誕生の記憶
気づいた時には、暗く狭い場所に閉じ込められていた。
でも、不思議と怖くはなかった。
温かく、時折くるりと上下が入れ替わるその場所は、ひどく落ち着く。いつまでもこの場所で揺蕩っていたい。
優しい男性の声と、女性の声が交互に聞こえてくる。
なんと言っているのかはよくわからないが、彼らが私に話しかけてくる。
声の調子や、断片的な言葉をつなぎ合わせてみると、どうやら私が生まれてくるのを待っているらしい。
そうか、私は赤ちゃんなのだ。ようやく私は自分の置かれた状況を理解しつつあった。
さっきまで苦しかったような、ずっと眠っていたような、そんな気もして、記憶は曖昧だ。
けれども、父親や母親らしき人の声が聞こえると、きゅっと胸がうずいた。
会いたい。
この優しい声の主たちに会いたい気持ちが強くなる。
けれど何かがまだその時ではないとささやく。
私はひたひたと迫る睡魔に意識を委ねた。
どれだけの時間が流れただろうか。
やがてその時が来たのだとわかった。
空に亀裂ができて、眩しい光が差し込んで来る。
世界が、壊れる。
いいえ、ちがう。
壊れたのは、タマゴの殻だった。
会いたかった。やっと会えるのだ。喜びのままに叫んだ私は硬直した。
「ピギャー」
あれ? なんだか、声がおかしい。私、こんな声だった?
大きく目を見開いて声の主を探す。けれど薄い膜がかかったように視界にはぼんやりとした影しか映らない。
むむ、おかしいぞ?
「ああ、生まれた」
「ルチア!」
どうやら私の名前はルチアと言うらしい。
割れたタマゴの殻を押しのけて、ぺろりとした感触が身体を舐めた。
ええ? な、舐められた?
視界いっぱいに大きな影が映る。
「かわいいな」
「かわいいわ」
両親らしき影が、交互に私を舐めて喜んでいる。
彼らの姿はぼんやりとしているが、その形が人ではないことは明らかだった。
尖った耳に、大きな翼、そしてかぎ爪を持つ手。
長い尻尾を持つ強大な存在。
そんな彼らは私の誕生を心から喜び、慈しんでくれている。
どうやら、私ルチアはドラゴンに生まれ変わったようです。