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Invisible  作者: Persy
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episode05-勇者の想い

 あ~ビビった。


 だってそうだろう?元の世界では飛行機とか建物とか、俺に害を与えそうにない大きな物しか出会ってこなかったのに、異世界に来ていきなり、山みたいな戦闘狂のドラゴンと決闘だよ。再戦は勘弁してもらいたいね。


 さあ、唐突だけど君に質問だ。さっきはテンションMAXで気が付いてなかったが、衝撃波で空中に投げ出され、そのままドラゴンを掻っ捌いて勝利。少し難しいかもしれないから、ヒントを出そうか。質量を持った物体は、重力の影響を受けるって知ってるだろう?さて、空に居たままの俺はこの後、どうなったでしょう!


 そう、もちろん……


「ぐぺっ!」


 落下するに決まってんだろ!チクショウ!



「はあ~疲れた」


 地面にヒモなしバンジーを決めてから数分後、俺は大の字で仰向けになりながら、どこまでも続く青空を鑑賞中だ。


 苦痛耐性を発動していたおかげか、高空から岩があちらこちらに散在する荒野に叩きつけられても痛くはなかったが、それでもマンガのザコキャラみたいな声を上げてしまった。腕とかが、あらぬ方向に曲がってるかと思って身体を確認してみたが、やはり異常な頑強さのようでその心配は杞憂に終わった。マジで落ちた時死んだかと思いました!ハイ!


 いつまでも寝転んでるわけにも行かないので、俺は起き上がり、砂埃と竜王の返り血でベットベトな体をどうにかすべく、アイテムボックスを出す。


「……アイテムボックス」


 目の前に現れる宝箱。中に便利な物はないかと探してみるが、女神に急かされたため、対竜王に使ったドラゴンスレイヤーみたいな大きな物しか確認できていない。検索エンジンが欲しい……


 もそもそと中身を漁っていると、賢者の眼で便利な物が確認できたので取り出す。透き通った薄い水色の綺麗なスフィアだ。


 「深淵の水結晶」

 水竜ナバルドラゴンの心臓。少量の魔力で使用者の意のままに、無限の水を作り出す。


 おお、なんだこの水問題を一気に解決しそうなステキアイテム。元の世界だったらこれを巡って戦争になりそうな気がする。 

 説明文に従って魔力を通してみると、ジャバジャバジャバジャバと音を立てながら大量の水が流れ出てくる。 


 ジャバジャバジャバジャバジャバジャバジャバジャバ……


 おっとマズい。水が出てくる仕組みが気になったので眺めていたら、いつのまにか周りが水浸しになっている。


 俺は頭の上から流れ出る水を被って血痕を洗い流すと、落下の際に手放したドラゴンスレイヤーを拾って宝箱に放り込み、大地に悠然と横たわる竜王の遺骸の方へ歩き出す。やっぱり大きいな。

 近くまで行くと、痛々しいという言葉さえおこがましいほど見事に走る傷跡が、その存在感をより大きく誇示している。やらかした本人が言うのもあれだが、グロい。内臓とか見えちゃってるよ、うへぇ……


 そんな感じで、どこか他人事の様な感想を抱いていると


『ふう。まさか、我の身体が切り開かれるとは。やはり勇者とは、単なる物差しでは測れない存在であるな』


 !?

 なんか、竜王の死体の胸辺りから、この巨体をそのままミニチュア化したみたいなのが出てきた。一瞬竜王の子供なのかと勘ぐってしまったが、聞こえて来る口調が竜王そのまんまだったし、何より、賢者の瞳に映る情報がイシュライの名を教えてくれる。


「もしかして、竜王か?」

『然り。我こそは、この大陸にその人ありと、その名を轟かせたイシュライである。何を当たり前の事を言っているのだ?それほど深くは知らんが、ボケるには人族の貴様にしては早いのではないか?』


 そんなこと言われてもなあと……いうかお前竜じゃねえか。何がその「人」ありだ。


 別に本人(?)の言を疑うわけではないが、体が小さくなって声帯が変化したのか、小動物特有の割と高めの声で、元々の感じの仰々しい話し方をするので違和感がハンパない。ちょっとニャーって鳴いてみてくれないかな?


