どうやら女の子だったようです
目が覚めた時には、眠ったはずの木の中のお家ではなかった。
どうやら眠っていた間に場所を移ったらしい。
眠る前にしがみついていた毛皮の敷物の上にいることに気づいて、嬉しくなる。
いいよね。もふもふ。
そんな感じで、新しい巣に移ってたぶん数か月。
一日の長さはわかるけれど、季節が春から夏に変わったぐらいは気候が変化したので、たぶんそれくらいだろうと思われる。
よちよち歩きから、とことこと歩けるくらいには成長した。
「今日は泉に行ってみようか」
「キュ!」
にやりと笑う父に、私は大きくうなずいた。
最近は巣を離れて少しずついろんな場所に連れて行ってもらうことが増えてきた。
今日は泉だと言うので、とても楽しみ。
水遊びもしたいし、うまくいけば水面を鏡にして自分の姿が確認できるはず。
父の背中に乗せてもらって、泉に移動する。
私は泉に着いたとたんに父の背中から飛び降りた。
「きゅっ!」
ちょっと転がり落ちるようになりながらも、私は泉に降りたった。
泉のほとりから恐る恐る水面をのぞき込む。
そこには、エメラルドとアメジストの二色の瞳が自分を見つめ返していた。
え? ええええ?
オッドアイ?
ものすごくきれいなんだけど、これってちょっと中二病っぽいよね?
中二病という病気がどんなものだったのか詳しくは忘れてしまったけれど、確か、大人になったら恥ずかしくなることだった気がした。
たぶん父と母の両方の瞳を受け継いだのだろう。
こんな風に生まれついてしまったものは仕方がない。開き直って生きていくしかないのだ。自分は思っていたよりもあまり深く考えない性格なのかしれない。
気恥ずかしさをこらえて、もう一度水面をのぞき込む。
やっぱり私の鱗は真っ白だった。耳のあたりにひらひらとした羽のようなものがついている。
どう見てもかっこいいとは言えなかった。
せっかくドラゴンに生まれついたのに、かっこよくないなんて悲しすぎる。
いや、まだわからない。
子どもなのだから、成長すればかっこよくなる可能性はまだある。
私は落ち込みそうになる気分を自分で励ました。
「どうした?」
父が後ろからのぞき込んできた。
「ピュイっ?」
ドボンッ。
あまりにも驚いたせいか、私の身体は泉の中に転がり落ちた。一瞬で全身が水に包まれる。
ちょっ、がぼぼぼ。溺れるぅ。
助けて、お父さん!
助けを呼ぶ声は水に阻まれて声にならない。
泉はさほど深くなく、すぐに足が砂底に触れた。何度か底を蹴って浮き上がろうともがくけれど、一向に身体が浮かび上がる気配はない。口は完全に水の中で、息ができなかった。
水面の向こう側に父の顔は見えるけれど、手を差し伸べようとはしてくれない。
どうして助けてくれないの?
自分の不注意で泉に落ちたくせに、怒りが込み上げてきて、水中から父を睨みつける。苦しくなってがぼっと大きな息が吐きだされる。
あれ?
息が、できる?
つんつんと突かれた感触に、あわてて辺りを見回すと、淡く光る私くらいの大きさの人魚っぽいものが、見えた。
上半身は女性の身体なのに、下半身は鱗を持った魚のもので、どう見ても人魚にしか見えない。
ま、まさか?
「きゅきゅきゅ?」
あなたが助けてくれたの?
通じないと思いつつも、問いかけてみる。
「そうよ。水竜の姫君」
ミニチュアの人魚の姿をした女性は、にっこりとほほ笑んだ。
「キュイっ」
ありがとう。
反射的にお礼を言って、ふと彼女の言葉が気になった。
水竜の姫君、って私、女の子だったのー?????
