当たりにしているわけだが。


「あなた達にはそれぞれこの子達と戦ってもらうわ。この子達にはレベル一〇〇相当の魔核を使っていて、つまりはレベル一〇〇のモンスターと同等の力がある」


 そのレベル一〇〇相当の魔核を用意するのに必要な費用がすなわち受験料の一〇〇メルクである。


「ゴーレムを破壊して魔核を回収すれば試験に合格、ということですか」


「ええ、その通り。それとメイジの支援は禁止。あくまで独力で、単独でレベル三桁のモンスターを狩れることが青銅となる条件よ」


 判っています、と美咲が前へと進み出、しのぶとゆかりが後ろに下がる。剣を構える美咲に対し、鏡屋巴はゴーレムの一体を動かした。その全高は二メートル近く、カマキリによく似た姿のゴーレムだ。それが大きく両腕を上げ、死神の鎌のような凶悪な刃を見せつける。そのゴーレムに表情を変える機能はないが、気のせいか殺意に笑っているように見えた。


「それじゃ行くわよ」


 鏡屋巴があっさりとそう言い、それが戦いのゴングとなった。カマキリ型ゴーレムは四本の足で思いがけない速さで突進してくる。目を見開く美咲に対してゴーレムがその鎌を振り下ろした。美咲はそれを刀で受ける。

 ゴーレムは二本の鎌を上下左右と自在に振るい、美咲は屈み、そらし、後退し、あるいは剣ではじき、または受けた。美咲は防戦一方で追い詰められているように見える。ゴーレムはとどめを刺すべく一際大きく剣を振り上げるが、美咲はその隙を見逃さなかった。美咲がゴーレムの懐へと飛び込み、


「月読の太刀!」


 金属が金属を断ち切る澄んだ音が耳を貫く。走り抜けた美咲とゴーレムが互いに背を向けていて……両者はそのまま動きを止めていた。先に動いたのはゴーレムの方だ。美咲の方を振り返ろうとし――その上体が下半身から滑り落ちる。胴体の断面から吐き出された魔核は美咲の剣へと回収された。


「……はあ」


 美咲が安堵のため息をつき、鏡屋巴は「なかなかやるわね」と簡単に論評した。


「次は誰が行くの?」


「はい、わたしが」


 と前に進み出たのはしのぶである。それに対して鏡屋巴が動かしたのは狼のような姿の肉食獣型ゴーレムだ。それは音もなく前へと進み出、声を出さないまま唸っている。しのぶは左手に苦内を、右手に忍者刀を逆手に持ち、戦闘態勢を整えた。

 戦闘は合図もなく始まった。狼型ゴーレムが大きくジャンプし、一足飛びでしのぶへと襲いかかる。しのぶは前方へと転がり避け、両者の立ち位置が入れ替わった。ゴーレムは後ろ足に力を溜め、それを一気に爆発させる。弾丸のように突進するゴーレムに対し、しのぶはぎりぎりまで足を止めた。


「隠形……!」


 固有スキルを行使するしのぶの姿がその場からかき消える。順位を上げてレベルアップしたしのぶの「隠形」はかなりの高レベルモンスターにも通用するものとなっている。ただその分使えるのはごく短時間だけだが、しのぶにはそれで充分だった。

 しのぶを探して左右を見回していた狼型ゴーレムだが、その脳天に忍者刀が突き刺さる。「隠形」を解いて姿を現したしのぶが一回忍者刀を抜き、また一閃。ゴーレムの首が宙を飛び、地面を転がる。首の断面から吐き出された魔核はしのぶの忍者刀へと回収された。

 へえ、と感心する鏡屋巴に対し、「最後はわたしね」とゆかりが進み出る。鏡屋巴は指揮棒を一振りし、巨人型ゴーレムを動かした。身長三メートルを超える、積み木を組み合わせたような形の石の巨人である。


「ああ、侍と忍者の二人も参加していいわよ」


「本当ですか?」


「ええ。ただし二人がしていいのは牽制と防御、時間稼ぎだけ。メイジ以外がこの子を破壊したなら不合格にするわよ」


 判りました、と美咲としのぶがゆかりに並ぶ。杖を構えて呪文を唱えるゆかりに対し、ゴーレムが接近した。ゴーレムは巨体であるために鈍重であり、その歩みは遅い。ゆかりまでの距離がようやく半分になったところで、ゆかりの呪文が完成した。


