episode06-多難な旅立ち
「ご……ご迷惑をおかけしまして……」
俺が女神を縛り付けていた神殿の壁を吹っ飛ばし、彼女が神殿から脱出してから一夜明けて。
あの後、女神は神殿から脱出して俺の無事を確かめ、ひとしきり喜びと安堵の涙を流すと、泣き疲れたのか、揺り籠の中で眠る赤子のような、安らかな寝顔をしてそのまま寝てしまった。
流石に何もない荒野に寝かせておくのはどうかと思ったので、俺は人生初のお姫様抱っこで彼女を抱えたまま神殿に戻り、腕の中で眠るお姫様を祭壇の上に寝かせた。ちなみに、女神が神殿から出られることは確認済みだ。彼女を完全に中に入れないように行き来してみたが、全く阻害されることはなかった。どうやら、あの不可視の壁が復活することはもうないらしい。
彼女を寝かせると、竜王のバトルとメダルの使用と言う二重苦を経験していた俺は、その日の疲れが一気に出たのか、彼女の隣に倒れ込むようにして眠ってしまった。
目が覚めると女神が俺の顔を覗き込んでおり、俺が目覚めたのに気付くと、彼女は頬をわずかに赤らめながらアタフタしてちょっと距離をとっていた。ハッ!?口元に涎が。手元でゴシゴシ。
そのまま、昨日の事を思い出したのか恥ずかしそうに、唐突に謝りだして現在。俺らの間に流れる空気はどうかと言うと……
「まあ、気にすんな」
「でもっ、私は感謝してるのっ!……どうすれば伝わるのかはわからないけど」
「そんなこと言われてもなあ……俺は、俺のやりたいことをやっただけだしな」
「それでもあなたは、私の願いを叶えてくれた。誰にも出来ないことをやってくれた……本当に嬉しかったわ、ありがとう」
「おっ、おう」
昨日とは比べ物にならないような自然な微笑みを浮かべる女神。ほんのり頬が紅潮し、嬉しそうにするその表情にうっかり見惚れそうになる。
なんだ!この付き合いたてのカップルみたいな雰囲気は!
異常なほどやり難い。女神は、さっきから少し俯きながら上目使いにチラチラ俺の方を見て来るし、俺は俺でその視線に気付きながら、ちょっと斜め上を向いて向き合わないようにする。俺がふと女神の方に視線を向けると、今度は視線の合った女神が頬にわずかに朱を差しながらふいっと目を背ける。そして、俺が目を離していると、女神がこっそり俺の方へ手を伸ばし、それに俺が気付くとツイっと手をひっこめる。
やだ!この状況、なんかやだ!
別に俺は恋愛経験が皆無と言う訳ではない。小学生の頃、近所に住んでいた幼馴染となんかよく分かんない感じで成り行き的に付き合ったことはある。
しかし、その頃は恋人と言ってもやはり小学生の領分なのか、特別仲の良い友達みたいな距離感だった。中学生から周囲と距離を置いていた俺は、ましてやこんな見た目と精神年齢が高校生ぐらいの女の子と甘酸っぱい雰囲気になったことはない。
それなのに、この付かず離れずの初々しい感じ。テレを交えながらも、愛しいものを見るよう目でうっとり見つめて来る女神。これなら、出会った当初みたいにギャーギャー騒がれた方がよっぽど気が楽だ。
俺は今後の事を話そうと、取りあえず話を切り出す。ああ、もう!目が合っただけで頬を赤らめない!
