episode02-勇者の目覚め
「……ん」
甘やかな香りが鼻孔をくすぐる感覚で目が覚める。なにやら左腕が柔らかさに包まれている。ふと、頭を持ち上げて左腕に視線を向けると、俺の左腕を抱え込んだまま寄り添って眠る少女が。その立派な双丘に視線が向いてしまうのは許して欲しい。
こんな風に寝てれば、可愛いんだけどなあ。
あどけない様子で眠る少女を見ながら、幸せな柔らかさとともにもう一度、二度寝を決め込もうかと思っていると
「……ふぁ~あ。んん?あれ~勇者じゃない?何かあなた大きくなった?初対面の時より大きく見えるわ~」
寝ぼけながらよくわからないこと言う少女。まだ起き抜けでぼんやりしているようだ。
「いや、違う。というか、人間である俺がちょっと眠ったからって、急に成長するわけないだろう」
「ええ~?でもあなた前より大きくない?特に顔のサイズとかが」
「なんて失礼なことを言い出すんだ。遠近感だよ、遠近感。お前が俺の近くにいるせいだ」
「ふぇ?近くって、どういう……」
ようやく、自分が俺の腕を抱え込みながら至近距離で寝ていることに気づく少女。その事実に目を白黒させながら、顔を真っ赤に染めて大きく息を吸い込み
「キャアアアアアアアアアアアアアア!」
耳元で遺跡中に響き渡る悲鳴を上げた。ひっついてきたのは君だよ?
ひとしきり悲鳴を上げてから、興奮冷めやらぬままに少女が俺を糾弾してくる。
「サイテーよ!このヘンタイ!眠ったままの私に手を出そうだなんて!でも本気で手を出すのが怖くなったから、腕を抱え込ませて添い寝させたんでしょう。ヘンタイの上にヘタレだなんて救いようのないオトコね!」
「ちっげーよ!なんでそんなに妄想猛々しいんだお前は!だいたい、本人に気づかれないまま腕を抱え込ませて添い寝させるってなんだよ!難易度高すぎるわ!」
「ふん!弁明の余地なんてないわ。神罰落としちゃうわよ!パニッシュよ!ファイナルジャッジメントよ!」
「話を聞けええええええええええっ!」
もうやだこいつ、話が全く通じない……
しばらくして、低レベルな口論を終えた俺は納得できないものを抱えつつも、強制的に話を戻す。
「で。何をしたんだお前は。俺、お前の呪文が終わった時の光で意識とばされたんだけど」
「あら、呪文って認めるのね。てっきり私の脳内言語とかって言ってくるのかと思ってたわ」
こっ、こいつエスパーか!?
内心の動揺を悟られまいと続ける。
「それで?」
「あれは、ブレイブサクセッションって言う魔法。その名の通り、勇者の能力を継承させる魔法よ」
「……」
俺は魔法という荒唐無稽なことを言われても、先ほどのように即座に否定できなかった。こいつの詠唱が終わった瞬間に膨大な光が俺に流れ込んでくるのを見たし、なにより……
Name :キョウヤ ツバキ
Lv :1250
HP :15390
MP :16080
SKILL:「高速自動回復(HP∓3P/s)」「怪力」「鉄壁」「全属性耐性(小)」「物理耐性(小)」「魔法耐性(小)」「疾走」「賢者の眼」「フォルティナの加護」「インビジブル」
左下の表示が気持ち悪いことになっていた。意識が吹っ飛ぶ前まで、俺の知ってるゲーム基準でもバリバリの初期値と言ってよかったステータス値がえらいことになっている。このレベルの平均値がわからないため断定はできないが、強くてニューゲームってレベルじゃない感じがする。それに最初見たときは表示されていなかったスキル欄まで出ている。
「お~い、勇者?聞いてる?」
「ああ。大丈夫だ」
俺が無反応なのが気になったのか、少女が覗き込んでくる。
「て、ことは、だ。……ここは本当に地球じゃないんだな」
「やっと信じたの?だから言ってるじゃない。ここは『アイネス』。あなたの住んでた世界とは全くの別物、有り体に言えば異世界ってやつね」
「そうか……」
俺は再び沈黙する。今度ばかりは少女の言葉を妄言と切り捨てることはできなかった。確かに俺は疑り深いが、目の前にこれでもかと、証拠を突きつけられてそれを認めないほど幼稚であるつもりもない。
ここは知っている世界じゃない。その厳然たる事実に少しばかりの郷愁の念を覚えるが、元々俺はあの場でトラックに轢かれて死ぬ予定だったのだ。意識があり、健康体で生きていることに喜びを感じよう。
そう、俺が自分に言い聞かせていると、心配そうかつ悔恨の念を抱いたような表情で話しかけてくる。
「……大丈夫?……ごめんなさいね。あなたみたいに呼び出された人は、知らない世界って心から認めちゃうと、やっぱり同じような表情を浮かべるわ。そういう顔をさせたくないから、最初は勢いで乗り切ろうとするんだけど……やっぱりダメね。毎回毎回空回りしちゃうわ……」
自嘲げに、悲しそうな顔をしながら話す少女。その表情から、本当に憂いている心象が透けて見える。