雷撃サンダーボルト!」


 攻撃魔法の一撃がゴーレムの右足を粉砕、その巨体が倒れ伏す。ゴーレムは倒れながらも這いずってゆかりへと襲いかかろうとするが、その速度はさらに遅くなっている。ろくに距離が縮まらないうちに、


炎爆フレイム・ボム!」


 ゆかりが二撃目を撃ち放ち、ゴーレムの身体を爆砕した。その瓦礫の中から出てきた魔核はゆかりの杖へと回収される。


「おめでとう。あなた達は三人とも合格よ」


 手続きのことは職員に聞いて、と鏡屋巴に追い払われるようにして三人は試験場を後にした。受付に戻り、


「合格したそうですね。おめでとうございます」


 そう言う職員に対し、ゆかりは「ありがとうございます」と返答しながらも大して嬉しそうではなかった。


「皆さんは明日から青銅クラスに昇級です。手続きや説明は明日大阪支部で実施します」


 職員が時間と場所を告げて……妙に間の抜けた沈黙が流れる。


「……あの、今日はこれで終わりですか?」


「はい。お疲れさまでした」


 職員がそう言う以上彼女達がそこに残る意味は何もない。三人は転移施設へと向かい、大阪への帰路に就いた。


 マジックゲート社大阪支部を出たゆかり・美咲・しのぶは冷たい風の吹く中梅田の町を歩いている。三人とも無言であり、何か腑に落ちないような様子だった。


「……これで本当に青銅になれたんでしょうか」


「正直言って全く実感がありません」


「試験も別に苦戦しなかったしねー」


 まるでだまされているかのような気分であり、「実は間違いでした」と言われた方がずっと納得できるというものだった。

 それから小一時間後、三人はシェアハウスへと戻ってくる。帰宅した三人を、


「おかえり、おめでとう。しのぶ、美咲、ゆかりさん」


 笑顔の巽が出迎えた。巽に案内されて居間へと移動するゆかり達。居間の卓袱台の上には立錐の余地もないほどに料理が、ご馳走が並んでいる。巽はコップにジュースやワインを注ぎ、それぞれに持たせた。


「ささやかだけど青銅に昇級したお祝いだ。遠慮なく食べてくれ」


「……はい、ありがとうございます」


 と微笑むしのぶ。美咲も柔らかな、ゆかりも華やかな笑顔を見せた。


「せっかく祝ってくれるんだから今日は倒れるまで飲むわよー!」


「それはいつものことでしょう」


「ま、今日くらいは付き合います」


 ゆかり達が乾杯し、ジュースやワインを飲み干す。巽の用意した料理に舌鼓を打ち、おしゃべりを楽しんだ。巽は三人の青銅昇級を我が事のように、屈託なく喜んでいる。そんな巽の姿に、美咲達はようやく青銅となれたことの実感を、その喜びを噛み締めていた。










 翌日、ゆかり達三人はマジックゲート社大阪支部を訪れた。ビル内の一角には応接用のパーティションがいくつも並んでいて、その一つの中で三人は席に座っている。


「お待たせしました」


 とそこに入ってきたのは一人の女性である。スーツ姿で年齢は二〇代の前半だろうが、その顔立ちはまだ少女のようだ。ショートヘアの、はつらつとした印象の女性である。


「初めまして! わたしが皆さんのマネージャーとなります、向日むこうひまわりです!」


 ひまわりと名乗る女性が元気良く挨拶をするが、美咲達は戸惑ったような顔を見合わせている。


「マネージャー? どうしてそんなものが」


「マジックゲート社は青銅のパーティが狩りに専念できるように、安全に狩りができるように各パーティに最低一人のマネージャーを付けています。わたしはモンスターと戦うことはできませんけど、それ以外のあらゆる業務をサポートします。石ころは一週間に一度しか狩りに行けませんけど、青銅にそんな制約はありません。でもだからって毎日狩りに行っていたら疲労を蓄積して万一の事故も起こり得ます。皆さんの狩りのスケジュールを管理するのもわたしの仕事の一つです」


 いまいち納得していないような様子の三人に対し、ひまわりは説明を重ねた。


「その他にも触媒等の消耗品の管理補充、パーティ資金の管理なども任せてください。それと、マジックゲート社から緊急討伐などの協力要請があった場合わたしが皆さんにお願いすることもありますし、逆にわたしの判断でそれを断ることもあります」


