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風、薫る  作者: 鈴藤美咲
10/23

遠くて近き

 岡村さんはアクセルを踏み続ける。

 私は口をひたすら閉ざしたまま、まっすぐと姿勢をただして腰かける。


「まだ、点灯していたな」

 街路樹に瞬くイルミネーション。岡村さんからぽつりと、呟きが聞こえる。


 ぐんぐんと、何処を走っているのか判らない。


 ライトに照らされる畦道。


 街灯りがぽつぽつと、広がる。


 ようやく、其処が通勤時にバスの車窓から眺める小高い山の見晴台と気づいたのは――。



 ――志帆……。


 ライトが消され、私が座る席のシートベルトを外しながら呼ぶ岡村さんの息が耳元に吹き込まれる。


 どうしよう、どうしよう、どうしよう。


 言葉が出ない。


 するすると、岡村さんの指先が私の髪をすくいあげる。


「岡村さん、いいのですか?」

「何故だ?」

「だって…………」


もう何も言えないくらい程に岡村さんが被さっていく。


 ふんわりと、石鹸の香りがして頬に手の温もりが伝わり――。



 ふるん、と身体が震える。



 ――どうして私なのですか?


 ――純粋だから………。


 唇が……重なりあった。


 思わず私も両手を岡村さんの背中に乗せていくと、岡村さんは更にぐいっと、私にくっついてくる。


 風が身体の中に吹き込まれる。そんな、感覚が迸る。


 ふわり、ふわふわ。

 そよそよ。


「ふう」と、甘そうなため息を吐きながら岡村さんはようやく私から離れていく。


「ちゃんと、出来るんだ」

「何ですか? その、意味は……」

「聞きたい」

「嫌です」

 

  なら、もう一回――。


今度はもっと深く、柔らかくと唇を動かす。

その度、息が岡村さんの中に吸い込まれていく。

「はあ…… おまえ、激しすぎる」

「迫ってきたくせに、何ですか………」


 岡村さんは私の胸元に手を乗せて唇を首筋に重ねていく。


「ま……待って」

 やっとの思いで岡村さんを引きはなして、息を何度も吐いていく。


「俺は、まだまだだぞ?」

「勝負事みたいに言わないでください」


 岡村さんから微笑混じりの息がふわりと届く。


 ――はい、判りました。


 頬にキス。


 エンジンが掛かりライトが照らされると、来た道をまた走り出していく。


「おまえにあの山のてっぺんから夜景を見せたかったから……」

「よく、見えませんでした」

「今度はちゃんと見せてやる」

「いつ、何処でですか?」

「随分、大胆な言い方だな……」



 ――この前の場所で降ろしていいか?


 ――はい。



「麻奈への推薦状を今日提出した」

 駐車場に停車したと同時に岡村さんは言う。


 正社員。麻奈ちゃんの念願が叶うと思ったとたん、目からぽろぽろと涙が溢れてきた。


「何故、泣くのだよ」

「友達が、会社に認められるからです」

「会社というより、おまえがだよ……」

「岡村さんだって、麻奈ちゃんをいつも気にかけるような事をされていたくせに!」

「何だか、俺がまるで麻奈に下心丸出しみたいに聞こえるけど?」

「其処までは言ってません!」


 鼻で笑うように、岡村さんの声色が変わる。

「とにかく、麻奈は現場から正社員にさせてほしい。その声が、俺も動きやすかったのさ」


 ――あとは、本人の踏ん張り次第だ。


「それだけ、今の会社の体制は厳しいのですね?」

「ああ、前の立場が良かったと麻奈もいずれ思う筈だ」


 岡村さん、麻奈ちゃんの何もかもを気付いていたと思ったら――。


 私のこともひょっとして?


 やっぱり私はただ岡村さんの表面的な処しか見てなかった。でも、それでも――。


「志帆、おまえは今の配置を仕切れるレベルまで実績を積め!いいな?」

「はい!」


明日は我が身。

私も目指すものは変わらない。


寝る前に今まで業務内容を筆記しまくったノートを読み返す。ボロボロの角、走り書きの文字、見本にと張り付けてる伝票。


 布団に入り込み瞼が重くなる。

 まばらな今日の出来事を思い出してしまい、目覚まし時計が鳴り響くまで結局は眠れなかった。

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