第一三話「花園巽の憂鬱」その2
『ちょっと見込みが外れたかな』
「なんか盛り上がっていますね」
放っておけば書き込みもなくなる、という熊野達の予想は現実とはならなかった。
『あの人の固有スキルがそういうのなら仕方ない』
『ちょっと真似されたくらいでこんなスレ立てて、大人げないんじゃねーの?』
巽を擁護する書き込みがなされ、それに対して鞍馬口やそのシンパが反論し、延々と応酬が続いているのだ。
『あの人すげぇ格好良かったぜ。二つの固有スキルを同時に使って、何百っていうゴブリンをばったばったとなぎ払って』
巽を擁護しているのは、一月前の緊急討伐で巽に助けられたひよっこ達らしい。それに対し、
『ゴブリンごときにwwもっと順位上げてから出直してこいよww』
鞍馬口自身ではないがそれに近い人間がそう書き込みし、
『あのときのゴブリンがどれだけ厄介だったか知りもしない人間が勝手なことを言わないでください。あなたはゴブリンの毒矢がギガントタランチュラの毒だなんて想像できるのですか?』
と参戦してきたのはあのときの緊急討伐で生命を落とした葛野大五に近しいと見られる人間で、スレッドはヒートアップする一方だった。
『本筋から離れたところで言い合いをしているな』
「俺の側に立ってくれるのは嬉しいですけどなるべく早く、話題にならなくなってほしいんですけどね」
熊野は頭痛を堪えているかのような声であり、巽のため息もまた止まらなかった。
そして次の火曜日、その朝。巽達は狩りに行くためにマジックゲート社ヴェルゲラン支部へとやってきていた。
「よう、巽ちゃーん」
「こんにちは、高辻さん」
「今日はどこに行くつもりなんだ?」
「ええ、今週も第二二〇開拓地に」
巽は声をかけてきた高辻と達は立ち話をする。それは珍しくも何ともない、ヴェルゲランでの日常の光景のはずだった。だが、
「巽? もしかしてあいつが花園巽か?」
「あのパクリ野郎って噂の」
巽の名を聞きつけた何人かがそれに反応する。彼等は巽に白い目を向け、さらに巽達のパーティを避けようとしていた。
「第二二〇開拓地は止めておくか」
「スキルをパクられそうだしな」
何組ものパーティが聞こえよがしにそう言っているのを耳にし、巽は肩を落としている。高辻は「あー……」と巽を励まそうとしたまま硬直し、ゆかり達は高辻に非難がましい目を向けていた。
パーティの精神的主軸である巽が意気消沈したままでは狩りが上手くいくはずもなく、その日の狩りは散々な結果で終わってしまった。その夜、ゆかりは高辻に電話をする。
『今日は悪かったな。俺が不用意に巽ちゃんの名前を出したばっかりに』
「んにゃ、それでてっちゃんを責めるのは筋違いだと思うよ? ただねー」
とゆかりはため息をつく。
『おっちゃんからすれば巽ちゃんのスキルは羨ましくて仕方ないんだけどねー。おっちゃんのスキルがあれだったなら他人のスキルをパクリまくって、一直線で青銅を目指していたと思うわ。周りが何を言おうとどんな目で見ようと、関係ないじゃん?』
「わたしもそう思うんだけどねー、巽君はまだそこまで開き直れないんだろうねー」
『でも巽ちゃんはあのスキルでやっていくしかないわけじゃん? 固有スキルを変えることはできないんだから』
ゆかりは先回りをするように言う。
「あの固有スキルを封印して、それでも青銅に上がれるほどの才能は巽君にはないよね。青銅になりたいのならあのスキルを最大限活用しないと……って、わたしも何度も言ってるんだけどね」
『自分のスキルとどう折り合いを付けるか――結局は巽ちゃん自身の問題なんだけど、手助けするのも大人の役目かね』
