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エピローグ

「ついに、ついにこの時が来た!」

 管理者を名乗る少年が喜色をあらわに叫んだ。

 神殺しの剣は完成した。

 世界と管理者を切り離すための剣。

 だが、一つ大きな問題が残っていた。


 管理者の不在による、世界の崩壊。

 崩壊する前に、後任の管理者が決まるかどうか、である。


 管理者が現れなければ、世界は崩壊し消滅する。

 そして、その可能性は決して低くはないと、アラタは見積もっていた。


「率直に聞こう。あんたの後釜がこの世界を管理するために現れるのはどの位の可能性がある?」

 アラタは問う。少年は肩をすくめた。

「0か、1かさ。現れればこの世界は続くし、現れなければ消滅する。なかったことになる」

 完成した剣を玩びながら少年は答えた。

「そもそも、君たちが気にする必要はない。存続するなら存続するし、消滅するなら最初からなかったことになる。君にわかりやすく説明するなら、そうだね……君がきた時代なら、こう例えるのがいいかな。書きかけの小説を残したまま、作者がいなくなった作品があるとしよう。その遺稿を見て、弟子が作品を書き続ければ世界は続く。だけれども、その遺稿の続きを書くものがいなければ、その作品の中の全ての事象がなかったことになる。遺稿が喪失されれば、そもそも存在すらなかったことになるだろう。その物語の中の喜びも悲しみも、愛も憎しみも、消える」

 ぎりりと歯を食いしばる。

 予想はしていた。この少年は、たしかにこの世界を愛しているのかもしれない。自らの死によって崩壊することを防ごうとする程度には。

 だが、彼がいなくなった後の世界は、彼の関与するところではない。彼の見えないところで世界が亡ぼうとも彼は気にしないのだろう。

「何を考えているか、手に取るようにわかるねぇ。確かに、僕はこの世界を滅ぼしたくはない。だけど、僕が消えてしまった後、僕という存在が消失してしまった後のことは、僕は知らない、関係ない。だって、その時僕はいないのだから。なにも感じないのだから」

 思わず、固めた拳を振りぬいていた。加減もなにもなかった。

 意外なことに、少年はそれを避けようとも防ごうともしなかった。

 生まれて初めて……少なくとも、アラタがアラタとしての記憶にある限り、初めて本気で人を殴った。ただ感情に流されるままに。

「いたたた。君はもっと理性的な男だと思っていたのに。だけど、確かに君には僕を殴る権利がある」

 拳が痛い。だが、それ以上に心が痛い。

「では、一つ解決方法を教えようか。確実に後継者が現れる方法を、ね」

 少年は意地悪そうに笑った。



「貴様、最初からそのつもりだったかっ!」

 《神殺し》が怒りに目を燃え上がらせて叫んだ。

「そうだよ。僕ははなからそのつもりだったさ。僕が無事に消えて、この世界も残すための人材の育成。君たちを確実に救ってあげられる唯一無二の方法」

 さらりと言ってのける管理者。

「ならば、俺がその役目を受けてやる。俺にもその資格はあるはずだ」

 《神殺し》は少年の胸倉をつかみあげて言ってのける。

「だめだね。君の魂は削れ過ぎている。今でこそ戻った記憶が感情を喚起しているのだろうけど、すぐにそれは失われる。それでは僕の二の舞だ。結果として世界は亡ぶ。だからこそ、アラタ、君でなければならない。君のみが、事象干渉能力を有し、かつ健康な精神を持ち合わせている。君のみが、後継者足り得る。少なくとも、次の管理者が決まるまでの繋ぎにはなれるだろう。さあ、選びたまえ。僕の後継として、この世界の人の生を捨て、上位世界の住人へと昇華し、新たなる管理者となるか。それとも、人の生に執着し、ただ一人の人間として世界にとどまり、そして世界を見捨てるか」


