〈アルテナ〉
4
第二中央精霊機技術工房。
第一から第七まで存在する中央工房のうちの一つであり、王国の技術の粋が集まる英知の結集場所である。
中央工房の成り立ちは精霊機登場の遙か以前、オリハルコンの存在が認知されておらず、まだミスリルが精霊鉱と呼ばれていた時代まで遡る。
当時ミスリルを扱える職人は達人と呼ばれる極少数の者達だけであり、その中でも至高と呼ばれていた武器工房の腕を見初めた当時の国王が重用したのが始まりだと言われている。時代の流れと共にその工房は王国のお抱えとなり、幾つも派生を生み出して分裂し、現在までに至るのだった。
「思ったよりも寂しい場所に建ってるんだな……本当にここで良いんだよな?」
王都の外れも外れ、白亜の壁の外にあるその場所まで辿り着いたセルジュは不安に駆られて思わず呟いた。中央工房の噂は当然、訓練校にいた頃から幾度となく耳にしたことがあったが、実際にこうして足を運ぶのはこれが初めての経験だ。
しかし少し考えてみれば、不便に感じられるこの立地もこれも当然のことなのかもしれない。精霊機の関連の開発を行うということは、自ずとその実験のために広い敷地面積が必要になる。
建築物が密集する王都内では充分な範囲を確保するのは苦労するだろう。ましてやそれが複数ともなると、その全てを王都内に設置するのは現実的ではない。
「さてと……どうしたもんか」
見たところ建物の入口に人影はないのだが、無断で入って良いものなのだろうか。
暫く呆然と立っていると、視界の中で作業服を着た女性の一団が通りかかっていく。その姿を遠目に確認したセルジュは「ほほぅ」と息を吐き出し、頬を緩ませた。
「作業着を着た美人というのも中々良いものですなあ」
どんな仕事であれ働く女性というのは大概魅力的な光を持つものだが、精霊機工房とは無縁の生活を送ってきたセルジュにとって、工房の作業服姿を着た女性達は中々に新鮮だ。飾り付けなどは無く決して煌びやかではないが、作業をした後なのか汗ばんだ肌に髪が張り付いているのも健康的な色気がある。
眼福とばかりにセルジュがじっくりと凝視していると、その視線に気がついたのか一団は微妙な表情を浮かべたまま早足に去って行っていってしまった。
「……いかん、不審者に思われたかもしれない」
セルジュはそう言うが、工房の前で立ち止まり女性達を凝視するその姿は完全に不審者のそれであろう。王国軍の制服を着ていなければ通報されていてもおかしくなかった事態である。
「まあ、手間も省けてちょうどいいか」
何と無しに呟かれたその言葉の意味はすぐに知れた。
恐らくは先程の女性達の誰かが知らせたのだろう。施設の中から一つ人影がやって来る。その姿を確認してセルジュはつまらなそうに口を尖らせた。
「こりゃまた随分とイケメンが来たな」
短く切り込んだ金髪と眉目秀麗の精悍な顔立ち。服の上からでも分かる鍛えられた体格は、均整を保っていてそれだけで存在感がある。あれだけの容姿を持っていたら色々と得して生きていけるんだろうなと、セルジュは思った。
その男はセルジュと視線が合うと暫し歩みを止めて、それから目元を二、三度揉むような仕草をして見せてから距離を縮めて話しかけてくる。
「あー……ちょっとそこで工房を覗いている変質者がいると知らされて来たんだが」
「へえへえ。ここは王都だって言うのに物騒な話だな」
セルジュが肩を竦めて応じると、相手は反応に困ったような表情をする。それを尻目にセルジュは懐に仕舞っておいた一枚の証書を取り出して、手渡した。
「ほれ」
「これは……」
その中身を拝見した男が何とも言えない渋面を浮かべた。
今セルジュが渡したのは配属移動通知書である。王都について中央司令部に寄った際に、事務員から渡されたものだ。その一枚の証書が、セルジュがこの場所に配属されたという証拠だった。
「嘘だろう……」
手元に広げた証書とセルジュの顔をゆっくりと見比べて、男が呻いた。
「ということは、君が……? あの? 王国史上初、二等精霊司でありながら訓練校成績優秀者のみに与えられる銀賞を手にし、生身で二桁の精霊機撃墜記録を持つ、あのセルジュ二等精霊司?」
「そんなに褒めるなよ。照れるじゃないか」
事実とは言え、真っ正面からそうして口に出されると恥ずかしいものがある。セルジュが背中にむず痒いものを感じながら笑ってみせると、金髪の男はそれを見て色々と察したのか、重石でも乗せられたかのようにずんと肩を落とした。
