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大陸の精霊司の軌跡  作者: ドアノブ
四話 家族
15/26

家族馬鹿

   2


 獣人(セリアン)

 彼らのその見た目は殆ど人間種族と変わりないが、特徴的なのは獣と見紛うような耳やしっぽを備えていることだろう。加えて鋭い牙や爪を備えている者も多く、古くには魔獣と同一視されていた時代もあった程である。

 流石に近年ではそんな誤解も無くなり、交流は浅いながらも比較的穏やかに王国と獣人(セリアン)達は共存して来ていたのだが――その関係が一変したのは今から五年前。

 精霊鋼の大規模鉱脈が獣人(セリアン)種族であるシル族の住処となっていた山脈で発見されてしまったのである。王国とシル族の間で幾度かの交渉の機会が与えられるも、その努力も実らずに――王国とシル族の間で武力紛争が勃発。

 総数二千人にも満たないシル族に対して王国は貴族軍含めた一万五千を派兵。

 後にシル族戦争と命名されたその争いが多数の死傷者を出しながら終焉を迎えたのは、戦争開始から半年後のことである。結果だけで見てしまえば、王国の圧勝であった。


 戦後の最大の問題は生き残ったシル族達である。

 元来二千人以下であったシル族の大勢がその紛争で息絶え、残ったシル族は子供を含めても三百にも満たない人数という有様だった。

 王国は戦後、シル族に対して制限付きながらも王都を含む一部の都市への居住権を与えたのだが、一部のシル族達はそれを良しとせずに王国内へと散らばり、今では野盗となって治安を悪化させる要因となってしまっている。

 何を隠そう、エナーシアがセルジュの自宅でその姿を見て真っ先に思い浮かんだのが、その可能性であった。シル族の生き残りが強盗として押し入ってきたのではないかと、そう考えたのである。

 だがその実態は――、


「訳が分からないんだけど……」


 エナーシアは眼前の光景に頭を抱えたい気分に陥りながら、呻き声を上げた。

 あの後家の中へと案内されたエナーシアの目の前には、セルジュが幅広いソファに深く腰を下ろしている。それだけならば特になんの問題もないのだが、その膝の上には例の獣人の少女がちょこんと乗っていた。そわそわと落ち着かなそうに身動ぎしてはいるが、その緩んだ表情から嫌がってはいないことは明白だった。

 獣人の少女を膝の上に抱えたまま、セルジュは不思議そうにエナーシアを見やり、


「だからこれ、俺の妹。すごくかわいい、最強。な、分かるだろ?」

「それで分かってたまるかー!」


 説明不要とばかりの溺愛具合を見せるセルジュに対して、エナーシアは猛獣のように叫び声を上げた。それを見ていたセルジュの母親は「あらあら」と、何が面白いのかおっとりと微笑んでいる。


「あんたの妹は今訓練校の合同訓練で遠征中なんでしょうが! ここに来る前に散々話してたわよね、あれは嘘だったわけ!? というか、獣人が妹ってどういうことか意味分からないんだけど!?」

「いやいや嘘じゃないぞ? ただ俺には最強無敵にかわいい妹が二人もいるってだけの話で」

「ああもう、話が通じない……」 


 セルジュが家族馬鹿だとはエナーシアも理解していたつもりだったが、ここまでとは流石に想定外である。あと、いちいち妹を誇るセルジュの表情が妙に腹立たしくある。


「実際問題、どういうことなのよ……。まさか、本当に血の繋がった妹ってわけじゃないんでしょうね……?」


 獣人と人間の混血は全く例がないというわけではないが、非常に希である。それを抜きにしても、セルジュとその膝の上に抱えられた獣人の少女は髪の色から瞳の輝きまで違うものであり、血が繋がっているとは思えなかった。


「まあそれにも色々と事情があるんだよ」

「……何よ事情って?」


 血の繋がらない獣人の少女を妹扱いしている事情とは一体何だと、エナーシアは胡乱げな顔をして見やる。その視線に観念したかのようにセルジュは仕方がないと溜息一つ吐くと、膝上の妹の頭をゆっくりと撫でてから、すうっとどこか遠く、古い記憶の中を覗き見るように目を細めた。 


