表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大陸の精霊司の軌跡  作者: ドアノブ
三話 第二工房の日常
12/26

模擬戦


   6


 試験場の隅には女性職員達に餌付けされた野良猫が廃材の上で丸くなって寝ている。青天の中に白い擦れ雲が浮かぶ、良く晴れた日だった。


 とうとうこの日が来た。

 今日は〈アルテナ〉の動作に馴れたセルジュが初めて、対精霊機を想定した模擬戦を行う日である。これまでセルジュが行ってきたのは〈アルテナ〉に触れた二等精霊司がどの位の期間で使い物になり、どの程度の能力を発揮するかを知るためのデータ計測の側面が強かったが、今回からはより実戦を意識した内容へと移っていくことになる。

 その一番最初に模擬戦という実践的な内容を行うのは、精霊機用の訓練を充分に重ねていない二等精霊司がどの程度自分の戦い方を反映できるかを確かめるためである。

 稼動時間検証に走力テストや跳躍テスト、マナ浸透時の耐久力試験や膂力計測。王都に来て以来その殆どをこういったデータ収集に宛てていたセルジュにとっては、初めての精霊機戦だ。多少の高揚感と緊張があるのは否めない。だが、それ以上にこの日を待ち望んでいる者が第二中央工房にはいた。


 さてここで少し話が変わるのだが、王都に来てから――正確に言えば第二中央工房配属になってから、セルジュは早朝の鍛錬を欠かしたことは一度としてない。その日の調子の確認、そして調整を兼ねている早朝鍛錬はセルジュが訓練校に来る前から行ってきた儀式であり、日常の一部として心身に根付いているものだからだ。

 だが第二中央工房に来てからは少しその様子が変化した。

 まず第一に参加者が増えた。初日に顔を出したフォルスはその後も気が向いたときにふらりと顔を覗かせるようになったし、妙な執着を見せるエナ—シアに至ってはほぼ毎日参加している。鍛錬と言っても身体を鍛えるのではなくその日の調子を整えるが目的のものなので、朝眠そうにしている彼女を見ると別にそんなに頑張らなくてもいいのではないかと思うのだが、それでも彼女は毎回参加していた。

 そして第二に、その鍛錬に加えて最後に模擬戦を行うのがいつの間にか通例となっていたことだ。


『――ふっふっふっ、遂にあんたに土をつけるこの日がやってきたようね!』


 セルジュが乗り込む〈アルテナ〉の前に対峙するのは、もう一機の〈アルテナ〉。

 それを操るのは勿論、王国有数の大領地リゼンシュタールの領軍より派遣されてきたもう一人の二等精霊司、エナーシアである。


『さあ、覚悟は良いかしら? いつでもかかってきなさい!』

『いやまだ開始の合図出てねぇから……』


 やたら気合い入ってるな、とセルジュは若干引き気味である。

 日課となっているセルジュの鍛錬に参加しているエナーシアだったが、その過程で行われた手合わせでは全戦全敗。随分と悔しい思いをしていたらしく、精霊機同士の対戦という今日この舞台で雪辱を果たす心積もりらしい。

 生身に於いてセルジュはエナーシアの遙か上をいく実力者であるが、やはり精霊機の扱いは向こうに一日の長がある。何せエナーシアは〈アルテナ〉が今の形になる前から開発に携わってきた人物だ。こと〈アルテナ〉の扱いに関して、現時点で彼女より詳しい二等精霊司はいないと言っても良い。


『というか、勝ち目が出た途端強気になりすぎだろ、お前……』

『うるさいわね! こっちも必死なのよ!』

『おぅ……』


 セルジュがつい呆れ気味に呟やくと、思ってた以上の大きな怒鳴り声が返ってきた。

 どうやら朝の手合わせで負け続けの毎日は、彼女に思った以上にダメージを与えていたらしい。少し考えてみれば彼女は元々負けん気の強い性格であるし、それも当然のことかもしれなかった。

 対峙する二機の〈アルテナ〉の装備は右手に剣、左手に盾という形である。この二つは〈アルテナ〉の基本的な装備となる予定のものだ。両刃の剣はともかくとして盾という馴れない装備にセルジュは違和感を覚えずにはいられない。

