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大陸の精霊司の軌跡  作者: ドアノブ
二話 王都
8/26

早い再会

   5


 精霊機という強大な存在を扱うことは、血統を何代にも積み重ねて精霊司としての力を増してきた、謂わば貴族達の特権であり力の象徴である。市井で生まれた精霊司の殆どは二等精霊司の烙印を押された時点でその存在を操る資格を無くし、あとは生身で精霊を振るうだけの存在となる。

 二等精霊司として戦場に立てば、精霊機という存在が如何に理不尽かは嫌でも知れる。

 数で優位を作り、地形を利用し、不意を突き――それでなお精霊の行使というただの一手で理不尽に蹂躙される。ただ強く、ただ暴力的。二等精霊司と一等精霊司の間に存在する、圧倒的な格の差。


「……〈アルテナ〉か」


 自然とセルジュの口の端がつり上がり、ぶるりと背中が震えた。

 二等精霊司の為の精霊機。

 その威容を、その存在感を。精霊機という象徴的な姿を。

 その存在を目前にし、自らの肌でその空気を感じて、セルジュはようやくその実感が湧いてきた。

 セルジュが軍に入ったのは王国から支給される家族への助成金と、そして将来戦場に送られるであろう妹が少しでも危険な目に遭わないようにするためである。

 そのために生身で戦場に立ち、重点的に脅威となる精霊機に狙いを定めて戦果を上げてきた。だが一つの戦場に対して個人が上げる戦果の影響など、たかが知れている。燃え盛る山火事を手桶の水で消そうとしていたようなものだった。


 しかし、これは違う。

 平地を馬より早く駆け抜け、マナを浸透させた装甲は生半可な攻撃を弾き返し、その巨体から繰り出される一撃は生身の相手を有象無象のように引き千切る。

 精霊機はまさに現在の戦場を席巻する死神であり、戦いの覇者だ。


 もしその力を――二等精霊司にも精霊機が扱えるようになったらどうなるのか。


 王国内に存在する二等精霊司の人口は、一等位以上の精霊司の数倍以上にもなる。

 その全員とは言わなくとも、半分、いや三分の一の数にでも精霊機が与えられればどうなるのか――、


「……前線でちまちま敵を倒すより、全体の質を上げた方がよっぽど早いに決まってるよな」


 一等精霊司以上にしか扱えないからこそ数に限りのあった精霊機が、枷を解かれて膨れあがり、その結果が硬直気味な西部との戦線にどのような変化をもたらすのか。それはまさしく現代の戦場の様相を一変させるほどの、革命に違いなかった。


「アルテナ……確か、多神神話の中に登場する女神だったよな」 

「よく知ってるね。その通り、守護と戦争、知慧と技術を司る女神様の名前さ」

「はん、女神様に乗れるなんて光栄だ」


 そう軽口を叩きながらも、セルジュはこの精霊機には相応しい名前だと思った。守護と戦争は言うに及ばず、二等精霊司にも操れる〈アルテナ〉の存在は今後の精霊機技術に大きな影響を与えるに違いないからだ。

 自然と感じていた閉塞感に穴が空いたような感覚を受けて、静かな興奮がセルジュの身を満たしていく。


「こらあああぁぁっっっっ、フォルス君!」


 そんなセルジュに冷や水を浴びせたのは、嗄れた老人の声だった。

 広い格納庫に響き渡るその声量にセルジュが驚く。ただフォルスや格納庫内で仕事をしているその他の者達にとっては慣れたものらしく、誰もが大した反応を示しはしなかった。そこには「ああ、またか」という諦観のようなものが感じられる。


「フォルス君、こんなところで一体何をしているのだね!? 暇があるなら私のコーヒーカップはどこにあるのか探してくれんか! まるで見当たらん! どこに行きおった!?」  