「いや、ボケた訳じゃねえよ。ていうか、何でお前小さくなってんの?それよりも、身体掻っ捌かれて何で当たり前のように生きてんの?」

『ふむう。その二つの問いに対する答えは一つであるな。我のスキル、「廻天する命」は命を落とした時こそ、その真価を発揮する。我が死んだ時、我の魔力を対価として、幼生体としての身体を作り出し、その器に魂を入れ替えるのだ。多少力を失ってしまうが、長く見積もっても、せいぜい500年ほどで元に戻る。真に便利な力よ』


 へえ~500年っすか。スゴいっすね。それをせいぜいって言っちゃうお前に驚きだよ。俺なら元に戻る前にお陀仏だ。


 そういえば、勝負の裁定がどうなったのか聞いてなかったな。まあ、誰の目から見ても俺の勝ちだと思うが。


「おい、それで、決闘は俺の勝ちってことでいいんだよな?」

『無論だ。結果に対して嘘はつかぬ。約束通り汝には、我の宝物庫の中から最も価値のある物を授けよう』

「なあ、お前の言ってる最も価値のある物って一体何なんだ?その中身について、俺、何にも教えてもらってないんだけど」

『ふむ。まあ、気にするでない。渡す時に知った方が、喜びもひとしおと言うものだ』


 得意げな様子で、頑なに答えをはぐらかす竜王。こいつが価値がありそうなものってなんだ?齧りかけの羊の肉とかだったらブチ切れるぞ。


『それでは、我はいったん宝物庫へ帰る。まだ身体が馴染んでいないゆえ多少時間はかかるが、貴様は自由に何処へなりとも行くがよい。この荒野は見晴らしが良いからな、すぐに見つけ出して見せようぞ。フォルティナにはよろしく伝え置いてくれ、ではな。』


 そう言い残すと、竜王は小さい体ながらも美しい一筋の軌跡を描いて去って行った。時速100キロぐらい出てんじゃないか?本当に生まれたてか?

 一気に暇になった俺は、ふと横に場所を占めている遺骸に意識を向ける。そういえば、あのスフィアも水竜の心臓だったよな……


 そう思い至ったので、まずは、いまだに氾濫した川のように流れ続ける大量の血を、ちょっと嫌だが、アイテムボックスに流し入れ、ドラゴンスレイヤーを取り出してから、ハンター系のゲームよろしく、巨大な遺骸から銀鱗を剥ぎ取り、次々と全身の骨を裁断して詰め込んでいく。おお、スパスパ切れる。


 やがて心臓まで解体作業が達すると、少しばかり俺は、驚愕の物を見つけてしまう。


「なんだ……これ」


 そこには、これまで見たどんな宝石よりも赤く、いや、紅く輝く結晶。形は熟練の宝飾技師が手掛けたように美しい正八面体を描き、その中心には、煌々と力強い命の息吹を感じさせる光が瞬いている。そのあまりの美しさに呑まれそうになるものの、グッと堪え、賢者の眼からの情報を受け取る。


 「竜王の真紅結晶」

 竜王イシュライの心臓。その力強い輝きは全てのものを魅了する。結晶内に莫大なエネルギーを内包し、また、その粉末は蘇生の秘薬の材料になると言われている。


 おおう……えらくレアっぽいアイテムを手に入れてしまった。竜王には悪いが、蘇生薬の材料になるっぽいし、有効に使わせて貰おう。しかし蘇生か、俺は経験したくないな。死なないように立ち回ろう。うん。


 しばらくして、全ての部位の剥ぎ取りと解体が終わったので、零れてしまった血や残骸は自然の成り行きに任せ、解体で再度汚れた身体を洗い流してから、フォルティナの待つ神殿に戻る。竜王と戦っている間に5㎞ほど離れてしまった。



 扉の前まで来ると、神殿の中央に座って、虚空を眺めながら暇そうにしていたフォルティナがこちらに気付き、ピョンっと椅子にしていた祭壇から跳ね起きて、トテトテと足早に駆けて来て俺に声をかける。