「なんでここに来る人間はこんな癖がある人材ばかりなんだ……。軍の人事局は僕を過労死させるつもりなのか? ああ……、君には期待していたのに。実績に見合う、もっとこう、軍務に忠実で、高潔な騎士のような人物なのかとばかり……」
目の前の相手の口から語られた理想像に、セルジュはそれは一体誰のことだよと思わず笑ってしまった。
「前線帰りの平民に無茶いうなよ。こちとらほんの数週間前まで森ん中で精霊振り回して走り回ってた野蛮人だぞ」
精霊機や精霊司が大量投入される戦場というのは、行儀良さなど欠片も感じられない戦場だ。ましてやセルジュが率いた小隊が大陸中央で請け負ってきた任務は中央主力への参列ではなく、遊撃隊としての独立行動が殆どだった。
求められたのは模範となる礼儀や精神性ではなく、如何にして卑怯に、狡猾に相手を欺き生き残るか。実直な人間ほど早く死んでいく環境だったのである。
「はぁ……」
セルジュの言い分に対して金髪の男はがしがしと髪を掻き混ぜて溜息を吐いた後に、ゆっくりとした動作でセルジュの顔を正面から見据えて、
「……君の同僚となる、フォルス=テイラーだ。これで王国より一等位に認定された精霊司でもある」
「うげ」
その言葉にセルジュは口元を引き攣らせて、
「あー……貴族様でしたか」
しまったとばかりに言葉を濁した。
王国に於いて一等精霊司――つまりは精霊機を動かすだけのマナを持つ精霊を宿した精霊司というのは、そのほぼ全てが貴族に連なる者達である。平民からも希に精霊司として生まれてくる人間はいるが、それらはセルジュと同じような下位認定を受けた二等精霊司だ。例外は何らかの事情で爵位を失った元貴族の血筋か――セルジュの妹くらいのものであろう。
顔を強ばらせるセルジュをフォルスは暫く無表情で眺めた後に――ふっ、と相好を崩して笑った。
「まあ、そんな大層なものじゃないから怖がらなくて良いよ。貴族と言っても歴史も血も浅い、辺境領地の三男坊だからね。まあそうでもなきゃこんな所にいるわけもないんだけど」
そう言って自嘲するように肩を竦めるフォルスを見て、セルジュはほうっと安堵の息を吐き出した。
「はあ、よかった……。てっきり不敬罪で首を飛ばされるのかと」
「あははは、僕にそんな強権を行使する力は無いよ。ましてや君みたいな実績のある精霊司が相手じゃ、どんなに頑張ったところで減俸が精々じゃないかな…………いや、そんな泣きそうな顔しないでくれよ。僕もいちいちそんなことしやしないさ。ただでさえ今は忙しいって時期だっていうのに、嫌がらせのためにいらない手間を増やすつもりは無い」
減俸、と聞いて途端に泣きそうな表情を浮かべたセルジュを見てフォルスは苦笑いをした。そうしてから数歩歩き出して、
「まあ、こんなところで立ち話をする必要も無い。工房長への挨拶も必要だろうし、案内しよう。ついて来てくれ」
「助かるね。ついでに、可愛い女の子も紹介してくれると嬉しいんだが」
これくらいの軽口は大丈夫だろうとばかりにセルジュが付け加えると、フォルスは呆れたような表情を作った後に返事をしないまま歩き出した。
その背中を見つめて、セルジュは肩を竦める。
「残念」
***
「はー」
フォルスに先導されて工房内へと足を踏み入れたセルジュは思わず息を漏らした。
陽光を取り入れる窓の数は少なくて薄暗く、存外通路や部屋が多い。金属の持つ独特の鉄臭さが鼻につくが、それでも掃除は行き届いているのかそれほど汚れている印象はない。工房内は一言で言うならば「大きい」であった。道幅にしろ、天井の高さにしろ、何もかもが大きい。敷地が余っているとはいえ、これほどに幅を取る理由はなんなのだろうか。
「精霊機の工房を見るのは初めてかい?」
もの珍しげにセルジュが視線を動かしていると、前を歩くフォルスが背中越しに声をかけてきた。
「訓練校時代に何度か目にしたって程度だなあ。あとは前線でも数回足を運んだこともあるけど……じっくりと見学する機会は流石に無かったな」
「裏手には工房専用の宿泊寮があるから、職員の寝泊まりは基本的にそこですることになる。井戸水は使用自由、朝食は夜の内に寮入口にある木箱に部屋札を入れておけば用意して貰える。昼と夜も同じだけど、そっちは有料だ」
「ふうん」
「工房内がそんなに珍しいかい? なら今のうちに楽しんでおくと良いよ。どうせ時間が経てば見慣れてうんざりとするようになるから」