「いや、それくらい自分で管理しといてくださいよ! 僕は別にあなたの世話係じゃないんですからね!?」


 そう怒鳴り返すフォルスの先にいるのは、白髪の目立つ老人だった。身に着けている衣服は元々は白かったのだろうが、今は黒ずんでいて歪な斑模様をこびりつけている。

 セルジュが思わず呆然としていると、そんな彼に気がついた老人が不機嫌そうに眉尻を上げた。 


「んむ?……そんなことよりも、そこの男は誰だ? この工房にはワシの認めた人間以外は入れてはならんと決まっているだろうに。まさか他の工房からの間諜じゃなかろうな」


 そう言って、その老人はセルジュの顔をじろじろと睨めつけるように首を動かす。その様子を見ていたフォルスが疲れたように溜息を吐きながら、


「例の彼ですよ。セルジュ二等精霊司。前線から招集されてきた」

「うむ? ……おおおおおっ、そうかそうかっ! このいまいち冴えない顔をした男がか!」


 唾を飛ばす勢いで口を開いた老人にセルジュは顔を顰めたあとに、首だけ振り返ってフォルスを見やる。


「おいフォルス。なんだこの頭の中に熱湯を流し込んじまったような失礼な爺さんは」

「君の意見には賛同したいところだけど、言葉には気をつけた方が良いかもしれないね。この御仁はここの工房長だよ」

「工、房、長……?」


 部下に偵察を命じたら今夜の晩飯の献立が返ってきたくらいにセルジュは自分の耳を疑い、そうしてからもう一度、まじまじと老人を見やる。


「うむうむ。相対する人間の立場を理解したのならば、先程の暴言は出し汁で流してやろう。そして、さあっ、我が英知を讃えよ! 讃美せよ! 平伏すが良い!」

「……」


 ふははは、と高笑いする老人からセルジュはそっと目を逸らして、


「……これが、か? ……本当に? 何かの間違いじゃないのか?」

「今の君の心境は、今日僕が君と初めて出会ったときのものとよく似ていると思うけどね……。まあ、つまりはそういうことだ。正真正銘、この御仁こそがここ第二中央工房を預かる最高責任者。マナプール鋼の開発者にして、〈アルテナ〉の生みの親、ジストロン=マルケーニ工房長だ」

「ええー……」


 中央工房。

 王国の中でも優れた研究職のみを集められて組織される、まさに国内技術発展の最前線とも言うべき場所。そこの最高責任者となればそれはつまり王国内最高峰の頭脳を持つことを意味し、領地問わず数多の者達の羨望となるべき存在。


「それが……この爺さん?」

「ははは、その通りだ! さあ分かったならば今度こそ我が偉大な頭脳を崇め、讃え奉るが良い! そして我が研究に手を貸せることに感謝せよ!」 

「駄目だこの爺さん、頭いっちゃってらあ」


 セルジュが半ば確信してかなり失礼なことを口走るが、ジストロンはまるで気にしていないようだった。――或いは聞こえていないだけかもしれないが。

 思わず半眼になるセルジュと、その反応を予想していたように苦笑いを浮かべるフォルス。そんな両者に漂う空気を察するはずも無いとばかりに、ジストロンは声を上げた。


「まあよい! それではセルジュ二等精霊司! 今日からびしびしと酷使してやるから覚悟しておきたまえよ! 我が偉大な頭脳で作られた〈アルテナ〉は最早成功を約束されたも同然であるが、軍の上層部にいる頑固共を説得するには君のような実験体によって得られるデータも必要であるのでな!」

「おい、フォルス。この爺さん一切隠すこと無く俺のことを実験体って言いやがったぞ」

「……いちいち突っ込んでると切りが無いから、早めに慣れることをオススメするよ。少なくとも僕はそうしたから」

「……あんた、苦労してんだな」


 諦めの混じったフォルスの瞳にセルジュは同情した。よくよく観察してみればこの貴族の青年は精悍な顔立ちであったが、どことなく幸薄そうな気配が滲み出ている。


「うおっほん、ごっほん」


 横から聞こえてくるわざとらしい咳払いにセルジュは軽く頭痛を覚えつつ、だがこれから自分の上司になる存在を無視し続けるわけにもいかず渋々と老人と向き合う。


「あー……それで爺さん。まだここに来たばかりで殆ど分かってないんだが、俺は何をすればいいんだ?」

「うむ。心して静聴するが良い、セルジュ二等精霊司。今ワシが欲しているのは一にも二にも〈アルテナ〉のデータだ。特に現役の二等精霊司達が〈アルテナ〉に搭乗した場合、どの程度の期間で使い物になるか、それが重要だ」