 少年が呈した方法。

 それは、少年の後継者として、アラタが管理者となる道であった。

「聞く必要はない!お前にはお前の幸せを求める権利がある。俺は、俺は俺が得られなかったものをお前に託したい。俺は、お前に俺と同じ運命をたどらせないために戦ってきた。俺の前の俺もそうだったのだろうと今ならわかる。アラタ、よく聞け。俺は、お前だ。こいつは、その神剣を作るために、何度も同じ時間を繰り返した。そのカギとなっているのがアラタ、お前だ。もし、その剣が完成していなければ、お前は過去へ送られ、《神殺し》として世界をさまよい、再びこの時この場所へ帰ってくることになるのだ」

 《神殺し》は管理者を放り捨てると、アラタに向き直った。

「俺は、お前が人として生きられる世界にするため、今日まで生きてきた。お前が人並みの幸福を得ることが、俺の唯一の希望だった。何度も記憶を失い、魂をすり減らし、罪を重ねても、今日この時まで歩み続けたのは、その希望こそが俺の動力源だったからだ。だから、お前は、幸せにならなければならんのだ」

 《神殺し》が叫んだ。だが、その目は悲しみに満ちていた。

 なぜなら……


「あなたが僕なら、分かっているんでしょう。僕が、どうこたえるのかを」

 《神殺し》が崩れ落ちた。

「何故だ、何故お前が犠牲にならなければならない!俺は、俺は!」

「それこそ、あなたが一番わかっているんじゃないですか。あなたがまさに今ここに辿り着いたのは、今僕が抱いている思いを胸に刻んでいたからでしょう?それにね」

 そこで、アラタはいったん言葉を止めた。《神殺し》はゆっくりと顔をあげる。

「それに、僕は犠牲になんてならない。僕は、こんなヘタレな管理者に負けたりしない。僕はあなたなのでしょう?ならば、分かるはずだ。僕は、負けない。この世界で得た絆を失うのはつらいけど、僕は、大丈夫。なぜなら、あなたが今、ここに辿り着いたことこそが僕を奮い立たせてくれる。だから、いくよ」

 アラタはそういって、少年の下に歩み寄り、神剣を手に取った。

 膨大な知識が流れ込む。世界を管理するための基礎知識。管理者の世界の現状。管理システムの根幹が情報の嵐となって押し寄せてくる。

 だが、受け入れることを決意した時、アラタはそう、変わっていた。

「願いは、かなった」

 少年はそう呟き、目を閉じる。全身が光の粒子に分解され散ってゆく。

「僕は、絶望から解放されるんだ」

「だが、そこには希望もない。何もない、無だ。もしあんたに魂というものがあるのなら、あんたは永劫の中で真の絶望を知ることになるだろう」

 アラタは冷たく言い放った。

「気づいてないと思っているのかい? あんたは、そこで消滅したかのように演出しているが、その実、自らの存在をこの世界に定着させようとしているだろう? そんなことが許されると思っているのかい?」

 アラタが神剣をかざす。すると、光となって消えかけていた少年の姿がふたたびぼんやりとだが形作られる。

「何をする気だ、アラタ!」

「何をするかって? わかりきったことを聞くなよ。あんたが自ら語っていた所にあんたを送ってやるだけのことさ。転生などさせてはやらないよ。ここは、既に僕が管理する世界だからね。あんたの魂はちゃんと、あるべき世界、あんたの世界へ連れて帰ってやる」

 にぃっと歪んだ笑みをアラタは見せた。

「や、やめろ!そんなことをされたら、僕が消えてしまう!やめるんだ、やめて、くれ……」

 少年は、アラタに取りすがって懇願する。が、アラタは取り付く島もない。

 なぜなら、神剣を取った時に知ってしまったから。これまで何万回と繰り返された時間。その回数だけ、アラタと《神殺し》の人生は狂わされた。そのことに少年がなんの痛切も感じていないことに。

