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管理者

「まだ目を覚まさないの?」

 アンナの問いにマリアは首を横に振った。

「体の方は安定してんだが、なかなか、な」

 既にあの戦いから半月が経っていたが、アラタは目を覚ましていない。

 聖女イリーナが予定を変更して帰国を伸ばして治療にあたっているが、身体には全く異常がないため、原因がつかめずにいた。

 大導師ラムサスはオーレリアや弟子たちとともにミロンド魔道国家連合へと帰国している。

 また、勇者ヒロトたちもヴォルドレイク・アル・ファンダール伯爵の国葬に出席するためにファンダール領、及び帝都へと向かった。

「脳に異常もないのでしょう?」

 簡易検査キットでの調査では異常が確認されていない。

「ああ。だからいつ目を覚ましてもおかしくないとは言っていたな」

 マリアがゆっくりと振り返りながら答えた。

「ええい、くそ。戦場で魔獣どもに囲まれてた時の方がよっぽど楽だぜ」

 ここのところ手入れもされていないぼさぼさの髪をかきむしりながらマリアは天を仰ぐ。

「そうね。……待つだけってのはわたしたちには未体験だものね」


「困っておるようじゃな!」

 そんな声とともにドアが乱暴に開かれたのは、マリアたちが一端アラタの部屋から退室しようとした矢先であった。

 そちらを見ると、年のころ5~6歳くらいだろうか、愛らしい少女が立っていた。

「お嬢ちゃん、部屋を間違えたのかしら?」

 アンナがそういいながら近づくと、少女は勢いよくその脛を蹴り上げた。

「なんじゃ、言葉の使い方を知らん小娘が。我を誰と心得ておる!」

 腰に手を当て胸を張る……というよりふんぞり返っている様子を見ると、むしろ微笑ましく思えてしまう。

「あー、フェリシア様。今のお姿ではあまり威厳は見せられませんよ」

 のっそりといったかんじで少女に続いて部屋へ入ってきたがっしりとした女性が頬をかきながら少女にそう告げた。少女は不満そうに頬を膨らませる。

「お久しぶりです、アンナさん、マリアさん」

 続いて入ってきた女性の顔を見て、アンナたちは「ああ」と声を上げた。

「あんたたしか……フェノ……フェノメナさんだっけか?」

 第二階層でマリアたちが共闘した神官だった。アラタや《神殺し》と初めて出会った時のことだ。

「しかし、旅に出てたんじゃなかったのか? それにこんな小さな子をつれてたっけか?」

 小さな子、と言われてさらにむくれる少女。

「あー、なんと説明したらいいのか。半月ほど前にいきなり縮んだんだよ、フェリシア様が」



「説明せねばならぬの。それに安心せい、アラタが目を覚ますのに必要なモノを我が持っているのじゃからな」

 すっかり幼女化してしまったフェリシアがつかつかとアラタの方へ歩み寄りながら言う。本来の姿ならば女神の威厳に満ちていたのだろうが、どう見ても背伸びをしたお子様状態である。

「こやつはな、チカラを使いすぎたあの瞬間、あの異界の神がその魂に接触しようとしたことを本能的に悟っての。賢しいことに魂の回廊を逆渡りしおってな、我の中へ避難してきおったのよ。おかげで百年ぶりの旅が終わってしまったわ」

 右手を自らの胸に、左手をアラタの胸に当てる。

 なにかがフェリシアからアラタへと流れ込む。

「それと、貸したものを返してもらわねばの」

 そう言うと、フェリシアは大きく口を開けた。その姿がゆっくりと人の姿を失い、神狼の姿を取る……はずであったが、その姿は愛らしい仔犬にしか見えなかった。

「全く、確かにそういう事態を想定していたとはいえ、思う存分神力を持っていきおって。存在の維持のためにこんな姿を取らねばならなんだわ」

 そういって、仔犬のような姿のフェリシアはアラタの肩口の肉をわずかに咬み切り咀嚼する。マリアがいきり立つが、それをアンナが右手で制した。咬み切った部分の傷は既に癒え、再生したばかりのピンク色の皮膚がそこにある。