その日の通話はそれで終了する。巽の下に高辻からの連絡が入ったのは週末の夜のことだった。
『巽ちゃん、固有スキルほしくね?』
「はい?」
前置きも何もなしの問いに巽は目を瞬かせた。
『この間の緊急討伐のときは無理聞いてもらったから借り返そうと思ってねー。見られたらパクられるのを承知の上で、巽ちゃんに固有スキルを見せてもいいって人を見つけてきたのよ』
「本当ですか?!」
巽がそれに全力で食いつく。他者の固有スキルを気兼ねなくパクる機会は、今の巽が何よりも切望するものだった。
『でももちろん無条件じゃないよー? そこはあらかじめ承知してもらわないとね』
「構いません。どんな条件ですか」
どのような条件だろうと巽はこの好機を逃すつもりはない。その巽に高辻が、
『それじゃ、冒険者SNSの雑談掲示板開いてみようか。それの「パクリ野郎を許すまじ!!」ってスレ』
その指示に巽は首を傾げながらも従う。スレッドを開いて、直近の書き込みを確認すると、
「神ゴリ子? 初めて見る名前かも」
見慣れない固定ハンドルの人間が書き込みをしている。その内容は、
『――本当に見ただけで固有スキルをパクれるのかどうか、わたしが確かめてやるよ。ついでにこのパクリ野郎の性根も』
さらに最新の書き込みを見てみれば、
『知り合いを通じてこいつを呼び出している。ヴェルゲランの鍛錬場で、固有スキルも使った模擬戦をやるからって。わたしの固有スキルでこいつをボコボコにしてやるよ。その上でわたしの固有スキルを本当にパクれるかどうか、見せてもらう』
ここに出てきた神ゴリ子の知り合いが高辻であることは問うまでもないことだった。
「この神ゴリ子って人は」
『国内順位は五千番台。固有スキルは身体能力を強化するものだと聞いている』
巽は神ゴリ子の書き込みをくり返し読んでいて、その巽に高辻が問う。
『それで巽ちゃん、どうする? 今なら断ることもできるけど』
「いえ、願ってもないことです」
この誘いを断るという選択肢は最初から存在していなかった。強力な固有スキルを手に入れられる――巽の頭にはもうそれしかない。
「是非やらせてください」
『巽ちゃんならそう言うだろうと思って話を進めているけどねー』
そう言って受話器の向こう側で高辻は笑っていた。
『今週日曜の一二時から、場所はヴェルゲラン支部の鍛錬場だ。大丈夫だよね』
「はい。バイト先には休みをもらいます」
『それじゃ決まりだ』
高辻との通話はそこで終わり、巽はスレッドの書き込みを確認する。
『パクリ野郎から模擬戦を受けるって返事があった。話は決まりだ』
神ゴリ子がそう書き込み、スレッドは大いに盛り上がった。
『絶対見に行きます! あのパクリ野郎に制裁を加えてやってください!』
とスレ主の鞍馬口も書き込んでいる。一方緊急討伐に参加したひよっこ達は巽を応援する書き込みをしていた。
「日曜か」
巽は呟き、スマートフォンを握る手に力を込める。巽の手の中でスマートフォンが軋みを上げていた。
そしてときは日曜日。場所はメルクリア大陸の町の一つ、ヴェルゲラン。その中心部に建っているマジックゲート社ヴェルゲラン支部、その一角の鍛錬場。
屋内トレーニング用の建物の横には円形のグラウンドがあり、その広さはテニスコートほど。簡易ながら観客席も設置されていて、まるでちょっとした円形闘技場のようである。
時刻はすでに正午近い。巽は既に金属鎧と長剣という完全武装でその闘技場にやってきていて、軽いストレッチを続けていた。観客席にはしのぶ・美咲・ゆかりの姿がある。加えて鞍馬口天馬とそのパーティメンバー、緊急討伐で巽達に助けられたひよっこ、スレッドの住人、さらには騒ぎを聞きつけて顔を出したただの野次馬など、観客席には三〇人弱の人々が集まっていた。