「コホン。まあ、お前の感謝の気持ちは受け取って、昨日の話はいったん脇に置いておくとしてだ。晴れてお前は自由の身になった訳だが、お前は俺に付いて来てくれるんだよな?」
「えっ、ええ!もちろんよ!あなたには私のためにメダリオンを使わせちゃって、元の世界に帰れなくなっちゃった訳だしね……」
「ああ、そうだったな」
軽い調子で返す俺。女神はその事を気に病んでいるようだが、俺はそれほど気にしちゃいない。確かに、元の世界に帰れないという事実は俺に一抹の寂しさを抱かせるが、前にも言ったように、既に一度死んだような身だ。こうして生きてることを考えれば、間違いなくプラスの収支だろう。
それに、俺は偶然とは言え命を助けてくれた彼女を救えたことに、全く後悔はしていない。この結果にケチを付けることは、少なくとも俺はしたくない。
そんな風に俺が逡巡していると、女神が居住まいを正してから俺を見つめ、真剣な表情で口を開く。
「あなたが元の世界に帰れなくなった事に対しては、私は償うことしか出来ません。あなたの人生を奪ってしまった私としては、死があなたの命を永遠に連れ去るまで、あなたの傍に連れ従うことをお許しいただきたく存じます。美と継承の女神フォルティナの名に懸けて、この言葉を違えぬと今ここに誓約します。勇者キョウヤ。どうか、この申し出をお受けいただけないでしょうか?」
「おっ、おう……こちらこそよろしくな」
俺がそう言うと、真面目な相好を一気に崩し、満開の花開くような笑顔になる女神。まさか、そんなに喜ばれるとは思わなかった……
なんとなく居心地が悪くなって来たので、話を戻そうとするが、女神が斜め下を向きながら消え入りそうな声で爆弾を落とす。
「ふ、ふつつかものですが……どうかよろしくお願いします……」
ohーそれはプロポーズ?あとは若いお二人に任せてですね……
現実逃避が過ぎた。こいつの先ほどの付き従うという言葉は、俺を召喚したことへの罪悪感から来てるのだと思ってたんだが、まさか女神なりの添い遂げる宣言だったのか?
「ああ、こちらこそよろしくな。これから一緒に旅をする仲間として、な」
「むう……まあ、今はいいか。よろしくね、キョウヤ」
少し不満げな様子で返して来る女神。それほど鈍感でもない俺は、彼女の気持ちにもちろん気付いているが、何故か俺には彼女と恋仲になるとかそういう想像が湧いて来ない。
なんとなく俺にとって彼女は、出来の悪い妹とか、じゃれ付いて来る親戚の娘って感じがして、今現在では、あまり恋愛対象として見ることが出来ない。
まあ、もちろん、彼女の見た目とか男の夢がいっぱいに詰まった魅惑の果実に惹かれるものはある。性格に関しても、これはもう疑いようの無いぐらい良い娘だという事も十分に分かっている。それでも尚、俺には本当に謎だが、彼女を愛でる対象として見ることしか出来そうにない。
ふん!ヘタレだと言いたければ言えばいいさ!据え膳食わない男だっているんだよ!
そんな感じだから、プロポーズなんていきなりされても受け入れられる訳がない。大体、まだ出会って一晩しか経ってないのだ、付き合うにしろ何にしろ、もっとゆったりと関係を育んでいきたい。まったり系のギャルゲーとかが好みな俺でございます。
ゆえに俺としては、旅人とその同行者と言うスタンスをしばらくは維持して行こうと思う。チキンじゃないのよ?
暫定的な結果に落ち着いたので、そろそろ旅関連の話題に戻す。
「えっと、問題も解決したことだし、そろそろ出発したいんだけど」
「ああ、そうだったわね。それじゃ行きましょうか!」
女神は俺の言葉にノリノリで答えると、勢い良く立ち上がって俺の手を引き、少しばかり急かしながら、鼻歌を歌って神殿から出る。扉を跨ぐ時にちょっと身構えたようだったが、不可視の壁がないことを手を伸ばして確かめ、少し安堵しながら歩き出した。そのまま一緒に道無き荒野を女神の後に付いて歩いて行く。
さあ、旅の始まりだ!
