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平常なる狂気

 基礎体力強化訓練が終わり、背後に倒れるように座る。始めから力を得てこの世界に来た俺にとっては、ただ気怠いだけの時間だった。


 踏み固められた砂地と岩肌が剥き出しの壁が最たる特徴である武骨な造りの訓練場には、全身から汗を吹き出し座り込むクラスメイト達の姿があった。今まで日本の平穏の中で過ごしていたのだから、本格的な戦闘訓練を受けてこうなるのは当然と言えよう。誰もが疲れきっていて、ヒカリが見えづらくなるのが難点だ。



 一応俺も、演技のスキルを用いて疲れているように偽装している。スキルとは人が無条件に持ち()る才能であり、能力である。それを意識的に扱える場合にのみ、スキルと呼ばれる。俺の場合、そのスキル()を魔王から与えられた。


 わざわざ演技のスキル使ってまで疲れを偽るのは、俺は飽くまで人間味に溢れるヒカリを見たいだけであって、注目され表舞台に立ちたい訳ではないためだ。どんな力があったとして、無双も栄光も、鮮烈な裏切りも、必要ない。



 思い返せば、この世界に喚ばれたのは一週間前か。あの時は訳も解らず喚ばれ困惑していたクラスメイトも、今では順応し訓練に励んでいる。どうしても体力不足は否めないが。


 俺達を喚び出したこの国――ミール神国は、残存する国家の中でも最大級であるそうだ。ほとんどの中小国家は魔王の軍勢に攻め落とされ、残った国と言えば、広大な面積と多数の人民を持つミール神国、世界最大の軍事力を誇るスロイス帝国、異教徒の国であり魔法を操るメッザノッテ聖国、メッザノッテ聖国から独立したエンディア王国しかない。


 特にこのミール神国は、地理の都合上魔王の攻撃から他の国を守る位置にあり、スロイス帝国から軍備の半分以上を支援されてようやく魔王の攻撃を防げているのだとか。この状況を打破するために喚ばれたのが俺達異世界人という訳だ。



 戦争すら経験したことの無い俺達を訓練してまで戦力に仕立て上げようとするのは、やはりご都合主義と言うべきか、俺達全員が神の祝福(ギフト)を持つからだ。


 例えば、天童綺羅(てんどうきら)。彼が受けた祝福(ギフト)の名は『英雄(ヒーロー)』という。表向きの効果は『慕ってくれる仲間や、並び立つ仲間がいるならば、その人数に応じて強大な力を得る』だ。

 地味な効果にも思えるが、この祝福(ギフト)の最も恐ろしいのは、その倍率だ。仲間一人につき全身体能力が2倍される。クラスメイト全員対訓練監督で模擬戦を行ったときは、天童含めず40人のクラスメイトが仲間と判定され、2の40乗、約一兆倍もの力で訓練監督を圧倒してしまった。

 これが百人を優に超える軍隊を仲間として判定された場合、どうなってしまうのか。或いは、一億を超えるミール神国の全国民から慕われ仲間と判定された時、天童に勝てる存在などいるのか。


 天童に限らず、全員がこれと(まさ)らずとも劣らない祝福(ギフト)を持つ。純粋にこの国の兵士を育てるより、異世界から祝福(ギフト)を持って喚ばれた俺達を育てる方が効率が良いのだ。故に、こうして訓練されている。



 ちなみにだが、俺は神ではなく魔王を仲介してこの世界に来たために、祝福(ギフト)を持たない。偽造のスキルを用いて『万有技能(スキルマスタリ)』という名の祝福(ギフト)を持っているように見せかけている。効果は『全てのスキルを持つ』としているが、実際に全てのスキルを魔王から与えられたのだから嘘ではない。



 そんなことを考えている間に、立ち上がるクラスメイトの姿がちらほらと見え始めた。回復力の高い祝福(ギフト)を持つ者達だ。



「休憩が終わった者から食堂に来い!」



 訓練場に訓練監督の声が響き渡り、それに反応して、未だ座っていたクラスメイトの半数が起き上がる。俺も周囲に合わせて立ち上がった。



 ふと、視界の端で真鍋佳奈(まなべかな)が座ったままの須藤加奈すどうかなを蹴り小突くのが見えた。異世界に来てまでよく飽きないものだ。いや、この世界に来たからこそ、か。


 ……最初は、彼女にするのも悪くない。




──────────────────────────────




 食後の座学の時間は真面目に受けようとする者が圧倒的に少なかったためにいつも通り長引き、遅い昼食を摂ってからの戦闘訓練。一人ずつ訓練官が付き、1対1の模擬戦を行ったものの、そのほとんどが祝福(ギフト)を持つ俺達の圧勝に終わった。負けたとすれば、直接的な戦闘能力は無い祝福(ギフト)を持つ人や、くじ引きで訓練監督と当たった人のみ。天童(てんどう)に一撃で倒されていたため弱く見えたが、訓練監督の強さは相当のものらしい。



 夕食後は大浴場に押し込められる。男湯と女湯に別れているが、祝福(ギフト)関連の事情で個別の小さな風呂に入って人もいる。須藤加奈(すどうかな)もその一人だ。かつて修学旅行の旅館の大浴場で須藤に悪戯ばかりしていた木嶋修平(きじましゅうへい)も、最初こそはぼやいていたが今となっては何も言わない。とある壁が無くなったからというのもあるだろう。



 そして、時読のスキルで知る現在時刻は21時。この世界の標準の就寝時間だ。俺達は召喚された神殿を内包する王城に一人一つの個室が用意され、そこで寝泊まりをしている。とは言え、現代日本に生まれ育った俺達に寝ている者などほとんどいない。大抵が部屋を抜け出し、友人と集まって暇潰しの談笑に興じている。



 俺はと言えば、隠蔽のスキルで自らの姿を隠し、気配を殺して須藤の部屋に潜んでいた。部屋の主たる須藤は、ベッドの上で毛布に(くる)まり、まるで何かに怯えるように身を潜めている。これから起こる事を思えば憐れとも思わなくないが、それ以上に期待を感じる。ここ数日、毎日それを見ているが、やはり飽きはしない。



 暗闇に、扉を開けようとする音が響く。もちろん鍵が掛かっていて、その程度では開かない。だが、不可能を可能にする奇跡の力が祝福(ギフト)というものだ。


 二度目は、鍵に阻まれず扉が開いた。そこにいるのは三人のクラスメイト。爛々と黒炎(ヒカリ)を輝かせる真鍋佳奈(まなべかな)。腐り粟立つ(ヒカリ)を湛えた木嶋修平(きじましゅうへい)。全てを呑む底無し沼(ヒカリ)に須藤を捉える坂山田奈美(さかやまたなみ)。須藤を虐める三人組だ。



 扉を開けたのは真鍋の祝福(ギフト)である『突破(エクシード)』だ。『あらゆる障害は無為であり、全てを越える』その力の前では、鍵など無いも同然。



「よぉ加奈ちゃん。今日も佳奈様が来てやったぜ? 感謝しろよな」



 真鍋の言葉を皮切りに、木嶋と坂山が動き出す。長い夜が始まった。


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