「思ったよりも暇人が多いな」
と皮肉げに笑うのは熊野亮。身長190センチメートルに達する巨体に、ボディビルで培った圧倒的な筋肉を誇る巨漢である。彼は言わば巽のセコンド役で、巽に付き添い闘技場内まで同行していた。
「クマさん。神ゴリ子って人のこと、何か知ってますか」
「面識はないが、話には聞いたことがある。元女子プロレスラーだそうだ」
へえ、と巽は感心した。
「じゃあ名前はリングネームですか」
「そういうことさ」
と回答したのは熊野ではなかった。声のした方へと巽が振り返り――そのまま絶句した。
そこに傲然と立っているのは、一人の女戦士。年齢は二〇代後半と見られる。巽よりもやや背が高く、脂肪のほとんどない肢体。その全身は針金をより合わせたような、鋼鉄の筋肉に覆われている……何故そこまで詳しく判るかと言えば、
「び、ビキニアーマー……」
巽の口からその単語が漏れ出た。その女戦士が身にしているのは面積の非常に小さい、ビキニタイプの防具なのだ。ビキニアーマーの他にはブーツとマントしか着けていないし、そのマントも身体を隠す役目を果たしていない。彼女は己が肌を誇らしげに人目にさらしていた。
「ゴリ子ー!」
「姉御ー!」
等と観客席で叫んでいる数人は、プロレス時代からのゴリ子のファンのようだった。
「本名は西陣織子というんだが、そんなことはどうでもいいだろう」
西陣織子こと神ゴリ子はさらに一歩前へと進み出る。それに気圧されたように巽は後退りそうになり、巽をかばうように熊野が一歩前に出た。神ゴリ子は「ほう」と面白そうな顔をする。
両者が無言で対峙し……闘技場は自然と静まり返った。そのまま少しの時間が流れる。何がきっかけとなったのか余人には理解できないが突然熊野が布の服を脱ぎ捨て、パンツ一丁となった。
「フンッ」
と熊野がギリシア彫刻のようなポーズを取る。片膝をつき、両腕で大きく円を描くような格好だ。それに対抗して神ゴリ子がボディビルのポーズを取った。前屈みとなり、両腕で大きく円を描くポーズ、モストマスキュラーだ。
対抗した熊野が両腕を高く掲げる、オリバポーズを魅せ、さらに神ゴリ子が両腕に力瘤を作るフロント・ダブルバイセップスでそれに張り合った。
熊野と神ゴリ子は無言のまま互いにボディビルのポーズを取り続ける。まるで二人だけでボディビルの大会をやっているようで、第三者がそこに入り込む余地はなかった。
……一体どのくらいの時間そうしていたのだろうか。二人が全身から力を抜き、笑みを交わし合う。熊野が巽の下に戻ってきて、その背中を強く叩いた。
「よし、次はお前の番だ」
「いや、今のは何だったんですか」
巽は問わずにはいられないが、問われた方は不思議そうな顔だった。
「見て判らなかったのか? 彼女と語り合っていただけだ」
「判るわけがないでしょう」
「俺は筋肉で彼女と語った。次はお前が拳で彼女と語る番だ」
熊野が巽の背中を強く押す。押された巽がふらつきながらも神ゴリ子の前へと進み出た。
「ええっと、どうも」
調子を狂わせたまま巽が気の抜けた挨拶をし、神ゴリ子は「ふん」と鼻を鳴らした。
「腑抜けた奴だね。こりゃ時間の無駄だったかな」
神ゴリ子に煽られ、巽はようやく戦意を取り戻していた。
「腑抜けかどうかは、これから確かめてみればいいでしょう」
「ま、そうさせてもらおうか」
神ゴリ子は己が拳を掌に打ち付けた。巽はそれである点に気が付く。
「待ってください。武器はどうしたんですか?」
「必要ないだろ」
と神ゴリ子はせせら笑う。一拍の間を置き、巽は鎧を脱ぎ出した。ガントレットを外し、プレートメイルもブーツも外し、鎖帷子も下着も脱いで、巽は上半身裸、下は布のズボン一丁で裸足となる。
