表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/21

同郷からの異邦人

「悪い子たちではないと思うのですが」

 フェノメナは下半身のバネを使って器用に立ち上がる。後ろ手で親指同士を拘束されることがこれほどの拘束力を持つとは思わなかったが、その気になれば無理やり外すこともできると踏んでいる。その場合、左右どちらかの指を激しく損傷する可能性はあるが、その程度の覚悟くらいは常に持っていると自負している。

 だが、今はその時ではないと考えていた。理想は仲間の救出のために、彼女らを利用することである。直感ではあるが、あの謎に満ちた船と彼女たちは何らかの関係がある。敵対しているのか同一の勢力なのかはまだわからないが、無関係ではないだろうと考えていた。

 敵対していたとすれば、砂浜に佇む巨人騎士を引き込めるかもしれない。そうすれば、仲間の救出が……最悪の場合、仇討になるかもしれないが……できるかもしれない。

 相変わらず、巨人騎士は片膝をついた姿勢で微動だにしない。フェノメナを見張っているのかとも思ったが、どうやらこちらには関心がないらしいと判断した。とはいえ、どのような行為が彼を刺激するか予想がつかないため近づくのは躊躇われた。

 彼女たちが戻ってきたら、なんとか現状を説明してみよう。そう決めると、背を預けるのにちょうどいい岩を見つけ出し、座り込んだ。そして、体力を回復するために呼吸を整えると、浅い眠りへと落ちていった。



「どう見ても……アレは、アレだよなー」

 アラタは、その違和感丸出しのその巨体を遠眼鏡で見ながら呟いた。

 神狼フェリシアの依頼でこの階層に来たアラタたちは、漂着物の一つであるゴムボート(とはいえ、10人程度なら楽に乗せられる大きさである)で海岸線沿いに捜索をはじめていたのだが、巨人騎士の姿を見れば無視はできなかったのだ。

「はー、まったくこんなモノ隠し持っているなんて、アラタ様も人が悪いですよー」

 間の抜けた声がアラタの背後から発せられる。《神殺し》に仕える使用人の一人で名をマナという。

 呑気な声にふさわしい外見の持ち主で、無造作に束ねられた髪が体の動きに合わせてぴょこぴょこと跳ねるのがどこか小動物を思わせる。が、彼女が背負っている巨大な盾を見れば只者ではないことはうかがい知れるだろう。その盾は、あまりに大きく普通に持って使うような代物ではない。縦長のホームベースのような五角形をしているが、横幅は1メートルほどありどちらかというと小柄なマナの姿はすっぽりとその陰に収まってしまう。また下部の尖った部分の裏側には強力な杭打ちのための弦が張られており、地面に突き立てた状態で仕掛けを作動すれば太い杭が勢いよく射出され、盾を地面に固定できるようになっている。

「まあ、元の世界にあったものだからね。発見した探索者から適正価格で買い取らせてもらいました」

 遠眼鏡を《神殺し》に渡しながらアラタは答え、浜辺にある岩場を指さした。肉眼でははっきりと確認できるほどの距離ではないが、遠眼鏡を使えばそこに一人の女性が佇んでいるのがわかる。

「目立った外傷はないようだな。腕を背に回しているのは拘束されているからか?」

《神殺し》が遠眼鏡を覗きながら言った。どちらかというと独り言のようなものだろう、アラタやマナの返事を待っている様子はない。

「とりあえず、彼女を助けることから始めよう」

《神殺し》の提案。アラタは反対できる立場ではなかった。



「ふー、ちょっと食べすぎたかしら」

 金髪を短く刈り込んだ女性は、地面に横たわったまま幸せそうに胃袋のあたりを押さえて呟いた。

「今度は喰いすぎでハラこわすんじゃねーのか?」

 その相棒の長身の女性が彼女を見下ろしながら笑っている。ここ数日この近辺を調査したが、危険な生き物や敵対勢力は見当たらなかったためすっかり気が抜けていた。彼女たちはまだこの世界がどういう存在なのか知っているわけではなかったが、彼女たちが住む世界と異なることだけは確信している。

