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大陸の精霊司の軌跡  作者: ドアノブ
六話 魔獣
24/26

上層会議

  王都グランテア。

  建国以来一度として血に濡らしていない白亜の壁を持つ王国の中央。その中央に高く、堅牢に聳え立つ王族の住まう城。

 その一室は、かつてから軍議の場として使われる会議室だった。

 その席は殆どが埋まっているにも拘わらず、酷く静かだった。空気そのものが質量を持ったかのような、あるいは光の届かぬ水底にいるかのような重い緊迫感と、張り詰めた空気がその場を満たしている。

 今いる面々は元帥や、各軍団の長といった軍に携わる者の中でも重鎮のみである。彼等の表情には遊びのようなものは無く、手元にある王国印入りの報告書をただじっと見つめていた。


「——さて」


 そう最初に声を発したのは、頬がこけた白髪の老人だった。

 手足が異様に細く、風が吹けば崩れてしまいそうな印象を受ける。だがそんな彼こそが先代の王の時よりこの国の宰相を務め続ける、名実共に国政の頂点である。

 軍人ばかりのこの場において骨のような宰相だけが浮いているようにも思えるが、彼が参加している場というその意味を考えれば、この集まりがどれだけの意味を持っているかということが推し量れるだろう。


「事態は各々で把握しているのだろうが、まずは共通認識が必要だな。——グランス卿、お願いしてもよろしいか」

「御意」


 骸骨のような宰相の要請に頷き、一人の男が席を立った。

 太い幹のような、重い声。だが怖さはなく、むしろ人によってはその中に暖かみのある優しさのようなものを見出すかもしれない。

 王都に常駐する第三王国軍の団長であるグランスはこの中では若輩の立場である。齢三十七で若輩というのも違和感があるかも知れないが、その若さで一つの軍団の頂点に位置する人材は歴代で見ても決して多くはない。


「今から三ヶ月ほど間から王都から見て西南——フラグス領の都市パザッツ付近で魔獣被害の報告が増えていました」


 そう口にして、グランスは卓上に広げられた王国内の地図を指差す。

 都市パザッツは王都とフラグス領の境界線近くに存在する都市であり、西や南の領地から王都を訪れる際には大抵の場合通過することになる、各地の物流が行き交う交易の拠点であった。


「目撃されていたのは小型の百足型魔獣。個々の戦力は大したことはなく、市井の傭達でも十分に対応出来る範囲です。ですが報告の数が増えていたのでパザッツ伯爵の私設軍、そして近隣の砦に駐留していた王国軍も手を貸して定期的に排除することでこれまで対応してきました。実際それは一定の効果を上げていたと思っています——……が、」


 グランスはそこで一度言葉を切り、地図上にあるパザッツよりも更に西側の街道周辺を大きな線で囲う。


「一月前にて、ロンセム道路にて百足型魔獣の大量増殖が確認されました。正確な数は不明ですが万は確実に超えているようです。また小型のみならず、中型、大型の魔獣も視認されています」


 この場にいる全員が事前に知っている情報ではあったので驚きこそなかったが、誰もがその事態を重く受け止めているのは明白だった。

 万を超す魔獣の出現。それも、ここ王都グランテアから極端に距離が離れているわけでもない。

 情報統制の成果もあり王都の市民には殆ど気がつかれていないが、それも今だけの話だ。物流に影響が出れば絶対に誰かが気がつく時が来る。そして万を超す魔獣が出現したと聞いたときに、民衆達がどのような反応を示すのか。

 不安に思うだけならばまだ良いが、恐慌状態に陥り暴走でもすれば多くの被害が生まれることにもなりかねない。


「以降、同規模のコロニーを少なくとも三箇所で発見。……付近にあった戦力が常駐していない村の幾つかも犠牲に、行方不明となっている行商人や傭兵達も……現在はフラグス伯爵の領軍と王国の駐留軍が協力して近隣の民達の避難活動に当たっています」


 言葉の最後、犠牲を口にしたときのグランスの顔は怒りと痛ましさの同居したものだった。集まった中で同じような表情を浮かべている者は少なからず存在している。

 そんな中で、軍団長の一人が問う。 


「で、魔獣が突然増えた理由は何だ? まさか分裂したわけでもあるまい?」

「学者達によれば交配による短期間の自然繁殖とは考えづらいそうです。どこからか移動してきたと考えるのが自然だとのこと」

「どこからとは、どこのことだ?」

「……恐らくは中央山脈跡地。あそこでの戦闘行為が関係しているのではないかと」

「前回の結界塔攻略と、魔獣の目撃情報……その時期が重なる、か」


 苦虫を噛んだような呻きが会議室に響き渡る。

 魔獣といえども生物には違いない。何か理由があれば不快に感じ、移り住みもする。もし大陸中央で戦場となった付近に住んでいた魔獣が戦闘の影響でこちら側に移ってきたのだとすれば、軍に携わる者としてはやりきれない気分になるしかなかった。