◆
神殿を出発してからしばらくして。鼻歌を口ずさみながら、長年の夢だった自由を手に入れた女神は、元気に旅路を進んで行く。実に嬉しそうなその姿を愛でていると、俺は今さらながらにあることに気付く。
「なあ、お前靴は?」
「くつ?何それ?」
「いや、これだよこれ」
そう言って、俺は自分の足を指差す。
「何、その毛皮。怪我でもしてるの?」
「いや、してねえよ。歩く時にゴツゴツした地面とか踏んだら痛いだろうが。ていうか、お前まさか、靴知らないの?」
「うん。だって、私のとこに来てくれてた皆はそんなの履いてなかったわよ?エンシェントドラゴンのあの子だって、そんなの履いてなかったじゃない。あなた、なんでそんなの履いてるの?」
……なんか、さも俺が間違っているみたいな顔された。なんだ、この世界のやつらは靴と言う存在を知らないのか?この世界の常識や文明レベルを知らない俺には、こいつがおかしいのか俺が変な目で見られて当たり前なのか判断がつかない。
「でも、お前服はちゃんと着てるじゃないか」
「ああ、これのこと?服って言うのね、初めて知ったわ。今まで何て呼んでいいのか分からないから困ってたのよね。教えてくれてありがとう」
なん……だと。
こいつは、膝辺りまで丈のある白のワンピースを着ている。靴を知らなかったからまさかと思ったが、やはりこいつは服と言うものを、その存在は知っていても概念としては理解していなかったらしい。
こんなんでどうやって暮らしてきたんだ?てか、あの神殿には周りに何も無く、誰も来てない様だったが、それならどうやってこいつは今日まで食い繋いで来たんだ?
「おい、お前神殿から出られなかったんだろう?服もそうだけど、食料とかはどうしてたんだ?」
「ん?ああ、この服は私が生まれた時から着てたんだけど、食べ物に関しては、あの神殿にいた頃は祭壇からの魔力供給だけで良かったのよ。私の魔力を核としてるって言っても、それはほんの微量で、むしろ私の方がより多く魔力を受け取っていたの。あの中にいる時は動物達が持って来てくれた木の実を食べた事はあったけど、本格的な食事とかはしたことないわ。この服とか体とかもずっと綺麗なままだったし」
おおう、なんという便利機能。いや、その代償があの境遇なんだから、これぐらいは当然か。
という事は……俺は今までの情報からとんでもない懸念に気付いてしまったため、覚悟を決めて聞いてみる。
「なあ……まさかだとは思うが、お前、下着は?」
「したぎ?何それ?何かおいしい食べ物?」
ガッデム!やっぱりこいつ着けていなかったか!
服を知らない時点で怪しいとは思ったんだよ……それにしてもオイシイタベモノか、言いえて妙な……ゴホンッ!
まあ、こいつの来てるワンピースは体の線が出ないほどゆったりして、生地もそれなりに厚手で透けないようになっているから大丈夫だとは思うが。雨とか降ったらどうしよう……
でもこいつって、服とか靴とか知らないくせに、俺と普通に会話してるよな。
「今さらなんだけど、お前ってどうやって言葉覚えたの?やっぱドラゴンとかに教えて貰ったのか?」
「ああそのこと。私は、目覚めた時からある程度色んな言葉を知ってたんだけど、なんかその言葉に偏りがあるみたいなのよね。ドラゴンとか、植物とかは見た瞬間にそれが何か分かったんだけど、あなたに教えて貰った靴とか服とかのことは知らないのよ。こればっかりは私には何を知ってて、何を知らないのか判断がつかないわ」
ふ~ん、そうなのか。なかなかにメンドクサイ。
「あのさ、お前が知ってることってもしかしてドラゴンとか、動物に教えて貰ったことだけ?」
「うん」
「どんなこと教えて貰ってたんだ?」
「え~っとね。動物達には美味しい木の実の見分け方とか、ドラゴン達には羊の肉は何処が美味しいとか教えて貰ったわ。大体はそんな感じで食べ物とかの話だったわね。でも、あの頃はそんなたわいのない会話でも楽しかったわ~」
「じゃあ、まさか……お前世界の事ほとんど知らない?」
「ええ、そうよ」
「ええ、そうよ。じゃねえ!」
「えっ!?」
「俺はお前に、この世界の道案内を頼む予定だったんだよ!この方向に歩いてるのだって、お前にアテがあると思ったから付いて来てたんですけど!?」
「そんなこと言われても困るわよ!私はずっと神殿に閉じ込められてたって知ってるでしょ。外の世界のことなんて知らないわよ!だてに長年引き籠ってた訳じゃないんだから!」
「自慢してんじゃねえよ!」
やべえ!こいつに任せた俺がバカだった!