 次元衝角船アマテラス号。彼女たちの世界を救うために次元の壁を越え、侵略者の拠点を急襲するはずだった。だが、次元の壁の向こうは敵の本拠地ではなく、奇怪な生物が闊歩する魔境だった。

 そしてそこで、何か禍々しいモノと接触したのだ。そして、その異質のモノと交戦し、敗退した。アマテラスの艦長は即座に撤退を決断するも、強固な次元の壁が撤退を阻害した。次元衝角を用いて、その壁を打ち抜き撤退を続けたが、その壁は何層にもわたって撤退を阻止してきたのだ。

 異質なモノはその触手を伸ばしアマテラスを追い続け、そしてその魔手に捉えた。

 そこから先は無我夢中でよく覚えていない。船壁に同化するように侵入してきた異質なモノを打ち払い、各個で脱出を試みたはずだった。

 いや、希望的観測は意味がない。現状で脱出が確認できたのは彼女ら二人のみ。

 次元の修復力が働いたのか、それとも他に何かの力が働いたのか、触手は次元の壁の修復によって引きちぎられた。最後に見た光景は、海に沈んでゆくアマテラスの姿ではなかったか。

「腹もふくれたことだし、さっきの人と何とかしてコミュニケーションをとらないといけないわね。あのナニカについて調べなきゃ」

 アマテラスが無事かどうか不明だが、二人は無事であることを前提に行動するしかない。ここがどのような世界かわからないが、アマテラスがなければ、元の世界に戻ることは出来ないのだから。


 それは、全くの不幸な行き違いであった。

 二人が浜辺へ戻った時、拘束したまま残してきてしまったあの女性に二人の男がのしかかっているように見えたのだ。

 男が女にのしかかってやることと言えばそう多くはない。そして、その少ない選択肢の中で最も可能性の高い行為と言えば、女性の尊厳を脅かす男の獣欲の発現であろう。だからこそ、二人は即座に行動を起こしたのだった。



 投擲されたナイフを躱せたのはアラタにとって幸運だった。フェノメナに当たらないように投げられたため、身を伏せることでその軌跡から外れることが出来たためだ。だが、そのナイフが空中で停止し戻ってくることは予測できなかった。そのナイフは戻りしなにアラタの首を裂く軌跡を取る。そしてあわやの所で、耳鳴りがするほどの剣閃が走った。

 《神殺し》が眼にもとまらぬ抜剣術をみせたのだ。

 弾かれたナイフは空中で半円を描くような軌跡をとる。そのことから、ナイフは極細のワイヤーのようなもので巻き戻されていたことにアラタは気づいた。

 そして、鬼神の形相で駆け寄ってくる金髪の女性を見た。なまじ整った顔立ちの為、余計に鬼気迫る感じがして、一瞬アラタはひるんだ。

「手ごろな相手のようだ。お前ひとりで無力化してみろ」

「なにいってんですかーー!」

 ツッコミを入れる一瞬の間に女性は間合いを詰め切っていた。

 武骨なコンバットナイフがアラタの頬をかすめる。ぎりぎりのところで首をひねるようにして躱したのだ。かすめた頬から血が舞う。視界の隅で、ナイフの刃がギラリと光を反射した。

「クソッタレぇ!」

 ナイフは軌道を変え、アラタの首を薙いだ。それを背中から倒れるようにして回避する。と同時に、その伸ばしきった女性の右手首を掴み、倒れこみながらもその鳩尾を蹴り上げる。体勢が崩れているため、蹴りに威力はない。が、手首をつかんだ状態で腹を蹴り上げたことで変則の巴投げとなり女性は跳ね飛ばされた。

「軽いか!」

 すぐさま立ち上がり構えを取るが、相手もまたすばやく体勢を立て直していた。


 アラタが金髪美女と攻防している間、《神殺し》は戦況をつぶさに観察していた。この時点での最大の脅威は巨人騎士である。実際、アラタたちがぶつかった直後にその騎士は動き始めた。