 フェリシアがアラタの肉の咀嚼を終え嚥下すると、みるみるうちにその姿を変え、銀狼の姿を取り戻した。

「さて、これで明日には目を覚ますであろ。次はおぬしらじゃな。ついてくるがよい、おぬしらの「世界を渡る船」の封印を解いてやろう」

 いつの間にか、妖艶な銀髪の女性の姿を取っていたフェリシアが、アンナとマリアにどこか獰猛な笑みを向けた。


 はたして、アラタが目を覚ましたのはフェリシアの推察通り翌日の夕暮れであった。その間に、フェリシアに導かれてマリアとアンナは彼女らの母船アマテラスの封印を解いていた。

「やあ、おかえり」

 あまりにも間抜けな声に、マリアたちは頭を抱えたが、そんな和やかな雰囲気をぶち壊しにする闖入者が現れることになる。

「ニッタアラタ、貴様に会わせたい奴がいる。明日、迷宮の最下層へ向かうので準備をしておけ」

 《神殺し》だった。

「あ?てめぇ何言ってやがる」

 マリアが凄むが、《神殺し》は平然としている。もともと年季が違うのだからそれは当然でもあった。

「ん?ニッタアラタ?」

 そういえば、ヒロトがそういう名で呼んだな、とアラタは他人事のように考えた。

「なんであんたが僕のフルネームを?そもそも僕自身覚えてないってのに」

「全てはそこで教えるさ。とは言え、俺もほとんど覚えていないんだがな」



 《神殺し》の先導で一行は迷宮の最深部を目指していた。

 《神殺し》、アラタ、リリーナ、フェリシア、マリア、アンナがもはや迷宮とは呼べない広大で何もない荒野だった。それ故、その後方から巨大な次元航行艦が付いてくることが可能であった。

 アマテラスが同行しているのは、《神殺し》曰く、マリアたちが【イル=レアナ】へと墜ちた時空へ正確に帰るには、最下層にいる存在の助けがいるとのことだった。

「最下層っていうからどれだけ強力な存在がいると思えば、まさか何もいないとはな」

 マリアがつぶやく。アラタも一瞬振り返り、同意した。

「ここは奴の専用フロアだからな。もうすぐ奴の領域に入るから気を付けておけ」

 《神殺し》がゆっくりと右手を前に翳した。空中になにか波のようなものが走った。

『アンナ!次元の断層が生まれた、とまれ!』

 アマテラスから通信が入る。

「あの船からか?ならば丁度いい、そこで停泊するよう伝えろ。さすがに奴の領域にはその船は入れまい」

 《神殺し》からの指示を伝えると、アマテラスはゆっくりと停止した。すると、周りの地面が隆起して、簡単なドックのようなものが形成された。

「なっ!」

 声を上げたのはマリアだった。

「奴の仕業だろ。気にするな、ここでは奴の自由にならないものは存在しない」

「さっきから、奴、奴って、そいつはいったい何者なの?」

 アンナが問いかける。《神殺し》は肩をすくめると、言い放った。

「奴の領域はもうすぐそこだ。そこですべてが語られるだろう」




「ようこそ、この日をどれだけ待ちわびていたか」

 それは、涼やかな少年の声だった。あまりに整った声であるがゆえに、どこか作り物めいてもいた。

「確かに長かったでしょうが、あなたに時間など関係ないでしょうに」

 そう言ったのは、リリーナであった。

「そうでもないよ。確かに僕にとってこの世界の時間などに意味はない。だけど、何万回今日という日を迎えたと思っているの? そして、そのたびに絶望に身を震わせてきたのに?」