 まあ、当たり前と言えば当たり前かもしれない。小説家が自らの小説の登場人物に悲劇を押し付けたとしても、それが必要な展開ならば後悔などしないだろう。

 アラタにもそれはわかっている。もし、正直に自らの分体をこの世界に転生させることを告げていたならば、アラタもここまではしなかったかもしれない。(とは言え、管理者権限で転生先の調整で意趣返しはしたかもしれないが)

 だが、少年はそうしなかった。

 さんざん、自らの不幸を喧伝した挙句、騙し討ちのように転生を目論んだ。

 アラタは手を伸ばすと、本来触れることすらできない筈の上位者の魂を掴んだ。それは、とりもなおさずアラタが上位者へと変異していることの証でもあった。

「では、行こうか。あんたの言う絶望の世界へ」







 黒髪の青年は大きく息を吐いて、手に持っていた端末を、本を閉じるかのような動作で終了させた。

 確かに、これは重労働だ、とも思う。だが、言われていたほどひどい環境ではない、と青年は思った。

「よう、アラタ。また何か作ってくれないか?」

 そう声をかけてきたのは、同僚の男であった。とは言え、外見は鳥人間といったところか。

「ついこの間まで、『経口でのエネルギー摂取など非効率的だ』なんて言ってた人の言葉とは思えないな」

 冗談交じりでそう言葉を返す。

「味覚なんて、経口摂取時に毒物を感知するための不確定な器官だ、なんて言ってたくせに」

「そういうなよ。ここじゃお前が異端なんだ。おっと、俺たちも異端に踏み込んだかな?」

 そういってカラカラと笑う。

「ボルの奴が、お前にリョウリを教えてほしいって言ってたぜ。どうするよ?」

 アラタは、それを聞いてにっこりと笑った。いい傾向だ、と。

「そうかい、マルク。僕の料理の腕なんてたかが知れているけど、それでよければいつだって」


 少年から管理者を引き継いだアラタ。

 管理者たちが住む世界。それは、彼らの母星の消滅から人類を継続させるための、移民船団であった。

 管理者たちの世界も、アラタたちの世界と同様、光速を基準とする世界である。というよりも、この管理者たちの世界をベースに作られたシミュレーター上に存在するのがアラタたちの世界なのだから、それも当然ではある。

 彼らの文明では結果として、光速を超える移動手段は生まれなかった、次元を裂きこの世界の外へと出るための理論は完成していたが、外の世界が如何なるものか観測することが出来なかったため、世界の外への旅は困難を極めた。一部の決死隊が、世界の外へと旅立ったが、帰還者はない。

 それ故、彼らは母星の崩壊から逃れるために宇宙へと逃れたものの、彼らが永続的に繁栄できる星への旅は最低でも数十年から百年以上の期間がかかることが予想されていた。

 だからこそ、彼らは種の存続のために、ありとあらゆる無駄を切り詰めた。船団を管理するクルー以外はコールドスリープで代謝を最低限に抑え、また、クルーにも過剰なまでの制約を課した。生き残るためには仕方のないことだった。

 最初に到着した星系に於いて、移民が不可能だったことが判明した頃から、絶望という病が進行し始めた。

 活動するクルーたちの絶望はあっという間に蔓延し、それを解決するためのプロジェクトが立ちあがったが、成果は殆どなかった。

 そんな絶望の中、アラタはこの世界へと渡ってきたのだった。


「え?いやいや、こんな生活してちゃ頭おかしくなって当然でしょう?」

 クルーから現状を聞いたアラタの最初の一言がこれだった。

 文明と文化は常に密接に絡み合っている。

 この管理者の世界は、文明を守るために文化を捨ててしまっていた。

 文明が人類の物質的発展の象徴ならば、文化は人類の精神的発展の象徴である。文化を捨てることは、それはすなわち、人類の人類たる由縁を捨てることに他ならない、と力説した。