「まあ……気にすんな。俺はお前に呼び出されなかったら、死んでたわけだし。むしろ、生きたままここに連れてきてくれたことに感謝したいぐらいだ」
「でっ、でも!」
「本心だ。俺は呼び出されたことを恨んじゃいないし、お前を責めようとも思わない。ちょっとばかし故郷が恋しいとは思うが・・・まあ、そんな感じだ。だから、気にすんな」
「……ありがとう」
少女は儚げながらも、嬉しそうに微笑を浮かべる。少しばかり目の縁に光るものをたたえながらではあったが、俺にはその安堵の表情が、とても美しいものに思えた。
慣れないことを言って、ちょいとばかし居心地の悪なった俺は、話を続ける。
「それで、お前は本物の女神なんだな」
「……そうよ。私は美と継承の神フォルティナ。勇者を選別し、力を受け継がせることが私の役目」
「力を継承させる?それがお前の使った魔法の正体か?」
「うん。私の使ったブレイブサクセッションは、私の選んだ勇者に、脈々と受け継がれてきた勇者の力を渡し、渡された本人の素質を引き出す効果があるの。まあ、使える制限があるんだけどね」
「制限とはなんだ?基準でもあるのか?」
俺は不思議に思った。俺はただの一般人で、容姿以外はどこにでもいるような特に取り柄のない人間だ。そんなやつに、勇者なんて言う御大層なものに対する素質があるとは到底思えない。
「勇者に適する条件は二つ。一つ目は、私に繋がる証を持っていること。二つ目は、俗世で成り上がりたいとか、お金が欲しいとか、女の子にもてたいとか。言っちゃ悪いんだけど、そういう当たり前だけど、ドロドロした欲望がほとんどないこと、かな」
なるほど。確かに俺は、女にモテたいとか、他者を蹴落としてでも成り上がりたいといった欲求が薄い。なるべく目立たないように生きてきたため、そういうものからは、自然と距離を取っていたのだ。ってことは、こいつは俺がほとんど無害だと知りながら、おちょくってたのか?……落ち着け俺。
でも、そんな条件なら不特定多数に当てはまりそうなんだが。
「なあ、こんな条件なら俺以外でもよかったんじゃないか?」
「そうなんだけどね……異世界の人間を呼び出すのは最終手段ってことにしてるから、自然と選択肢から外れてて、思いついたのがつい最近だったのよ。それで、探してみたらタイミング良くあなたが選ばれたってわけ」
なるほど。二つ目の条件は納得できる。でも……証?
「証ってのは?俺そんなもんに覚えがないんだけど。お前のこと知ったのも今日が初めてだし」
「えっ、そんなはずはないわ。確かにあなたから私にまつわる物の魔力を感じるもの」
「んなこと言われてもなあ……」
本気で思い当たらないので体中を弄ってみる。鞄はあの幼女を助けるために投げ捨てたし、それ以外の物品なんて……
……ん?胸ポケットに何か固いものがある。取り出してみると、それは、道案内の礼として金髪の兄ちゃんからもらったメダルだった。
「もしかして、これか?」
「そう!それよ!それは、制約のメダリオン。私と契約した勇者の想いの強さに比例した大きさの願いを、一度だけ叶えてくれるわ。ただし、それなりの代償として、使用者に呪いが降りかかるの。――――――元の世界に帰りたい、とかだったら勇者の力をすべて失うぐらいのね」
「!?」
マジか!?異世界に来て、いきなり生還方法が現れやがった。イージー設定にもほどがあるだろう。そのちょっとした誘惑に俺が囚われれていると
「でも、帰還の願いだけは、どうしてか、邪神倒してからしか叶えられないのよね。よくわからないんだけど、邪神が移動を邪魔してるっぽいのよ」
「……」
何この上げて落とす感覚。せっかく苦労もせず、ちゃんと生きた状態で帰れると思ったのに……
「まあ、いい……これが俺の世界にあったってことは、誰かがこの世界から俺のいた世界に帰ったってことだよな」
「そうなるわね。一度使われると、新しい勇者が現れるまでただのメダルになっちゃうんだけど」
ふむ、合点がいった。金髪の兄ちゃんが、刻まれた文字と絵の意味が分かんないって言ってたけどそりゃそうだ。作られた場所の文化どころか世界が違うんだから。
「それで、お前は俺に邪神とやらを倒してほしいってのか?」
「そうよ」
「だが、一回帰還した勇者がいるってんなら、もう滅ぼされてるんじゃないのか?帰還は邪神討滅のご褒美って話なんだし」
「まあ、そうなんだけどね。この世界の神々って、滅ぼされても1000年ぐらいで復活しちゃうのよ。今がその時期ってわけ」
うわ~、生き返っちゃうのか~。邪神ていうより、バンパイアかゾンビみたいなやつだな。
目の前にそのお仲間がいるので、自重する。
「事情は分かった。次に、俺のステータスってやつについて説明してほしいんだが」
「ええ、いいわよ」
「HPとかMPはいい。このスキルは何なんだ?あと使い方とか、内容についても教えて欲しい」