「どうだった?途中から、あなたたちが神殿の前から見えなくなって気になってたんだけど。のんびりしてたら、物凄い音とか地鳴りとかしてたし。あなたがここにいてあの子がいないってことは、あの子また負けちゃったの?」


 さも当然のように呆れた様子で話す女神。竜王の名誉のために言っておくが、あいつは負けて当然な強さでは決してないと思う。単純に勇者の力が凄すぎるだけだろう。まわりまわって自画自賛だな。なんかムズムズするから止めよう。誰か代わりに褒めてくれないかしら?……チラッ。


「そうだよ。勝負は俺の勝ちだ。あいつは対価の、最も価値のある物とやらを取りに宝物庫へ飛んで行ったぞ。お前によろしく言っといてくれ、って言ってた」

「ふーん。そっか……帰っちゃったのか……」


 顔に陰を差しながら、うつむき気味に話す女神。親しげな様子だったし、また会いに来て貰うか、会いに行くかしたらいいんじゃないか?

 別にこいつらの交友関係はどうでもいいので、話を続ける。プライベートに踏み込まない!


 そんなことより、決闘前から少し気になっていたことを聞いてみよう。


「なあ、お前も、あいつが生き返るってこと知ってたんだろう?そうじゃなきゃ知り合いに殺し合いなんてやらせないだろうし」

「もちろんよ。あの子から「廻天する命」、だったっけ?そのスキルの事を聞いてなきゃ、決闘なんて絶対に許さないわ。例え、この身が滅びようとも止めて見せる。……絶対によ」


 軽い気持ちで聞いただけなんだが、物凄い真剣な面持ちで答えられた。途中から言葉に覇気がこもってた感じがするし、俯いて、両手を血が滴り落ちるんじゃないかってほどギュッと握り締めていた。何がこいつの琴線に触れたんだろう?


 若干女神の様子が怖かったので、少しドギマギしながら取り繕う。地雷原が不確定すぎるな……


「わ、わかった。とりあえず、決着は着いたし、荷物もたっぷり貰ったから、そろそろ旅立とうと思うんだが。竜王も、対価はどこにでも届けに来てくれるって言ってたからな」

「そう、なんだ……うん、そうね!いつまでも、ここにいる訳にも行かないもんね。それじゃ、ここでお別れだね。……いってらっしゃい!キョウヤ!」


 何度も言葉を途切らせて、寂しげながらも、笑顔で俺を送り出そうとして来る女神。初めて名前を呼んでもらって恐縮だが、ちょっと俺の予想していた展開と違う。


「何言ってんだ。お前も付いて来るんだろ?」

「へっ?」


 女神は驚きに、ポカンと口を開けて硬直する。まるで、全くそう言われる事を予想していなかったような顔だ。いや、そんな驚くことか?


 この世界に呼ばれて、右も左も分からず、した経験と言えば竜王とのバトルしか無い俺が、単身放り出されて何とかできる訳がないだろう。第一、目的の邪神の場所だって教えて貰ってないのに何処に行けと?元の世界なら、散々彷徨った挙句に青い服の人たちのお世話一直線だが、それでもいいのか?俺?俺は嫌ですよ。もちろん。


「へっ?えっ?」

「変な生き物みたいに戸惑ってもらって申し訳ないけど、俺は、お前に案内してもらう予定だったんだが?」

「……」


 一瞬だけ瞳の奥を輝かせたかと思うと、すぐに何かを思い出したように脱力し、俯いてしまう。さっさと出発したいんだが……


「……無理よ」

「はあ?」

「……無理なのよ」

「いや、無理って……俺はこの世界に呼ばれたばっかりで、どっちに行ってもいいかもわかんないんだけど……」

「だから!……無理なの」

「そんなこと言わずに、少しだけでも訳をだな……」

「無理ったら無理なのよ!」


 頑なに無理としか言わない女神。理由を話さない事に若干イライラしてきた俺は、少し語気を強めて問い詰める。


「おい……お前さっきから無理としか言わずに、理由を話さないみたいだが、なんなんだ?お前が行けないにしろ、行きたくないにしろ、ちゃんとした説明をしてくれよ。そうじゃなきゃ、呼び出されてそのまま、案内もなしに行かされる事に納得がいかねえ」

「そんなこといわれても……無理なんだってば!」


 カチンときた。無理だ無理だって、なんだてめえは!ざっけんな!