 視界が開けると、そこにはとても整った顔立ちの少年が玉座のようなものに座っていた。

「《神殺し》以外は初めましてだね。そちらの神官は僕のことを多少知っているようだけど」

 足を組みなおし、少年はそう言った。見た目は少年ではあるが、その目は英知をたたえており、見た目の年齢通りの存在ではないことを如実に示していた。

「創世神だと聞いているわ。かつて私が仕えた、名も忘却の彼方へと消えた神から。あなたの狂気を救おうとして、狂気に堕ちた我が主から」

 リリーナの声は震えていた。

「ああ、そんなこともあったかもしれない。もっとも、僕は神じゃない。この世界の管理を任された、ただのヒトに過ぎないんだよ。ただし、上位存在ではあるけどね」

 少年が指を鳴らすと、彼の玉座の向かいに上等なソファーが現れた。

「まあ、座って。何か飲み物でもいるかい?」

 そういうと、何もない空中から見事な飾りの水差しを取り出した。

「まずは、自己紹介をしておかなければならないのだろうけれど、僕の名前は禁忌に値するので名乗りは勘弁してほしいな。存在としては、この世界の上位世界に属する一介の科学者、とでも言っておこうか」

「科学……者?」

 【イル=レアナ】ではついぞ聞かない職業であった。少年はもう一度、一行に座ることを促し、やはりどこからともなく取り出したグラスに琥珀色の液体を注いだ。

「まあ、信用されていないのは仕方がないことだけど」

「魔法、ではないのか」

 マリアが尋ねる。少年は薄く笑うと、

「そもそも、この世界で僕の思い通りにならないものは存在しないよ。この世界では魔法だとか科学だとか、僕にとっては関係ない。唯一、僕に対抗できるのは……アラタ、君のその目だけだ。君の目は、この世界の次元のモノではなく、上位世界、つまり僕が属する世界のものなのだから」

「意味が分からないよ」

 アラタは、そのグラスを手に取りながら言う。

「どう説明すればいいのかな……。君たちは、物語は好きかい?」

 唐突に少年は問いかけてきた。一行はその真意を計りかねたため、その問いには答えなかった。

「物語っていうのは面白いよね。よくできた物語は、それだけで一つの世界だともいえる。物語という世界の中で、登場人物たちは生き生きとしているよね」

 少年はそこまで言うと一端口を閉じた。数秒だろうか、静寂が満ちる。

 アラタは喉の渇きを覚え、グラスに口を付けた。程よい甘さと酸味が喉を潤す。

「あんたが……作者で、僕たちが登場人物ってことか? バカにしているのか?」

 少年は慌てたように両手を前に突き出して首を横に振った。わざとらしい動作ではあるが、それが功を奏したのか、わずかに起こった怒りがしぼんでしまった。

「おおむねその通りだが、君たちの意思は君たちのものだよ。もちろん、君がそうできるように、僕も世界の書き換えは出来る。存在力の量が圧倒的に違うので、君では僕には勝てないけれどね」

「てめぇ!」

 マリアが拳を固めて飛び掛かった。止めなければとアラタは立ち上がろうとしたが、マリアは拳を突き出した姿勢で止まっていた。

「殴られたところでどうということもないのだけれど、僕の力を見せておいた方が説得力が出ると思ったのでね」

 マリアは、飛び掛かった姿勢のままだった。その状態で止まっていた。

「世界の書き換え、だよ。その子の時間が停止したことを世界に書き込んだ。だから、彼女は止まった。そして、巻き戻す」

 その言葉通り、マリアはフィルムの逆回しのように元の位置に戻った。

「その子の時間を復帰するとまた殴り掛かってくるだろうから止めてほしいね。僕がやるよりその方がいいだろう」

 そういうと、少年は指を鳴らす。

「てめぇ!」

 先ほどと同じ言葉を吐き、マリアが飛び掛かろうとするのを、アラタは今度は制することが出来た。

「マリアさん、落ち着いて。《神殺し》がいうには、こいつの力を借りないと、マリアさんたちは帰れないんだよ」

 その言葉に、マリアはあからさまな舌打ちをした。

「本題に入ってくれ。僕だってなぜあんたが僕らに干渉するのか、その答えによっては考えがあるよ」

 アラタはそういうと少年をにらみつけた。



「まず、大前提として覚えてほしいのは、僕は……というか、僕の本体は既に狂ってしまっている。僕たちは、世界の管理者だけど、万能の神様じゃない。僕らの世界は亡びに向かっていて、回避そのものは不可能と言われている。それでも、僕らは何とかできないかと幾つかのプロジェクトを立ち上げた。そのうちの一つが、ワールドシミュレーションだ」

