ルチア、いきまーす!
「私もやってみましゅ!」
私は兄と叔父の前で高らかに宣言した。
「ルチア、お前にはまだ早いと思うよ?」
「そうだよ。無理だよ」
「無理じゃねーの?」
口々に反対されて、私は少し落ち込む。
しかし、それくらいでへこたれるルチアさんではないのだ。
「できましゅ」
「そうだね」
叔父は意固地になって唇を尖らせていた私の頭をぽんぽんと撫でた。
「でもルチアは魔力操作になれていないのだろう? たくさんの魔力を圧縮しなければならないから、難しいと思うな」
「らいじょぶでしゅ」
ああ、きちんと発音できないのがもどかしい。
本当に私には人の姿になれるという自信があった。だって、私の魔力はさっき使い切ったばかりで、それほど多くないはずだからね。
これならそれほど圧縮しなくても、変身できるはず。
「ルチア!」
「ダメだって!」
私は叔父や兄たちの制止を振り切って、人の姿に変化し始めた。
掌を合わせて魔力を圧縮していく。
予想通りさほど残っていない魔力はあっさりと圧縮できた。
次は人の姿を思い浮かべるのだ。
叔父は変身するには想像力が大事だと言っていたのだ。前世の人間であった頃を思い浮かべれば、楽勝だ。
私は目をつぶり、記憶の底にかすかに残る風貌を思い起こした。
ストレートの黒髪で、確か肩辺りで切りそろえていたことが多かった気がする。ニホン人によくある茶色の目とあまり彫りの深くない顔だち。目はそれなりに大きかったような……。
ふっと身体が軽くなった気がした。
「ル、ルチアっ!」
慌てたような叔父の声に、目を開く。
視界に入った手はドラゴンのものではなく、きちんと人間のものだった。
見下した身体も足も、普通に人間の姿になっているように見える。
やった! 成功だ!
「わーい!」
と思わず飛び上がって喜んで、はたと気づく。
声は高く、まるで子供のような……って、完全にこれは子供じゃないか!
ぽっこりとした下腹はあまりドラゴンだった時と変わらない。そして視点の位置がほとんど変わっていないと言うことは、身長はまったく伸びていないのだろう。
手足も短く、全体的に頭が少し大きくてバランスが悪い。
顔はどんなふうになったんだろう?
「鏡は、ありますか?」
叔父を見上げてお願いする。
叔父は慌てて服のポケットをごそごそと探って、小さな手鏡を差し出した。
ラウル叔父は流石に普段から人間の姿をしているだけあって、こういった道具できちんと変身できたのかを確認しているのだろう。
私はありがたく叔父から手鏡を受け取って、恐る恐る覗き込んだ。
幼児特有のぽっちゃりと丸い顔に、あまり高くない鼻がちょこんと乗っている。アメジストとエメラルド色をした瞳は変わらず、私の鱗と同じ色の真っ白なおかっぱ頭の幼女がそこに、いた。
あああ……。
結局、人間の姿になっても子供なことは変わらないんだね。
がっくりと地面に崩れ落ちたところで、恐ろしいことに気づいた。
ぎゃー! 私裸だぁ!