 あまりに強情な女神に我慢の限界を超えた俺は、今度こそ本気でキレようとして


「おい!お前、いいかげんに―――」

「だから!私はここから出れないの!出たくても出れないの!行きたくないわけないじゃない!私だって外の世界を見たいの!ここからすぐに逃げたいの!」

「おいっ、お前何を」


 突然俯けていた顔を持ち上げ、目じりに涙を堪えながら俺を睨みつける女神。顔を真っ赤にしながら支離滅裂なことを言い放つ剣幕に、俺の疑問の声は掻き消される。

 

「私だって一緒に行きたいの!ここから連れ出してほしいの!離れて行った皆に会いたいの!勇者召喚なんかしたくなかったの!呼び出した皆に謝りたいの!こんなこともうやめたいの!色んなものを見てみたいの!もう寂しいのは嫌なの!……私の事なんにも知らないくせに、エラそうなこと言わないでよう!」


 肩で息をしながら、憎らしげに俺を見上げる少女。そこについ先ほどまでのお気楽さや、纏っていた神秘的な雰囲気は微塵もなく、ただ見た目通りの未成熟さを感じさせる少女がそこにいた。


「……ハァ……ハァ……知った風な口を……利かないでよ」

「わかった、俺が悪かったから……」


 少女が息を切らして尚、言葉を紡ごうとするので、いったん非を認め、落ち着かせようと試みる。


「落ち着け。俺が悪かったから……とりあえず、落ち着け、な?」

「ふー……ふー……」


 少女はいまだに息は荒いものの、少しずつ深呼吸をして平静を取り戻す。少し辛そうだったので、その場に座らせ、俺も隣に腰を下ろす。流石にその豹変ぶりが気になった俺は、さっきとは打って変わって、努めて優しい口調で切り出す。


「なあ……なんでお前は俺と一緒に来れない……違うな、なんで神殿から出られないんだ?」

「……」


 俺の質問に、三角座りをして顔を膝の間に埋めたまま黙り込んでしまう少女。表情が見えないため、はっきりとは分からないが、ただ悲しいという気持ちだけが伝わってくる。


「お前が言いたくないのはわかるよ。俺も、無理に聞き出そうとしたのは悪かったって思ってる。誰にでも、踏み込んで欲しくない線引きってのはあるものだしな。それを俺は……お前の気持ちも考えずに、土足で踏み込んじまった。謝って許して貰えるとはあんまり思っちゃいねえが……本当に悪かった、申し訳ない」


 俺は心の底から謝罪した。原因ははっきりとしないが、彼女の気持ちを踏み躙ったことは言い訳のしようがない。俺だって、中学時代、あの取り巻き三人に俺の態度が変化した原因を聞かれたら、後先考えず怒鳴り散らしていただろう。そう分かっていたはずなのに、しでかしてしまったことへの罪悪感から俺は彼女に謝ることしか出来なかった。


 居心地の悪い空気のまま、俺が心の中で自己嫌悪に陥っていると、か細い声ながらも少女が言葉を紡ぎ出す。


「……ごめんなさい」

「……何がだ」

「私が、この世界に呼んじゃったこと。さっきは一緒に行けない理由を聞かれたのに、ちゃんと説明しなかったこと。それに、あなたは悪くないのに、私の思いだけをぶつけちゃったこと……本当にごめんなさい」

「前にも行ったが、俺はこの世界に呼ばれたことに関しては、お前に謝られる謂れなんて全くない。説明してくれなかったのは正直カチンと来たが・・・それも、お前の気持ちを一切考慮せずに問い詰めた俺の落ち度だ。だから、お前が気に病む必要は絶対にない。むしろ、そのことについては、俺はお前に謝りたい。本当にごめん」