 セルジュの視界の中で、試験場の端にたった人影が持つ黄色い旗が上がるのが目に入る。周囲で観察する向こう側の準備が済んだという合図だった。あとは赤い旗が上げられれば、そこからが模擬戦開始である。 

 初めての精霊機での戦闘。流石のセルジュも自身の内側から湧いてくる緊張は誤魔化せない。


『降参するなら今のうちよ!』

『お前はこの模擬戦の趣旨を理解してるんですかね……』


 降参したら何のテストにもならんだろうがと、半眼になる。

 どうやらエナーシアにとっては、何はともかくセルジュから勝ち星を取ることが重要らしい。目の前のことに熱くなって視野が狭くなる典型である。

 だが油断は出来るはずもない。この場に於いてはエナーシアの方が格上の立場なのだ。セルジュは強者に挑む心持ちでなければならない。

 向き合うは二機の巨人。

 それは外側から見ていても威圧のある光景だろう。これほどの巨躯がぶつかり合うなど、精霊機登場以前の世界では御伽話の中でしかあり得なかった。


「今日はあくまで実践的な戦闘機動をする際に問題が無いかどうかの稼働テストだから! マナを絡めた間接攻撃などは一切禁止。わかってるね!」


 確認というよりは、警告するように試験場の外側からフォルスの大声が聞こえてくる。外側から見ていても分かるエナーシアの闘志に一抹の不安を覚えたに違いなかった。


『了解』

『了解よ!』


 青天の下で緊張が高まる中、とうとうセルジュの視界の端で赤い旗が掲げられた。

 同時、向かい合った二機の〈アルテナ〉は大地を蹴り飛ばして一気に距離を縮める。


『死ねえええ!』

『いや待て待て待て!? それはおかしいだろっ!?』 


 相手の口から出てきたとんでも発言と視界に迫り来る巨体の威容にセルジュは一瞬怯みそうになる。だが今は自分も同じ巨体を操っているのだとすぐに思い出し、正面から立ち向かっていく。

〈アルテナ〉が大地を揺らしながら、握られた巨剣をぶつけ合った。鈍重な轟音が辺りの空気を振るわせ、遠巻きに様子を伺う者達の肌をひりつかせる。

 互いの得物には分厚い布を三重に纏わせているとはいえ、精霊機の膂力は強大無比。鈍器となったそれがぶつかれば装甲を介して中の人間にまで相当の衝撃は伝わるし、訓練といえども必ずしも安全とはいえない。精霊機の力を振るうとなれば、その訓練の中ですら命懸けである。 


『あはっ、やっぱり動きが鈍いわね!』

『うっせっ!』


 聞こえてくる得意げな口調に少しいらっとしつつも、エナーシアの言葉は的を射ている。

 精霊機は第二の自分の身体。マナを通していれば自分の思い通りに動かすことが可能。頭では理解していても、やはり実際にするのとでは微妙な齟齬がある。それはほんの些細な違和感かもしれないが、戦場に於いてはそういったものが致命的な事態を引き起こすことも珍しくはない。

 何よりも白兵戦に於いてその僅かな反応の遅れは、圧倒的な不利要素である。どのくらい戦えるかを確かめるための模擬戦なのだからそこまで熱くなる必要もないのだが、それを理由にあっさり膝をつく程セルジュも諦めはよくはない。


『こんの……!』


 歯を食いしばりながらぎこちない仕草で、左の盾を使ってエナーシアの斬撃を受け止める。

 真上からに近い打ち下ろしの衝撃に〈アルテナ〉の足裏が大地に深く沈み込み、飛沫のように周囲に土を撒き散らした。


『くっそ、盾は扱いづらい……っ!』

『負け惜しみでしょ!』

『事実だっての……ぐぬ!?』


 盾で受け止めた剣を横に弾き飛ばすが、次の瞬間にはエナーシアの操る〈アルテナ〉の蹴りがセルジュの〈アルテナ〉に突き刺さっていた。その衝撃に数歩後ずさると、すかさずエナーシアが間合いを詰めて剣を振るってくる。