 と言えば、格好良いのだが、そう言ったことを感覚的に話したのだがなかなか理解を得られなかったのだったが。

 そこで、アラタが最初に行ったのが、食生活の復活だった。

 船団の記録メディアを解析し、この世界の食べ物のデータを調べ、再現した。

 最初は半信半疑……というか、9割不信といったクルーたちではあったが、やがて、一人、また一人とアラタの案に乗り始めた。彼らは、科学者でもあったから、思い込みだけで否定することの愚かさを知っていたから。

 そして、世界は変わり始めた。

 この世界は、アラタから見ればとてつもなく歪であった。無駄を徹底的に省き、全てを合理性で固めた世界。それは、感情を封印して人が機械となる世界。


「食事? 経口摂取など無駄が多すぎる」

「娯楽? そんな無駄なことは移民が完了してからのことだろう?」

「恋愛? そもそも、それに意味などあるのか? 一時の感情で結びついて、子の遺伝的未来をないがしろにするのか?」

「性行為? なんてエネルギーの無駄。そもそも、母体の中で子供を育成するなど危険すぎる。出生率がさがっているこのご時世、出産などという危険は冒すべきではない」


 どれだけの罵声をうけだだろう。だが、それを乗り切った。

 確かに、アラタの提唱した方法は、船団のエネルギーを無駄に消費してしまうかもしれない。だが、遅かれ早かれ、この船団は精神的に亡ぶことが予測されていた。だから、数人の科学者が自らを献体としてアラタの言葉に乗った。

 そして、少しずつ世界は活力を取り戻しつつある。

 かつては無駄と割り切りアーカイブの奥底に放置されていた彼らの文明を自主的に調べ始める者もあらわれ、積極性が生まれ始めていた。

『ずるいな、アラタ。僕たちがどれだけ苦しんだと思っているんだよ。それをこんなにあっさりと快方へ向かわせてしまうなんて』

 アラタの頭の片隅で、前任者の声がする。

「正解かどうかはわからないよ。ひょっとしたら僕は、彼らの精神的破滅を阻止することで、物理的破滅を招き寄せたのかもしれないのだから」

『それでも、座して死を待つよりはよほどいい。僕たちの計算では、次の星系へたどり着く前に僕らは亡ぶことは確実視されていたのだから』

 結局のところ、アラタは前任の管理者を滅ぼしたりしなかった。管理者権限をすべてはく奪した後、意識領域の一部に彼の分体を取り込み、常駐させている。

「以外に冷静だな。僕としては救われた世界をあんたに見せつけてやりたかったんだがな」

『確かに、くやしいという思いはあるよ。君はあっさりと僕らの世界に新しい風を吹き込んだ。それは、狂う前の僕がやりたくて仕方のないことだった。だけどね、こう思えば僕の自尊心も満たされるのさ。つまりは、僕がいなければ君という存在はここにいなかった、ってね』