俺はこいつの超ベテランとなる引き籠り歴を舐めていた。付いて来るって言った時にあんまり自信満々そうに見えたから、てっきりドラゴンとかに世界の事を教えて貰ってたのかと思ってた。
「どうすんだよ!お前に貰った荷物の中に食料とか無かったし、昨日から俺何も食ってねえんだぞ!このままじゃ、邪神倒す前に飢え死にしちまうよ!」
「そんなこと言われても!私だって神殿との繋がりが弱くなったからか、神殿を出てからお腹ペコペコなのよ。でもガンバって歩いてるんだから、許してくれたっていいじゃない!」
そう言って涙ぐむ女神。彼女は彼女なりに現状を理解してきたようだ。だが、それで状況が改善する訳でもない。
結論の出ない責任の擦り付け合いになろうとした時、ふと空から全長3mぐらいの飛行物体が近づいて来た。
『ふむう。汝らは、こんな荒野のど真ん中で何を言い争っておるのだ?』
!!!
ゆったりと滑空しながら、何か布で包まれた長細い物を咥えて天から舞い降りたのは、昨日俺に腹を掻っ捌かれて見事に敗北した竜王のイシュライだった。
それにしてもデカくなったな、昨日は体長50cmぐらいだったくせに。
『ん?それにしても、何故フォルティナがここにいるのだ、汝は神殿から出られないはずであろう?』
竜王の疑問ももっともなので、簡単に事情を説明する。
『ほう。我の火球から逃げ回っていた軟弱者かと思えば、竜神にも破壊できなかった楔を解き放つとは。真に、汝はおかしな男よ』
竜王の賞賛にちょっと身じろぎする。そんなことより、今の言葉の中に気になるワードが。
「なあ、竜神って言った?何?お前竜王だけあって、竜の神様と知り合いなの?」
『うむ。何を隠そう、竜神ヴァルムートは我の母であるからな』
おう、まさかこいつの母親だったか。それにしても母親?たしか、ここらにもドラゴンが住んでたって言ってたよな、もしかして……
「なあ、お前の母親って昔神殿の近くに住んでたか?」
『無論である。我は勇者に挑む権利を他の竜どもから優先的に得る代わりに、母からフォルティナの話し相手になってやってくれと言われていたのでな。』
「えっ、そうだったの!?」
『うむ。母は祭壇の力を知った後も汝を気に掛けていたぞ。自分から汝の傍を離れた故、汝には秘密にしておいて欲しいと言付けを加えてな』
「そうなんだ……」
女神は少し俯き、手を胸の前に置いて沈黙する。去って行った中に、自分を気に掛けてくれていたやつなんていないと思っていたんだろう。竜王の言葉を反芻して、静かに喜びを噛み締めている。
よかったな、お前の友達が優しいやつで。
「それで、お前は俺に土産を持って来てくれたってことでいいんだよな」
『そうである。これがかつて、勇者が竜神を弑し、その心臓と伝説の金属を溶かして作ったと言われる神剣である。歴代の勇者に渡しているのだが、名を失伝していてな。汝がこの剣に名を授けてやってくれ』
そう言って、横に置いてあった神剣を渡してくる。布で包まれているため全容が分からないが、その状態でも凄まじい魔力が流れ出している。
ゆっくりと息を飲みながら、巻き付けられた布を解いていく。そして、完全に白日の下にその威容が晒された瞬間――――――
―――――「魅了耐性(神)」を得た。
おおうっ!やべえ、意識を持ってかれかけた!