「お待たせしました」
「せめてものハンデのつもりだったんだけど、本気でわたしとステゴロでやる気かい?」
「ええ、本気です。本気でやるために武器を置きました」
肉食獣が牙を剥くような笑顔を神ゴリ子が見せた。巽の意気に感銘を抱いたのか、あるいは獲物が罠にかかったことを喜んだのか。
どこか遠くから鐘の音が聞こえる。時刻が正午になったことを知らせる町の鐘だ。
「時間だ、始めようか」
「はい、よろしくお願いします」
一礼した巽はボクサーのようなファイティングポーズを取った。一方神ゴリ子のそれは、広げた掌を巽に向けて、その高さは肩より少し上と胸より少し下。典型的なプロレスラーのファイティングポーズである。
「そう言えば、わたしの固有スキルを見せてやるって条件だったね」
「ええ」
「こいつを使ったら、もう手加減できないよ?」
神ゴリ子が最後の確認をするが、巽の返答は最初から決まっていた。
「望むところです」
神ゴリ子が「よく吠えた」とにやりと笑う。神ゴリ子は大きく深呼吸し、
「はああああっっっ……!!!」
全身に気合いを込める。空気はまるで帯電しているかのようであり、巽の身体が小さく震えた。それでも巽は神ゴリ子の全てを見逃さないように大きく目を見開いていて――巽の眼が眼窩から転がり落ちそうになった。
「身体が……」
神ゴリ子の身体が気のせいか大きくなっているように見え……いや、それは気のせいなどではない。実際にその身体が膨らんでいる。その筋肉が増幅している。巽より痩せているくらいに見えたその肉体は、今は熊野に匹敵するほどの巨体となっていた。
「だっしゃー!!」
神ゴリ子が雄叫びを上げながら蹴りを放ち、巽はサッカーボールのように吹っ飛ばされた。何メートルも宙を飛び、地面を何回転もしてようやく身体が止まる。巽は胃液を吐きながら、それでも何とか立ち上がった。
「そ……それがあなたの?」
「そう。これがわたしの固有スキル、『剛力招来(Pump up)』。今のわたしは筋力を五倍以上に増幅させている」
巽は戦闘態勢を取ろうとするが、神ゴリ子はそれを待っていなかった。一〇メートル以上の距離を神ゴリ子が一瞬で駆け抜ける。巽は咄嗟に両腕を上げて顔面を防御、神ゴリ子がその両腕に己が拳を叩き付けた。
「ぐわっ……!」
一撃で両腕が砕けたように思えた。巽のガードが下がり、無防備な顔面が姿を現す。神ゴリ子が破壊槌のような拳を放つが、巽は首を捻ってかろうじてそれを避けた。だが、
「でいりゃーぁっ!」
神ゴリ子が巽の首根っこを掴み、さらに股間に手を差し入れ、巽の身体をリフトアップする。そしてそのまま力任せに放り投げた。巽は長々と宙を飛ぶ。そのまま無様に墜落するかと思えたが空中で身体を捻って、
「フンッ!」
まるで見えない壁を蹴るようにして空中で止まり、方向転換し、地面に足から着地する。神ゴリ子は怪訝な顔をした。一方、
「あいつ、また俺のスキルを……」
と観客席の鞍馬口天馬が忌々しげに呟いている。巽は鞍馬口の「空中疾走」を使って空中で体勢を整え、墜落から逃れたのだ。
「面白いことをするね。それも誰かの物真似かい?」
「ええ。俺にできるのはこれだけですから」
「それで、わたしの物真似はできそうなのか?」
その問いに巽は姿勢を正し、静かに深呼吸した。
「――とりあえずは、こんな感じです」
そう答えた巽が全身に気合いを込める。「があああっっっ!!」と折れるほどに歯を軋ませ、力を入れる巽の身体が一回り膨らんだ。神ゴリ子が驚きに目を見開く。
「剛力、招来……!」