 そう言いつつジストロンは鼻の穴を膨らます。


「前線にいた勇ましく蛮族的なおぬしなら分かってると思うが」

「喧嘩売ってるのか、この爺さん」

「精霊機での戦闘は生身で戦うのとはまるで違ってくる。戦術や行動指針、連携。そもそも精霊機を操るというのは――謂わば借り物の身体を扱うようなものなのだからな! いざ実戦に出てまともに歩けぬのでは意味が無い!」


 端々に引っかかるものを感じるものの、ジストロンのその言葉事態にはセルジュももっともだと納得する。

 これから〈アルテナ〉が量産されることになった場合、機体は二等精霊司に順次配給されていくことになるだろう。だが実戦に通用するにはどのくらいの訓練を必要とするのかが分からなければ、配備計画の立てようもないことになる。


「精霊機を手に入れたところで、ちゃんと扱えなければただのハリボテ。マナプール鋼を組み込んでいる〈アルテナ〉は〈エレス〉以上に精霊鉱を利用していて――有り体に言ってしまえば、コストが高い。扱える人間が多いからといって簡単に壊されても困る……いや、そもそも! 我が英知の結晶をそんなぼこぼこと壊されるなどあって良いわけがないのだ! セルジュ二等精霊司! 君もそう思うだろう!? そうに違いない!」

「……あんた、後半が本音だろ」


 離していればすぐに分かるが、このジストロンという男は技術発展を平和や国のためなどと考える殊勝な人間ではない。自分が満足いく技術を生み出し、自分が納得する成果を生み出す。そして自分の研究が蔑ろにされるのが我慢ならない。そういう自己本位的な人間に違いなかった。

 これまでにもセルジュはこういう人間には出会ったことがある。こういった変人奇人の類いは総じて問題を起こしがちで扱うのが大変だが、その反面上手く飼い熟せば大きな利益をもたらす可能性もある。王国はジストロンに第二中央工房という遊び場を与えて、その成果を上手く利用しているのだろう。


「ちなみに聞いとくけど、爺さんの先天色は?」

「ふむ、緑だがなにか?」

「だよな」


 意味の無いことを聞いてしまったとセルジュは反省し、


「……よし、だいたい、分かった。それは良い。ただ、一応確認なんだが……あれは本当に大丈夫なんだな? 乗った途端に暴走したりはしないな?」


 若干不安げに、セルジュは〈アルテナ〉を見ながら訊ねた。 

 精霊機の事故というのは、軍内にいれば絶対に耳にする話だった。

 機能欠陥による倒壊、循環させたマナの暴走――いずれも命を落とす危険性のある恐ろしい事故である。ましてや〈アルテナ〉は史上初の二等精霊司が扱う精霊機という話。どんな危険をはらんでいるのか分かったものではない。

 その質問にぴくりとジストロンが眉根を動かす。


「ほほう、我が作品を疑うと? どうやらセルジュ二等精霊司の頭にはクッキーの欠片ほどの知恵も詰まっていないようだな。よかろうどうやら今一度、我が英知の素晴らしさを語ってやらねばならないようだ。そう、時は王国歴九百四十三年。大陸の至宝とも言うべき偉大な頭脳がこの世界に生まれ落ちたのは湖も凍り付く程の寒い日の――」

「で、フォルス。どうなんだ?」


 なんだか長話が始まったのでセルジュはあっさりとジストロンから視線を外して、フォルスを見やる。早くも順応し始めているセルジュにフォルスは肩を竦めて、


「それに関しては安心してくれて良いよ。すでに基本的な動作試験などは全て終えてあるが致命的な欠陥は見つかってない。開発初期からテスト操縦士を務めてきた精霊司がいるんだ。つまりは君の先輩になるね」