 生身のエナーシアと同じ、腕の関節を畳んで速さと隙を減らすことを意識した攻撃。

 それらをどうにか受け止めるも、完全に後手後手。エナーシアが行う連続攻撃に反応するのが精一杯という形になっている。ここまで一方的に虐められるのはどれくらいぶりだろうか。セルジュにとっては久しく経験することの無かった状態。隙を見つけて強引に反撃をしたりもするのだが、エナの盾使いは巧みだ。生身でも剣と盾の組み合わせを生業にしている彼女は謂わば本職だ。淀みが一切無い。


『甘いわ、盾にはこういう使い方もあるのよ!』

『しまっ……!』


 剣が弾かれると同時、エナーシアの操る〈アルテナ〉が盾を振り回す。シールドバッシュ。精霊機の膂力を持ってして横に薙ぎ払われたそれは、セルジュの〈アルテナ〉の胴体を強かに打ち据えた。

 剣と同じように盾にも分厚い布が多重されているとはいえ、すさまじい衝撃が中にいるセルジュにまで伝わってくる。それでも生身のセルジュだったならばすぐさま体制を持ち直すことが出来ただろうが……精霊機と肉体の齟齬。数瞬の動きの遅れがそれを不可能とした。

 精霊機に馴れていないが故に生じた動きの遅れ。

 セルジュの〈アルテナ〉が盛大な音を立てて背中に土を付ける。そして、そこにすかさず致命の剣が突きつけられた。


 勝負あり。


 精霊機の中。苦々しい顔をするセルジュの視界の先には、陽光を浴びて光り輝く巨大な人型鎧。


『あはっ……あはははは! やったやったー! セルジュに勝ったー!』

「……」


 子供のようにはしゃぐ笑い声。

 突きつけられる巨大な剣先、その背後にエナーシアの得意げな顔が浮かんでいるかのようで、セルジュは思わず苦い表情を浮かべて舌打ちを漏らした。


   ***


「思ったよりもあっさりと負けましたね」


 目の前で行われている模擬戦を観察しながらフォルスは言った。

 当然と言えば当然。順当な結果ではあるが、そうはならないのではないかと思っていた自分もいたので、少し意外に思う。精霊機に関して異例な程の順応性を見せているセルジュならばもしかしてと思ったのだが、結果は見ての通りだ。

 二機の〈アルテナ〉は既に起き上がり直して、早くも二度目の模擬戦を始めている。やはり内容を優勢に進めているのは肩に侯爵家の紋章を刻んだ〈アルテナ〉である。


「まあこんなものだろう。ワシとしてはむしろ想定よりも努力した方だと褒めてやってもいいが」


 ジストロンはもともと期待していなかったのか、結果については特に何の感慨も感じさせない口調で言った。その両目は真っ直ぐに模擬戦を行う〈アルテナ〉を見つめており、それはつぶさに対象の観察を続ける研究者の姿だった。こういう時のジストロンは比較的話が通じるので、フォルスとしても気が楽だ。


「これまでのセルジュ二等精霊司のデータからしても、単純な馬力に問題ないはずだが……速度……いや、反応の差か?」

「……確かに、どこかぎこちなさのようなものを感じますね」


 あれ以来、フォルスもセルジュの朝鍛錬に時々であるが参加している。

 だから分かるのだが、今の〈アルテナ〉の動きには所々の洗練さのようなものが欠けている。剣と盾という組み合わせに慣れていないことを加味しても、もしセルジュが実力通りに動けていればもっと拮抗しているはずだった。


「エナーシア君とセルジュ二等精霊司が生身で戦った場合の実力差はどのような感じなのだ?」

「圧倒的にセルジュが勝っていますよ」


 朝の鍛錬のことを知って嫉妬して以来、エナーシアは毎朝欠かさずにそれに参加している。そして最後に軽く手合わせをするのがいつの間にか通例となっているが、フォルスが知る限りでエナーシアがセルジュに勝ったことは一度もない。