「……いいのよ。あなたは悪くなんてないんだから。私こそ、本当にごめんなさい」


 少女はそう言うと、顔を上げ、申し訳なさそうな顔で俺を見つめる。月下に輝く銀髪と合いまったその表情は、俺の目の前の存在がやはり女神なのだと実感させるほどに神秘的だったが、そこに彩られた色が笑顔なら、どれほどに良かっただろうかなどと思ってしまう。


 それでも、再度俺が悪いと思いながらも問いかけると、彼女はまるで自分に語りかけるように独白を始めた。


「それで、さっきも聞いといて申し訳ないんだが……なんでお前はここから出られないんだ?」

「それはね……この祭壇の力、いえ、呪いなの。この祭壇は、私の魔力を核としてこの神殿の周囲の生物から魔力を吸収してる。魔力を吸い上げられすぎたものは、その区別無く死んでいく……この神殿の周りだって、もう忘れちゃったけど、ずっと前は草木が生い茂り、動物達やドラゴン達が住まう楽園だったのよ。でも私が召喚を行うたびに、草は枯れ、動物は死に、危機を察した生き残りたちはすぐにここを離れて行ったわ。まだ無邪気だった私はそんなことも気付かずに、邪神を倒して皆が平和に暮らせるように勇者を召喚し続けたわ。何度も何度も何度も何度も……でも皮肉よね、私が皆のためによかれと思ってやってたことが逆に、私から皆を遠ざけるようになっていっただなんて。気付いた頃には誰もいなくて、お話してくれるのはエンシェントドラゴンのあの子だけになっちゃった。呼び出した勇者たちには、色んなことを言われたわ。最低だとか、ろくでなしとか、悪魔だとか。でも、一番しっくり来たのは死神ね。だってそうでしょう?私の近くにいたら死んじゃうんだもの。私はそれでも召喚を止めなかったけど、異世界から来た人の目は忘れられないわね。恨んでくれるならその方がいい、でも、ほとんどの人は生きる気力を失った目で私を見つめて来た。私は心の中で何度も何度も謝ったけど、きっと彼らは許してくれないでしょうね。文字通り、彼らの人生と周りの命を刈り取って不幸を撒き散らす死神なんだもの。だけど、私はここから逃げられないし、召喚も止められない。私が召喚を止めれば邪神が世界を災厄に巻き込むし、大体、私はこの神殿から一歩も出ることができない。存在しても、しなくても、世界を不幸にしてしまう……それが私の存在であり、これまでも、そして、これからも・・・逃れられない運命なのよ。だから……あなたに付いて行くことはできません。本当に、ごめんなさい」

「……」


 俺は全く言葉が出なかった。


 彼女の説明を理解するのに苦労したのもそうだが、あまりに悲しそうに、自嘲気で、薄い笑顔を張り付けながら話すその内容に、絶句するしかなかったのだ。

 女神は言った。俺の前に呼び出された元の世界の勇者のスキルを。


(あなたと同じ世界から来た勇者だって魔法系スキルはなかったけど、各種耐性は全部(大)。武術系スキルは剣術、格闘、じゅうじゅつ?。他には、拉致、隠密、脅迫、尋問、威圧、詐術、暗殺、とかがあったわよ?)


 確かに、特徴のあるスキル群かもしれない。だが、「じゅうじゅつ」以外ははっきりとした概念を持って発音したということは、それほど突飛なスキルでもないということだ。そんなものを、こいつは多少の欠落はあるにせよ、細かく言って退けた。それに加え、この神殿には何も書き留めるものも、何かが書き留められた形跡もない。勇者召喚が1000年単位というのなら、少なくともそれ以上前の情報ということになる。それに、それを話題にするような相手もあのドラゴン以外いないのだ。先ほど、再開したのは50年ぶりとか言ってたから、それほど頻繁に会っているとは思えない。これらのことから、女神は忘れっぽいわけでもなく、むしろ、異常に記憶力が良いと考えられるだろう。少なくとも俺なら、そんな状況において、こんなどうでもいいことを長くとも三日以上覚えている自信はない。