 少年が右の掌を開くと、そこには、アラタが住んでいた地球の様子が浮かんでいた。

「これは一つの可能性。僕らを救うかもしれない一つの演算上に浮かび上がった世界」

 少年はそういうと、左の掌を開く。そこには、アラタの知らない世界が浮かび上がる。

「偶然、別の演算上の世界と君の世界が接触した。もっとも、過去にも何度か接触はあったけれども。そして、アラタ、君の生まれた時代の少し未来に起こった接触で、君たちの世界は一つの分岐をした」

 アラタの世界が二つに割れる。

「左の世界は、魔法が発達した世界。君の世界に魔法世界が接触した時、魔法の存在が流れ込んだ。過去にも同じことは起こってはいたが、短期間で本来の歴史の中に埋もれていった。が、この時は違う可能性が生まれた」

 割れた世界。つまりはパラレルワールドが発生したのだと告げる。

「魔法の発見者が、その理論をとある科学者に相談したか、そうしなかったかで大分岐が起こった。自らの内でとどめた世界は主流世界として再び魔法は忘れられたが、相談をした世界では、魔法を機械的に再現することが可能となった。これが、アンナ・マリアの世界」

 そして、もともと魔力の存在しない地球と、魔力に満ちた世界の間に碇が打ち込まれた。

「これが……あたしらの?」

「そうだ、そしてその世界の可能性はほぼ閉じている」

 マリアたちの世界の流れはまるで大木のように伸びていくが、並行して伸びていく魔法世界の大木とぶつかり交わって、ある一点からお互いの未来を喰い合って消えていた。

「おい、これはいったい何なんだ」

 マリアが尋ねる。

「君たちの世界は消える。君たちの世界が魔法を捨てない限り、いつか世界は重なって対消滅を起こす」

 少年はそう言い放ち、掌を閉じた。

「だが、他世界への移住は、僕たちの世界に住まう者を救える鍵かもしれないと、現在も研究がすすめられている。マリア、アンナ。君たちがやろうとしていることは、僕たちにとっても希望となっているんだ」


「今あげたのはほんの一例に過ぎない。君たちが戦った豊穣の女神の属する世界、生命が誕生することなく役割を終えた世界、魔法が発達した世界、人類が宇宙へ飛び出し雑多な恒星間文明を築いた世界。僕たちはひたすら世界を作り、管理しながら僕たちの世界を救うすべを探している」

「この世界も、そんな中の一つ、というわけなのか?」

 アラタが問いかけたその瞬間、少年の目に狂気が走った。

「違う、違う、違う! 違う違う違う違う違う、違う!」

 頭をかきむしりながら少年は叫んだ。

「僕は世界を救うためにこのプロジェクトに参加した、そのはずだったんだ! 確かに僕は若輩で、重要監視世界を任されるほどではないとは思っていたさ! だけど、僕に与えられた世界は、僕が管理を命じられた世界は、ここだった! 【イル=レアナ】、『交わる世界』だと? 笑わせるな! ここは、いらないデータのゴミ捨て場だ!」

