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まさか、人間……ですか?

 落下事件から数日が過ぎた。

 ドラゴンが墜落するというのは、かなり恥ずかしいことなのではないかと思う、今日この頃です。

 魔力を増やすにはとにかく使うしかないと聞いて、絶望した。

「うう……」

 そんなわけで、私は気持ちの悪さとめまいをこらえて、魔法の練習をしている。

 しかし悲しいほどに初級魔法しか使えない。

 たとえば火の魔法なら火の玉が飛び出すファイアボールぐらいしか使えない。せめて火の壁ができるファイアウォールぐらいは使えるようになりたいのだが。

「ルチア、あきらめたら?」

 兄マウロは、私が打ち出した小さなファイアボールを見てため息をついた。

 風竜である兄は風魔法しか使えないが、かなり強い魔法が使える。

 私ならば初級の風の刃を生み出すウィンドカッターがせいぜいだが、マウロは中級の風爆弾――ウィンドボムはもとより、上級の竜巻――トルネードまで簡単に発動させてしまう。

「せめて相性のいい水魔法で練習したほうがいいよ」

 もう一人の兄ティートがぽんぽんと私の頭をなでて慰めてくれる。

 ティートは地竜で、地魔法を使うことができる。中級までは楽勝で、今は上級魔法の練習中だ。

「うん、がんばってみりゅ」

 まずは初級のウォーターフローを発動させる。

 魔法を発動させるのはとても簡単だ。自分の契約する精霊の真名を心の中で呼びかけ、発動させたい魔法を思い描くだけ。

 青藍(せいらん)お願い、ウォーターフロー!

 (まと)にしている自分の身長と同じほどの木の根元から水が湧き出し、噴水のように吹き上がる。

 一度母がウォーターフローを使うところを見たことがあるけれど、高圧水流(ウォータージェット)のような威力があった。

 しかし私が発動させたウォーターフローは、どうみても噴水レベルの水量しかなく、勢いも弱い。

「むぅ……」

 魔法を発動し終えたとたんに、私の身体はぐらりとよろめいた。

 いよいよ魔力切れが近い。

 でも、ここまで魔力を使わないと総量が増えないのだからしかたがない。

「あんまりがんばりすぎはだめだよ?」

 倒れこみそうになった私の身体を誰かが支えてくれる。

 お父さんかな? と思って見上げた私は、言葉を失った。

 ドラゴンじゃない!? 誰?

 私を抱き留めているのは、どう見ても人間にしか見えない。

 真っ赤な髪がつやつやと輝いている。

 しかもかなりの美形だ。

「だあれ?」

 あまりの美貌に見惚れつつ問いかけると、麗しいその人はにっこりと笑った。

「君の叔父さんだよ」

 叔父さん……? あれ、だって、人間?

 私はどう見ても人間にしか見えない叔父の姿に混乱した。

「わあ、叔父さん!」

「ラウル叔父さん!」

 マウロとティートが歓声を上げつつ駆け寄ってくる。叔父は私の身体から離れると、飛びついてきた兄弟を受け止めた。

「マウロも、ティートも大きくなったね」

 よしよしと兄たちを撫でる人はかなり大柄で、飛びつかれてもびくともしない。

「どうして? 人間がおじしゃん?」

「ルチアはわからないのか? ラウル叔父さんは立派な火竜だぞ」

 マウロはあきれた表情で私を見つめた。

「あはは。私は変わり者だからね。人の姿になって、人の世で暮らしているんだ」

 叔父はおかしそうに噴き出した。

 つまり、ドラゴンは人の姿に変化できるってこと?

 私の目がキラキラと輝きだす。

 もしも人間に変化できるのならば、してみたい!

「私も、なれりゅ?」

「ああ。君が大きくなって、練習すればきっとなれるよ」

 叔父はそっと私の頭を撫でた。

「ルチアも変わってるなぁ。僕は人間になりたいなんて思わないよ」

 ティートもあきれ顔で私を見つめている。

 だって仕方がないじゃないか。そっちの方が違和感が少ないのだもの。ぶっちゃけ、ドラゴンとして生きてきた時間よりも人として生きていた時間のほうが長い……ような気がする。

「どうして叔父さんは人間になったりするの?」

 心底不思議そうに、マウロは尋ねた。

「それはね、……面白いからだよ。彼らの作りだす物や仕組みはとても興味深い。我らほどの魔力や力を持たないのに、それを補って余りあるほどの物を生み出してくるんだ」

「そっか、本能に忠実に生きている僕らとはまったく違うね」

 ティートはふんふんとうなずく。

 私はドラゴンの目から見た人間の姿に、ただただ感心しながら聞いていた。

「私の場合は、彼らの料理がとっても気になってね」

「叔父さんは料理人なんだよね?」

「ああ」

「それって楽しいの?」

 マウロの問いに叔父は苦笑した。

「私は楽しくてやっているけど、お前たちはどうだろうなぁ……」

「僕はこんな風に遊んでいる方が楽しい!」

「俺も!」

 ティートとマウロはもう人間には興味を無くしたとばかりに、草むらの上で転がり、じゃれ合っている。

 甥っ子たちがじゃれ合う姿を楽しそうに見つめていた叔父は、ルチアに視線を戻した。

「ルチアは、どうだい?」

「私は……人間になってみたいでしゅ。いろんなところに行って、人と会ってみたい」

「そうか」

 叔父は美しい顔をゆっくりとほころばせた。

 ぽんぽんと頭を撫でられると気持ちがいい。

 楽しそうに遊んでいる兄たちを眺めながら、私は叔父といろんな話をした。


 叔父の姿は人の中でも竜人(りゅうじん)という種族の姿を模しているらしい。

 ドラゴンの血を引く人を竜人と言うのだそうだ。

 確かに、よく見ると耳はファンタジー映画に出てくるエルフのようにとがっている。と、感心していたら、エルフは森人(しんじん)という別の種族で存在していると聞いて、もっと驚いた。