  王国の利益と民を守るために存在するはずの軍の動きが、今回の事態をもたらしたのかもしれないのだ。

 そんな中で痛ましさを浮かべた表情のままに宰相が続ける。


「……問題は民達への被害だけではない。もしこのまま魔獣の生息域が広がり続ければ、大陸中央部の戦線にも影響が出てきてしまう」


それはこの場の誰もが懸念していることであった。

 この場にいる者達にとっては改められるまでもないことだが、現在エストランジュ王国は西方の国々と戦時下にある。

 クラウシュト侯爵旗下の活躍によりグランダナ樹林の先に存在した敵国の砦と結界塔を破壊し、王国の実質的な支配範囲を広げたのは周知の事実であるが、未だ緊張状態は続いている。

 現在大陸中央部の戦線では、新たな結界塔と砦の建築の最中である。

 現地で調達出来るものも存在するが、大陸の地脈を利用して護法結界を展開する結界塔には専用の工房で錬成した素材や部品が大量に必要になる。それらの部品や、建材、他にも食料や武器、消耗品などは全て王国から輸送しているのである。

 だがもし今回の魔獣によって兵站や資材移送に悪影響が出ればどうなるのか。その結果、前線でどれだけの被害が生まれるかは未知数である。

 最悪、兵站が途切れたことを敵国に知られでもすれば全面撤退すらもありえるかもしれなかった。


「むう……下手をすれば炎獣以来の被害規模になりかねないな」

「左様。その為にも極めて迅速に、我々はこの魔獣共を駆逐する必要がある」


 この場にいる誰もがその重要性を理解している。

 故に異論など上がろうはずがなかった。


「……この魔獣共の目的はなんだ? ただ移動しているだけか?」

「恐らくは、捕食だろう、と。中央部から大移動をしてきた奴らは体力を消耗していて、空腹の可能性が高い。人間だけではなく周囲の生き物は根刮ぎ喰らっていっているようです」

「ふん、悪食か。タチが悪いな」


 質問に答えるグランスに一人が悪態をつく。

 生物が当然の欲求として持ち合わせている捕食と言えども、これだけ大規模且つ無差別になってしまえば破壊行為に相違なかった。


「具体的な話に移らせてもらう。数は三万以上とはいえ、その殆どは一般人でも対応出来る小型だろう。精霊機の相手ではない。故に問題視すべきは大型魔獣、その数ということになる」


 宰相の言葉には、やはり反対意見は上がらない。

 そう。

 かつての時代ならばともかく、精霊機という強大な力を人類が手にした今、小型の魔獣などは相手ではない。敵の数が万の三倍であろうが、王国が所有する精霊機を立ち向かわせれば鎧袖一触の存在でしかない。

 問題は精霊機に比肩しうる可能性のある。大型魔獣であった。

 精霊機登場以前は生ける災害とも呼ばれた、破壊の権化。今でこそ精霊機によって討伐が可能であるが、決して油断して良い相手ではない。

 実際、大型魔獣を相手にしての精霊機の破壊報告は幾つも存在している。


「魔獣の正確な数は不明ですが。最低でも大型魔獣の数は八十を超えていそうです。大型未満小型以上の中型も多数確認されています」

「おいおい、一昔前だったら王国滅亡の危機じゃねーか」


 かつては災害と言われた大型魔獣が複数存在している群。

 時代が時代だったならば、為すすべも無く蹂躙されていたことだろう。


「……だが今はもう違う。魔獣共が暴れるのをただ見つめて、天に祈る時代はとうに過ぎ去っている。大陸東部を平定して見せたこの王国を魔獣如きに荒らされるなど、我慢ならぬことだ」


 軍の頂点。

 元帥に位置する者の言葉には大国であるからこその自負と威信、そして魔獣が跋扈する現状に対する憤怒の情が籠もっていた。

 その男の体内から発せられる気迫に会議室の空気が軋んだ音を聞いた気がした。

 その場にいる誰もが気圧される。宰相を除けばこの場にいるのは各軍団の長という立場であるにも関わらず、その感情が己に向けられたわけでもないというのに。

 例え味方だと分かっていても、元帥という立場の男が露わにする怒りの感情は本能的な恐怖を掻き立てられた。


 僅かな静寂。

 その立場故にか、宰相が真っ先にどうにか気を取り直して話を戻した。


「……先程話に出たコロニーだが、その付近で巨大な穴も同時に発見している。偵察隊よりその穴から虫たちが湧き出ているのは確認済み、この穴こそが奴らの住処の入口だろう」