 アラタは肩をすくめると、彼がマルクと呼んだ同僚に食事を作るために立ち上がった。

 彼の前にはいくつかのモニターが浮かんでいて、それらには大量のデータが滝のように流れているのが映し出されている。

 そのデータを追えば、今彼が何を見ていたのかわかるだろう。それは……



「これで、仕舞だ!!」

 機械でできた巨人の中で、大柄な女性が叫んだ。

 そこは、天空に浮かぶ巨城の心臓部。魔法世界【アルトディア】を統べる魔法王の居城。

「やめろ! それが何かわかっているのか! それを砕けば、魔法王国の魔術師たちへの魔力の供給が断たれてしまう。貴様らは、我らを滅ぼすというのか!」

「この水晶の心臓こそが、あたしらの地球とこの世界を繋ぐ錨の役目を果たしている。これを破壊すれば二つの世界の繋がりは断たれ、衝突は免れるんだよ!」

 マリアが叫ぶ。

「させぬ! 魔法がなければ、明日にでも蛮族どもが押し寄せてくるだろう。伝統と文化の破壊者どもが!」

 魔法王は杖を振りかざし、強大な魔法を構築し始めた。

 だが、一瞬で間合いを詰めた影が、その杖を弾き飛ばす。込められた魔力で強度を増しているはずの杖が、圧倒的な質量と運動エネルギーをぶつけられ、真っ二つに折れ飛ぶ。

「自業自得ってやつさ。まあ、それはわたし達の世界もそうだろうけどね」

 アンナが自虐的につぶやく。

 マリアが水晶の心臓へ、大剣を突き立ててそれを粉々に砕く。ため込まれた膨大な魔力が爆発的に膨らみ、マリアの騎兵を飲み込んでいく。

「マリア! 離脱して!」

 アンナは叫びながら、機動ユニットの機能を全開放してその場を離脱する。光にのまれた魔法王の体がまるで溶けるように分解されていく。視界の片隅で、マリアの機体が光にのまれていくのが見えた。