巽がそのまま神ゴリ子へと突貫する。固有スキルで増幅させた全ての力を右腕に、右拳に込め、それを神ゴリ子の腹へと叩き込んだ。神ゴリ子はそれを避けようともせず、まともに食らう。
「……おい」
神ゴリ子は微動だにしていなかった。巽の渾身の一撃を腹筋だけで受け止め、はね返している。まるで巨岩を殴ったような手応えで、巽の方がダメージに顔をしかめていた。
「これがお前の本気か?」
神ゴリ子が無造作に巽を蹴り上げ、巽は吹っ飛ばされてぶっ倒れた。それでも立ち上がろうとする巽の腕を掴み、その身体を吊し上げる。
「お前の本気はこの程度なのか?」
持ち上げられたまま巽は「ええ」と頷いた。
「今の俺の、本気の全力の『剛力招来』はこの程度です」
本物の「剛力招来」の増幅率が五倍以上、六倍近くに達するのに対し、巽のそれは全力を出しても二倍を超えるのが精一杯だ。順位や経験の差、元々の筋力の差も加わり、巽の一撃は神ゴリ子にダメージを与えるどころか、その巨体を揺るがすことすらできなかった。
「空中疾走!」
宙吊りの巽が見えない壁を蹴る。その勢いと意表を突くことで巽は神ゴリ子の手の中から逃れた。やや距離を置いた巽が戦闘態勢を取っている。
「ここからは花園巽という冒険者の、本気の全力です」
「ふっ、面白いじゃないか」
巽の不敵な宣戦に神ゴリ子が獰猛な牙を剥く。両者が同時に距離を詰め、激突した。
「見よ! 我が筋肉は鋼鉄の城塞!」
神ゴリ子の張り手に対し、巽は「筋城鉄壁」で対抗する。両腕を直角に曲げ、拳を腰に当てるラットスプレッドというポーズを取り、歯を剥き出しにした笑顔を作っている。一撃目は耐えたが、神ゴリ子は二撃、三撃と張り手をくり返した。巽は気持ち悪い笑顔を維持しながらも脂汗を流している。
「そのスキルを使っている間は攻撃できないみたいだね!」
いや、できないわけではないのだ。ただ今の巽にその余裕がないだけである。神ゴリ子が渾身の力を込めて、四撃目の蹴りを放つ。巽は「筋城鉄壁」を解除してその蹴りを足の裏で受け止めた。巽の身体が何メートルも吹っ飛ばされて、
「なにっ?!」
空中で方向転換した巽がそのまま全力疾走。思いがけない速さで神ゴリ子の背後へと回り、側頭部を狙って蹴りを加えた。神ゴリ子の防御はかろうじて間に合い、巽は残念そうに着地する。
「それも誰かのスキルかい?」
「ええ」
「疾風迅雷」と「空中疾走」を同時に使ったのだ、と判ったのは観客席の美咲達パーティメンバーだけである。
「それがお前の本気か! 誰かの下手くそな物真似が!」
「間違いなく俺の本気で、全力ですよ!」
巽は拳を握り締め「があーっ!!」と吠えた。巽の上半身が一回り膨れ上がる。その巽が、無手のまま抜刀術のような構えを取った。「あれはまさか」と美咲が目を見開く。
「次は何の真似だ!」
神ゴリ子が無造作に巽に接近。間合いに入った瞬間、巽が手刀を抜いて一閃した。
「月読の太刀!」
腕力を「剛力招来」により倍増させた、手刀で放った「月読の太刀」。その一撃に神ゴリ子は顔をしかめた。ダメージと言うほどではないが、ようやくまともに入った有効打だ。
「よし!」
と巽が手応えを噛み締め――その顔面に拳が叩き込まれた。何メートルも吹っ飛ばされてぶっ倒れた巽だが、ふらふらしながらも何とか起き上がる。
「くそ、ようやく借りを返したと思ったのに」
一撃でチャラにされたどころか借金が増える一方だ。このままでは破産するのももう間もなくだろう。
「お前のその固有スキル……他人のスキルを真似ると言っても完全に再現できるわけじゃないのか」
神ゴリ子はようやくそれを理解したようだった。巽は「ええ」と頷く。
「俺にできるのは下手くそな物真似、ただの劣化コピーだけです」