「どうやったら人間になれましゅか?」

 私は叔父に尋ねた。

「そうだね。ドラゴンの魔力は人の身体には多すぎるんだ。だから自分の魔力を切り離して、ちょっと周りからは見えにくいようにしまっておくのだが……見せてみたほうが早いな」

 魔力操作かぁ……。それはあまり自信がない。見てわかるものなのかな?

 不安そうに首を傾げた私に、叔父はいたずらっぽく笑った。

「ルチア、よく見ておくんだよ?」

「あいっ!」

 とりあえず、見てみなければ始まらない。

 すると、突然叔父は服を脱ぎ始めた。

 ちょっと、待って? なぜに脱ぐ?

 シャツのボタンをはずし、上着を脱いだかと思うと躊躇なくズボンも脱ぎすてて地面に落とす。下着一枚の姿になったところで、私は恥ずかしさに目をつぶった。

「ルチア、ちゃんと見なきゃ変化できないよ?」

「どうして服を脱ぐんでしゅか?」

「どうもこうも、脱がなければ破れてしまうからね」

 それはもっともだ。

 しばらくドラゴンとして生きてきたせいか、人間としての常識を忘れつつある。私は一刻も早く人間に変身する方法を会得することを心に誓った。

 こつんと頭を突かれて、私は仕方なく目を開ける。

 けれど、下半身が視界に入るのはさすがにまずいと思い、顔を上げてなんとか下を見ないようにした。

「まずは、ドラゴンの姿に戻るよ?」

 私は無言でうなずいた。

 叔父の美しい緋色の髪の毛がゆっくりと短くなっていく。尖った耳があった辺りから大きな角が両側に生えてきて、おしりの辺りからは長く立派な尻尾が生えていた。

 私は息をするのも忘れて、叔父の変身を見つめた。

 腕は大きく、太くなり、前足に変化する。足は少し折れ曲がり、後ろ足に。

 下半身を見ないようにしなければと思っていたことも忘れ、その変わりように目を奪われる。

 白く健康的に輝いていた肌には、びっしりと鱗が浮き上がり、火竜に特徴的な緋色の鱗に変わっていく。

「わあ、叔父さん、おもしろーい!」

「ラウル叔父さん、すっごい!」

 いつの間にかじゃれあうのをやめていたティートとマウロも、すぐ隣で叔父の変身を見つめている。

 叔父の背から大きな翼が二つ、空に向かって大きく伸びていく。緋色の翼を羽ばたかせて、巨体がふわりと宙に浮かび上がった。

 人の姿の時とは比べ物にならないほど、強大な魔力を感じる。

 ああ、かっこいい!

 私は興奮に目を輝かせた。

 ドラゴンとはかくあるべきという姿に、私は憧れを抱かずにはいられない。

 叔父はサービスのつもりなのか、空に向かって一つ、炎の吐息(ブレス)を吐き出した。

 ごおぅっという音とともに開いた口から吐き出された炎が、空を焦がす。青白く輝く炎はかなりの高温に違いない。

「すっげぇ!」

「うわぁ!」

 兄たちはかなり興奮している。つられてふたりとも小さなブレスを吐き出す。地竜や風竜である兄たちが吐き出すブレスも炎であるのが面白い。

 ブレスを吐き出しあう姿はちょっとシュールだった。

 私はあまりの迫力に、ぶるぶると震えながらその姿を遠巻きに見守る。

「ルチア、ちゃんと見ていたかい?」

 父よりも鮮やかな緋色の鱗を輝かせている姿を目にすると、やはり美形はドラゴンになっても変わらないのだと実感する。

「あい……」

 どうやったらこんなふうに鮮やかに変身できるのだろうか。

「次は、人間の姿になるよ?」

 私は唾を飲み込んだ。いよいよここからが本番だ。

「あいっ!」

 叔父は手のひらを合わせて、魔力を私の手でもつかめるほどの大きさに圧縮していく。

 さっきは変身に夢中になりすぎて、魔力の流れを見るのを忘れてしまったので、今度は注意して観察する。

 叔父はそっと地面に足を下ろし、今度は先ほどとはまったく逆の要領で人の姿に変化していく。急速に縮み、人の姿に変わっていた。

「大事なのは想像力だ」

 叔父の言葉にうなずきかけた私は彼が裸であることを思い出し、慌ててくるりとうしろを向いた。

「ふ、ふきゅきゅ!」

 服を着てくれと言いたいのだが、同様のあまり噛みまくってしまう。

「ああ、ごめんよ」

 叔父はあくまでも慌てることなくゆっくりと服を身につけている。人間の姿となっても、意識はドラゴンの方が強いのだろう。叔父には羞恥心というものがないようだ。

 だが、叔父のおかげで人の姿に変身できそうだ。

 私はにんまりと笑みを浮かべた。



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