天才と天才と凡人蓮太郎 第一戦 ジャンケン
◇◇◇◇◇
天才と天才が勝負をする事になりました。
まずは、ジャンケン。
1週間後、勝者が決まる。
◇◇◇◇◇1週間後
A「ふっ、天才であるこの僕が、君のようなエセに負けるとでも?」
B「ほざけ三下。偽物と本物の違いを教えてやっから目ぇかっぽじって俺の勇姿を焼き付けておけ」
どちらも自信満々のようです。
おや、近くにいた天才でも何でもない蓮太郎君が、審判を務めることになりました。本人はとても嫌そうですが。
蓮太郎「早くやってくれ」
A「もちろんだとも。心配することはない。是非とも僕の勝利を確信していてくれ」
B「手間かけさせて悪いな。すぐ終わらせるから安心して見ててくれよ」
蓮太郎「……はぁ」
蓮太郎君、心底気怠げに。
時々目の前の2人が天才かどうか、疑問に思うときがあります。
蓮太郎(何でもいいから、早くやってくれねえかなぁ。ジャンケンなんて運の勝負だろう)
蓮太郎の表情を見て、天才2人はほくそ笑みました。
A(ふっ、彼はきっとこう思っているに違いない。『A様の勝利は決められた事だし、何でもいいから早くやってくれ。ジャンケンなんて運の勝負だろう』 ……と。
ふっ、甘いよ蓮太郎君。前半はともかく後半は間違っているぞ。ジャンケンは運。それは一般的に正しいかもしれないが……)
B(少なくとも天才は一般ではない。この勝負は、始まる前から始まっているのだ)
相手の思考を読み取り、最初の一手を予測する。しかしそんな簡単な事、相手もするだろうと裏を読み、しかしそれも読まれているだろうから裏の裏を読み、それも読まれてるだろうからーー
が、それはまだまだ、天才の域ではない。本物の天才は、やる事が違う。
B(……ふ、ふふ、フハハハハ! どうやら気づいてないようだなぁ。お前の家族関係はすでに調べてあるぞ。最愛の妹……くくっ、さて人質に取られていると知った時、貴様はそれでも平静でいられるかな?)
ジャンケンの理を超えた戦い!
Bは既に、その領域にまで踏み込んでいた。いったい誰が予想できようか? こんな前代未聞なやり口を。ジャンケンの為に全てを賭けた天才を。
「……ふっ」
いや、いた。
1人だけ。
天才に届きうるもう1人のーー天才が。全てを予想していた。
ーーピロリパロピラ♪
一時も気を抜けない状況下、着信音が鳴る。その正体を、Aはポケットから取り出した。
A「……よかった」
B「なんだぁ、NASAから合コンのお誘いでもきたか? それともまたノーベル賞のご案内か?」
A「いやいやいや、違うよ。全然違う。もう少し落ち着いたらどうかな。まさか君が、この事態を予想できないはずもないだろう? この僕が……それを出来たのだから」
B「……っ」
A「そう、そのまさかだよ」
B「……ちっ」
蓮太郎「……」
Bは全てを悟った。自身の計画がたった今、ガラガラと音を出して崩れた事に。いやピロリパロピラと音が鳴って……か。
B「妹にてめえお手製の超高性能GPS発信機をつけてたんだな。しかも小型。本人にも気付かれないように、恐らく……肝臓辺り、だな」
A「おっと、うーむ……敵ながら、その洞察力には恐れいるよ」
蓮太郎(よく分からんが、肝臓? 俺はお前を恐れるよ)
Bは自分が油断していた事に気づく。怠慢でもいい。もっとよく調べるべきだった。体内に発信機をつけていたのは、そう突飛な発想ではない。最愛の妹を守る為に、それくらい然るべきだと思わなければならかった。
お陰でAの協力者が今頃Aの妹を保護し、さっきの連絡でAにも安否の知らせが届いた。
B(変だとは思ってた。昨日から帰らない妹を、まるで気にもしないような態度だった事に。でもそれは天才特有のポーカーフェイスばかりだと……くっ、これで)
勝負は振り出しに。
ーー勝負は振り出しに……
勝負は振り出しになんて、そんな普通に終わるはずがなかった。
B 「これで、終わりか? くはっ! この結末を俺が想定していないとでも思ったか能無し!? 本当に、人質が無くなったくらいで俺の勝利が揺らぐとでも!?