 少年は喉を掻き毟る。その指先が肌を傷つけ皮膚を引き裂く。

 血は、流れなかった。だがそこには悍ましいまでのナニカが覗いていた。

「落ち着け、管理者よ。見苦しい姿を下位存在に見せるでない」

 フェリシアがそう言いながら少年の頭を撫でる。少年はしばらく狂気の叫びをあげていたが、やがて落ち着きを取り戻した。

「……みっともないところを見せたね。本体の狂気が分体たる僕にも影響が出てしまったようだ」

「だが、聞き捨てならんことを喚いていたな。この世界がゴミ捨て場だと?」

 《神殺し》が珍しく声に怒りをのせて言い放った。

「君には、君が《神殺し》になる前に説明しているはずだけどね。まだ思い出せないかい?」

 その言葉を聞いたとたん、《神殺し》が小さく呻いて頭を押さえてよろめいた。

「君はよく働いてくれたよ。何度もその身を狂気に浸し、そのたびに記憶を失い、それでもなお今日、この地に帰ってきてくれた。どれだけの礼を言っても足りないくらいだ」

「なん……だと?」

 《神殺し》が言葉を絞り出す。

「必要なことだから、記憶を戻してあげるよ。しばらく眠ると良い」

 少年が軽く《神殺し》の額を指で突くと、《神殺し》はまるで糸が切れたマリオネットのように崩れ落ちた。


「《神殺し》がした質問の答えだけれども、そうだよ、この世界は、僕らの研究の中で生まれた失敗作で、都合のよいデータの処理場なんだ。僕は、その管理を押し付けられた哀れな新人研究員ってわけ。そして、ここには僕らの世界を救うためのデータは一切存在しない。はっ、僕はとどのつまり、ゴミ係ってわけさ」

 アラタたちの目に怒りの色が走った。

「怒るなよ、これは紛れもない事実なんだから。それに、ここがゴミ箱として使われていると言ったって、この世界に生きている君たちがゴミだと言っている訳じゃない。ただ、心当たりはあるだろう? なぜこの世界には大量の漂着物が流れ着く? その多くは異世界のモノだったろ?」

「漂着物は……異世界のゴミだというのか?僕やマリアさんたちみたいに異世界から流れ着いた存在は、元の世界にゴミと認識されたってことか?」

 少年は、アラタの怒りを正面から受け止めて、どこか悲しげな笑みを浮かべた。

「アラタ、君の歳ならば多少の物理学の基礎を勉強したんじゃないかい? 質量保存の法則やエネルギー保存の法則、というものを学んではいないかい?」

 再び少年は掌の上に世界のモデルを映し出した。

「本来、閉じた一つの世界の中では、エネルギーの総量というものが決定されている。これは、君たちがいた物理法則が原則の世界であれ、魔法による精神エネルギーが支配する世界であれ、原則としてエネルギーの総和は決まっている」

 さらにもう一つの世界を掌の上に映し出す。

「時に二つ以上の世界が接近し、接触することがある。自然現象として起こったのならば、接触による異世界の異物混入は双方近似のエネルギー量が流出しあうことになるのだけれど、ここに人為的なものが働くと必ずそうなるとは限らない」

 その最たるものが、他世界からの召喚術だよ、と少年は付け加えた。

「そうやって、世界に定められた定量を逸脱した場合、その逸脱したエネルギー量はある種の波動として、光の速さで世界に伝わっていく。そして、その波動を中和するようにその世界から何らかのものが消えていくことになる」

 君たちは、例えば部屋に仕舞ったあったはずの小物がなぜかなくなって、結局最後まで見つからなかったという経験はないかい? と少年は笑う。

「つまりは、ある世界になにか異世界からやってくると、それと同じだけのエネルギーが世界から放逐されるってことか?」

 アラタが問いかけると少年は笑って答えた。

「察しがよくて助かるよ。ほぼすべての世界がエネルギー総和の法則が成り立つよう設計されている。例外は、この【イル=レアナ】だけだ」


「この世界はね、他のすべての世界のバランスを壊しかねない存在の廃棄場所なんだ。管理者たちは、観測に不要な存在を世界から切り離し、世界の外に捨てた。最初の頃は世界は全て独立していて、廃棄されるものの総量も少なかったから、世界の外に投棄するだけでよかった。だけれども、世界が知的生命体に満ちるにつれて、廃棄データも加速度的に増えていった。やがてそれらは、ワールドシミュレーターの誤作動を誘発するようになっていった」