 ああなるほど、とゆかりが呟く。これまでは高辻が緊急討伐の要請をしたり、様々な助言や助力をしてくれていたが、今後は彼女がそれをするということなのだろう。……最古参の、大ベテランの元冒険者である高辻と比較すれば彼女はいまいち頼りにならなさそうだったが。


「それと、これが一番重要かもしれませんが」


 ひまわりはセールスマンが乗り気でない客の気を引くように説明する。


「石ころと青銅では世間の注目が全然違います。スポンサー企業とやりとりするのも、インタビューやTVの出演依頼を管理するのもわたしの仕事です。特に皆さんは三人とも美人で可愛くてテレビ映えしますから、そういう仕事はいくらでも取ってくることができると思いますよ」


 へえ、とゆかりは興味を示すが、


「狩り以外のことに割くような時間はありません」


 美咲が煩わしげに断言する。


「でもそーゆーお仕事も楽しそうじゃない? TVで目立てばスポンサーも探しやすくなるだろうし」


「TVになんか出ても雑音がうるさくなるだけでしょう。スポンサーにしても必須というわけではありません」


「でもスポンサーがつけば金銭的にはずっと楽になるわよ?」


「別に今何か不自由しているわけでもありません」


 ゆかりと美咲の言い合いに対し、ひまわりは口を挟もうとするがそのタイミングを掴めないでいる。しのぶは沈黙を守ったままだが美咲寄りの立場のようだった。


「でも美咲ちゃんもしのぶちゃんも青銅になるためにローンを組んで装備を更新したじゃない。TVに出たりスポンサーを付けたりすればずっと早くローンを完済できるわよ?」


「狩りに行けばローンくらいすぐに返せます。青銅になったんですから毎日狩りに行ってもいいでしょうし、そうすれば装備の更新も」


 さすがにそれは、としのぶとひまわりが口を揃えた。


「青銅で一番事故が多いのは成りたてのときで、原因は調子に乗って連日狩りに行って疲労していたことだって聞きます」


「青銅でも毎日狩りに行っている人なんてほとんどいません。普通は週一、二回。多くても三回までです」


 美咲はやや不満そうにしながらもしのぶ達の意見を容れて「それなら週三回で」と言う。それに対してゆかりが、


「いやー、週三回もしんどくない?」


 と異議を唱えた。美咲がそれに反論する。


「巽先輩はずっと週三回狩りに行っています」


「巽君がやってるのは研修の引率で、行ってるのは適正レベルよりずっと下の狩り場じゃない。それと普段の狩りとを一緒にはできないわよ」


「普段の狩りよりずっと神経を使って普段の狩りと同じくらい疲れる、って聞いています」


「そりゃ、ファミレスのバイトだって神経使うし疲れもするじゃない」


 むう、と不服そうな美咲に対し、しのぶは今回はゆかりの側に立った。


「ローンを返すだけなら週一でも充分ですし、そんなに急いで装備を更新しなくても……」


「そうそう。もう青銅になれたんだからさー、ここからはのんびりしたっていいじゃない」


 暢気にそう言うゆかりに対し、


「装備を更新してより上のモンスターを狙うのでしょう――白銀クラスになるために」


 静かに、だが断固として美咲がそう告げる。ゆかり達は少しの間何も言えないでいた。


「ここまで来れたのも望外なのに、正直言ってわたしが白銀クラスになれるとは……」


 としのぶ。


「青銅で充分じゃないかな」


 とゆかり。二人の言葉に美咲は失望の表情を見せた。小さなため息をついた美咲が無言で席を立ち、「先に帰ります」とだけ言ってパーティションから出ていく。ゆかりとしのぶはそれを見送ることしかできなかった。










「済みません、つまらない話を聞かせてしまって」


「いや、気にしなくていい。俺にできることがあるなら力になりたいし」


 ときはその日の夕方、場所はメルクリア大陸ヴェルゲラン。転移門を通ってメルクリア側にやってきた美咲は運良く研修から戻ってきた巽を捕まえ、今日の出来事を話しているところだった。