「マリア、マリア! 畜生、畜生!」

 逃げることしかできない自分を罵倒する。

 心臓部の崩壊は、この天空城の墜落を意味していた。もはや、マリアを救うだけの余裕はない。アンナ自身すら生還できるかどうかわからないのだから。

 全速力で、城外で停泊しているアマテラスへと帰還するアンナ。

 城が崩壊し始め、アマテラスは生還したクルーを乗せて、天空城から離脱した。

 この強襲作戦で、クルーの半数近くが未帰還となった。その中に、トップエースの一人であるマリアも含まれている。

 崩壊して落下を続ける城砦を、誰もが胸に手を当てて見つめていた。

 二つの世界は、崩壊からは救われた。だが、魔法に依存していた両世界はこれから苦難の時代が始まるだろう。

 だが、アンナたちは決して悲観はしない。魔法はなくとも、彼女たちには自らの手と足があるのだから。

 失われた仲間たちに顔向けができるよう、彼女たちは生き抜こうと誓い合った。

「あれは……なんだろう?」

 それは、誰が発した声だったろう。

 視界の隅に何かが映った。すべてが自由落下を始めた場所で、それだけが、異なる動きをしていた。

 やがて、それが何かに気付き、歓声が上がった。


 少し時間は遡る。

 マリアの騎兵は、その光の渦を耐えきっていた。

 かつて、【イル=レアナ】で取り込んだ邪神の力を全開放し、その闇の触手を盾として使ったのだ。

 だが、同時にそれは、彼女の騎兵の動力を失うことと同義であった。

「はっ、あたしもここまで、か」

 アンナは逃げ切れただろうか、と考える。あれで、肝心なところでは抜け目のない女だ。おそらくは逃げ切っただろう。

 瓦礫と化した騎兵のハッチを蹴り開け、辺りを見渡す。体が浮き上がるような感覚が襲ってくる。それは、城が落下を始めたということを示していた。

「マリア! いるなら答えてくれ!」

 それは、この世界にわたってきて、何かと便宜を図ってくれていた青年の声だった。

「ネオ、てめぇなんで逃げてないんだよ!」

 その声に導かれるように、ネオと呼ばれた青年が顔を出す。

「あんたを置いていけるわけがないじゃないか」

 そういって、ネオはマリアを抱きしめた。不意を突かれたこともあるし、最期くらいは許してやろうという気もあって、彼女は殴り飛ばすのを思いとどまった。

「まあ、一人で死ぬのも味気ないと思っていたところだ」

 負け惜しみのようにマリアが言うと、ネオは笑いながら彼女をいざなった。

「さ、乗って」

 そこには、一頭の飛竜がいた。

「ネオ、あんた、竜騎士だったのかい?」

「隠していてごめんよ。お叱りは、生きて帰ってから、ね」

 二人は、その飛竜の背に跨り、降り注ぐ瓦礫の中を疾走する。

 致命傷にならない程度の瓦礫は避けもせず、最速で城を離脱した二人は、突然開けた青空に目を細めた。

「なあ、なんであんたは、あたしを助けに来てくれたんだい?」

 マリアは尋ねた。ネオはしばらく考えていたが、ゆっくりと口を開いた。

「多分、これが正しいと思ったから。僕は、間違えたくなかった。自分の心に嘘をつきたくなかった。だから、僕は(・・)僕の意思を通す(・・・・・・・)ことにしたんだ」

 マリアは一瞬凍りついたように動きを止めた。

「おっとっ」

 飛竜の背からずり落ちそうになるのをネオと呼ばれた青年が引き上げる。

「あんた……いったい……」

「さてね。だけど、僕は僕の気持ちを伝えたよ。返事を聞かせてほしいな」

 ネオは飛竜を駆りながらマリアに問いかける。

「約束が、あったんだ。絶対かなわない筈だった約束が」

 そういいながら、マリアはネオの背中から腕を回す。

「だけどさ、聞きたい言葉が聞けた。あんたはあいつじゃないけれど、あんたが今言った言葉はあたしにとって約束の言葉だった。だから、あたしも約束を果たさないといけない。あたしは、女であることを通していいのかな」

「君の言う約束が何なのかは知らないけど、僕にとって君は初めて見た時から、素敵な女性だったよ」

 まるで、そう宿命づけられたかのように。いや、たとえそれが宿命であったとしても、この心は、気持ちは自分のものだから。

 飛竜が甲高い声で鳴く。その声に紛れるように二人の間で言葉が紡がれる。

 崩れ落ちていく城砦を背に、飛竜は飛ぶ。やがて、その視界に、マリアの帰るべき場所が見えた。

「いこう、マリア」

 アマテラスに並走するように飛ぶ飛竜。クルーたちの歓声と笑顔が、彼女の戦いが終わったことを告げてくれた。

 一つの時代が終わり、苦難の時代がやってくる。だが、きっと乗り越えていけるのだろう。人はそういう風にできているのだから。



「ただいま、かあさん」

 バツが悪そうな顔で、もはや少年とは言えない年齢となった男は中年の女性に声をかけた。

 女性の目にみるみるうちに涙が溢れだす。

「あらた、なのかい?」

 信じられないようなものを見るように、女性は数回首を振った後、おもむろに青年を抱きしめた。

「ただいま、かあさん」

 母と呼ばれた女性は青年を見つめる。彼女が知っている息子とは別人に思えるくらいに落ち着いた雰囲気を持っていたが、顔立ちはまさしく彼女の息子のものだ。

「おい、誰か来ているのか?」

 家の奥から、体格のよい中年男性が姿を見せる。

「あらた、か?」

 一目でわかった。だから、駆け寄るなり、6年ぶりに姿を見せた息子の頬を力いっぱい叩いた。

 それは、手加減のない一撃であったので、思わずアラタは体勢を崩してたたらを踏んだ。

「あ、あなたっ!」

「いいんだ、かあさん。いいんだ。心配かけて、ごめん」

 父親もまた、二人をまとめて抱きしめ、泣いた。

「ただいま、とうさん」

「おかえり、新」


「はあ、それでは行方不明になっていた6年間の記憶ははっきりしないということですか」

 聞き取り調査にやってきた刑事が手に持ったペンで頭をかきながら言った。

「同じころ行方不明になった同級生の月見里洋翔くんについても何もわからないと言われるのですか?」

「すみません、覚えていないんです」

 どうやら、彼の失踪は刑事事件として捜査されていたらしかった。刑事は疑わし気に新を見る。

 彼の体には無数の傷跡が残っていた。刃物で切られた傷跡、何かに引っ掻かれたような跡。線は細いもののよく鍛え上げられた体にそう言った傷跡がたくさん残っていたのだから、彼の身に何が起こっていたのかを刑事は知りたがった。