 少年の声はだんだんと沈んでいく。

「捨てたものを管理するための場所と、管理者が求められた。白羽の矢が立ったのは、この【イル=レアナ】と僕だったのさ。この世界は、他世界の不要な存在を集めるために存在している。そして、また他世界でエネルギーが足りなくなった場合、この世界から搾取されるようになっている」

 少年の言葉は、全員が理解したわけではなかったが、みな黙って聞いていた。

「この世界の管理者は、世界のエネルギー量が逐次変化するのをすべて管理運営しなくてはならない。それは恐ろしいほどの苦痛であり拷問ともいえる。君たちの時間に換算すれは、数億年に匹敵する時間、僕はただ、この世界を管理し続けた。同僚たちが、自らが管理する世界の変化に一喜一憂するさまを眺めながら」

 そこで少年は大きく天を仰ぐ。

「僕は、いつしか狂ってしまっていた。ごく稀に、僕らの存在に気付くものもいる。そう言った存在が僕に接触を図ったこともあったけど、僕の狂気に触れた瞬間、それは感染して、そいつも狂ってしまった」

 アラタのすぐ隣で、歯ぎしりの音が聞こえた。リリーナが拳を握りしめて震えていた。

「だから、僕は……僕自身を殺すための計画を立てた。完全に狂気にのまれてしまう前に、自分を消滅させる。それしか僕がこの苦痛から逃れる術はないと確信したからだ」

 少年がアラタを正面から見つめていた。

 これまで少年は確かに表情豊かに話してはいたが、不思議と感情を感じられなかった。唯一感情を見せたのが、狂気に触れたあの時だけであったのだが。

 その少年の瞳に、確かに感情の欠片が見えた。だが、その感情を読み取ることは難しかった。


「僕が僕自身を殺すために必要な要素は、僕の死によって廃棄されるこの世界を僕自身から切り離すための剣だった。僕自身がこの世界と繋がっているのだから、世界から切り離されれば、僕は死ぬことができる。だが、無理に引き離したり、或いは繋がったまま僕が死ねば、この世界も崩壊する。まあ、崩壊したデータから新しいゴミ箱が作られるのだろうけど、そこに君たちはいない。僕の死は君たちの消滅と同義だった」

 グラスの液体で少年は喉を潤す。

「君たちから見れば、僕はどうしようもない外道なのだろう。だけど、僕は僕なりにこの世界を愛しているんだよ。だから、崩壊させるわけにはいかかった。切り離しさえできれば、ある程度は世界は自らの力で自らを支えられる。その間に後任が決まれば、またしばらくはもつだろうしね」

 そいつにはババを引かせることになってしまうが。と、小声でつぶやく。


「それで、俺やリリーナを利用したわけか。その剣とやらを完成させるために」

 《神殺し》がいつの間にか目を覚まして、その禍々しい剣を少年に突きつけていた。


「僕を殺すかい? 確かに君にはその権利がある。だけど、それは剣が完成してからにしてくれ」

「ああ、俺は貴様を八つ裂きにしても飽き足らんほどの怒りを覚えている。これほどまでに人は他人を憎めるのかと思うほどにな。だが、理解もしている。あの日、あの人がこの怒りを抑えて貴様の計画に乗った理由が分かったからな」

《神殺し》は震える手でその邪剣を鞘におさめると、ため込んだ息を大きく吐き、倒れるようにソファーへと座り込んだ。

「貴様のだらだらとした言い訳なぞどうでもいい。貴様は貴様の仕事をしろ。彼女たちを元の時間軸へ戻すために必要な『会』とやらが迫っているのではなかったか」

「きちんと思い出せたようだね。重畳重畳。君の言う通り、世界間転移にはいろいろと制約があるのさ。もちろん、管理者である僕が手を貸す以上失敗はあり得ないのだけれど、それでも可能な限り場を整えることは重要だ」