 二人はマジックゲート社ヴェルゲラン支部の片隅で、煉瓦の建物を背にして立ったままでいる。二人の前を何人もの冒険者が行き交っていた。


「せっかくずっと上手くやってきたのに、まさか青銅になった途端こんなことになるなんて」


 とため息をつく美咲。巽は「そうだな」と相槌を打ちながら何を言うべきか考えていた。大分時間が経ってから、


「石ころの俺が何を言ったところで説得力はないだろうけど」


「いえ、そんなことは」


「一つ言えるのは、ゆかりさんやしのぶとよく話し合わなきゃいけないってことかな」


 非常に陳腐だが至極真っ当なアドバイスに美咲は「はあ」と曖昧な返答をする。


「話し合ったからって問題が必ず解決するわけじゃない。よくよく話し合った結果としてパーティ解散、ってこともあるかもしれない」


「でも話し合わなきゃ何も解決しないし、前にも進めない……」


 そういうこと、と巽が頷く。だが美咲はいまいち納得していない様子だった。


(確かにただ漠然と「話し合え」って言われたって「何をだよ」って話だよな)


 そう感じた巽が追加で何をアドバイスするべきか考えて、


「『音楽性の違いによりバンドを解散しました』ってよくあるだろ」


 脈絡のない話に美咲は首を傾げながらも「ええ」と頷く。


「あれって具体的に何があったんだと思う?」


「……身も蓋もない言い方をするなら、お金のことで揉めたんじゃないでしょうか」


 多分それもあるだろうな、と巽は苦笑した。


「たとえは作詞作曲もやっているヴォーカルは『俺がいるからこのバンドは売れるようになったのに』って思っているかもしれない。その後ろのドラムやベースは『あいつばかり目立ちやがって』って思っているかもしれない。あるいは恋人の取り合いで喧嘩になったってことも考えられる。『音楽性の違い』っていうのはそういう下世話な話をごまかしているだけなのかもしれない。……でも本当に『音楽性の違い』で解散に至ったバンドだって中にはあるんじゃないのか?」


「音楽性ってどういうことなんでしょう? ロックとかポップスとか、そういうことですか」


「そういうやりたいジャンルが違っていたってこともあるかもしれない。あとは例えば『とにかくライブがやりたい』って思っている奴と『とにかくアルバムが作りたい』と思っている奴では、方向性の違いでどうしたって揉めるだろうな」


 どうやら得心するものがあったらしく、美咲が「方向性……」と呟いている。巽が言葉を重ねた。


「方向性と言うか、将来のあるべき姿と言うか。美咲は『一直線に白銀を目指す』、ゆかりさんは『TVとかに出て華やかに』、しのぶは『少しくらいのんびりしても』――このパーティがどうあるべきか、どうしたいかが多分一人一人全部違っているんだと思う。話し合うべきはそこなんじゃないかな」


「話し合って妥協できる点はお互いに妥協して。どうしても妥協できない、一緒にやっていけないのであれば解散もやむなし……そういうことですね」


「そうだな。できればそうはなってほしくないけど」


 それはもちろんです、と美咲は笑った。


「今日はありがとうございます。ゆかりさんやしのぶ先輩とお互い納得がいくまでちゃんと話し合います」


「呼んでくれたら話し合いには俺も立ち会うから」


「ええ、そうしてもらえると助かります」


 巽への相談が終わり、美咲はすっきりとした面持ちとなっていた。そして二人は転移門をくぐり、元の日本の大阪へと戻ってくる。巽と美咲はJR線に乗って自宅への帰路に就いた。

 ……日が沈んで大分経った頃、巽は自宅のアパートに戻ってくる。台所で冷蔵庫のドアを開けながら巽はスマートフォンで電話をし、


『もしもし、巽さん?』


「しのぶ、今大丈夫か?」


『はい、問題ありません』


 しのぶの声はいつになく小さく、巽はスマートフォンの音量を最大にした。


「美咲が会いに来て、今日の件で色々話をしたんだ。それで二人ともちゃんと話をしないと、ってことになったんたけど」


『ええ、わたしももちろん話をしたいと思います。ただゆかりさんがマネージャーの向日さんと一緒に飲みに行っていて』


 巽は通話をしながら冷蔵庫の中を物色し、いくつかの食材と調味料を選び出した。


「そうか……でもまず美咲としのぶだけでも話をしようか」


『判りました。それじゃわたし達の家で』


「ああ。夕飯は俺が作るから」


 通話を終え、食材と調味料をバッグに入れ、巽はアパートから出て行った――その直後、押し入れのふすまが内側から開け放たれる。しのぶが押し入れから出てきて窓を開け、そこから飛び降り、二階から地面へと音もなく着地。しのぶはそのまま自宅へと向かって走り出した。