女の子であることを受け入れるのに、少々時間がかかった。
だってね。ドラゴンの性別なんてどうやって見分ければいいかわからなかったんだよ。
まだ小さいから、胸なんてあるわけないし。
まあ、その、ナニがついてなかったけども、それだけで判断できない生き物もいるからね。
本当のところは、気にするのを忘れていたというのもある。
そんな感じで、自分の性別に驚いていると、急に身体が持ち上がった。
「キュ、がぼぼぼぼぼ。げほっ……」
助けてくれたのかもしれないけれど、乱暴すぎます。父よ。
何度か咳をして、どうにか息が整ってから、自分を持ち上げている父を恨みがましい目で見てしまったのはしかたがないと思う。
「さすがはルチアだ。もう、精霊と仲良くなったのか!」
頭から滴り落ちる水を拭って見下ろすと、先ほど助けてくれた人魚が水面から少しだけ顔をのぞかせていた。
「キュイっ」
よかった。まだいてくれたんだ。
私は人魚の姿を見下ろして、ほっとした。
そういえば、父が精霊と仲良くなったとか……。もしかして、人魚さんは精霊ということなんだろうか?
せ、精霊!
やっぱり、ここは剣と魔法の世界なんだね。
めちゃくちゃテンションがあがる。
「キュイっ、キュイっ!」
早く地面に下ろしてほしいと、少々暴れつつ父に頼む。
父に身体を下ろしてもらい、私はぶるぶると身体を震わせて水気を飛ばすと、すぐに泉に駆け寄った。人魚もゆっくりと泉の中を泳いで近づいてくる。
「キューア、っきゅ、ピギャっ」
ルチアだよ。仲良くしてね。精霊さん。
「こちらこそ。私のことは青藍って呼んで」
「キューラ?」
青藍って言うの?
私が心の中で精霊の名を呼ぶと、一瞬まぶしい光に包まれた。身体の中に温かい流れを感じる。青藍とつながっているという感じがする。
「ピギャ!」
何が起こったの?
私が目を大きく見開いて驚いていると、父の驚いたような声が聞こえた。
「もう、契約してしまったのか……」
契約って何のこと?
私が首をかしげていると、父は丁寧に説明をしてくれた。
父曰く、ドラゴンが魔法を使うためには精霊の力を借りる必要があるとのこと。ドラゴンの持つ魔力を精霊に対価として渡すことで、精霊の力を借りることができる。そのために自分の真の名を相手に呼ばせることで契約が成立するらしい。精霊は魔力を糧にして成長できるので、Win-Winの関係らしい。
Win-Winって何? 深く考えるのはやめておこう。
一番大事なのは青藍のような水の精霊の力を借りると、水の魔法を使うことができるらしい。
ふわあ、私にも魔法が使えるんだ!
「キュイー!!!」
青藍、仲良くしてね。あと、魔法の使い方も教えてくれると助かります。
「うふふ。こちらこそ、ルチア」
にっこりと笑った青藍はとてもきれいだった。
こんなにきれいな精霊と契約できるなんて、私はとても運がいいに違いない。
大喜びしている私を父がたしなめた。
「ルチア、まずはおめでとうと言っておこう。だが、ひとつだけ気をつけるのだ。精霊と契約するには真名という名前が必要になる。真名には相手を縛り付けることもできるくらいの強い力がある。だから彼女の名前を決してほかのドラゴンや魔物の前で呼んではいけない。真名を知られるということは、その存在に関わるのだ。最悪の場合隷属させられるだけの力があるのだから」
確かにそれは大変だ。
ということは、私にもその真名というのがあるんだよね?
「キュウ?」
「もちろんあるさ。だがルチアが契約をするのはまだ早い。大人になったら教えてやるから、待っているがいい」
ふむふむ。私の真名はまだ教えてもらえないのか。
「だから、ルチアは彼女に呼び名をつけてあげなさい」
「そうよ。あなたが私に名前をつけて頂戴」
ええぇ? 急に言われても困るよ。
私ってたぶんネーミングセンスがないんだよね。
じっと青藍の姿を見つめる。
青く透き通った鱗がきらきらとしていて、とてもきれいだ。瞳は明るい菫色をしていて、ちょっと私のアメジストの目に似ているのが、仲間っぽくていいな。
菫か……。確かパンジーとかビオラっていう花は菫の仲間だった気がする。
「ギュギュギュ?」
ビオラってどうかな?
「ビオラ、ね。気に入ったわ、ルチア。私が必要になったら名前を呼んでね」
青藍ことビオラはにっこりと笑って泉の中に消えた。
「よかったな」
「キュイイーーー!」
私、初めて精霊と契約しました! これで魔法使い放題だよー!