 病院で精密検査を受け、そのまま病室で刑事からの質問漬けである。だが、新は全て覚えていないで通した。疑惑は尽きなかったが、時折思い出せたかのように語る内容は、子供騙しの冒険物語の断片のような荒唐無稽なものだった。最初は聴取する刑事もごまかされていると感じたのか声を荒げる場面もあったが、両親の抗議もあり、今は落ち着いている。

「わかりました、また改めて伺います。何か思い出したら連絡をお願いしますよ」

 刑事は、病室の入り口近くで控えていた相方を促して退室した。

 部屋から出ると、二人は小声でアラタの証言の検証をはじめる。

 だが、結論など出るわけもなかった。ただ言えるのは、彼が加害者ではないだろうということだ。加害者側であれば今のタイミングで現れることはないだろうし、全身の傷跡から何らかの暴力を受けていたことは容易に想像できるから。両親による家庭内暴力の可能性も考慮したが、彼と親の間にDV家庭に見られるある種の緊張感は感じられなかった。

 その後、数か月経っても、記憶は戻る気配もなかった。

 日常が、彼の下に戻ってきていた。定期的な通院や警察による事情聴取はあるものの、それは次第に形式的、儀式的なものとなっていく。

 不思議と物事の本質を見抜くことが出来る新は、やがて、とある研究機関に就職することになるのだが、それはまた別の話。



 未踏区域と呼ばれる荒野を二つの人影が歩いてゆく。

 この地域に踏み込んだものはほとんどおらず、帰還者はさらに少ない。

 強力なモンスターが闊歩するノーマンズランド。【イル=レアナ】外郭と呼ばれる魔境。

 かつて、帝国が一万の部隊を調査隊として送り込んだが、数か月後、辛うじて帰還したのは百名をわずかに超えた程度であり、その数少ない帰還者も重度の精神障害(アラタやヒロトならば、PTSDと呼ばれる症状だと思ったかもしれない)を負っており、満足な調査結果を得ることが出来なかった。

 そんなエリアをたった二人で行くなど正気の沙汰ではないだろう。だが、二人はまるで無人の野を征くかの如く進む。

 一人は、《神殺し》と呼ばれる男であり、もう一人は、かつて迷宮都市にその人ありと言われたナージア司祭のリリーナであった。いや、正確には、名も失われた太古の神の司祭であろうか。

 真に力のある存在にとってはこのノーマンズランドも決して踏破できない土地ではない。特に、強力な生命力を持つ存在を喰らい続けなければ記憶を維持できない《神殺し》にとっては、むしろ好都合とも言えた。

 世界の敵である彼にとって安息の地はここにしかない。

 いずれ、彼も朽ちるのであろう。だが、それまでは生き続けるのだろう。

 その日まで、彼は生き続ける。だが、孤独ではない。ともに永劫を生きる存在とともにあるのだから。


 《神殺し》が去った迷宮都市。そこは、今日も忙しい。

 多くの探索者たちが迷宮に挑み、あるものは財宝を得、あるものは名声を手にする。

 その輝かしい功績の陰に隠れて、多くを失ったものや、命までも落とすものもいる。

 迷宮を管理する探索者組合には一人の名物男がいる。

 かれは、異世界人である。とはいえ、単に異世界人というのはこの【イル=レアナ】では珍しくもない。よほど閉鎖的な村などでなければ、何らかの形で異世界人とかかわったことのない者の方が少ないほどだ。

 では、鑑定士という職業が変わっているのか? いや、それも違う。鑑定士はごまんといるし、異能持ちも極めてまれではあるが、いないわけではない。

 ならば、何が名物なのか。それは……


「主任! 迷宮35階層を探索中の〈紅蓮団〉が帰還予定日を大幅に割っています」

 ベテラン探索者グループである〈紅蓮団〉の未帰還は大ニュースになる。特に、今回の探索では、無発見の隠し部屋の発見があったことが事前報告されていた。大物を引き当てた可能性がある。