 そんなやつが、この荒野が動植物の楽園だったって言った時、何て言ったと思うよ。


 もう忘れちゃったけど、だ。


 この荒野には、見渡す限り動物どころかぺんぺん草の一本すら生えてない。どこまで続いているのかは知らないが、そんな生命に溢れた土地が、目の届く範囲で何者にも必要とされない不毛の地になり替わるなんてあり得ない。そんな印象的な出来事をこいつは、どうでもいい勇者のスキルなんかは覚えてたくせに忘れちまったらしい。


 一体、どれほど長い間、こんな場所にいるんだ。


 誰にも理解されず、誰にも助けて貰えず、自分から逃げ出そうと思っても神殿から一歩たりとも出られない。世界を救おうと、皆が平和に暮らせるようにと、勇者を召喚すればするほど世界に疎まれ、勇者本人に恨まれる。その上、召喚を止めれば、世界は邪神の恐怖に晒されるため召喚を止めることも出来ない。そんな懸命な彼女に与えられるのは、授けることしか出来ない勇者の力と、勇者達からの憎悪と諦念、そして、彼女の愛する世界からの拒絶。それでも尚、この優しすぎる少女には、世界を見捨てるという選択肢が取れないのだろう。


「キョウヤ?……」


 沈黙を保ったままの俺の方を向き、気遣わしげに名前を呼ぶ少女。この娘は、自分がこんな常人なら気が狂いそうな環境にあるにも関わらず、まだ他人を思い遣っている。何故世界は、このただ優しいだけの少女にこんな過酷すぎる運命を歩ませるのだろう。


「ごめんなさい……あなたにそんな顔をさせるつもりじゃなくて……いつも呼び出された勇者には、少しだけでも笑顔で旅立って貰おうとガンバってたんだけど……暗い話を聞かせてごめんなさい。でも、あなたに話を聞いて貰えて、少しは気持ちが楽になったわ。こういう訳だから、私は一緒に行けないけど、あなたには最後ぐらい笑顔で返して欲しいって思ってる……だから……」


 少女はそう言って立ち上がると、乱れた髪を整えながら手を後ろに組み、万人が見惚れるような、しかし、作り上げられた満面の笑みを浮かべてこう言った。


「いってらっしゃい、キョウヤ!」


 ――――――なんだ、その哀しい笑顔は。


 その笑みを見た瞬間、俺の中で中学時代と同じ、何かが心の奥でパリンと割れるような音が脳裏に響き渡った。


「……っけんな……」

「キョウヤ?」

「……ざけるんじゃねえ」

「どっ、どうしたの、キョウ―――」

「ふざけるんじゃねえ!」

「っ!?」


 ビクッと体を震わせる少女。しかし、俺は限界だった。このクソみたいな世界の制約も、それを受け入れながら他人に、そして、それを課す世界に優しくする少女にも。


 俺は、先ほど彼女を問い詰めた時とは比べ物にならないほどの怒気を込めて、苛烈に言い放つ。


「お前はそれでいいのか!呼び出した勇者に、そして世界に嫌われたまま、こんな薄暗いところでずっと、孤独でいることが!」

「そっ、そんなこと」

「嫌なら嫌って言えよ!逃げたいなら逃げたいって言えよ!そんな何もかも諦めたような顔してないで、誰かに助けてって言ってみろよ!」

「っ!」

「俺なら嫌だ!こんな牢獄みたいなとこに閉じ込められて、誰からも認めて貰えずに世界に尽くすなんて!お前だってそうだろう!だったら―――」


 パンッ!