慌てて地面にうずくまって小さくなりながら、叔父さんにお願いする。
「服を下さい」
もう涙目だった。
騒ぎを聞きつけて現れた両親は、裸で地面にうずくまっている私を見つけて、すぐに駆け寄ってきた。
「ルチア、人間に変化したの? かわいいわ」
何も言わないのに、一目で私の正体を見抜いてしまうなんてさすがは母親だと感心する。
「はい」
人間の姿になってからは、タ行もサ行も問題なく発音できるようになったので、ほっとする。
「どれ?」
わきの下に手を入れた父がぐいっと私を抱き上げた。
「きゃあああ!?」
当然裸を皆の前にさらすことになって、私は悲鳴を上げた。
「ルチア、かわいい」
どうやら父の目から見ても、かわいいらしい。
もっとも、ドラゴンの姿でもかわいい、を連発していたのであまり彼らの審美眼は当てにならない気もするが。
どうでもいいけど……
「服を……ください」
ドラゴンだから、服を着ずにいることに抵抗がないのはわかる。
私だってドラゴンの姿だったら、これほど恥じらったりはしない。
「ドラゴンに戻れば、服は要らないわよね?」
意外と冷静な母の言葉に私はうなずく。
「しばらく戻れそうにないです」
「あら」
母は驚きに目を見開いた。
「それは困ったわね。ラウル、何とかお願いできる?」
「もちろん」
そんなわけで、叔父は私が着られそうな服を探しに、ドラゴンの姿に戻り、自分の家に飛んで行った。
叔父が何とかしてくれることを期待しするしかない。
私は寝床がわりに使っている毛皮を巻き付けて、何とか裸を隠している。
「ルチアは人間になってもやっぱり小さいなぁ」
マウロとティートは興味深そうに、私の肌をつついている。
「痛い。やめて」
人間の肌はドラゴンのそれよりも柔らかく傷つきやすい。ドラゴンの爪で突かれたら、流血する事態になりかねない。
「人間って弱いんだな」
マウロは自分の鋭い爪を見下ろした。
「俺は弱くなるなら、変身したくないな」
ティートとマウロは顔を見合わせ、うなずいた。
「どうしてルチアは人間に変身しようと思ったの?」
母は私を毛皮の上から抱きしめている。
私は叔父に告げたように、自分の望みを口にした。
「冒険が……したくて。いろんな場所に行って、いろんな人と出会ってみたいのです」
「ルチア……」
父が私の目の前に近づいた。
「それは、人間の姿でなければできないのか?」
エメラルドの瞳がじっと私を見つめている。
「はい」
私のこれまで学んだことから導き出した結論は、ドラゴンはこの世界での生態系の頂点にあるということだ。
とても長い寿命を持ち、強い魔力と、力を持つドラゴンに敵う生き物はそうそういない。
ゆえに、それほど個体数は多くなく、私の家族のようにまとまって暮らしているドラゴンはとても少ない。
今は一緒に暮らしている兄たちも、いずれ成竜となれば新たな縄張りをつくるために家を出ていくはずだ。
彼らはドラゴンの本能に身を委ねることになんの疑問も抱かないだろう。
だけど、私は違う。
おぼろげながらも人として生きた記憶を持つがゆえに、疑問を抱かずにはいられない。
自分は何のために生きてきたのか。
私のほかにも、前世の記憶を持つ者はいないのだろうか。
家族は皆私を可愛がってくれる。ドラゴンとしての本能のままに生きていくのが正しいことなのだろう。
それなのに、私の心のどこかで、それではだめだとささやく声がする。
「そうか」
てっきり叱ると思っていた父は嬉しそうに笑った。
「ルチアがそう考えるのなら、きっと意味があるのだろう。うちの家系には変わり者が多いから今更、驚かないさ」
「お父さん」
「だけど、いまのままでは無理ね。もっと強くならないと」
母の声が頭の上から降ってきた。
「はい……。私は、強くなります」
「よし、明日から特訓だ!」
父はなぜかとてもやる気だ。
「俺も!」
「お父さん、俺も!」
マウロとティートも張り切っている。
兄たちよ、君たちは何気に脳筋だね。ドラゴンとしては正しいのだろうけれど。
「おーい、持ってきたよ~」
上空を影が横切ったかとおもえば、真っ赤な巨体がすごい勢いで着地した。
どうやら叔父が服を持ってきてくれたようだ。
「人間の子供用の大きさの服がなくてね……」
叔父が申し訳なさそうに差し出したのは、大きなシャツだった。
「ありがとうございます」
シャツに袖を通して、肌が隠れるとちょっとほっとする。
当然袖は長すぎて、手が出てこないので何回か折り返す。もう一枚シャツを借りて、第三ボタン辺りまでを止めて、シャツのなかに足を通した。腰のあたりでシャツの袖を前で結び、スカート代わりにした。
足元がスース―する。
かなり切実に、下着が欲しい。
「下着が欲しいです……」
「だったら、自分で作るしかないな」
「はい……」
父からの特訓に、服の入手。やらなければならないことが積みあがっていくけれど、ワクワクもある。
明日から、頑張るよ~!