「……巣穴か。やつら、地中を移動してきたのか」


 三万を超えるという数。 普通であれば事前に察知していて然るべき規模の大移動であるが、魔獣が地中を掘り進んできたのだとすれば納得がいく話だった。


「この場にいる者達には改めて言うことではないだろうが、虫型の魔獣には例外なく種族を統轄、繁殖を行う女王がいる。それを駆除しない限りは現在の事態は収束しない」


 これほどの規模はそうそうあることではないが、王国は長い歴史の中で幾度となく魔獣と戦火を交えてきた。当然それらは王国の中で知識として蓄積され、現代に至るまでノウハウとして伝わってきている。


「……で、その為の作戦がこれってわけか」


 手元の紙面を各々の軍団長達は眺め、僅かに思案する。


「女王討伐用の突撃部隊を編成。巣穴までの道を軍で切り開き、突撃部隊の突入を援護する、か……大規模精霊行使は用いらないのだな……」


 どことなく不満が残っていそうな口調で軍団長の一人が言う。

 相手は知恵も何も無い、本能に忠実な魔獣。結界塔のような護法機能など持ち合わせているはずもないことを考えれば、特級精霊司による大規模精霊行使での範囲殲滅が最も効果的だということは言うまでもないことだろう。

 その疑問は予め宰相も想定していたのか、大した間も挟まずに返答した。


「残念ながら、クラウシュト侯爵の大規模精霊行使の影響がまだ残っているのだ。ここでそれを無視して再び大規模精霊行使を行えば地脈への影響が大きく、数十年に渡る影響がでる可能性がある。例え魔獣を駆除出来てもそれでは意味が無い」

「ち、あの非常識め……力が強いというのも良いことばかりでもないか」


 王国に特級認定された精霊司のみが実行出来る大規模精霊行使。

 戦場の盤面を根刮ぎひっくり返すような威力を持っているが、その影響とて時間が経てば回復する。数ヶ月前に行われた大規模精霊行使の影響が未だに残っているなど、普通では有り得ないのだ。ましてやクラウシュト侯爵が行ったのは、王都から離れた大陸中央部の戦線である。

 歴代最強の精霊司と呼ばれる彼女だからこそであるが、今回はそれが完全に仇となった形であった。


「突撃部隊など編成せず、地上の敵を全て掃討した後に巣穴へ乗り込むのではダメなのか?」

「数が数だ。殲滅にはどうしても時間がかかる。その間に女王に逃げられ王国内の何処かに潜伏されれば、それこそ目も当てられん事態になる」

「戦線の先頭は精霊機。歩兵は後方で撃ち漏らした小型の掃討、騎兵は遊撃戦力……投入精霊機は百二十以上。歩兵、騎兵戦力も優に万を超すか。……これではまるで戦争だな」

「相手が人間か魔獣かの違いだけだ。言葉に意味は無いだろう」


 手元の紙面と卓上の地図を見比べながら軍の各々が意見を交わし始める。

 そんな中で紙面に記された戦力概要を眺めていた一人が、その見慣れぬ記述に目を止めた。


「近隣の貴族軍も参加か。まあそれは当然だが……この第二中央工房から来るという精霊機というのはなんだ?」


 王国の技術発展の中枢として存在する中央工房の名は、当然知っている。だがそこから提供されるという三機の精霊機に疑問を覚えたのだった。

 それに答えたのは、偶然それを耳にしたグランスである。


「工房預かりとなっている〈エレス〉が一機。それと、現在試験中の精霊機は既に実戦投入可能状態とのことです」

「——ああ、例の二等精霊司にも扱える精霊機か。確か名前は……〈アルテナ〉だったか。女神とは大層な名前を付けたものだが……使えるのか?」


 未だ実戦を経験していない精霊機。

 それもマナプール鋼という未知の新素材を利用した機構と、二等精霊司という劣る者達が操るという事実。懐疑的な目を向けるのも無理ない話ではあった。


「だが設計技師は〈エレス〉の開発者でもあるジストロン卿だろう。ならば期待も出来るのでは?」


 中央工房の鬼才ジストロン。

 先天色が緑らしく性格に難のある人物ではあるが、その才能は紛うことなき本物。現在王国の一等精霊司が扱う精霊機として採用されている〈エレス〉が傑作だということは、この場に居る誰もが認めていることだ。


「機体が良くても乗り手がな。機体に触れてたかだか数ヶ月だろう。それで十全に能力を発揮出来るとは思えんが」


 この場には〈アルテナ〉の後援を行っている者も多くいる。それは当然期待から来るものだが、それと同時に彼等は〈アルテナ〉を即戦力としては見込んではいなかった。

 この〈アルテナ〉が本当の意味で王国の戦力になるのは、次代の二等精霊司達。〈アルテナ〉が量産され、訓練校時代より精霊機と付き合いしっかりと学んだ世代こそが〈アルテナ〉の真価を見せてくれると、そう思っているのだ。 


 そしてそんな試験機体までもが戦線に並ぶと言うことの意味を、この場の各々は口には出さずとも理解はしていた。


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