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水妖の都の異変

 《神殺し》が迷宮より帰還して10日あまりが経っていた。これまでの彼の行動パターンからすれば珍しいほど都市に滞在しているようである。その間に、邸宅を帝国騎士団に接収されるという事件も起こったが、《神殺し》が特に事を荒立たせることがなかったのですぐに話題から消えてしまった。

 あっさり帝国に邸宅を明け渡したことから、《神殺し》を侮って襲撃した冒険者もいたが、付き従っていたメイド一人にあっさりと撃退されている。アーティナルの住人からすれば当然の結果とも言えたが、外部から来た者には衝撃だったらしく、その後そういった無謀な者は出ていない。

 《神殺し》に仕える者たちの中に使徒としての盟約を結んだ者がいるのは、アーティナルの住人や各神殿関係者にはよく知られている。使徒は《神殺し》と命を共にするため、事実上の不老不死を得ているともいえる。それゆえに、見た目よりも長い時間研鑽に励んでいるし、なにより使徒として限定的ながら《神殺し》の神威を借りることが出来るという。

 その《神殺し》であるがこの数日間、なぜかアラタに探索者としての訓練を行っている。

 言葉足らずでかなり乱暴な訓練ではあるが、そこはよくできた執事やメイドたちがうまくフォローしていた。

 なぜ自分が訓練を受けねばならないのか、訊いてみたことがある。それに対し《神殺し》はいつもの抑揚のない声で、

「神狼フェリシアからの依頼だ」

 とだけ答えた。


「【鑑定】の異能を迷宮内で使用しなければならない事態が起こるという事ですか?」


「神意は常に人の身には計り知れぬものです。とはいえ、そのように理解していただければよろしいかと」

 代わりに答えたジョセフにアラタは困ったような目を向けた。


 ただ、数日間の訓練の中で、アラタは思っていたより適応できていることに自分でも驚いていた。

 剣術にかんしてはからっきしであり、才能もあまりないことは初日に指摘されてしまった。魔法に関してはさらにひどくて、まず習得はムリだろうと告げられた。

 ポーカーフェイスを気取ってはみたが、内心のショックは隠しきれなかったのだろう。あの無愛想で人間に興味を失ってしまったかのような《神殺し》にさえ心配される始末だった。というのも、この世界の住人のほぼすべてが、多少なりとも魔法の才能を持つ。もちろん、その多くは生活魔法……発火や湧水といった、生活上便利な魔法をなんとか使える程度の魔力しか持たず、それ故に魔法を覚えないものも多い。だが、アラタには、その魔力自体がなかったためそれすら使うことが出来なかった。

 それでも、適応できているというのは、アラタ自身が思っていたよりもはるかに優秀だった動体視力と、無手での組み打ちの技術を持っていたということであった。体に染みついているというのだろうか。記憶はなくとも体は動いてくれたのだ。

 ジョセフが言うには、修練は足りないが、一連の技の術理は極めて合理的で、【イル=レアナ】で普及している格闘術に比べて、数段洗練されているらしい。

 おそらく漂着する前のアラタは、柔道かそれに類する格闘技の経験者であったのだろうと自分のことながらどこか他人事のように推測していた。

 ジョセフの見立てでは、攻撃力としては全く期待できないレベルであるが、最低限の身を守る手段にはなるだろうとのことである。そして、その方向へ技量を伸ばすように勧められた。

 なぜなら、アラタが迷宮に入るとしても、それは探索者としてではなく鑑定士としてである。おそらくはそれなりの腕の探索者チームが同行することになるから、最低限の防衛が出来れば十分なのだ。


「本当は、十分な防具を身に着けて、最低限の武器を使いこなせるのが一番なのですがね」

 ジョセフの言葉にアラタは頭をかいた。それは実感していることでもあったからだ。


「対人に特化した戦闘術のようだからな。迷宮内ではあまり役に立たんだろう」

 《神殺し》が興味なさそうに言う。

 ここ数日で、彼がなんに対してもそういう態度を取っているが、決して興味を持っていないわけではないことはわかっていた。身近で仕えるジョセフにとっては、数年ぶりに気分のよい主を見て彼自身の気分も高まっていた。


「アラタさん、鑑定の仕事入りましたよ」

 組合職員がアラタを呼びに来る。もうそんな時間かと汗をぬぐいながら振り返った。


「ありがとうございました。また明日もよろしくお願いします」

 《神殺し》とジョセフに頭を下げるとアラタは受付へと足を向けた。



 迷宮第二階層、通称〈水妖の都〉

 迷宮の階層全体を水属性に特化することで、水に親和性の高い漂着物を集めるように用意されたフロアである。エリアの半分以上が海であり、多くの水棲動物がここに漂着し、独自の生態系を形成している。深層の水エリアと違い、このエリアにはあまり危険な生物は漂着しないため比較的のんびりとした階層とも言える。

 そのためか、意外にこのエリアを主狩場とする探索者も多い。内陸のアーティナルにとって、海産物はある意味お宝とも言えるからだ。もはや探索者というより漁師という方が適切かもしれないが。

 このエリアの攻略には船が必須と言われ、沿岸地区で船を作成するか、船を所持した探索者と同行するかを迫られる。もちろん沿岸地区にも転移エリアは存在するので、運さえよければ攻略可能だが、そういった幸運にめぐり合う者は少ない。