「……そんなスキルでどうするつもりなんだよ」
神ゴリ子は深い憐憫を声ににじませて問う。
「わたしだって長いこと五千番台で足踏みしていて、青銅に上がれるか判らない。その劣化コピーしかできないお前が、それでも冒険者を続けるつもりなのか? そんなスキルで」
「固有スキルは自分じゃ選べない。これが俺のスキルなんだから、俺はこれでやっていくしかない」
巽は自分に言い聞かせるように静かにそう言った。そして、
「こんなスキルでも! ただの劣化コピーでも!」
巽がそう吠えながら残った力を全身に込める。「剛力招来」により巽の筋肉が大きく膨らんだ。
「誰かの真似の、不格好なつぎはぎでも!」
「空中疾走」で数メートル上まで駆け上がった巽は、さらに「疾風迅雷」を使って透明な坂道を駆け下りるようにして神ゴリ子へと突貫する。さらに加えて、
「月読の太刀!!」
四つの固有スキルを同時に行使した、全身全霊を込めた一撃――だが、
「巽さん!」
「巽先輩!」
観客席のしのぶと美咲が悲鳴を上げるように巽の名を呼んだ。巽の渾身の一撃もおそらくは自分を倒すには至らないだろうが、神ゴリ子はそれを実際に確かめてみる気にはなれなかった。巽の攻撃を避けるにはほんの半歩の移動で充分であり、同時に放った拳は痛恨のカウンターとなり巽を打ち抜いていた。
「そ……れでもおれは……」
巽の意識はもう完全に飛んでいる。闘争本能だけで身体が動いていて、神ゴリ子に掴みかかろうとしているが、それもすぐに限界となった。神ゴリ子が軽く巽を振り払い、支えをなくした巽はそのまま地面に倒れ伏す。観客席を飛び出してきたしのぶが、美咲が、ゆかりが巽の下へと駆け寄った。
「巽先輩、治療薬を」
「病院はすぐそこです。お医者さんに見てもらいましょう」
「クマやん、お願い」
判った、と熊野が巽を担ぎ上げる。パーティを代表してゆかりが神ゴリ子へと向き直り、頭を下げた。
「模擬戦はこれで終了にしたいと思います。今日はありがとうございました」
「それはいいけどね」
内心はともかく礼儀を守るゆかりに対し、神ゴリ子が軽く手を振る。
「ところで、こいつのあの固有スキルの名前は?」
「まだ決まっていません」
「そう。それなら――」
と神ゴリ子がある提案をし、ゆかりは目を見開いた。
その夜、ゆかり達のシェアハウス。
「あ゛ー。なんか全身がギシギシ言ってる」
巽は陸揚げされたマグロのように畳の上に寝転がっている。裂傷や骨折等の比較的大きな怪我は魔法によって治療したが、打ち身などの小さな傷は数が多すぎたため特に治療をしなかったのだ。巽の全身は打撲だらけで、まるで自動車に轢かれたような有様だった。食事の用意も今夜は美咲達に任せ、ひたすら身体を休めている。
「巽先輩、ご飯ですよ」
「ああ、ありがとう」
巽は顔をしかめながら起き上がった。美咲が台所から運んできたのは大皿に山盛りとなったおにぎりである。巽は「いただきます」とそれを手に取り、口いっぱいに頬張った。
「おかずはないの? 酒のアテは?」
そう抗議するゆかりに対し、美咲は「はい」と小皿にてんこ盛りにした伯方の塩を差し出した。
「いやあの美咲ちゃん、これはちょっとハードボイルドすぎないかなー?」
「ご不満でしたら赤穂の塩もありますよ」
と美咲はとりつく島もない。ゆかりはぶつくさ言いながらたくあんを肴に酒をあおった。
「うん。おいしいな、これ」
巽が白菜の漬け物をしみじみと味わい、しのぶが嬉しそうに「ありがとうございます」と応えている。一部を除いて夕食はなごやかに終わり、後片付けも終わって食後のまったりとしたひとときとなり。
「……それで巽さん、今日の模擬戦はどうだったんですか」