その剣は、長さ的には持ち手から剣先まで2.5mと一般的な西洋剣と変わらないが、俺の視界にその姿が晒されたその刹那、全ての意識を持って行かれるほど美しかった。
薄く神秘的な赤のベールが刃の部分に掛かる白銀の剣身、持ち手の部分にも絢爛豪華、しかし、全くその美しさを損なわないように散りばめられた宝石類、ちなみに持ち手の部分は剣身より少し濃い色の銀色になっている。
何より、この剣から感じ取れる魔力がもう異常だ。メダルで勇者の力を削りながら解放した俺の
魔力には劣るものの、これがあれば神殿の壁をブチ破れたんじゃないかと思わせるほどの威容を感じさせる。
「おい……これってヤバいんじゃないか?」
『ふむ。確かに常人がそれを目にしたならば、その者を魅了の牢獄に陥れ、廃人とさせるほどの危険な代物であるな。だが、安心せい。その魔力に当てられるのは、人族の中でも有象無象の輩だけだ。他の生物や貴様のような者には効かぬよ』
いや、そんなこと言われてもねえ……
こんな危険物、街中で衆目に触れたら魔王ルート確定だよ。神剣じゃなくて呪いの武器じゃねえの、これ?
そんな風に思いを巡らせていると、未だに俯いたままの女神は余所に、竜王があることを耳打ちしてくる。
『キョウヤよ。汝、もしや、魔力を失っておらぬか?汝から勝負の時のような魔力の脈動を感じないのだが』
「ああ」
竜王の言う通りだ。
確かに俺はメダルの使用で魔力を失った。いや、正確には、メダルの呪いによって封印された。
今のステータスはこうだ。
Name :キョウヤ ツバキ
Lv :375/1250
HP :4620/4620
MP :0/0
SKILL:「高速自動回復(HP∓3P/s)」「怪力」「賢者の眼」「魅了耐性(神)」「威圧耐性(大)」「石化耐性(大)」「風圧耐性(大)」「苦痛耐性(大)」「睥睨する瞳」「アイテムボックス」「フォルティナの願い」「インビジブル」
CURSE:「制約の呪詛」
結論から言うと、かなりの弱体化をしていた。このカースと言うのは簡単に言えば、手を施さない限り緩和しない永続性を持った状態異常のことらしい。鬱陶しいことこの上ないが、この制約の呪詛が中々の曲者だ。
「制約の呪詛」
制約のメダリオンの使用によって課された呪詛。使用者に弱体化の呪いを授ける。(Lv30%・MP0%)
マジでウザい!
弱体化にしても酷い。かろうじてレベルは300あるが、全盛期の竜王より低いし、何よりMP0%って何だ。嫌がらせにしても悪辣過ぎるだろう。
まあ、こうなるのを覚悟の上だったんだが、いざそうなってみると、なんとなく納得できないものがある。
しかし、それにも救いがあったみたいで
「フォルティナの願い」
女神フォルティナの想い。相手の呪いを緩和し、勇者の力を祭壇の補助なしに維持する。フォルティナとその相手の想いの強さにより、その効力を増していく。
……何とも反応に困るスキルだ。特に両者の想いの強さ依存って所がこっぱずかしくて仕方ない。それに、あいつからはもうプロポーズ染みたことされてるんですけど、これ以上どうすれば……
前にも言ったが、俺には現状あいつを恋愛対象として見れない。ということは、俺はこのままの状態がしばらく続くことになる。なぜ呪いもスキルもこんなに癖が強いのか、この世界を作ったやつに質問したい。攻略本が欲しいね~。
さて、スキルの確認が終わったところでちょっと気になったことを聞いてみようか。
「なあ、この神剣って歴代の勇者に渡してるって言ったろ、なんでお前が持ってたんだ?」
『ふむ。この神剣は勇者が死ぬか元の世界に帰還すると、竜神の魔力に引かれて我が母の下へ帰って来るのだ。それを、我が認めた勇者にのみ託し、邪神討伐に役立ててもらっているという事だな』
ほー。ということは、対竜王戦は文字通り勇者の登竜門ってことか。でも、こいつって全戦全敗だろ、全く選定の意味を成してないんじゃないか?