「……勝手なこと、言わないでよ!」


 目じりに涙を堪えながら、こちらを憎々しげに睨む少女。その表情に作られた色など微塵もなく、彼女の本心がこれ以上なく溢れ出ている。

 俺の言葉に激昂した少女に左頬をはたかれたが、苦痛耐性のおかげか痛みはなく、むしろ、少女から感じ取れる悲しみの感情が、俺の心に深々と突き刺さる。


「私が好きでこんなことしてるとでも思ってたの?!そんな訳ないでしょう!私だって逃げようとしたわよ!誰かに助けてほしいって思ったわよ!でも!……出来なかったんだからしょうがないじゃない!」

「それは、ちゃんと誰かに、助けてほしいって頼んだのか?」

「頼める訳ないでしょ!私がここから逃げ出せば世界は邪神の恐怖に怯えることになる!そうじゃなくても、呼び出した勇者の人生をグチャグチャにした私に助けて貰う資格なんてない!それに私はこの神殿から出ることは出来ないの!何度も何度も同じことを言わせないで!」


 生来の仇敵を見るように言葉を荒げる少女。その言葉に同意すべき点があるかもしれないが、既に俺の心は決まっている。


「じゃあ、誰かが助けてくれるってんなら、お前は助けてくれって言えるんだな?」

「だから!そんな人いる訳―――」

「質問に答えろ」


 俺の真剣な面持ちに耐えられなかったのか、女神が言葉を途切らせ、少し言いよどんで答える。


「……そんな人がいるなら、いないとおもうけど……助けてって言うわよ」

「はあ?聞こえないな」

「だから……助けて欲しいって、ここから出してって……言うわよ」

「んん?よく聞き取れないなあ。もっと、大きな声で!さん、はい!」

「っ!」


 俺のふざけた様な態度に、目を向いて女神が言葉を放つ。


「だから!助けてって、言ってるじゃない!」


 ――――――その言葉が聞きたかった。


「よし、なら俺が助けてやる」

「へっ?」


 そんな俺の答えに呆ける女神。


「ちょっと神殿の奥まで行って、待ってろ」

「えっ、えっ?待ってろって?」


 そういうと俺は、神殿の扉の前から少し離れた位置まで歩き、胸ポケットにしまったままだったある物を取り出す。


「そ、それって」


 そう、これは――――――


「だっ、ダメよ!それを使ったらあなたは元の世界に帰れなくなっちゃう!」


 ――――――制約のメダリオン。勇者の想いの強さに応じた願いを一度だけ叶えてくれる神具。


 俺は勇者の力を十分に使いこなせていない。そんな俺が世界の理とやらで創られた牢獄を壊すには、これしかない。願いの代償として呪いが降りかかるらしいが、そんなこと今の俺には知ったこっちゃない。


「やめて!今のあなたがそれを使ったら、魔力を搾り取られて死んじゃうかもしれない!」


 バンバンと扉の内側にある見えない壁を叩きながら呼びかけてくる女神。残念だが、俺にはその声に応える訳にはいかない。


 絶対に、このゴミみたいな牢獄から彼女を解き放ってみせる。


 そう心に決めてメダリオンに願いを込めると、表面に刻まれた文字が青色に浮かび上がり、呪文が頭の中に流れ込んで来る。それに従って俺は、アイテムボックスを使った時とは比べ物にならない長さの詠唱を始める。


「……」

「だめっ!やめて!本当に、お願いだからっ!」

「……」


 呼びかける女神に構わず詠唱を続ける。文句なら後でいくらでも聞いてやるよ。


「……」

「グスッ……だめぇ……死んじゃうからぁ……」


 ついにその場に崩れ落ち、脱力してしまう女神。この後の説教は結構キツイかもな。


 そして、俺は最後の聖句を口にする。


「……ブレッシングエントリーティー!」


 詠唱を終えた瞬間、俺の身体から膨大な青色の光の奔流が天に伸び、夜の空を彩る雷光となって神殿の見えない壁に迸る。


「キャアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 あまりの閃光に女神が悲鳴を上げるが、雷光は不可視の壁のみを蹂躙し、彼女自身には全く害を与えていない。


「ぐうっ、ぐあああああああああああああああ!」


 それよりも、俺の身体の方がヤバかった。全身からあらゆる力が根こそぎ奪われていく感覚、命の核と言うものがあれば、まさにそれをガリガリと削り落とされている感じがする。