笑えねえ! ぜんっぜん笑えねえぞボケカス! お前が思いつく事のなかった秘策が、俺の手の内にある!」
A「なっ……で、デタラメか」
B「思考放棄なんざぁ、馬鹿のする事だってな。ふぅー……いいぜ教えてやるよ。いいかよく聞け。
お前の妹だが、泣いたらうるせえと思ってアイスをあげてたんだ。勝手に巻き込んじまったし、お小遣いもちょっとな。暇そうだからゲームをしてやった。汗もかいてたし風呂に入れてやった。
ったく、ガキは1人じゃ何にも出来やしねえからな。仕方なく……だがよぉ、仕方なく俺があいつの髪を洗ってやってた時、なんて言ったと思う? 」
A「っ……や、やめろっ!」
蓮太郎「……」
Aの必死な制止を、Bは飄々として流すと、静かに言った。
B「私、B兄ちゃん大好きーーってよ」
Bの言葉を、蓮太郎は最後まで聞けなかった。何故ならAの奇声とも聞こえる絶叫を上げたから。
彼の苦しみが、悲しみが、声に乗って世界中に轟く。それでも現実は変わらない。この世は非常だった。
B「いやー他に何だっけ? また遊ぶーとか、一緒に寝るーとか。ああそうそう、おやすみの時は結婚するーとか言ってたぜ」
A「ぐはっ……!?」
B「……これは言うべきか迷ってたんだが、まあお前の為にも話すべきだな。あいつこうも言ってたんだわ。『Aお兄ちゃんは嫌い。私を見る目が気持ち悪い』、と」
チーン。
蓮太郎「自業自得なんだよなぁ」
見事にBの心理戦完封勝利だった。もちろん、こんなチャンスを逃すBではない。今までのは全て布石で、本場はこれからなのだから。
B「しっかり見ていてくれよ蓮太郎。んじゃまっ、ジャ〜ンケ〜」
ここで後にBはこう語る。
ーー走馬灯が見えたと。
一言で言うなら、Bが余りにも迂闊だった。相手は(いろんな意味で)腐ってでも天才だと認めるべきだった。
最後の、「ンポンっ」を言う直前、Bは素早すぎるAの右手に遅れながら気づく。
A(勝ちさえすればぁぁ!!)
妹からの尊敬の目を期待して。まだ諦めない。純粋な勝利の目的の為に、彼は真っ直ぐと勝ちを狙う。
B(くっ、このままじゃ奴の方が早い!! これはつまり……まさか、俺の後出しを狙って!?)
A(気付いたようだねB! 君がどんな手を使おうが、知った事ではない!!)
Aがジャンケンの「ン」で先に手を出す事で、Bは必然的に後出し……誰の目から見ても卑怯だと判断され、それは敗北を意味する。
Bは天才故に結果が分かってしまう。達人の体感時間が送れるように、彼は刹那の世界で自分の負けを認める。
ーーしかし勝ちを諦めたわけではない。A同様に、もしかするともっと貪欲に。彼の目は、次なる一手を土壇場で思いつく。
A「ン!」
蓮太郎「……決まったな」
Aは……グーを出していた。しかしBの手は振り下ろされる途中。どちらが負けでどちらが勝ったかなど、誰の目からでも明らかであった。
蓮太郎「メチャクチャ理論で正直意味不明だけど。別に、ポンまでのルールなんて決めてなかったし、もう勝者はえ……」
B「待ちな。よく見てみろ」
周りをこれをどう思っただろうか? 最後の負け犬らしい悪あがきとでも思っただろうか?
いや違う。天才の彼に関して言えば、もっと別の……奇跡を思い出される。
B「いつから右手の勝負だと勘違いしていた? そんなルール、決めてなかったぜ」
A「なにっ!?」
蓮太郎「……」
Aが慌ててBの左手を見る。腰までぶら下がった彼の左手は……確かに、グッと拳が握り締められていた。
ーー盲点。
天才と天才の勝負は常に、死角から盲点から攻められる。
A「あいこ、か」
B「そう簡単に終わりはしねえよ。次こそ俺が、ぜってえー勝つ」
A「それは僕のセリフだ」
両者一歩も譲らない。手汗握る真剣勝負。更なる盛り上がりを見せようとした……その時、蓮太郎が、凡人の蓮太郎がさっきから思っていた事を口にした。
蓮太郎「いや、どっちも反則負けだろ」