伏兵
「おおおお!」
アンナは雄叫びを上げなから、左右に分断された落とし子たちの左翼に襲いかかった。その大剣が一振りされる毎に、数体の落とし子が弾け飛び、砕け散る。
彼女の最大の武器は、機動歩兵ユニットによる高機動戦闘である。だが、今回の彼女は決戦に当たりそのユニットの性能を十全に開放していた。そのため、並の戦士では彼女の姿を捉えることすらできないほどの機動を行っている。単純な物理戦闘力という意味では、ここに集った勇者や使徒たちを彼女は凌駕していた。それゆえに連携を取ることも困難となっているのは皮肉なことであろう。
当然だが、そんな高機動に人の思考は追いつかない。それを補助するために彼女らは特殊な薬物を使用していた。その薬物は、思考をクリアにして高速化し、同時にひどく高揚させる。よく、非常に集中している時、思考が高速化して、まわりの世界がゆっくりと見えることがある。極限まで高められた集中力のなせる業であろうが、それを薬物で強制的に引き出しているわけである。
「遅い、遅い、遅い!」
曲がりなりにも神力によって産み出された落とし子たちである。一番弱そうなゴブリンタイプですら、本来なら騎士を凌駕するだけの力を持っているはずであったが、それらをまるで木偶のようになぎ倒していく。
とはいえ、アンナは実際には非常に慎重に戦っていた。高揚する精神とクリアになった思考を調和させながら、本来の目的……つまりは、邪神本体と戦う《神殺し》や勇者の露払いとしての戦い……を達成すべく正確な位置取りを忘れないようにしていた。
《神殺し》が言うには、今回のようなタイプの邪神、つまり眷属や分体を多用するタイプは決戦時に兵力としてそれらを大量に生み出す傾向にあるらしい。それは、脅威ではあるが同時に弱点でもある。
ほとんどの場合、邪神に堕ちた存在はその理性を失っていることが多く、彼らが本来属していた世界での存在の仕方をこの世界でも再現しようとする。そして、本来神という存在は、自らが属する世界と密接にかかわっており、そこに住む存在の信仰によって無限の力を得ていることが多い。だが、異世界に落ちた存在であれば、世界と信仰という力の源とのつながりが断たれているため、その力は有限となっている。つまりは、文体を作れば作るほど本隊の力が弱まるのだ。
故にアンナ、そしてマリアに与えられた作戦は、邪神に脅威を感じさせ、余分に落とし子を産み落とさせることにある。
「あーっはっはっは!もっと、もっと、もっと!」
剣を振るい、払い、叩きつける。
狂乱の舞の前に、亜人タイプの落とし子たちはなすすべもなく破壊されつくした。
亜人タイプで彼女を止められないことに怒りを燃やしたのか、オーガタイプやジャイアントタイプが生成され、襲いかかってくる。だが、ただでさえその速度についていけないモノたちが、巨体となりさらに鈍重となってはただの的でしかない。振り上げたこぶしを搔い潜り、大剣の一薙ぎでその胴を寸断する。小型の者たちとは違ってはじけ飛ぶことはなかったが、その上体は支えを失って地に伏した。
さらに数体が襲いかかるが、アンナは寸前で躱し、反撃で相手を屠ってゆく。
そんな彼女にも疲れが見えたのだろうか、振り下ろした剣が巨人を真っ二つに裂いた時、わずかに停止した剣を、数体のオーガタイプが抱え込んだ。
動きが止まったアンナに、2体の巨人タイプが掴みかかった。
「あーっはっはっは、いいよあんたら!」
なんの躊躇いもなく大剣を手放すと、アンナは掴みかかってくる一体の巨人の懐にとびこむや、掴みかかるために前傾した体勢の巨人の首を両手で抱え引きずり倒す。倒れた巨人の顔面を踏みつけ跳躍する。
もう一体の手が空を切った。だが、空中にいる限り逃げ場はない、とばかりにさらにオーガタイプも彼女を掴もうと手を伸ばしてくる。だが、既にそこにアンナはいない。高機動戦闘を得意とするアンナにとって、ユニットの姿勢制御と高速移動のためのバーニアの組み合わせで疑似飛行をすることはたやすいことであった。
空中機動で掴みかかる手を躱すと、手首に装備されたワイヤーを射出する。ワイヤーは彼女の愛剣の柄飾りを絡め取った。と同時に、アンナは軽く手首を返すと、ワイヤーは輪をつくりオーガの首にかかる。