「えっとね~。スキルには二種類あって、常時発動型のスキルと随時発動型のスキル。随時発動型の方は使用時に魔力、つまりMPがいるわ。効果の強いものほど必要な魔力が大きいの。MPが必要量を下回ってたりすると発動しないわ。使い方は心の中で使いたいって思えばいいの。魔法系のスキルは詠唱が必要なんだけど。内容の確認についても同じね。試しに心の中で念じてごらんなさい」
女神の言う通りに念じてみる。視界の中央に説明書きが現れる。おっ、思った通りに説明文が動く。ゲームみたいだな……
俺はスキル欄の中から気になったスキルを選ぶ。
「怪力」(常時発動)
人智を超越した膂力を得る。力の調節は任意に行える。
「鉄壁」(常時発動)
鋼のような肉体を得る。
「賢者の眼」(常時発動)
相手のステータスや物の価値、相場等を判別する。市場の価値基準に当てはまらないほど価値の高いもの、または低いものは「unknown」と表記される。偽造されていてもその真偽を見ることができる。
「フォルティナの加護」(常時発動)
美と継承の女神フォルティナから授けられる加護。勇者の力を維持するのに必要。女神フォルティナと祭壇の魔力によって維持される。
「インビジブル」(随時発動;消費MP:300)
フォルティナの祝福により発現した固有スキル。自身の肉体、所持品を透明化させる。発動はMPを消費するが、解除は任意に行える。
ふむ。思っていたより、字面通りのスキルだった。しかし、五つ目のスキルの犯罪臭が凄い。これがあれば、男のロマン溢れる桃源郷を覗くことも・・・ゴホ、ゴホンッ、なんでもないさ。
「確認できた~?」
「ああ」
女神が少し退屈そうに話しかけてくる。
「スキルの確認が終わったら、内容をちょっと読み上げてくれない?」
「なんでだ?お前も神様なんだから、ステータスチェックのスキルぐらいあるだろう?」
「持ってないわよ。持ってたらこんなこと言わないでしょ。ほら早く」
割と神ってのも全能じゃないんだな。そうじゃなかったら勇者なんか呼ばないか。
女神に言われたように、ステータスを読み上げていく。
「与えた私が言うのもなんだけど、ま~たぶっ飛んだ数字ねえ」
「そうなのか?」
「うん」
はあ、やはりこの値は異常なのか。平均が分からないため実感が湧かないが。
「というか、なんでお前が勇者のステータスぐらい把握してないんだよ。お前が継承させてるんじゃないのか?」
「もっともな疑問だけど、把握してるかって疑問に対してなら、答えは否ね。勇者が元の世界に帰るか、亡くなっちゃうかすると、勇者の力自体は私の下に帰っては来るんだけど、その値までは知ることができないのよ。この力は、勇者の肉体に反映させてみないと真価が見えないから。最後に教えてもらったのが1000年ぐらい前だったから、はっきりした数字なんて忘れちゃったわ」
「そういうものなのか?」
「そういうものなのよ」
しみじみ語る女神。まあ、俺としてはどっちでもいいんだが。
「それにしても、レベルの割に貧弱なスキルねえ。あなた、私が呼び出す前に何か嗜んでたりしなかったの?」
「ん?そんなことはないぞ。猫の種類や喜ぶポイントに関しては、俺の右に出るものはいないと自負している」
「誰もあなたの趣味嗜好なんて聞いてないわよ!そうじゃなくて、剣術とか魔法とかやってなかった?ってこと」
「俺は一切武術関連には手を出していなかったし、魔法は存在自体しない世界だったからなあ。でもそのことと、俺のスキルに何か関係があるのか?」
「スキルってのはね、本人の素質が発現して現れるものなの。その人の経験が豊富なほど色々なスキルが覚えられるし、逆もまた真よ。怪力とか賢者の眼は勇者のデフォみたいなものなんだけど、耐性は全部(小)、武術系、魔法系スキルは皆無なんてあなたが初めてよ。覚えてる限りでは、あなたと同じ世界から来た勇者だって魔法系スキルはなかったけど、各種耐性は全部(大)。武術系スキルは剣術、格闘、じゅうじゅつ?。他には、拉致、隠密、脅迫、尋問、威圧、詐術、暗殺、とかがあったわよ?」
「……」
そいつ、勇者じゃねえだろう。絶対表に出てこない感じのダークサイドにお住みの方だよ。それに女神の言う「じゅうじゅつ」も「柔」じゃなくて、「銃」のほうっぽい。そんな人生ベリーハード状態で生きてきた人間と凡庸な高校生である俺を比べないで欲しい。よくこいつの言ってた制限に当てはまったもんだ。
それに、スキルが素質の発現ってことなら、このご丁寧に固有とついたインビジブルが俺の素質なんだろう。そっか~、スキルになるほど高度な素質か~有望すぎて困っちゃうな~。……深く考えるのは止めておこう。
「さてと、一応の確認は終わったし、後は何かあるかしら?」
「ああ、装備とか食料とかはどうなってるんだ?俺呼び出された時のままだから何も持ってなくて、着の身着のままなんだけど」
「そうだったわね。あやうくこのまま旅立たせちゃうとこだったわ」
おいっ!うっかり女神!