 そんなエリアに、比較的高レベル探索者である《妖精の娘たち》が留まっているのは、数日前にここを拠点とする漁師型探索者が未帰還となったことにある。女性のみで構成された《妖精の娘たち》が、その探索者の捜索を依頼されたのは、彼女たちが泳げることが最大の理由である。


「とはいえ、どこから探索すればいいのやら」

 《妖精の娘たち》のリーダーを務める格闘家、オルナは頭を掻きながら誰にともなくつぶやく。日焼けしたよく鍛えられた肉体を持つ大柄な女性である。探索者の中でも一目置かれる猛者の一人であり、その人気も高い。

 そのオルナの前に広がるのは海原である。《妖精の娘たち》がかつてここを抜けた時は、エリア毎に船持ちを雇って一気に抜けたためこのエリアの情報はあまり持っていない。また迷宮内である以上住人というのもいないわけで、目撃情報も絶望的なのだ。

 行方不明の探索者は、基本的には毎日アーティナルへ帰還して戦利品……というか釣りの成果を朝市に卸すのが日課であった。前日の夕方に迷宮に入り、迷宮の組み換えの時間帯を海洋神ポルシスの領域で明かしてから漁に出るのだ。

 迷宮内でも昼夜があるのかと問われれば、この封印迷宮においては存在する。

 【イル=レアナ】におけるすべての事象は神々の思召しであり、この迷宮に関してはすべての神々が何らかの形で係わっているからである。海洋エリアであるこの第二階層は、水に係わる神の力が強いとはいえ、太陽神や月神の影響も受けている。水棲生物の生存領域を確保するために必要だからだ。

 振り返ると、《妖精の娘たち》のメンバーたちはかさばる装備を一旦脱いで身を守る最低限の武器を所持しただけの楽な格好で寛いでいた。


「とりあえずは楽になさいな。どうせ船持ちを探すとこから始めないといけないんだし」

 魔術師のエリザベスが言う。


「ですね。その漁師が拠点としていたのは、海洋神の領域でしたか。まずはそこを目指さないと」

 女性ながら、重戦士の職に就く女闘士のカーラが落ち着いた声で述べた。彼女たちはこのエリアを抜けるときには殆どの領域をショートカットしたため、転移陣で飛べる拠点が少ないのは誤算であった。


「海洋神の領域はこの階層の最大の拠点だ。この階層を中心に活動する探索者さえ見つけることができればすぐにでも行けるだろう」

 そう言ったのは、スカウトのアリアである。


「とは言え、闇雲に探し回るのも芸がないわね」

 神狼フェリシアの神官であるフェノメナが狼を模した革兜を被りなおしながら言う。その兜は、フェリシアに仕える神官としての聖印でもある。


「すまんが、アレをやってもらえるか」

 オルナが拝むような仕草でフェノメナに語りかけた。フェノメナの仕える神である神狼フェリシアは神獣が昇神して誕生した神格であるため、その加護を受けた神官は動物的な能力を得ることができる。だが、いくつかの条件があるのも事実である。そして、その条件は、人より獣に近づく必要があった。


「構いませんわ。わたくしはフェリシアにお仕えするもの。アレを行うことに関して含むところはないわ」

 言うなり、フェノメナは身に着けているものを脱ぎ始めた。慌てて、他のメンバーが辺りを警戒する。本人が気にしていないとしても、むやみに見せてよいものではない。そんな仲間たちの慌てっぷりを微笑ましく思いながらも革兜を除く全ての衣類を脱ぎ、荷物の中から神衣とされる銀狼の毛皮のコートを出して羽織る。

 フェリシア神官はその修行段階において、狂暴化し魔物に堕ちた狼を狩りその肉を食し皮を剥ぎ牙を得なければならない。そして、その皮は巫女によって神衣に仕立て上げられる。牙は、聖印の核として革兜に埋め込まれる。

 彼女のためだけに仕立てられた神衣はまるで吸い付くように彼女の体を覆い、奇妙な神聖さを醸し出していた。

 フェリシア神の特異魔法である「獣感覚」

 それは、人間と比較してはるかに優れた獣……フェリシアの場合、雪狼や銀狼と呼ばれる眷属獣……の感覚を得るための魔法である。

 そのためには、人よりも獣に近づかねばならず、文明から遠ざかる必要がある。通常の衣服を身にまとう事すら許されず、そのための毛皮の神衣である。

 そして、フェノメナは四つん這いになり大きく伸びをした後、聖句を唱えながら神にささげる舞を舞う。

 感覚が次第に鋭敏になり、その聴覚に、視覚に、嗅覚に、常人ではありえない情報が伝わってくる。その情報を取捨選択しながらこのエリアの生物の分布を確かめる。

 さすがに水の中の情報は得られないものの、いくつかの人族らしき気配を感じたフェノメナは、その舞を終える。全身から滴り落ちる汗が、妖しげな雰囲気を醸し出していた。

 神獣に仕える女性神官が、ほぼ同性でのみ構成されたパーティに参加するのはこの特異魔法のためである。


「さて、行きましょうか。幸いなことに海に出ていない方が数名いらっしゃるようですので」

 フェノメナは汗を拭うことなく告げた。神衣を脱いでしまうと、魔法の効果が切れてしまうので、彼女はその毛皮のみを身にまとったまま探索を続けることになる。

 フェノメナ自身はあまり気にしていないのだが、オルナたちはすぐさま彼女を隠すように周りを囲む。そして、フェノメナが示す方へ移動を始めるのだった。

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