「そんなもんか」
セルジュは前の背中を追いかけながら、頷く。
人間は慣れる生き物なのだ。初めは新鮮で目新しく感じていようとも、その刺激が日常に組み込まれ平坦化してしまえば人は慣れ、鈍感になっていく。
自分など良い例だと、セルジュは思う。
昔は人一人殺したという事実に手を震わせ吐き気を催していたというのに、今では報奨金のことなんぞを考えながら率先して危険な大物を狙っているくらいである。誰かを殺すために作戦を練り、準備をすることになんの疑問も覚えなくなったのはいつの頃からだったか。
昔は青かったなあと何となく過去を思い出してながら幅広い通路を進んでいると、ふとその道脇に置かれている箱の中身に意識がいった。
「――、」
置かれているというよりは――放置されているといった方が正しいのか。
元々は厳重な拵えのケースだったのだろうが、今はその全てが開け放たれている。
その中に収まった虹色の輝きを持つ、その金属の塊に、セルジュは視線を意識ごと引きづり込まれたかのように奪われる。
「……なんだ?」
ぞわりと、身体の中の何かが蠢くような感覚を覚えた。
反射的に感じたのは、一種の嫌悪感。全身を得体の知れない昆虫が這い回ったかのような、本能的に受け付けることの出来ない、胸内から湧き上がってくる敵愾心だった。
「これ……まさか精霊鉱か?」
セルジュは箱の中に詰め込まれた虹色の鉱石を見て、動悸を押さえながら呟く。
「ん? なにか言ったかい?」
声に反応したフォルスが歩みを止めて振り返り、そこでセルジュの視線を追って同じ代物を目にして――フォルスは暫くそれが何か理解出来ないような素っ頓狂な表情をした後に、
「な……精霊鉱がこんな適当に……またあの人か……っ! こんな場所に放っておいて……いくら何でも不用心すぎだろうっ! 紛失でもしたら首が飛ぶだけじゃ済まないぞっ!?」
さあっと顔を青ざめさせ、次の瞬間には頭痛を覚えたかのように頭を抱えた。
それもそのはず。一抱えもある精霊鉱の塊は、金塊にも勝る価値を持つ。もしあれをどこかにでも売り流せば、一般市民ならば一生暮らすだけの富を手に入れられるに違いない。そんなものが工房内の道端に無造作に放置されているのだから、不用心などというレベルの話ではない。
怒りで今にでも火を吹き出しそうなフォルスを尻目に僅かに苦笑しながらも、セルジュの視線は精霊鉱へ固定されていた。
精霊鉱。
現存する鉱石の中で、最もマナとの親和性が高い稀少鉱石。
精霊鉱の大きな特徴は浸透したマナの先天色によって、その性質を大きく変えるというところにある。
黄色ならば硬度を増し、青色ならば優れた柔軟性を発揮し――宿された先天色によって多種多様な性質を手に入れることが出来る精霊鉱は、まさに万能と言って良い夢の金属だ。特に技術が進歩し物質に対する先天色の固定法が確立されてからは、その需要は一気に加速した。
特に精霊のマナを動力とする精霊機は、精霊鉱の含有率が性能に直結する面がある。
一等精霊司の扱う汎用型精霊機には殆ど精霊鉱が組み込まれておらず、精霊鉱に次いでマナとの親和性の高いミスリルが主材料となっているが、それより上の高位精霊司――上級精霊司以上が扱う精霊機はその素材に精霊鉱が多用され、また一人一人の精霊司に合わせた建造が成されているために、一等精霊司とは比べものにならない力を発揮することが出来る。
しかしその有用性に反して精霊鉱の産出地は王国全体で探しても限られており、エストランジュ王国では特戦略資源に指定されている稀少鉱石である。
現在大陸中央で端を開かれている西部連合国との争いも、この精霊鉱を大量に埋蔵する鉱脈を巡ってのことだというのは周知の事実だ。
「こんな大きさの精霊鉱は初めて見たな……さすがは天下の中央工房って事か」
ただ日常生活を送っている分には、精霊鉱を目にすることは滅多にない。
マナの親和性が高いという特性上、精霊鉱の恩恵を最も受けることが出来るのは精霊司であり――力のある精霊司のその殆どは貴族である。殆どの精霊鉱は貴族達が独占しているために、市井にまで降りてくることは滅多に無いのだ。
「ちなみに隣にあるこっちの箱の中身は……うお、これ全部ミスリルか。すっげえな。……これだけの量、売ったらいったいどんだけの金額になるんだか」