 シェアハウスへとやってきた巽を、先回りしたしのぶが何食わぬ顔で出迎える。巽が夕食の用意をする中、美咲としのぶが卓袱台を挟んで向かい合った。美咲は弁が立つ方ではなく、しのぶはそれ以上に自分の気持ちを言葉にするのが苦手だが、それでも二人はちゃんと互いに向き合って思いをぶつけ合った。

 話し合いは夕食を挟んで続けられ、片付けが終わった後は巽も加わり司会進行をする。


「週二回の研修の引率でも大変なのに、週三回の狩りは無茶だって。せめて週二回から始めて様子を見ながら、でどうだ?」


「しのぶだって上を目指す気がないわけじゃないんだろう? ただいきなり白銀って言っても現実感がないだけで……そうそう、目標ってのは頑張れば達成できるものでないと」


 巽の仲裁により話し合いはスムーズとなり、美咲としのぶの間での方向性は概ね固まりつつあった。


「……それじゃ狩りに行くのは週二回、もし余裕があるようなら週三回も検討する。狙うのは頑張れば狩れる、適正レベルより少し上のモンスター。そうしてローンを返して装備を更新して、少しずつでも成長して順位を上げていく。まず目指すべきは三桁番台」


「はい、それでいいと思います」


 美咲のまとめにしのぶはそう言い、そして苦笑した。


「……何か、今までとあまり変わりませんね」


「確かにそうですね。週一回が二回になっただけで、やることは今までと何も変わっていない」


 美咲もまた笑い、巽は「そんなもんかもしれないな」と知ったようなことを言った。


「俺も試験に合格して冒険者になれたときは人生バラ色のように思っていたけど、なってみれば入れてくれるパーティがなくてずっとソロだったりなかなか順位が上がらなかったりなかなか固有スキルに目覚めなかったり、ずっと大変だったしな」


「冒険者には冒険者の現実と日常があるってことですよね」


「ええ、そしてきっと青銅の現実と日常も石ころのそれとあまり変わり映えしないんでしょう」


 なってみれば「こんなものなのか」と思わずにはいられない――それが青銅クラスの現実だった。だがそれを巽の前で口にするわけにはいかないだろう。巽も含めた石ころの誰もが青銅となるために人生を、生命を懸けている。特に巽はそれが理由で先日も同じ冒険者に殺されそうになったばかりである。


「でも、そのマネージャーの人が勧めるようにTVに出たりすれば生活も大分変わるんじゃないのか? 俺が知っている青銅もみんなTVに出てる人達ばかりだし」


「巽さんは青銅になったときにTVに出たいんですか?」


 巽は「とんでもない」と大きく首を横に振った。


「そりゃスポンサーが付いてローンを返すのが楽になるのは魅力だけど、今だって何とかなりそうだしな。目立つのは別に好きじゃないし、余計な気苦労ばかりしそうだし、知らない人と会って話をするのは苦手だし」


「わたしも同じです」


 としのぶ。巽はぐうの音も出ないほどに納得した。


「あの人の立場は判りますが、正直言って余計なお世話です」


 そう切って捨てる美咲に巽は乾いた笑いしか出てこない。


「まあ俺達は違うけどTVに出て有名になるため、スターになるために青銅を目指している奴等だって大勢いると思う。実際TVタレントになってしまって狩り場にはほとんど行ってない青銅も結構いるし。それに『冒険者は各自イメージアップに努めるように』ってのはマジックゲート社の大方針で、マネージャーの人もそれに従っているだけだろう」


