異世界のファッション事情は……
「ふぁー!」
両親や兄たちと一緒に、#森人__しんじん__#の住む町にやってきた。
はじめて見る異種族の姿に、私は興奮しっぱなしだ。
町は森と共に生きるという彼らの信条が感じられる#佇__たたず__#まいをしていた。
木の柵がぐるりと町を取り囲んでいて、同じく木で作られた家が密集するのではなく、散らばって建っている。
町の入り口には立派な木の門が建っていて、門の隣には木でできた#櫓__やぐら__#があり、その上から番人が魔物の侵入がないかを見張っている。
門番は両親の姿を見つけると、すぐに門を開けて私たちを町の中に通してくれた。
「ようこそ、モリーニの町へ」
門をくぐると、森人の姿がぐっと増える。
彼らは総じて長身で、とがった耳とすっと通った鼻筋が印象的だ。緑色や茶色の服を着ている人が多く、いかにもエルフっぽい。
その姿は私と契約した風の精霊オルテンシアにとてもよく似ていた。
「ここに来るのは久しぶりだわ」
ふよふよと私のとなりで浮遊しながら一緒に進んでいたオルテンシアの発言に、私は驚きに目を見張った。
「オルは森人だったの?」
「そうよ。森人が長生きをして、#齢__よわい__#を重ねると精霊になることがあるの」
「オルっていくつっ、あ」
オルテンシアに年齢を聞こうとして、母の口を押さえる仕草に失礼な質問だったとようやく気付く。
「精霊といえども、女性に年齢を聞くものではないわ」
「オル、ごめんなさい」
私は素直にオルテンシアに頭を下げた。
「ふふふ、いくつだったかしら……? まあ、この町には私の子孫が住んでいる気配がするとだけ、言っておきましょう」
子供や孫ではなく、子孫ですか……。
精霊は魔力が失われない限り滅することがないから、確かに長命だけれども、考え出すと怖いのでやめておこう。
私と母がオルテンシアと一緒に歩き、その後ろを父が黙ってついてくる。
どうやら父は買い物が苦手なようで、今日は荷物持ちに徹すると言っていた。
そんな話をしているうちに、お目当てのお店に到着した。
けれど、お店の扉を開けようとして私は戸惑った。
どう見ても、私はともかく母のような大きなドラゴンが入れそうな大きさではない。
「どうやって入るの?」
「ああ、ドラゴンは服を買わないから森人の大きさの扉しかないのよ」
なるほど。ここに来るまでの間に見かけた建物の大きさがまばらだったのは、ドラゴンが利用する建物としない建物があったからなのか。
合理的な森人の考え方に納得していると、母が急に姿を変えた。
「お、お母さん?」
後ろにいた父がすかさずローブのような服を母に着せ掛ける。
これまで母が人の姿になるところを見たことがなかったので、私は大いに戸惑った。
「なあに、ルチア?」
ローブをしっかり着込んでいる母の人間に返信した姿は、目が飛び出るほどの美人だった。
水色の鱗は水色の髪の毛に、アメジストの瞳は変わらない。
「変身、できたんだね……」
「あまり好きな姿ではないけれど、お店に入れないから仕方がないわ」
母は眉をひそめている。
「さっさと必要なものを買ってしまいましょう」
本当に母は人間が嫌いらしい。
ごめんね。
元人間である私としては少し悲しいけれど、こればかりはしかたがない。
私はわくわくしていることに、ちょびっとだけ罪悪感を覚えつつお店に足を踏み入れた。
この世界では基本的に服は古着屋さんで買うものらしい。
お金持ちはオーダーメイドがほとんどで、既製品という概念がないようだ。一般庶民は自分で布を買って自分で作るか、古着屋さんで買うかのどちらかだという。
当然、お金など持ち合わせていない私は古着屋さんにやってきたのだった。
シャツ、スカート、ズボンやコートから下着や靴下まで、男女や大人子供を問わずに、さまざまな種類の服が売られている。
種類毎にこそ分かれてはいるものの、ハンガーにかかっているわけでもなく、きちんとたたまれているわけでもなく、バーゲンが終わった後のワゴンのような状態になっている。
ここから目的の服を探し出すのはとても苦労しそうだ。
私と母がワゴンの前で途方にくれていると、オルテンシアが静かに前に進み出た。
「うーん、これと、これと、この辺かしら」
オルテンシアがささっとワゴンの中をあさり、いくつか洋服を選び出すと、私に向かって差し出した。
「えっと?」
私は首をかしげた。
「あそこで試着できるはずだから、人間の姿に変身して着てみて」
おお、ちゃんと試着はできるのかー。
私はオルテンシアから服を受け取って、示された試着室に向かった。
母はきょろきょろと店内を見回しつつも、無言であとをついてくる。
店の一角に小さな仕切りがあって、その裏で着替えができるようになっていた。
私は一瞬でドラゴンから人間の姿に変身すると、いそいそとオルテンシアに選んでもらった服に着替える。
念願の下着はかぼちゃパンツだった。胸は……絶壁なのでまだ必要ない。
成長途中なんだからね。仕方ないよね。
かぼちゃパンツの上にキュロットのような半ズボンを履いて、シャツを着る。どれも綿のようなさわり心地で、生成りの生地が使われている。
やった!