精霊鉱にミスリル。何れも採掘地の限られる稀少鉱石であり、通常であれば滅多にお目にかかれない代物である。それが大量に箱詰めされているというのだから、やはり王国技術の中枢である中央工房は伊達ではないと改めて実感する。
セルジュがつい感心したように稀少鉱石群を見て息を漏らしていると、ふらふらと顔を上げたフォルスは顔面に果汁をぶつけられたかのような顰め面をしたまま、ああと頷いた。
「ここ第二中央工房では稀少鉱石を使った新素材の精製研究も行われてるからね……。他の工房と比べても、そういった鉱石素材の数は多いよ。正面からだと分からないだろうけど、建物の奥には錬成施設も揃ってる」
「……へえ。てっきりここじゃ精霊機の開発ばかりしてるもんだとばかり思ってたけど、違うんだな」
セルジュがそう言うと、フォルスは最早癖にでもなっているかのように肩を竦めて見せた。
「その認識は概ね間違っていないけど……、一口に精霊機と言ってもそこには様々な技術が組み込まれているからね。特に精霊のマナの浸透効率は精霊機の性能に直結する要素だ。マナと親和性の高い素材の研究はどこの工房でも日夜行われているよ」
特に精霊鉱関連はマナの色やその組み合わせによって性質が幾らでも変容するために、いくら研究しようとも終わりがまるで無いのだという。
何とも気が遠くなる話だとセルジュは小さく首を振った。
「しかし、だとすると本当に分からんのだが……」
「何がだい?」
改めて、首を捻るセルジュを見たフォルスが不思議そうに視線をやってくる。
「これまでに話してみて分かったけど、ここは精霊機の為に存在する工房なんだろ。なんだってそんなところに、俺が配属されたんだ」
改めて言うまでもなく、セルジュは二等精霊司だ。
こんな場所に送られたところで、精霊機の指先一つ動かすことの出来ない自分に協力出来ることなど何一つ無い。訓練校時代には座学も優秀な成績を残していたセルジュだが、それも二等精霊司としての範疇の話だ。一等位以上に認定された精霊司にしか関係ない精霊機については、そもそも学んでいないのである。精霊鉱に関する専門的な研究など言わずもがな。
精々資材の搬入や移動などの力仕事では役立てるだろうが、わざわざ前線から人材を呼び寄せてさせることでもあるまい。仮にもセルジュは二等精霊司としては名の知れた人材なのだから。
そんなセルジュの様子を暫く眺めていたフォルスは、不意を突くようにして呟いた。
「最初の精霊機がこの国に登場してもう四十年くらいかな」
「うん?」
唐突に何を言い出すんだと、セルジュは隣の男を見やる。
「それまでにも精霊鉱を用いた武具を媒体にして精霊の力を強く発現させる行いはあったけど、所詮は溢れる精霊のマナの片鱗を発揮する程度でしかなかったからね。精霊の持つ本来の力を全力で発揮することが出来る精霊機が戦力の主軸になっていくのは当然の流れさ」
「まあそうだろうな」
フォルスの言っていることはセルジュも訓練校で学び知っている。
媒体を用いても断片的にしか発揮することの出来なかった精霊の力を、十全に発揮することを可能にした巨大な鎧。初期に製造された精霊機の数は微々たるものであったが、その実力は遺憾なく発揮された。精霊機の絶大な力は王国による大陸東部の統一をもたらし、一説によれば精霊機が無ければ王国の東部統一は今も実現されていないだろうとすら言われている。
「精霊機は王国戦力の主軸だ。これからもより強く、より性能を増し、進化を続けていくだろうね。これからの戦場の主役は精霊機になる。そうなった場合、精霊機の保有台数はその勢力の戦力に直結することになる」
かつての戦場の花形は大地を駆ける騎兵、そして精霊鉱やミスリル製の武具を纏った生身の精霊司達だった。だが現在ではそれらの地位は大きく減じている。それが精霊機の存在に由来することは説明するまでもないことだ。
「精霊機の保有数を増やすことは、これからの時代において必須事項だ。さて、その場合どうすればいいと思う?」
「……」
現在、エストランジュ王国の精霊機の保有台数は九百ほどだと言われている。
この数は王国騎士団だけではなく、各地の貴族領主達が私設し保有している騎士団も含めての数であり、歩兵や騎兵などの兵種を含めた軍全体の比率から見れば極僅かに過ぎない。
その理由は精霊機を構成する素材に稀少鉱石であるミスリルや精霊鉱を大量に使うということもあるが、それ以上に精霊機という存在が一等精霊司という選ばれた者達にしか扱えないという明確な枷が存在するからである。