「なるほど、それはありがたいな」

 まだ姿を見ぬその先輩に、セルジュは心から感謝した。

 その彼、或いは彼女のお陰で、セルジュは不安を覚えずに〈アルテナ〉の操縦士になれるのということだ。さらに言えば、〈アルテナ〉というこれまでの常識を覆す精霊機に初期から携わっていたその人物に対して、幾何かの尊敬の念のようなものも覚える。


「その頼もしい先輩っていうのはどこに? 是非挨拶しておきたいんだけど」

「少し街に出るって言うから、ついでに軍本部の方にちょっと書類の届けを頼んだからね。時間的にはもう戻ってきても言いはずなんだけど……」

「……軍本部」


 うん? と、セルジュは首を傾げる。

 丁度ここに来る前に、軍本部に用事があると言っていた二等精霊司に出会った記憶がある。


「戻ったわよ!」

「噂をすればだね」


 工房内に聞こえてきた高い声にフォルスはタイミングが良いと笑いを零した。

 セルジュはその聞き覚えのある声に「まさか」と瞬きをする。そして呼び寄せられるようにして顔を振り向かせると、そこには人目を惹きつけて止まない黄昏色の頭髪に、小柄な身体の少女の姿があった。


「……エナ?」


 そこにいたのは間違いなく、ここに来る前に露店前で出会った少女であるエナーシアだった。あの印象的な髪色と美術人形の如く整った美貌は見間違いようがない。

 凄い偶然もあったものだとセルジュが暫し目を丸くするが、そのセルジュなどまるで視界に入っていないのか、エナーシアは浮かれた様子でフォルスに向かって声を上げた。


「フォルス、フォルス! 知ってるかしら! クルカの実を売ってるところではね、熟した実とまだ熟してない実が売り物として置いてあるのよ! なんでだか分かる? ふふーん、知らないでしょう? いいわ、特別に私が教えてあげる。なんで二種類置いてあるかって言うとそれはね……」

「ぷっ!」


 その聞き覚えのある内容にセルジュは思わず吹き出してしまった。

 まるで舞踏会の参加者のような足取りで上機嫌な様子を見せていたエナはそこではたと足を止めて、セルジュに気がつくときょとんとした目を向けた。


「な、なんであんたがこんなところに……」


 そして事態を把握したのか、若干口元を引き攣らせながら、そんなことを言う。

 なるほど、つまりは彼女こそが頼りになる先輩であり、〈アルテナ〉を操るもう一人の二等精霊司かと理解しながら――まあ、今はそんなことはどうでもいいと思い直して、セルジュはにやあと嫌らしい笑みを浮かべて彼女の元へと小走りに近づいていった。

 そして。


「ねえねえ、先輩。教えてくださいよー。クルカの実は何で二種類売ってるのかなあ! 是非ともここについたばかりの俺にも教えて欲しいなあ」


 少女の顔がさあっと赤く染まった。


「え、あ……いやあああああ! 違うの違うの違うの!」


 エナが顔を羞恥の色に染めて首を振るが、セルジュは容赦しない。目の前にこんなに面白い玩具があって弄らないはずがないとばかりに、少女の周りで軽快なステップを踏む。


「ねえねえ、特別に教えてくださいよー! なんで二種類もあるんですかねえー!?」

「知らない知らない知らない! 何も知りませーんからー!」

「え、なんでなんで? そんなこと言わないで教えてくださいよ! 是非ともっ、博識なっ、エナ様の知識をっ、浅学な私めに! さあ大きな声でっ!」


 事態を把握していないフォルス達の唖然としている姿が視界の隅に移ったが、今はそんなことはどうでも良かった。耳を塞いでいやいやと首を振る少女の反応が面白くて堪らない。


「ねえねえ今どんな気持ち? 今どんな気持ち?」


 だが物事には限度というものがあるらしい。


 ――ブチ。


「せいやあああぁぁ!」

「おぶ!?」


 何かが切れたような音が聞こえた気がした、その次の瞬間。

 セルジュの顔面によく熟れたクルカの実が突き刺さった。


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