折り返さなくてもちゃんと手が出る。
初めてのまともな服に、私は感動していた。
何の皮かはわからないが、茶色い皮のベストを上から羽織る。
ちょっとボーイッシュな女の子が鏡の中に映っていた。
「よさそうね」
母は満足げにうなずいている。
オルテンシアのセンスはなかなかよかった。さすがは元森人だ。
「うん。これがいい」
色はほとんど選択の余地がなく、素材のままの色の服ばかりだ。
染色技術があまり発達していないのだろうか。
オルテンシアが次々と服を持ってくるので、私は言われるままに着替えた。
だんだん母も服を選ぶのが楽しくなってきたらしく、あーでもない、こーでもないとオルテンシアと騒いでいる。
さすがにちょっと疲れてきた。
「もう、十分だよ?」
帽子とワンピースを持ってきた母にそう告げると、ものすごく残念そうな顔をされた。
「えぇー。もうすこしいろいろと試したかったのに……」
「お母さん、そんなに試したいなら自分で着ればいいと思う」
「私には必要ないもの。ルチアが着るから楽しいんじゃない」
私は着せ替え人形なんですね、わかります。
「うふふ。このくらいにしておきましょうか」
がっくりと脱力した私に、母はとてもイイ笑顔を浮かべた。
あとは靴を手に入れれば、買い物は終了だ。
古着屋では靴を取り扱っていないということなので、この店での買い物はここで終了だ。
あ、お金!
私はお金を持ち合わせていないことにようやく気付いた。せっかく服が見つかっても、これでは買えない。
どうするのかと思っていると、母はローブのポケットから森人の店員に魔石を差し出していた。
なるほど……。
この世界では魔石がお金代わりになるようだ。
魔石とはその名のとおり、魔力が石のように結晶化した物質だ。
魔力を持つ生物が死ぬと、たいていは魔力が固まって魔石ができる。
全身に魔力が流れているようなドラゴンが死ぬと竜心と呼ばれる大きな魔石が生まれるらしい。
母が使った魔石はそこまでのものではなく、森で倒す魔物が時々ドロップする程度のものだそうだ。
麻布の袋に買った服をつめてもらって、店を出る。
店の前で待っていた父は、私たちが出てくるのを見つけて顔を輝かせた。
待たせちゃってごめんね。でも、文句を言うならお母さんとオルテンシアに言ってほしい。
私のすがるような視線に気付いたのか、父は何も言わずに母から袋を受け取った。
「次は靴屋さんね。それからいつもの果物屋さんに寄ってから、帰りましょう」
「はーい」
父はがっくりと肩を落としている。
もうちょっとだからね。ごめんね。お父さん。
本当に服と下着が手に入ってよかった。
最悪、自分で作るしかないと思っていたから、大助かりだ。ゴムのような素材はなさそうだし、不器用な私に裁縫スキルはない。
古着屋を出ると、母はすぐにドラゴンの姿に戻ってしまった。
ああ、もうちょっと見ていたかったのに、残念……。
靴を履いていなかった私は父の腕に乗せてもらって、次なる目的地である靴屋に向かった。
当然、靴屋にもドラゴン用の入り口はなかったが、屋台のようなオープンな作りのお店だったので母が人間の姿に変身する必要はなかった。
靴屋というよりは皮細工の店という感じで、靴以外にもベルトや小物入れ、帽子などが売られている。
私はそれほど時間をかけることなくショートブーツを選びだした。
見当をつけて試着してみると、軟らかくなめされた皮はぴったりと私の小さな足を包み込んでいる。