「キョ、キョウヤ!?」


 俺の叫びに気付いた女神が、雷光が打ち付けられているにも関わらず、そんなことは気にしていないと言わんばかりに不可視の壁に再度手を打ち付けて叫ぶ。


「もうやめて!このまま力を使い続けたら、あなたの魔力がなくなっちゃう!言ったでしょう!?魔力が全部なくなったら、皆みたいに死んじゃうのよ!私の事はもういいから、すぐにメダルを手放して!」

「うるせえ!」

「!?」

「お前は助かりたいんだろう!?そこから逃げたいんだろう!外の世界を見てみたいんだろう!だったら、こんなことぐらいで諦めるんじゃねえ!」

「こっ、こんなことって」

「お前は、ぐうっ、十分に頑張った!こんなクソみてえな牢獄に、何年も何年も囚われて世界に嫌われて。勇者召喚だってずっと長いことやって役目を果たして来たんだろう!?だったら!もう解放されたっていいじゃねえか!例え世界がそれを邪魔したって、お前が自分を許せねえって言ったって、俺が絶対にそっから出してやる!お前の答えなんか聞いてねえ、俺がやりたいからやるだけだ!だから……お前も、諦めんじゃねええええええ!」

「……ふっ……グスッ……うん……うんっ……ありがどうっ、ギョウヤ……」


 嗚咽を漏らしながら、その場にくずおれる女神。その声に力はなかったが、確かに彼女の気持ちが伝わって来た。


 ――――――なら、期待に応えない訳にゃ行かねえなあ!


 俺はその決意と共に、一層強くメダルに力を注ぎこむ。とてつもない倦怠感と憔悴感が俺を襲うが、元々貰い物の力だ。ここで使わなきゃ、いつ使うよ!


 その想いに呼応するように雷光はその勢いを強め、比例して俺の身体から膨大な魔力が流れ出していく。


―――――「全属性耐性(小)」を失った。

―――――「物理耐性(小)」を失った。

―――――「魔法耐性(小)」を失った。

―――――「鉄壁」を失った。


 魔力と共に、勇者としての力まで流れ出して行く。メダルの事もそうだが、勇者の力は女神を神殿に縛り付けていることで維持される。その力が弱まっていると思ってもいいだろう。


 もう少しだ。


―――――「疾走」を失った。


 もう少しで彼女を解放出来る。


―――――「回避」を失った。


 あのクソみたいな牢獄から助け出すんだ。


―――――「火耐性(大)」を失った。


 それが出来るなら、どんだけでもこんな力くれてやる。


―――――「恐怖耐性(大)」を失った。


 さあ、フィナーレだ。


「キョウヤ……ガンバレええええええええええっっ!」


―――――「フォルティナの加護」を失った。


「砕け散れえええええええええええっ!」


―――――「フォルティナの願い」を得た。


 ――――――バキンっ!


 凄まじい破砕音とともに、青色の光を煌めかせながら砕け散る不可視の壁。壁に寄り添っていた女神は、転げそうになりながらもこちらに駆け寄り、力を使い果たしてぶっ倒れかけた俺を抱き留める。


「キョウヤ!キョウヤ!大丈夫!?生きてる!?ちゃんと生きてるの!?ねえってば!」

「ああ、生きてるよ……だから、耳元で叫ばないでくれ」

「ああ……よかったっ!……」


 俺をギュッと力の限り抱き締めながら涙を流す女神。だが俺には、彼女に言わなければならないことが一つだけある。


「おい……フォルティナ」

「……えぐっ……グスッ……なに?」

「お前、外に出られたじゃないか」

「えっ!?……あっ!」


 ようやく、自分が神殿の外に踏み出していたことに気付く女神。初めて踏み締める地面の感触に言葉を失っている。


「うっ……うっ……うわあああああああああああああん!」


 ついに気持ちに抑えがきかなくなったのか、安堵と歓喜の気持ちを大声で泣きながら目から溢れさせてしまう。


 だが、俺はその涙がとても嬉しかった。


「ありがどうっ……ありがどうっ、ギョウヤ」


 ――――――お前には、哀しい笑顔より、喜びの涙の方がよく似合う。


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