「……生身の鍛錬と精霊機の習熟を並行してして学んできたこれまでの上位精霊司と違って、二等精霊司達は自身の精霊に合わせた確固たる戦型を持った上で〈アルテナ〉を扱うことになります。その弊害かもしれませんね」


 思い返してみれば、かつてのエナーシアも〈アルテナ〉を動かせるようになってから自分の動きと精霊機の動きの差異には随分と苦労していた。それでも彼女は元々剣と盾の扱いに慣れていたが、セルジュは盾の扱いについては未熟だ。


「ふむ……生身で鍛え上げられているが故に生じる齟齬と反応の遅れか。今後の課題になりそうだな」


 思わしくない事態に激昂することも無く、ジストロンは顎を擦りながら言った。いつもこのくらい余裕を持っていてくれれば良いのだがと思いながら、フォルスは頷く。


「しかし、やはりデータが圧倒的に不足していますね。……セルジュだけじゃなく、もっと多くの二等精霊司を寄越すように要請した方が良かったのでは? これ以上〈アルテナ〉の試作機は増産出来なくとも、今の二機を複数人で回していけばもっと多くの試験データが得られたでしょうに」

「ふん、今の頭の悪い貴族共に理解させるのに必要なのは実績なのでな。必要なのは紙上の数字ではなく、分かりやすい実績だ。その為には数十のデータよりも一人の習熟した精霊司が欲しい」


 ジストロンが言っているのは、〈アルテナ〉開発に否定的な意見を募らせている貴族達のことである。

 ジストロンの錬成したマナプール鋼とそれを利用して開発した〈アルテナ〉は画期的な発明ではあるが、それ故の問題もある。

 習熟訓練、コスト、配備計画、生産規模、それらに伴う部隊配置の変更、諸々の費用――。

 特に権力を重視する貴族達が懸念しているのが、これまで貴族の特権であり象徴であった精霊機。それを扱う者が平民出身の者達までに広がってしまうことにより権威の低下である。


 もし〈アルテナ〉が正式に採用され運用の軌道に乗った場合、その総数は既存の精霊機数を大きく上回ることになる。直接的にこそ口にはしないが、精霊機を利用した反乱を憂慮しているのだ。特に善政を敷いていないと自覚している貴族ほど強固な反発を示していた。

 そういった者達は幾ら紙面上で優れた数字を見せても決して納得しはしない。彼等を黙らすのに必要なのは、誰にも言い訳しようのない即物的な結果だった。


「でもその機会がありますかね? 最悪、このまま干される可能性もあるのでは?」

「貴族も無能ばかりではない。そもそも今反対している奴らなど所詮は悪あがきに過ぎんのだ。そうでもなければ〈アルテナ〉の開発計画は試作機が出来る前に潰されとるわ」


 そう言った直後、再び一機の〈アルテナ〉が土を付けられた。地響きと共に沈黙するその精霊機がどちらのものかは言うまでもないだろう。驚異的な順応性を見せたセルジュといえども、どうやらこれには時間がかかるようだ。

 予定通り二戦で模擬戦を終えて、工房の職員達が慌ただしく動き始める中でフォルスはそっと溜息を吐く。


「理解はしました。……でも、これをそのまま報告するとまた五月蝿く言われそうですね」


 自分の想定する動きと精霊機の齟齬という二等精霊司特有の欠点を報告すれば、そこを意気揚々と指摘する貴族達がいるのは目に見えた。事実だけに強く否定も出来ないので、そのときのことを考えると今から暗鬱となる。

 ジストロンも想像したのか、年老いた天才技師はその眉間に深い皺を作る。


「むむ、それは面倒だな……。よし、言い訳は君が考えておきたまえ!」

「……いや、面倒ごとを押しつけないでくださいよ」

「なにをいうか! それが君の仕事だろう!?」

「違いますからね!?」


 会議での〈アルテナ〉の進捗報告は工房長であるジストロンの役目であるし、別にフォルスは彼の秘書をするためにこの場にいるわけではないのである。本来であればそもそも会議に出席することすらおかしいはずなのだ。

 そんな思いを込めたフォルスの切実な叫びは、誰に伝わることもなく広い試験場の中へと溶けて消えていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