足首の辺りに折り返しがあり、ちょっとかわいいところが気に入った。
こちらも母が小さな魔石でお支払いを済ませた。
さて、次は果物屋だ。
靴を買ってもらったので、私は自分の足で歩くことにした。
足の長さが違いすぎるので、どうしても母と父からは遅れがちになってしまうが、体力をつけるためにはきちんと自分の足で歩かないとね。
少し汗ばむくらい歩いたところで、目的の果物屋に到着した。
私が想像していたのは八百屋さんのような店だったのだが、どちらかというと果樹園に近い気がする。
お店の後ろ側には果樹園が広がっている。すこしはなれた場所には、屋根がきらりと光るガラスのようなもので覆われた温室らしきものが建っていた。
ドラゴンとの取引が多いのだろう。店の入り口はもちろんドラゴン仕様になっている。
かなり大きな両開きの扉が開け放たれていて、私たちは店の中に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ。イーヴォ様、ミレーナ様」
すぐに#森人__しんじん__#の店員が現れ、優雅な仕草で挨拶をしてきた。
「今日は何をお求めですか?」
「メーラと、アランチャはあるかしら?」
「メーラはすぐにご用意できます。アランチャは少々お待ちいただけますか?」
「ええ」
店員が店の奥から運んできたのはリンゴもどきだった。
リンゴもどきって呼んでたけど、メーラというのか。
「お嬢様にはランポーレなどいかがですか?」
店員は木苺を差し出した。どう見てもブルーベリーのような紫色だけれど、確かに形は木苺のものだ。この果物は食べたことがない。
「ありがとう」
見上げると母と父もうなずいてくれたので、私はもらった木苺を口の中に放り込んだ。
ぷちりと果肉がはじける音がして、甘酸っぱい味が口の中に広がる。
うん、これはやっぱり木苺というよりはブルーベリーっぽい。
「おいしい」
ちょっと見た目と味にギャップがあるけれど、とても熟していて甘く、おいしかった。
「では、こちらも頂くわ」
「ありがとうございます」
店員はいそいそと果物を麻袋につめていく。
大きな麻袋が三つほど用意されて、母がやはり魔石で支払いを済ませた。
うーん、これは私も魔石を手にいれておかないと、困ることになりそうだ。
人間のいるところで生きていくために、しなければならないことがまた増えた。
魔力を増やす特訓はしているけれど、体力もつけたほうがいいだろう。
それから魔物を狩る練習ついでに、魔石を手に入れられたらいいな。
「さあ、ルチア。帰りましょうか」
「はーい」
家には飛んで帰らなければならないので、人の姿では帰れない。
服を脱ぐと、ドラゴンの姿に戻った。
脱いだ服は麻袋にたたんでつめて、背負う。
準備はOKだ。
「じゃあ、行くぞ」
父の掛け声で、果物屋の前から空に向かって飛び上がる。
木々のすき間を通り抜けて上空に出たけれど、よく考えたらまずかった気がしてきた。
町に入るときは門をくぐって入ったのに、帰りは勝手に空から帰っても大丈夫だったのだろうか?
父に尋ねると、あっけらかんと回答が返ってきた。
「森人はドラゴンに何かを強制したりなぞできない。門から入ったのはどういう場所なのか、ルチアに見せたかったからだ」
ドラゴンって、自分勝手、げふんげふん……自由だね。
あまり考えていないだけかもしれないけれど。
そんなこんなで、私の初のお出かけは無事、終了した。