「ご主人、マナに任せて下さい」

 マナは自分の身がすっぽりと隠れるほどの大盾を軽々と持ち上げた。並の戦士ならばかかえるのがやっとという特注の盾である。人間としての限界を超えた能力を持っていることは明らかであった。

 すばやく主の前に移動すると、渾身の力を込めた巨人騎士の剣をあっさりとその大盾で受け止めてしまう。

「遅いっすね。そんなぬるい動きでは、マナを抜いて御主人にその剣を届かせることはできないっすよ」

 そう宣言すると、魔法言語による短い呪文を唱えるマナ。すると盾が一瞬輝き、巨人騎士が跳ね飛ばされる。

 跳ね飛ばされた巨人騎士であったが、甲冑の背中の部分が開き、ゴウという音とともにあっさりと体勢を立て直した。

「やっぱり遅いっす。大きいだけじゃかてないっすよ」

 既にマナは巨人騎士の頭上へ跳躍しており、大きく振りかぶった盾を勢いよく騎士の頭にたたきつけた。騎士はバランスを失い轟音とともに砂浜をえぐる。

「勝負ありっす。言っておきますが、ご主人は私よりずっと強いっすよ」

 盾の先端を巨人騎士の兜の隙間に突き込み、何時でも目を潰せることを示す。

「言葉が通じているかどうか解らないっすけど、その目玉を潰されたくなければ大人しく武器を捨ててほしいですねー」


 巨人騎士が倒れた時点で、勝敗は決したと言っていい。

 だが、金髪の女は「降参」することに慣れていなかった。彼女たちを取り巻く環境がそれを許してくれなかったからだ。だから、彼女が考えた唯一の打開策は目の前の男を人質に取って交渉することだった。

 ナイフを縦横無尽に振り回し、時には蹴りを交えて相手の無力化を図ろうとする。だが、男はそれを器用に捌き続けている。必死の形相から察するに余裕があるわけではないようだが、その動き自体は極めて合理的だった。

 焦りが一瞬の隙を生み、伸ばしきった腕を掴まれた。下品な罵倒語を叩きつけるが、その一瞬で男の姿が掻き消えた。腕をつかんだまま懐に低い体勢で飛び込んできたのだ。

 天地が反転する。何が起こったのかわからない。次の瞬間、背中に激しい衝撃を受け意識が飛ぶ。

 気を失っていたのはほんの僅か、おそらくは数秒もないほどだろう。だが、その間に肘関節を固められていた。

「ぎにゃぁぁぁぁ!」

 肘に電流が走ったような痛み。持っていたナイフはあっさりとその手から離れた。とはいえ、ワイヤーギミックを使えば手元に戻すことが出来る。

 だが、相手はそれを許してはくれなかった。ほんのわずかでも不審な行動をとれば、逆関節に極められた肘に名状し難い激痛が走る。

 観念するしかなかった。腕ひしぎ十字固め、柔道などをはじめとする徒手格闘術のなかでは最も一般的でかつ効果的な関節技の一つである。完全に極まってしまえば簡単は抜けることが出来ない上に、痛みやダメージを簡単に調整できるたちの悪い技でもある。

 全身の力を抜き、かろうじて動かせる左手で相手の足を数回叩く。抵抗する気がないことが伝わるかどうか分からなかったが、言葉が通じない以上、態度で示すしかない。

 彼女たちが最初に接触した女性が、男に何か話しかけている。とりなしてくれているのだろうか。それとも拘束したまま放置したことを恨んでいるのだろうか。誤解だと言いたいが、通じない言葉がもどかしい。

 と、その時右肘の痛みがすっと遠のいた。どうやら関節技だけはといてくれるらしい。手首は握られたままなので、不自然な行動をとれば、瞬時にどこかの関節を取られるのだろう。次は折られるかもしれないと背筋に冷たいものが走る。