「わたし達には向きませんし、望んでいるあり方とも違います」


 美咲はそう断言する。確かに美咲としのぶに関してはその通りだが、


「でも、ゆかりさんはどうなんでしょう」


 しのぶの指摘に美咲は沈黙した。


「……確かにゆかりさんならTVタレントも充分つとまりそうだな」


「冒険者より向いていそうです。あのスタイルとあの容姿とあの性格とあのコミュ力ですし、お茶の間の人気者になれるかもしれません」


「本人も乗り気のようでしたし……本人が望むならわたし達がそれを止めることはできないかも」


 今度は三人ともが沈黙し、それはかなりの時間続いた。それを破ったのは、


「ただいまー」


 酒が入って上機嫌なゆかりの声である。ふすまを開け放って姿を見せたゆかりは、


「あ、巽君だー」


 とまずは巽に抱きついた。巽は赤面しながらもそれを振り払う。


「みんな聞いて聞いて、TV出演が決定したよ!」


 高らかにそう宣言してVサインを突き出すゆかりに対し、美咲が焦った顔をする。


「そんな、何を一人で勝手に、一体何の番組に」


「うん、関西ローカルだけど神戸の超高級ホテルの取材にゲスト出演! そこには全世界で数本しかない幻のワインと呼ばれる超高級ワインが」


「ああ、はい。判りました」


 美咲はゆかりの説明を打ち切らせた。確かにその内容ならゆかりが引き受けないわけがないだろう。


「出演するのはゆかりさん一人なんですよね」


「うん、もちろん。三人で出演しても飲める量が減るだけじゃない」


 そういう問題じゃないだろう、と巽は思わずにはいられない。


「明日にはもう取材だから準備しなきゃねー」


 ゆかりはそう言い残して自分の部屋へと向かう。その場には巽達三人が残され、互いに似たような表情になっている顔を見合わせた。


「……どうします?」


「お酒が入っているゆかりさんと話をしても無意味ですから、また後日にするしか」


「でももしゆかりさんがこのままTVタレントを目指すのなら……」


 しのぶの懸念に、美咲も巽もすぐには何も言えないでいた。できることならゆかりには今のまま冒険者を続けてほしい。だが、


「モンスターと生命のやりとりなんて、物好きの馬鹿だけがやっていればいい。ゆかりさんが違う道を選んだとしても、それは止めるべきじゃない」


「はい。冒険者を辞めて他の仕事に就けるのなら、むしろ祝うべきことだと思います」


 巽と美咲が自分に言い聞かせるように言う。三人にできることは何もなく、あるとするならゆかりがどのような選択をするかを見守ることくらいだった。










 翌日の土曜日、巽は例によって「技術向上研修」を開催。何人かの石ころを連れて狩り場へと赴いている。ゆかりはTVの取材のため神戸へ行き、ひまわりがそれに同行した。美咲としのぶは(ゆかり抜きで狩りに行くのはどうかと判断し)ヴェルゲラン支部の施設を使ってトレーニングだ。

 そしてその夕方、狩り場から戻ってきた巽が美咲達と合流。三人は転移門を通り抜けてマジックゲート社大阪支部へと戻ってくる。

 その途端、美咲のスマートフォンに着信があった。


「はい、もしもし。……向日さんですか? 何があったんですか? ……はい、今大阪支部に。すぐ行きます」


 通話を終えた美咲だが要領を得ない様子で、戸惑った顔をしのぶと巽へと向けた。


「向日さんからの電話ですが、取材先で何かトラブルがあったようです」


 その説明に三人の心は一つとなっていた――ゆかりさん、今度は何をやらかしたんだ。


「もうここに戻っているそうなので」


 と大阪支部のビル内を移動する美咲としのぶ、それにおまけの巽。ものの数分で彼等はゆかりとひまわりの下に到着した。二人は先日と同じくパーティションの一つの中にいて、


「ああぁぁ……どうするんですか、どうするんですか」


 ひまわりは泣きながらそれをくり返し、ゆかりはその前で困り顔だ。美咲達はその二人を見比べた。


「向日さん、ゆかりさんが今度は何をやらかしたんですか?」


 どういう意味かな?とゆかりが首を傾げているがそれは無視される。「鷹峯さん!」とひまわりが美咲に取りすがりながら、崩れるように床に座り込んだ。


「今日は神戸の超高級ホテルの取材で、ゆかりさんはそのゲストで呼ばれたんです。そこのホテルの家宝と言うべきワイン、シャルル・ド・ゴール――一九四五年にフランス解放を記念して醸造された、フランスワイン史上の最高傑作。現存するのはたった数本の、世界で最も高価なワイン――それを、それを……」