「そう、あれはある寒い日の夜だった……」


 小さく息を吐き出すようにして、かつての埋もれかけていた光景を掘り起こす。


「訓練校時代。誰もが寝静まった夜更けに俺がふと目が覚めると、りんりんりんと空飛ぶ馬車に乗って現れたお爺さんが鈴を鳴らして立っていてな。何でも好きな願いを叶えてくれると言うから、俺は世界で一番可愛い妹が欲しいと切に願って――……」

「絶っ対に馬鹿にしてるわよね!? いくら私でもそれが嘘ってことくらい分かるからね!?」


 最初だけ真剣に耳を傾けていたエナーシアは聞いて損したと柳眉を逆立てる。

 対して、セルジュの膝の上に抱えられていたミルフェルミアは驚いたように兄の顔を見やっていて、


「え……そうだったの!? じゃあ、私の本当のお父さんはそのおじいさん……!?」

「ちょっと待ちなさいよ、そこの獣人! あなたはなんでこんな話を信じかけてるのよ!? 世間知らずってレベルじゃないわよ!?」

「…………………なあなあミルフェルミア、知ってるか? クルカの実の食べ頃って実は――」

「確かに私も世間知らずだけどー! そうですけどー! でも今はそれ関係ないでしょうがぁぁっ!?」


 まだ塞ぎきっていない傷口に触られてエナーシアが絶叫する。

 当初セルジュの家族に対して良い心証を与えようと作り笑いを浮かべようとしていたのも昔の話。セルジュのからかいに顔を赤く染めて抗議するその姿からは、当初の目的は影も形も見受けられなくなっている。もともと取り繕うのが上手な性格でもなし、こうなるのは必然だったと言うべきかもしれないが。


「あ……あのっ!」


 獣人の少女がセルジュの膝から立ち上がって声を上げた。唐突な呼びかけに半ば混乱していたエナーシアはぴたりと動きを止めた。


「えーと……なにかしら」


 落ち着きを取り戻して、エナーシアは改めて目の前にいる獣人の少女を見た。

 王国ではあまり見ることのない宵闇色のつややかな髪と、猫を連想させる三角形の耳。瞳の色は琥珀のように透き通っていて、エナーシアは眼前のこの少女が自分とは違う種類の生き物なのだなと実感する。

 なお、視界の隅に自分の膝上から妹がいなくなって悲しそうな顔をする(バカ)が一人いたのだが、エナーシアはもう気がつかなかったことにした。


「は、初めまして! み、ミルフェルミアといいます! よろしくお願いします!」

「あ、うん、これはどうもご丁寧に。セルジュの同僚のエナーシア=クリートです。よろしく」


 礼儀正しい少女の姿に、エナーシアも思わず素で応じてしまう。すると一体何が嬉しかったのか、獣人の少女は花が咲いたように破顔した。


「エナーシア……あ、御伽話に出てくる湖の妖精様と同じ名前ですね! もしかしてそれが由来なんですか?」

「そうだけど……」

「やっぱり! エナーシアさん、とても美しくてぴったしの名前です。私、最初見た時本物の妖精が現れたのかと思ってびっくりしました!」

「そ、そう? ……ありがと。み、ミルフェルミアもとても可愛いと思うわよ?」

「え、ええー……? 私がですか? えへへ、ありがとうございます! エナーシアさんみたいな方に言われると、お世辞でも嬉しいです!」


 そう言う少女の股下から伸びる黒い尾はぱたぱたと揺れていた。

 物怖じせずに接してくるその獣人の少女の無邪気さに、まるで幼子を前にしているような気持ちになってくる。少女が持つ陽だまりのような明るさにエナーシアもつい笑いを零して――そして、はっとする。