俺は大人だから竜王(笑)の名誉のために黙っておこう。
そうだ、ついでにどっちに人里があるのか聞いてみよう。空を飛べるこいつなら、元引き籠りさんより詳しいだろうし。
「おい、もう一つ聞きたいんだが、ここらの近くに人里はないか?知ってるなら、方角だけでも教えて欲しいんだが」
『人里か。汝は知らんと思うが、この荒野はバラン荒野と言われておってな。あの神殿を中心に広がる広大な荒れ地だ。貴様の足でも、ここから最も近い西方に位置するラグナ王国には、少なくとも五日程度掛かるのではないか?』
「そうか……」
俺はこいつに出会わなければ、おそらく死ぬまで荒野を散歩することになったという事実に、この状況を不見識で引き起こした張本人を恨みがましい視線で睨みつける。
「おい……」
「な、なにかしら?」
「お前―――」
「あっ!いっけなーい、今日は近所のお花に水を上げるんだったわ!ちょっと行ってくるから、待っていてちょうだい!」
言い訳にしても無理があるだろう!花どころか、雑草すら生えてねえじゃねえか。
そう言い残すと、女神は俺の目を見ないように近くの小さな岩山に駆けて行く。隠れるのはいいんだが、こっちをチラチラ窺う視線が鬱陶しい。
おとぼけ女神はほっといて、懸案事項を竜王に相談する。
「それでだな……俺ら、今からどうすればいいと思う?」
『ふむ……我も本来なら汝に神剣を渡し、そのまま住処に帰ろうと思っておったのだがな。貴様には、母の心残りを取り除いて貰った恩もある。その恩返しと言う訳でもないが、汝ら二人をラグナ王国まで乗せて行ってやろうぞ』
「そうか、助かる!」
やった!これで、こんな何も無い土地で不本意な最期を遂げることもなくなる!
『そういえば、汝は魔力を失ったのであったか?』
「ん?違うぞ。メダルの呪いで封印されてんだよ」
『ふむ。喪失ではなく封印であったか、それなら多少は何とか出来るやもしれぬ』
「ホントか!」
おいおい、小型化してから滅茶苦茶いいやつになったじゃねえか。心の中で竜王(笑)なんて言ってごめんなさい。
俺が内心歓喜したのも束の間、竜王が急に、体内から何かキラキラした赤い結晶を吐き出す。キタナイ……
『むむむむむむむ……ぺっ!!』
「おいおい……何してんだ急に」
『ふむ。キョウヤよ、これを飲め』
「は?」
『飲め』
右の翼で器用に吐き出した物体を掴みながら、俺の方にグイグイそれを差し出してくる。
いや、待て。お前今、それを俺の目の前で吐き出したよね?どうして、その物体Ⅹを犯行現場を目撃した人間に、飲み込ませようとしてるの?ゲテモノ料理だって、調理は厨房でするんだよ?
「いやな、今日俺、腹の調子が悪くて……」
『そんなもの、これを飲むのに全く影響は無かろう。ほれ、さっさと飲まぬか』
「そういえば、女神のやつどうしてるのかな~?そろそろ見に行って上げなくちゃ可哀そうかな~」
『ええいっ、はよ飲まぬか!鬱陶しい!』
「ふごっ!?」
無理やり拳大もある物体Ⅹを飲み込まされる俺。硬質な感触が食道を執拗に責め立て、呼吸困難を起こしそうになるものの、何とか無事に嚥下する。
「ゲホッ、ゲホッ……いきなり何しやがる……ゲホッ!」
『喧しい。汝がいつまでもグダグダと、往生際が悪いからだ』
「……それで、一体何を飲ませたんだ」
『それは、自分の目で確認すると良いのである。ステータスを確認してみよ』
ん?ステータス?状態異常とか掛かってたら、翼もいじゃおうかしらん?
仕方ないので、渋々ステータスを確認すると、そこには驚きの結果が示されていた。
Name :キョウヤ ツバキ
Lv :375/1250
HP :4620/4620
MP :482/482
SKILL:「高速自動回復(HP∓3P/s)」「怪力」「賢者の眼」「魅了耐性(神)」「威圧耐性(大)」「石化耐性(大)」「風圧耐性(大)」「苦痛耐性(大)」「睥睨する瞳」「アイテムボックス」「フォルティナの願い」「インビジブル」
CURSE:「制約の呪詛」
おお!MPが0から回復している!
