兄弟がいました
「ラエリに襲われたですって!?」
父親から状況を説明された母はさっと顔を青ざめさせていた。
ふんふん、あのモンスターはラエリというのか。覚えておこう。あんな目には二度と会いたくないからね。
「でも、すぐに倒したし、ルチアは無事だったぞ?」
「当たり前です!」
ばつの悪そうな顔で母を見下ろした父に対して、母はぷんすかと怒っている。
「ああっ、もう。巣が真っ黒だわ。お引越ししないと……」
巣は父がドラゴンブレスだか、魔法だかでラエリと一緒に焼き払ってしまったのだ。
私もこんな焦げ臭くて、嫌な記憶のある場所では寝たくない。
まだ怒っているらしい母は冷たい態度で父に告げる。
「イーヴォ、一旦家に戻りましょう。今から巣をつくっていては間に合わない」
「ああ、そうしよう」
いつの間にかお引越しが決定していたようです。というか家があるなら、どうして私はこんな場所で育てられているんだろう。今度は安全な場所だといいなぁ。
「キュイ?」
唐突に首筋辺りを噛まれ、身体が持ち上がった。
ふあぁ。視界が高い。
私の身体は母によってネコの子供のように運ばれる。
母は力強く、それでいて優雅に羽ばたいて、どんどん上昇していく。
地平線が見えた。
端っこが丸く見えるということは、やはりここは地球のような惑星なのだろうか。
見渡す限りに険しい山と森が広がっていて、街や海らしきものは見えなかった。ずいぶんと高いところまで昇っているはずなのに、まったく寒さは感じない。
真っ赤に染まった太陽が、すぐそばを飛んでいる父の赤い鱗を照らしていた。
息をするのも忘れたように、私はただただ風景に見とれていた。
やがて母はゆっくりと高度を下げ始めた。
森の真ん中に遠くからでもわかるほど大きな木が生えていて、その枝は天に向かって突き刺さらんばかりに伸びている。
私たちはそこに向かっているようだ。ドラゴンの何十倍もある大きさの木の周囲は、ぽっかりと開けていて、土が見えている。
あそこに着地するのかな。
ふわりと地面へ足を踏み下ろした母の隣に、父が大きな音をたてて着地する。
ズシーン。
地響きが森の木々の間に吸い込まれていった。
あれ?
私は周囲を見回してみたけれど、どこにも家らしきものは見えない。
さっきは家に帰ると言っていた気がしたけれど……。
がさがさと音がして、大きな木の幹の間から小さなドラゴンが二匹姿を現した。そのドラゴンたちは母の半分以下の大きさくらいに見える。
「お母さん! おかえりなさい」
「お父さん! おかえりなさあい」
深い緑色の鱗を持つドラゴンと、それよりもひと回り小さなオレンジ色の鱗のドラゴンが、ものすごいスピードでこちらへ飛ぶように近づいてくる。
「マウロ、ティート。ただいま」
母が嬉しそうに小さなドラゴンに挨拶をしている。
もしかして、このドラゴンたちは私のお兄ちゃんになのだろうか? というか兄弟がいたんだね。びっくり。
「わあ、赤ちゃんを連れて来たんだね」
「ちっさ!」
小さなドラゴンたちはわあわあと騒ぎながら私に顔を近づけてくる。あまりにも遠慮なく鼻先でつついてくるので、ちょっと怖くなる。
「ダメよ! この子はまだ小さいのだから」
母は慌てて私の首根っこをくわえて兄弟たちから遠ざけた。
「イーヴォ、見てないで手伝って!」
「ああ、すまん」
それまで存在を忘れ去られていた父が、私を母から受け取った。
「今夜はとりあえずここで休むけれど、明日にはもっといい場所を探しに行くわ」
「どうしてここじゃダメなのさ」
母の宣言に、不満そうなオレンジのドラゴンが口をとがらせる。
「今みたいに、ルチアがもみくちゃにされてしまうからよ、ティート。あなたはルチアに触れずにいられる自信があるの?」
「だってかわいいじゃないか」
かわいいは正義だと言わんばかりに胸を反らせている。
私はドラゴンのかわいいという認識がすごくずれている気がして不安になる。ペルシャ猫みたいに鼻がつぶれているほどかわいいという基準だったらどうしようかと思う。
まあ、ペルシャ猫はかわいいけど、この世界にもいるんだろうか。
自分の顔が見えないので、どんな顔をしているのか全く分からない。鏡とかがあればわかるのになぁ……。
「だからこそなの。ここにいては一族のみんなが押しかけてきてしまうでしょう? こんなに小さいのにみんなにつつき回されては、すぐに死んでしまうの。この子がもう少し大きくなったら大丈夫でしょうけど、今は少し離れている方がいいの」
母は兄弟たちをなだめている。
つまりかわいがり過ぎて、赤ちゃんが死にそうになるから、わざわざ家を離れて子育てをしているということなのだろうか。
わあ、ドラゴンの愛って重すぎる。
兄弟たちのはしゃぐ姿を見ていると、まんざら嘘でもないという気がしてくる。
そんなことを考えていたら、いつの間にか父にくわえられたまま、木の根元にあるうろから内部に入っていた。
来るときに見えた大きな木は内部が空洞になっていた。
せり出したような部分がいくつかあって、寝床になりそうだ。
父はぐっと沈み込むと軽くジャンプして、そのせり出した床の一つに飛び乗った。
そこでようやく首を離してもらって、私は足を床に付けることができた。
床には何かの毛皮が敷かれていて、とても柔らかい。
ふわふわの感触がとても気に入って、私はころりと床に寝転んだ。
「ルチア、まだ寝るんじゃない」
だって眠いんだもん。
「きゅぅ……」
もう、目を開けていられない。
おやすみなさい。ぐぅ……。
眠りながら、なんだかいろんなドラゴンに囲まれていたような気がしたけれど、眠くて気にするどころではない。
食べて、眠って、私は早く大きなドラゴンになるんだからね。