「……て、そうじゃないでしょっ! あなたはあなたで、出会い頭にこっちに飛びかかってきたのは何だったのよ!?」

「あのっ、私のことは是非ミルって呼んでください。親しい方は皆そうしていますから!」

「あ、うん。分かったわ、ミル。私のことはエナって呼んでくれても……って、だからそうじゃなくてぇ! なんであんな紛らわしい真似をしたのかって話でしょうが!? あれでてっきり襲ってきたのかと思ったじゃないの!」


 知り合いの家から獣人が姿を現し、さらに飛びかかってきたとなれば勘違いしても仕方が無い。エナーシアがそう言うと、ミルは照れるように頬を赤らめながら、


「あははは……それはですね、別に襲いかかったわけではなくて……お兄ちゃんとこうして会うのは随分と久しぶりだったので、つい……」


 もじもじと照れながらもそう口にする獣人の少女に、エナーシアは額に手を当てて天井を仰ぎ見た。――セルジュだけじゃなくて、この子もそうなのか、と。

 そんなミルフェルミアをセルジュは真剣な表情で見つめて、


「……なあ、正直これ、俺の妹可愛すぎない? 国宝級だと思うんだけど」

「知らないわよ、このシスコン!」


 脳みそが溶けたようなことを口にするセルジュに怒鳴りながら、もしかしてまだ見ぬもう一人の妹さんもこんな感じなのだろうかと、エナーシアは密かに恐怖した。

 


    ***



 騒がしくなった客間を眺めながら穏やかに微笑んでいるのはセルジュの母、マルナであった。


「悪いな、母さん。連絡も無しにいきなり顔を出して」

「別に構わないわよ。あんたは手紙ばっかで滅多に顔を見せないんだから、こうして来ただけで私は満足よ」


 セルジュの母親であるマルナは元々大らかな気質であり、突然の来客で家が騒がしくなってもまるで気にしない。それどころか最近は子供達が相次いで巣立ってしまって寂しく思っていたので、今のこの喧噪を嬉しく思っているようだった。

 その中でもちくりと釘を刺されて、セルジュは気まずげな顔を作った。


「あー……俺ももっと顔を出したいとは思ってるんだけどさ、中々都合が合わなくて」


 訓練校を卒業して王国軍に正式に編入されてから、セルジュは殆ど王都で過ごせていない。前線に飛ばされてしまえば纏まった休暇も取れるはずもなく、結果として足が遠のく形になってしまう。実のところ、こうして自分の母親と顔を合わすのも一年ぶりであった。

 だが、息子が何故軍の道へと足を進めたかその理由を知るマルナもそれ以上咎めることも出来ず、ただ困ったように溜息をつく。


「まあ、それはいいんだけどね。けれど何度も言うけど、毎回手紙と一緒にお金を送ってくるのは止めなさい。別に息子の稼ぎを貰わなきゃいけないほど家の果樹園は切羽詰まってはいないんだから」

「気にしないでくれ。どうせ余って使う宛の無いものを送ってるだけなんだからさ」


 親子間でこのやりとりをするのはもう何度目のことだっただろうか。セルジュが家に帰るたびに行う、お決まりの会話内容である。

 実家が経営する果樹園が困窮からはほど遠いことをセルジュはもちろん知っていたが、今のところを仕送りを止めるつもりは一切なかった。家を離れ二等精霊司として王国軍に所属している今のセルジュには、それくらいしか両親に出来ることがないと思っているからだ。

 話題に出れば家族愛を語り、誇り、定期的に手紙と共に少なくない仕送りをするセルジュのことを家族思いと評する人物は多い。だが、セルジュ自身はあまりそうは思っていない。本当にそうだったならば、訓練校を卒業した時点で軍へ歩を進めずに実家の果樹園を継ぐ道を選ぶべきだったと、何度となく思ったことがある。

 そんなセルジュの表情からどこまで読み取ったのか、マルナは駄目な息子を見たようにもう一度溜息を吐き出すと、会話を先に進めた。


「まったく……あんた、ちゃんとご飯は食べてるんでしょうね?」

「そりゃ当然。健康な身体は兵士の基本なんだぜ」

「そんなこと言って、あんた。訓練校の時にはどっかのお嬢様のヒモになってたっていうじゃないか。あの話を先生から聞かされた時、私はもう恥ずかしくて恥ずかしくてしかたがなかったんだからね、まったく」