「ま、勝ち目が薄いのは最初から判っていたけどな」
と巽は肩をすくめた。
「それでも多少殴られたくらいでスキルを一つ手に入れられたんだから、俺にとっては悪くない取引だった。神ゴリ子、あの人も何の得にもならないのに俺の相手をしてくれて、どれだけ感謝してもし足りないくらいだ。それにあの人を引っ張り出してくれた高辻さんにも」
「あ、その神ゴリ子さんの提案なんだけどね」
とゆかり。巽は「はい」と耳を傾ける。
「『つぎはぎの英雄』――巽君の固有スキルの名前。名前を訊かれて、まだ決まってないって言ったらこう呼んだらどうかって」
「『つぎはぎの英雄』……」
巽はその名前を口の中で噛み締めた。
「悪くない名前ですね」
「格好良いです」
と美咲としのぶの反応も良好だ。巽は「英雄と自分で名乗るのはおこがましいですけど」と苦笑しつつも、
「スキル名に恥じない冒険者になりたいと思います」
確固とした意志を見せる。
「それじゃーけってー!」
ゆかりが「わー!」と拍手をし、しのぶと美咲がそれに続いた。
「それなら早速登録しようか」
とゆかりがノートパソコンを立ち上げ、マジックゲート社の運営する冒険者SNSに接続する。そのときしのぶが、
「あ、そう言えばあのスレはどうなったんでしょう」
しのぶに言われ、巽達も事の発端となった雑談掲示板のスレッドのことを思い出していた。
「多分もう沈静化しているだろうと思うけど」
とゆかりが言い、巽もそれに同意した。
「俺のスキルがあの程度だって、嫉妬されるほどのもんじゃないって満天下に知らしめたからな」
もし巽が模倣の固有スキルをもって青銅への階段を一気に駆け上がったのなら、鞍馬口天馬やそのシンパはいつまでも嫉妬や割り切れない思いを抱き続けるかもしれない。だが「つぎはぎの英雄」は青銅行きが約束された、ファーストクラスの切符では決してないのだ。それが判れば彼等が巽に執着する理由は何もない。
「確認してみようか」
とゆかりが雑談掲示板へと接続する。長い間スレッド一覧の上位に位置していた「パクリ野郎を許すまじ!!」というスレッドは、今はかなりの下位へと落ちている。どうやら新着書き込みがなくなり、おそらくはこのまま時間の経過と共に消え去っていくのだろうと思われた……それはいいのだが。
「『ハーレム野郎を許すまじ!!!』?」
代わりのようにそんな名前のスレットが最上位に位置している。ゆかりがそれを開くと、
『今日の模擬戦で神ゴリ子の姉御がパクリ野郎をボコボコにしたんだけどよー! パクリ野郎のパーティメンバーが女ばっかりでそれが三人とも飛びっきり可愛くて美人だったんだよー!! あんなグラマー美人や美少女が三人とも気絶したあいつを本気で心配していて、何なんだよあのやろーは!!!』
スレ主は予想通り鞍馬口天馬であり、彼が今日の出来事について巽に嫉妬し、愚痴っているのだ。さらには模擬戦の見物人や鞍馬口の賛同者が大勢集まり、
『俺のパーティはむさいごつい野郎ばっかりなのに!! 一人でいいからこっちに寄越せー!! 』
『憎しみで人が殺せたなら……!』
『呪ってやる……手も足も○○○ももげ落ちるがいい』
『そうだ、いっそ魔法で女になってしまえばこんな苦しみも(混乱中)』
等と、巽に対する怨嗟の書き込みが続いていた。巽はまるで犯罪者のような扱いで、擁護の声は皆無である。まるで、固有スキルをパクっていた件など些細なことでどうでもいい、と言わんばかりに。
「……えーっと、どうしましょう。これ」
「放っておけばいいんじゃない?」
美咲やゆかりがそんな会話をする横で巽は頭を抱えている。今日で終わるかと思われた巽の憂鬱な日々は、今しばらく続きそうだった。