 痛みから解放されて余裕が出来たため、多少冷静に物事を観察できるようになった。すると、男の視線が自分の胸に向いているのに気が付いた。これだから野郎って奴は、と氷点下の視線を男に向けた。

「マリアナ・・・マリアンナ・・・?」

 はっと男の顔を見る。どうやら邪まな目で胸を見ていたのではなく、刻まれたネームを読んでいたらしい。と、そこではじめて目の前の男がネームを、つまりは彼女らの文字を読めた事に気付いた。

 彼女……マリアンナは怒涛のようにその男に言葉をぶつけた。自分たちの使命、窮地。助け出したい仲間、元の世界への帰還方法。とにかく話が通じるかもしれない相手に出会えたことに、彼女は興奮して話し続けた。

 一気に語ったため、息が切れたマリアンナは大きく肩で息をしながら返事を待つ。

 どのくらい待ったろうか。実質数秒程度だったかもしれないが、彼女には数分にも感じられた。

「あ……えーっと……」

 身を乗り出して次の言葉を待つ。男はバツが悪そうに頭を掻いたあと、こう告げた。

「あー、あいむそーりー。あいきゃんのっとすぴーく、いんぐりっしゅ」



「えっと、日本語で大丈夫かな?元の世界の言葉はそれしかわからないんだ」

 アラタは申し訳なさそうに告げる。

「あー問題ないわ。ニホンゴ……古代日本語なら翻訳機にデータがあるから」

 着けているヘッドセットを通して、自動翻訳されたマリアンヌの声が応じる。

「古代……って、やっぱ僕らの時代と違うのか……」

 そういいながら、巨人騎士に目をやる。

「まあ、あれを見ちゃったらなー。まさか同じ世界のモノとは思わなかったけど」

 その巨体は、アラタの世界に於いて所謂巨大ロボットというやつである。こちらの世界では概念として存在しないが、《神殺し》やマナは、ゴーレムに鎧を着せたものだと判断したようだ。

「言葉が通じる相手がいて助かったよ。改めて自己紹介する。私はマリアンナ、仲間内ではアンナと呼ばれているわ。正式に名乗りを上げるなら、人類解放同盟・第3次元侵攻艦隊旗艦アマテラス所属・陸戦機動部隊隊長・マリアンナ・ビナー中尉。長いから覚える必要はないわ」

「二つ名を、バーサーカー。むしろそっちの方が知られてるけどな」

 そう言ってから、下品に笑ったのが巨大ロボットのパイロットの長身の女性である。

「俺は、アンナマリー。愛称はマリアだ。今、お前がよだれたらしながら見てる対魔騎兵・AMK-103の専属操縦士だ。所属はアンナの部下になる。めんどくさいので名乗りはあげねぇよ」

「ええっと・・・マリアンナさんがアンナで、アンナマリーさんがマリア?」

 アラタは確認するように尋ねる。ふつう逆ではないかと思ったからだ。

「ああ、私が同盟に参加したときには、アンナマリーが既にいてマリアと呼ばれてたからね。まあどうでもいいことよ。だいたいマリア、あんた騎兵使っておきながらなに生身にやられてんのよ」

「あれを生身って言えるんかよ。ホバリングしてる騎兵にジャンプで頭上取る奴だぞ」

 マリアがマナを指さしながら叫ぶ。

「おや、なんか失礼なこと言われてる気がするっす。少なくとも100年前は普通の人間だったっすよ」

 にやにやと笑いながらマナが答える。日本語は理解できない筈だが、言われていることはわかるらしい。

「あんまり遊んでるのもなんだから、状況を整理しようか」

 そのままだと話がいつまでも脱線しそうだったのでアラタが軌道修正を試みた。

「そうだったな。私たちの船を取り戻す知恵を貸してほしい。私たちが見たあの異質なモノが何なのかを知らないといけないの」

 アンナは忌まわしい記憶を引き出しながら、彼女らの船に起こったことを話し始めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