お安くない
「こっちで食べよう」と、麻奈ちゃんは私を手招きして呼ぶ。
私は昨日まで同じ配置の担当の女の子と同席して昼食を取っていた。
「休憩中まで、引っ付いてることないよ」
と麻奈ちゃんが座る席の右斜めで後ろ向きに腰を下ろしている女の子をじろりと、睨みつける。
今配属になった部署でその女の子は班長ということを聞いていた。そして――。
「私より遅く入社してるのに、あっちが正社員にさせられてるの。それも、3ヶ月で!」
麻奈ちゃんは眉を吊り上げながら言う。それは女の子とまるで張り合っている様子だった。
私は弁当箱の玉子焼きを箸で挟み、ぱくりと口に含むと咀嚼した。
「偉いね、志帆ちゃん。弁当持参するなんて」
麻奈ちゃんはコンビニのハムが具材のおにぎりと、カップ麺を交互に食べなから、そう、言った。
「年配の方に紛れて、あのこも麻奈ちゃんも、役職がついてるなんて、凄いよ」
「私は岡村さんに断ったけどね。あんまりいいものじゃないよ」
カップの中のスープを飲み干し、麻奈ちゃんの口から大きなゲップが吹き出された。
くすくす、と、何処からか笑う声がして、麻奈ちゃんの顔がたちまち険しくなっていった。
その視線の先に、岡村さんを囲むように、女の人ばかりが五人、座っていた。
――あれが《彼女》と言ってた人達?
――正しくは、取り巻き……。
私は、ひそひそと、麻奈ちゃんとそんなやり取りをした。
それっぽく見えない……。どっちかと言えば、岡村さんも、折り紙つきのような、人達に感じた。
〈大人〉だし、ましてや此処は会社。社内の状況や情報だって、嫌でも耳にいれないといけない筈だ。
そして、その人達もきっと、自分を思いきり主張して……。
――想像が、止まらなかった。だんだん、麻奈ちゃんの言ってたことに納得していく……。
午後から、社内は一気に修羅場となった。
どたばたと、駆け出す人、製品を待つ配送担当の催促。そんな最中に混じって、作業をする岡村さん。
目が自然と、向いてしまう。その度、岡村さんも、笑みを溢していた……ような、気がした。
業務内容を一日でもはやく覚える為、言われるがまま、動き、そして、メモをとる。
班長の女の子は少し、むっつりとなって、業務が終了した時刻に「お疲れさまでした」と、挨拶して、さっさと、帰宅の準備をして、とっとと、去っていった。
食堂で、私と麻奈ちゃん、そして、他の部署の女の人と、椅子に腰かけて雑談をしていた。
「おいおい、会社に泊まるつもりか?」
かちゃり、しゃらりと、いっぱいの鍵を手にする岡村さんが、入ってきて、私達が腰を下ろす側に近づき、そして……私の前の席に座った。
ふわりと、舞い上がるような錯覚していると
「よかったな、友達が出来た様子だな」と、岡村さんは私をじっと見てそう、言った。
笑ってる顔が……何となく安心。一日中、業務でくたくたの筈なのに、それすら何処かに飛んでいってしまった。
「はい、おかげさまで、楽しく、勤務することが出来ます」
「そうか……」
岡村さんは、再び笑みを湛える。
――心地よい……。そんな感情が、私の思考に被さっていく。
それから、私達は半ば岡村さんに追い出されるように、食堂から出ていき、会社の駐輪場の前で、立ち話をする。
「あ、家に帰って晩御飯作らないと」
麻奈ちゃんが、焦る顔をして、みんなに言う。
「同棲中なんだよねーっ。麻奈」
「……玲衣さん、また、明日朝からそっちに寄るね」
麻奈ちゃんはちょっとはにかみながら、自転車のサドルにまたぎ、ペダルに足を乗せると、いそいそと、走らせていった。
「あんたも、おいで。家、目と鼻の先だから」
玲衣さんはそう、言って、会社の目の前にあるアパートへと、すたすたと、向かっていった。
私もバス停に足を運び、時刻表を確認する。
後、10分もある。ベンチにすとんと、腰を降ろすと同時に、クラクションの音に、はっと、驚愕した。
運転席の人が……岡村さんに似ていた。
ぼんやりと、思いに更けていると、路線バスが停車して、私は、閉まりかける乗車口に、慌てて、飛び込んでいった。