「いや、以前も説明したけどそれは誤解だっ!」


 昔ついた傷の話を持ってこられてセルジュは慌てて否定した。

 だがそれでもエナーシアはしっかりと耳にしていたようだ。彼女はすくっと席を立って、幽鬼の如く詰め寄ってくる。


「セルジュー? どういう話なのか詳しく教えてくれない?」

「恐い恐い恐い!? だから誤解だっての!?」


 何故か柳眉を逆立ててがなり立ててくるエナーシアを、セルジュは必死に押しとどめる。端から見るとじゃれついているようにしか見えないが、両者共に精霊司なので結構な力が込められていたりする。

 それを知っているのか「埃が立つから外でやりなさい」とマルナは呆れたように溜息をつき、ミルフェルミアは何を考えているのかにこにこと嬉しそうに見ながら笑っている。


「それであなた達、今日はいつ頃までいられるのかしら? 偶には家でゆっくりしていってもいいんじゃないの?」

「うーん……そうしたいのは山々だけど、日が沈む前には帰るよ。今日は偶然暇が出来ただけだから」


 詰め寄ってくるエナーシアから必死に距離を取りながら、セルジュは申し訳なさそうな顔をした。

 今日セルジュ達がこの家を訪れることが出来たのもジストロンの気まぐれによるものだ。明日からはまた〈アルテナ〉のテストが再開するであろうし、あまり長居もしてはいられない。


「あらそうなの? 久しぶりに会ったっていうのに慌ただしいのねえ。それなら時間を早くするから、折角だし晩ご飯くらい食べていきなさいな」

「ああ、それくらいなら。じゃあそうしようかな。エナもいいだろ?」

「えっ!? あ、ええ、もちろん構わないというか、とってもありがたい話ではあるのだけれど……いいの? 私がごちそうになっても」

「いや、今更そんな殊勝さを見せられても……」


 家まで半ば強引についてきたのはどこの誰だったか。

 半眼を作るセルジュを横に、マルナは嬉しそうな顔をして腕まくりをしてみせる。


「もちろん良いに決まってるわ。うふふ、久しぶりの大人数だから、お母さん作りがいがあるわあ」


 早速準備に取りかかるのか、そう言って台所へ向かうマルナの背中へセルジュは気になっていたことをふと尋ねた。


「そういえば父さんは? 今日は留守?」

「あの人は果樹園のほうよ。そろそろ栽培の規模を増やそうかって話が出て、その計画を煮詰めてるところ」


 その言葉にセルジュは思わず顔を顰めた。

 セルジュの実家が管理する果樹園は王都ではなく王国南の田舎町にある。


「ってことは、母さんは今男手一人も無しで王都にいるのか? 危ないだろ」


 いくら王都の治安が良いと言っても、犯罪者の類いが全くいないわけではない。そういう者達にとって一番標的にしやすいのは男性の影が見えない女性……つまりは今のマルナのような人物である。

 少し不用心じゃないかと顔を強張らせるセルジュを見て、マルナが呆れる。


「相変わらず心配性ねえ。ミルがいるから大丈夫よ」

「そりゃそうかもしれないけど……」


 獣人であるミルフェルミアは常人よりも遙かに優れた身体能力を持っている。ただの悪漢程度では太刀打ちできないだろう。だがセルジュが言いたいのはそういうことではなく、そもそも犯罪に巻き込まれる可能性を残した状態でいないで欲しいということなのだが。


「さあってお料理、お料理。今日は奮発しちゃうわよー」


 まともに取り合うつもりはないのかさっさと台所へ去って行く母の背中を見送りながら、セルジュは溜息をつく。この分ではマルナが年相応の落ち着きを見せるのはまだまだ先のようだ。セルジュとしては一カ所に留まって静かに暮らしていて欲しいのだが、その願いは当分は叶わないらしい。



取りあえず区切りましたが短いので次を一時間後に予約投稿してあります。

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