ならば、どうすれば良いのか。
「その答えは単純だ。精霊機が一定のマナを保有する精霊がなければ動かせないというならば、その敷居を下げれば良い」
その言葉にセルジュは目を見開いた。
「まさか。そんなのは夢物語だろ?」
精霊機とは一等位以上の精霊司――何代にも世代を跨いで血と才能を重ね、己が内に宿る精霊の力を増してきた貴族のみに扱うことの出来る、選ばれた力なのである。それを二等精霊司が扱うなど、俄には信じられない話だった。
呆然とした様子で呟くセルジュをフォルスは暫し見やった後に、小さく息を漏らす。
「貴族ならともかく、平民である君の口からそう言われると、固定概念っていうものはつくづく恐ろしいと思い知らされるね……。それとも王国貴族の端くれとしては、我が国の教育は抜かりなく行われていると誇りに思うところなのかな?」
自嘲とも呆れとも判断のつかない、困ったような微妙な表情でそう呟いて、
「時が経てば技術は進化するし、人を取り巻く環境も変わる。――さっきも言っただろう、精霊機を構築する素材に関しては日夜研究が行われていると」
「技術の進歩がそれを可能にしたって?」
「そうさ。ジストロン=マルケーニが錬成に成功したしたマナプール鋼によって、これまでの常識は過去のものへ。新たな時代へと動くことになるのさ」
「……マナプール鋼」
全く聞き覚えのない名前を呟いてみるも、セルジュに口にはいまいち馴染まなかった。癖のある木の実を口にしたような、ざらりとした違和感が舌の上に残る。
「マナプール鋼は精霊鉱と他金属を用いることによって生み出される新合金だ。この合金にはこれまでにない特異な性質があってね。同色のマナを一定量まで蓄積し、周囲のマナの流れに沿って放出することが出来る」
「マナの……蓄積だって!?」
その性質の意味をセルジュは直ぐに理解し、驚きの声を上げた。
二等精霊司に精霊機が扱えない原因は、言ってしまえば身に宿る精霊の力が弱いから。つまりはマナの最大出力が劣っているからだ。だがマナプール鋼のマナを蓄え放出するという性質を利用すれば、それを補うことが出来るということである。
「本当にそんなことが可能なのか……」
セルジュは暫く自分のその考えを呑み込むことが出来なかった。
精霊機は貴族位を持つ一等精霊司のみに許された力。そういう事実を受け入れてこれまで戦ってきたセルジュにとって、二等精霊司が精霊機を扱うという話が全く現実味を帯びなかったのである。
フォルスはそんなセルジュを眺めながらも、止めていた足を再び進め始めた。セルジュは慌ててその後を追いかける。
「話を戻して、君がここでするべき仕事の説明をしようか。現在第二工房では件の新合金を利用して建造された新型精霊機の開発が進んでいる。既に計画は最終段階、セルジュにはその協力をして貰う」
「新型の精霊機……。マナプール鋼を使った機体がもう出来上がってるってのか」
俄には信じられない話だ。
力の象徴、貴族の象徴。
強大な精霊の力を存分に振るうために用意された、巨大な鎧の形をした祭壇。その巨大な手に持った武器の一振りで何人もの敵を打ち倒し、精霊のマナを操り超常の現象を起こして戦場を支配する。それが精霊機だ。
――それを、俺が……?
喜びや驚きというよりは、困惑の色が強い。つまりは、事態を正しく認識出来ていない、或いは信じられていない。
「どうも気持ちが追いついていないみたいだが、これは事実だよ。精霊機の絶対数を増やすことを目的に、ここ第二工房では長い間研鑽を積み重ねてきたのだからね」
フォルスに連れられて通路を歩き辿り着いたのは、これまででも一際広い空間だった。その気になれば何百人もの人間を収容出来そうな施設の中を、作業着を着た人間達が幾人も行き交っている。
「――」
だが、彼等は全て雑音だった。
この広大な空間は全てその存在のために用意されたものであり、それ以外のものは全て余計な要素に過ぎない。
広いその空間の中で、その巨体が全ての中心として位置している。
人の形を摸した、歪な、巨大な鎧。
それが、闇のように深い影を落としている。
セルジュは出すべき言葉も見失って、ただ呆然とその姿を見上げた。
「これが王国史上……いや、大陸史上初の二級精霊司用量産型精霊機――〈アルテナ〉だ」
横に並ぶフォルスの声がセルジュの鼓膜を震わせた。