制約の呪詛の欄にも、MP10%と確かに改善した証拠が表示されている。
「魔力が……」
『うむ。今、汝に飲ませたのは、破邪の力を込めた我の魔力結石だ。多少の呪いは緩和できるが、今の我ではそれが限界であるな。我の見たところ、その呪いは恒久の時を生きる我が知る中でも、図抜けて強力である。それをこれ以上緩和できるのは、神々か、もしくは、神々の力を含蓄する神具しかあるまい』
「そうか」
それほど、この呪いは強固なものだったとは。流石は神の一柱に由来する神具の面目躍如と言ったところか。
『それと……おい、フォルティナよ。いつまでもそんな所に隠れておらんで、こちらに来い』
「!?」
『はよせい』
「……キョウヤ、もう怒ってない?」
チラッと俺の様子を窺うように岩山の陰からこちらを覗く女神。別にそこまで怒ってた訳じゃないんだけどな。
「怒ってないよ、だからお前もこっちに来い」
「うん……」
女神は、しおらしくとぼとぼと歩いて来る。やはりちょっと負い目があるのか、微妙に俯いている。
「気にすんなって、俺も確認せずに付いて来ちまったのが悪いんだから」
「でも……ごめんね」
「いいよ、俺も任せっきりにして悪かった」
「あっ」
俺は謝りながら、女神の頭に手を乗せる。ポンポンと何回か撫でると、女神は嬉しそうに頬を綻ばせる。まったく、何がそんなに嬉しいんだか。
『ふむ。今代の勇者と女神は、恋仲であったか。フォルティナにも、ようやく春が来たという事か。』
「恋仲……そう、そうよ!私とキョウヤはラブラブなんだから!」
「いや、ラブラブではないだろ」
「うっ……むうー……」
俺の否定の言葉に、まるで頬袋があるかのようにむくれる女神。そんな顔されても、事実だから仕方ない。
「もうー……なんでキョウヤは私に惚れてくれないのよ!」
「そんなこと言われてもなあ……俺がお前に惚れる要素って今の所あんまりないからなあ」
「むむむむむ……そんなこと言えるのも今の内なんだから、私の魅力で絶対にあなたを籠絡して見せるわ!今に見てなさいよ!」
「はいはい、期待してるよ」
そうは言うものの、彼女に本気で迫られたら、俺はそれほど強硬に撥ね除けられる自信はあまりない。暫定的な評価こそ出来の悪い妹だが、俺の心象がこのままだとは限らないのだ。まあ、なるようになるか……ヘタレって思ったやつ、ちょっとこっちいらっしゃい。
『ふむ。痴話喧嘩は後にしてほしいのである。フォルティナよ、汝、勇者にまやかしのスキルは授けたのか?』
「あっ、いけない!すっかり忘れてたわ」
そう言いながら、女神が俺の方に手を翳すと、彼女の手から小さな光の球が放たれ俺の身体に入っていく。
―――――「偽装の仮面」を得た。
「ん?なんだこのスキル?」
「それは、「偽装の仮面」。普通のステータスチェックスキルの「鑑定」とかでも見抜けない、強力な認識阻害をかけるスキル。人里に入る前には、必ずそれでレベルとかスキルを隠してね」
「なんでだ?」
「あのねえ……邪神を倒せるような力を持つ人が、普通の人里に入ったらどうなると思ってるの?あなたは、竜王のこの子にだって、簡単に勝っちゃうような人なのよ?」
「なるほどな」
そりゃそうか。この世界の平均レベルは知らないが、竜を狩れるのが一般的だとは思わない。肉屋のおっさんが、仕入れのために大剣片手に竜をハント。……いやだな、怖すぎる。
『ひとまず、これで準備は済んだであるな。それでは、さっさと発つとしよう。ほれ、我の背に乗るがいい』
「おう」
「よろしくね」
俺と女神は急かす竜王の背に乗り込む。初めて乗る生き物がドラゴンとは、なんとも数奇な運命になったものだ。ワクワクなんてしてないんだからねっ!
『乗ったか?では、行くぞ』
「ああ!」
「もちろんよ!」
景気の良い声と共にいざ大空へ。
さあ、今度こそ異世界の旅へ出発だ!