「〈紅蓮団〉っていったら、それこそドラゴンか魔王クラスにでもぶつからない限り問題ないはずだが?」

 〈紅蓮団〉は総勢30人を超える一団で、勇者たちに匹敵する実力者も数人抱えている。また、伝令にも力を入れており、少々のことでは、行方不明などに陥ることはないはずだった。

「仕方がないな。おい、準備をしろ。偵察にいくぞ」

 主任と呼ばれた鑑定士は、壁に掛けてあったマントと、手甲を手に取った。

「やりすぎないで下さいよ、アラタ主任。前みたいに単独で魔王討伐とか、勘弁してください。啓示受けて迷宮入りした勇者連中から文句言われるのはわたしら窓口の担当なんですから」

「何をいってるんだよ。鑑定士に滅ぼされる魔王なんざに勇者が出る幕ないだろ?」

 アラタと呼ばれた青年鑑定士は肩をすくめた。

「帝国の勇者のヒロトさんなんか、主任のこと、ちーと野郎って呼んでますよ?……ところで、ちーとってどういう意味なんです?」

「やれやれ、あいつらしい言い方だな。まあ、確かにそうなんだろうな」

 アラタは頭を掻く。

「チート野郎ってのはな、そうだな……いんちき野郎ってことさ」



『しかし、君がかかわった世界全てに分体を送る必要があったのかい、アラタ』

 頭の中で、前任者が問いかける。

「意味はないさ。僕がそうしたかっただけ。リンクも切っているから、事実上彼らすべてが独立した一個の存在だしね。ただ、あんたに狂わされて消えてしまうのを認めたくなかったというだけのことかもね」

 アラタは、そう答えた。どちらにせよ、アラタはこの上位世界で生きるしかない。

 生きること。生命を持ったものすべてが持つ根幹的本能に従って。

『だけど、ちょっと【イル=レアナ】分体には奮発しすぎたんじゃないのかい?』

「いうな、自覚しているんだから。ちょっとだけ後悔してる」

 事象干渉能力を削った分、能力を引き上げすぎたのは、大きなミスだった。初めての分体作成に、設定を盛りすぎた。まさか、漂着した魔王を威力偵察で撃破など、やりすぎにもほどがある。


「でも、いいじゃないか。世界を救ったご褒美なんだからはっちゃけたってさ」

『言い訳は見苦しいと思うぞ』

 前任の諦めの入っツッコミは無視して、アラタは大きく伸びをした。

「もうやっちゃったものは仕方ないだろ。あの世界の維持管理は続けるけれど、干渉はしない方針でいくって決めたんだし。それよりも、あんたも考えてくれよ。今度は、こっちの世界を救う算段をしなくちゃならんのだからね」

 世界は、時にほんの小さなことから変革する。

 この上位世界に存在する移民船団は、いうなれば、全く波のない静かな湖面であった。それはある意味完成された美しさを保っていたけれど、流れのない水はやがて澱み、腐敗する。

 そんな湖面に放り込まれた、アラタという一石。いびつな形をした一石が起こした波紋は決して美しくはないけれど、波だった湖面は、新しい景色を生む。

「さあ、行こう。何ができるかわからないけれど、だからこそ、何でもできる気がするんだ!」



 そして、次の物語が始まる。物語は続いていく。どこまでも、どこまでも。

 世代を超え、時代を超え、世界を超えて、物語は紡がれる。それを、アラタは知った。

 だからこそ、前へ進もう。それはまた物語を生み、繋がっていくのだから

とりあえず、ヘタレはヘタレなりにここまでこぎつけました。

拙い作品でしたが、読んでくださった全ての人に感謝です。


とにかく、一通り作品を作り終える。それが目的でした。学生のころ、ノートに何度も執筆のマネごとをしては、結局完成までこぎつけたことはありませんでした。今回も、何度もくじけそうになりました。

ですが、たとえ少なくても、読んでくださった方々がおられることが励みにもなりまして、ここまでこぎつけることができました。

ほんとうに、ありがとうございました。

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