 そう言うと少年は立ち上がり、一行に付いてくるように言って、アマテラスが格納された簡易ドッグへと向かった。慌てて一同がその後を追った。



「あなたたちにはどれだけ感謝をしてもしきれないほどの恩を受けた。全てのクルーを代表して礼を言う」

 アマテラス艦長ミコトと名乗った大柄な男が深々と頭を下げた。彼は、アマテラスが封印された時、最も邪神に浸食されていた者たちの一人で、フェリシアによって艦とともに封印されていた人物である。

「成り行きです。大したことは出来ませんでしたから」

 もっとうまくやれたという感覚はある。だがそれを言うのは傲慢であることもアラタは自覚していた。

「そんなことはない、アラタ。君がいなければ、あたしたちはいまここにはいない。君は、君の力ではないというかもしれないが、君がいたからあたしたちを助けてくれた人々との繋がりはなかったんだ。だから、ありがとう。何もお礼は出来ないけれど、許してほしい」

 アンナはアラタの右手を力強く握りしめ、そう言った。リリーナや《神殺し》たちは一歩引いた場所でその言葉を肯定するように頷いている。

「ほら、マリア。あなたからも何か言うことがあるでしょ」

 促すようにアンナはマリアの手を引っ張り、アラタの前に立たせる。

「あ、ああ。アラタ、世話になった。その、なんだ……。あ、ありがとう」

 いつものような気風の良さは微塵もない。すぐ横で、アンナが額を押さえて天を仰ぐ。

「シャキッとなさいな。これが最後になるのよ」

 小声でそう発破をかける。マリアは一回視線を外すと二度三度、大きく深呼吸した。

「アラタ」

 今度ははっきりとアラタの目を見つめながら、その名を呼んだ。

「ずっと、ここにいたかった。柄にもない夢を見た。お前といつまでもバカやりながら歳を取り、当たり前の幸せってやつに浸ってたかった」

 自然と、涙がこぼれた。

「だけど、それも終わり。あたしらは、あたしらの戦いの中へ帰らなくっちゃならない。いい夢だった。だからありがとう、あたしに夢をくれて。あんたが夢をくれなかったら、あたしはただ目の前の敵を倒すだけの存在だった。あたしが見た夢は、あたしの代ではかなわないかもしれないけど、あたしらの次の世代が、その次の世代が、あんたがくれた夢の世界に生きれるように、あたしは戦う」

 そう胸を張ってマリアは言った。

 その大柄な女性を、アラタは自然に抱きしめていた。そんな行為を自然に行えた自分に驚いてはいたが、そうしたいと思う欲求に素直に従った。

 マリアもまた、そんなアラタを強く抱き返していた。

 しばしの抱擁の後、二人は同じタイミングで腕をほどく。

「ありがとう、アラタ。あんたがあたしを、マシーンから戦士にしてくれた。戦う意味をくれた」

「僕は……何もしてあげられなかった。僕は、臆病者で卑怯者だ。だから、僕の方こそありがとうって言うよ。ありがとう、マリアさん。あなたに出会えて、よかった。前に進みたい、そう思えるようになったのはきっとあなたのおかげだと思う。あなたの力になりたかったから」

 もう一度、抱擁を交わし、再び別れた時には、お互いの決意がそこにあった。

「今生の別れになるんだね。だけど、もしも、もしも次に出会えることがあったら、今度こそは僕は間違わない。僕は、僕の意思を通すと思う」

「ああ、お別れだな。だがそうだ、もし、次に出会えたなら……あたしは、多分、戦士であることよりも女であることを通したい」

 その言葉を最後に、二人は互いの想いを振り切りそれぞれの立ち位置へと戻っていった。


 クルー全員を乗せたアマテラスが、管理者を名乗る少年の開いた次元の裂け目へと去っていくのを、一行は黙って見つめていた。彼女らの行く手には何が待っているのかは想像も出来なかったが、ただ、彼女らが無事彼女らの目的を遂げることを信じ、祈ることは出来た。だから、アラタはそうした。

 涙が溢れて止まらなかったことにも、その時、アラタは気づいてさえいなかった。

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