 ひまわりがゆかりに掴みかかり、


「なんで飲んじゃうんですかー!!!」


 魂からの雄叫びを上げるひまわりに対し、ゆかりは心外そうな様子だった。


「お酒の取材なんだから飲むに決まってるじゃない」


「それは見せてもらうだけで、飲ませてもらうワインは別に用意するって説明したじゃないですか!!」


「聞いてなかった!」


 ゆかりが偉そうにそっくり返し、ひまわりは「ああぁぁああ……」と改めて崩れ落ちている。


「止める間もなく開封して、開封したら価値がほとんどなくなるから弁償だって聞いたら手酌でぱかぱかと一人で全部飲み干して……」


「ああ、美味しかった……」


 ほふ、ととろけた顔で至福のため息をつくゆかり。一方のひまわりは地の底に堕とされたような有様だ。


「済みません、この人殴っていいですか?」


 もちろん誰もひまわりを止めず、美咲は「どうぞ」と彼女にハリセンを渡している。ひまわりは「このこのこの!」と力の限りハリセンを振るうが、普段受けている美咲の突っ込みと比較すれば子供にじゃれつかれているのと変わらない。「痛い痛い痛い」と言いながらもゆかりは笑顔のままだった。

 やがてひまわりは力尽き、死人のような顔でゆかりにすがっている。


「どうするんですか、どうするんですか……あれ一本何千万するか判ってるんですか」


「いい? ひまわりちゃん」


 ゆかりが真剣な顔となり、ひまわりは虚ろな目を向けた。


「世の中にはね、三千メルクも出して買った魔法剣を最初の狩りでへし折っちゃってローンだけ背負いながら、それでも腐らず真面目に返済を頑張ってる冒険者だっているのよ」


「……」


「……」


「……」


「……」


「それが何か関係あるんですかー!!!」


 数拍の沈黙を挟んでひまわりが再び絶叫。そこでようやく巽が口を挟んだ。


「まあ、石ころの俺だってローン完済が見えるところまで来ているし。青銅のゆかりさんならそのくらいの借金を返すのは難しくないんじゃないか?」


 ひまわりがわずかながら生気を取り戻す。さらに美咲達も、


「長くても半年あれば返せるでしょう」


「これからは週に二回狩りに行けるんですからもっと早く返せるんじゃないですか?」


 ひまわりがその希望に取りすがるように「ほ、本当に……?」と問う。ゆかりが大威張りで豊かな胸を張り、


「だいじょーぶ! ゴブリンの大規模な群れをいくつか潰せば」


「だからそれは禁じ手です!」


 首が折れるかと思うほどの突っ込みが入り、ゆかりは頭を抱えてふらついた。


「ともかく。わたし達にはそのくらいの金を稼ぐ手段があって、向日さんはそれを管理する立場なんです。借金を返すために最善の狩りのスケジュールを組むべきでは?」


「……確かにそうですね。早速考えてみます」


 自分にできることを提示され、ひまわりは前向きな姿勢を取り戻そうとしていた。一方のゆかりは、


「TV出演は? スポンサー探しは?」


「やらせるわけがないでしょう!!」


 当然ひまわりがそう吠えるが、ゆかりは「えー」と不服そうだった。










 そして次の火曜日、メルクリア大陸ヴェルゲラン。


「それで今日はどこに?」


「第二〇六開拓地でヒポグリフを狙うのがお勧めだそうですので、それで」


 美咲・しのぶ・ゆかりの三人はいつものように狩りをするために開拓地へと出発しようとしているところだった。


「それじゃ皆さん、頑張ってください。本当に本当に頑張ってください」


 そしてそれをひまわりが見送っている。ひまわりはハンカチを振りながらすがるような目を美咲達に向けている。まるで身内が兵士として出征するのを見送るかのような悲壮感であり、今にも一人で万歳三唱しそうだった。美咲としのぶはちょっと困った顔をしている。


「まあ、生命を懸けて戦うことには違いないんですが」


「毎週のことですからね」


「それじゃー今日もじゃんじゃんばりばり稼いじゃおー!」


 ゆかりが一人気勢を上げ、しのぶは苦笑し美咲は肩をすくめる。開拓地を目指す三人は転移施設の中へと入っていった。

 ――上を目指すため、生活のため、そして借金を返すため。彼女達は生命を懸けて、身体を張ってモンスターと戦い、金を稼いでいく。彼女達は一万二千人の上位一割に属する、青銅クラスの冒険者である。




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