そんなツッコミもそこそこに、女神は詠唱を始める。
「……アイテムボックス」
すると、女神のすぐ傍にボンッと宝箱らしきものが現れた。ファンタジー物で見る宝箱そのまんまだ。ちょっと男の子特有の冒険心が刺激される。
女神が宝箱の口を開けると、中は何やら虹色の空間が広がっている。綺麗だが、絵の具を混ぜたような色がちょっとキモイ。
ゴソゴソとあさっているのを眺めていると、荷物の取り出しが終わったのか、アイテムボックスを閉じる。
「そうそう、ちょっとこの箱に触ってくれない?」
「ん?別にいいが」
とかいいながら、結構内心ノリノリだった。だってアイテムボックスですよ!触ってみなきゃ損ってもんでしょう!
そう思いつつ触ってみる。うん。硬質な金属のような手触り。
―――――「アイテムボックス」を得た。
おお!?急に目の前に文言が現れた。スキル欄にも「アイテムボックス」の名前が追記されている。
「なんか、アイテムボックス手に入れちゃったんだが」
「そりゃね。私の勇者だもの」
「どういうことだ?」
「私の力は知ってるでしょ。継承の力の中にスキルを得やすくするって能力があるのよ。あなたは経験したスキルなら、あなた自身がそれを原理的に実行不可能でなければ、すぐに覚えられるわ。使いこなせなきゃ意味ないんだけど」
「原理的に不可能とは?」
「例えば、ドラゴンのブレスとかは無理ね。あとはスライムみたいに体を液状化させるとか。まあ、要するに人間の限界を超えすぎたものってことね」
確かに口から炎を吐くとかは勘弁願いたい、俺自身が焼かれそうだ。それよりも、やはりいるのかスライムとドラゴン。
「そんなことより、これがあなたの荷物ね」
気軽な声で、目の前に積み上げられた山のような荷物。いや、どう運べと?
「ほら、確認は後で。さっさとしまって」
「いや、どうやってだよ」
「アイテムボックスがあるでしょうが」
そうだった。俺の察しの悪さに向けられる視線が厳しい。
「いや、使い方知らねえんだけど」
「そんなの、スキル欄に書いてあるわよ。さっさと覚えて、早くしまう」
せっかちなやつだな。
追及がやかましいので、覚えて唱える。短いなりに言い難いな。
「……アイテムボックス」
やはり、ボンッと現れる宝箱。初めて使う魔法にちょっと感動する。ちなみに消費MPは50だ。割と省エネ設定なのかもしれない。
のそのそしながら荷物を全て宝箱に放り込む。
「やっと準備完了ね。そろそろ出発してもらうけどいいかしら?」
「ああ」
そう言うと、トテトテと出口と目される縦20m、横10mもある巨大な扉に駆けて行く。俺も後を追い、女神が扉に触れると不思議な幾何学模様が扉に浮かび上がり、重厚な音を立てながら扉が開いていく。久しぶりの混じりっ気の無い明るい日の光に、俺が懐かしさと喜びを胸に目をすぼめていると
「は?」
開いていく扉を横目に俺の目に映ったのは、白銀の光を反射する山。
その山にはめ込まれた金色の玉石が俺を覗き込み、その下の岩石が裂ける。
『汝が、今代の勇者か?』
俺は目を疑った。何故なら、賢者の眼で映し出される名は
【エンシェントドラゴン】
―――古代竜。だったのだから。