アンナは、そのままオーガの背後に降り立つと、ワイヤーを巻き上げながら高速軌道を行う。ワイヤーはわずかな抵抗を受けた後、ビンという音とともにオーガの首を落とした。舞い上がる血飛沫をよけようともせず、ワイヤーで巻き取った大剣を掴むや、巨人たちの足を薙ぎ払った。
どうという音とともに、巨人たちが地に伏す。
「お次はどいつだい?」
そういいながら狂気に満ちた瞳で見据えるのは、今まさに産み落とされようとしている巨大な、巨大な竜であった。
マリアの戦場は蹂躙と呼ぶのが相応しい状態だった。
その巨躯と重量、そして振るわれる大剣が数なす落とし子たちをただただ蹂躙していった。
あるモノは大剣で叩き割られ、あるモノは踏みつぶされ、またあるモノは蹴り砕かれた。
巨人タイプもぶつけられたが、そもそも膂力の面で圧倒する騎兵を止めることすらできない。
邪神の落とし子の中でも強力な部類になるであろう巨人タイプですら歯牙にもかけない。捕まえて同化を試みる個体もあったが、事前に施されていた呪法により無効化されていく。
この対邪神専用の防御呪法はアラタとリリーナによって開発された。アラタはなにも言わなかったが、彼がその異能を用いたことは容易に想像できた。かつてマリアを救った力。それはアラタの生命力を代償とする力である。それを知った時、マリアは激怒したが、同時にその力で守られていることに不思議な昂揚感を感じている。
だからだろうか、彼女に対抗するために邪神が呼び出したそれを前にしても、我を忘れることはなかった。
彼女の前に立ったのは、彼女と同じ存在。騎兵であった。
「そういや……捕らえられていても不思議じゃないわな……」
この世界に落ちた時、マリアたちは邪神と遭遇し、対処法もないまま撤退を余儀なくされた。幾つかの小隊は母艦たるアマテラスを守るために殿を務めたはずである。
かつて取り込まれかけた記憶がよみがえる。未だに夢に見るあの恐怖。すべての価値観が反転する感覚、そしてそれがこの上ない快楽として蝕まれる魂。苦痛や嫌悪ならば拒めるだろう、耐えられるだろう。だが、あの感覚だけは耐えることも拒むこともできない。そのような気すら起きないことこそが恐怖感としてマリアを苛んできた。
だからこそ、目の前に立つ騎兵の操縦者が戻れないことを知っている。
「だから……せめて、戦士として死なせてやる。それが……あんたの望みだろ、先輩」
機体に刻まれたナンバーは01。アマテラス船団最強の戦士。そして、マリアたちの師であり憧れであった戦士。だからこそ……
両翼がそれぞれ大物とぶつかり膠着状態に陥ったころ、《神殺し》を中心とした本隊は邪神のフィギュア……それは、とても美しく、母性に満ちた女神の姿をしていた……に肉薄していた。
邪神がゆっくりと右手を上げる。その手の先から何かが打ち出された。
「させません!」
一瞬で最前衛へ飛び出したマナが大盾でそれを弾く。殆ど肉眼で捉えることが出来ない速さで打ち出された飛礫であったが、守ることに特化したマナにとって予備動作のある攻撃などは読んでくれと言っているようなものだ。
「ぬん!」
《神殺し》の剣が一閃する。その剣閃は如何なるものをも断つほどの鋭いものであったが、邪神の腕を切り落とすことが出来ず砕け散った。
「なるほど、やはり概念防御があるか」
神は、地上のモノでは傷つかない。物理法則を無視した概念。だが、それは想定内のことである。神のもつ特性としては決して珍しいものではないからだ。
《神殺し》は彼本来の武器を呼び寄せる。それは、彼がまだ《神殺し》でなかったころから持っていた唯一のモノ。神を殺すためだけの剣。
「なるほど、ならば、このイカス姉ちゃんと同格かそれ以上の神格の祝福を受けた武器じゃないと無意味ってことか」
勇者ヒロトはそう言うと、彼に力を与えた光輝神の加護を願う。淡い光が剣に宿る。光は決して強いものではないのだが、魔力を見ることが出来るものならば立ち上る強大な力に酔うかもしれない。
そこからは、まさに削りあいだった。無尽蔵とも思える邪神の生命力を、《神殺し》の魔剣が、勇者の聖剣が、そして英雄の《神喰い》が。一振り一振りで削り取ってゆく。だが、腕を切り落とし、首を刎ね、胴を潰しても、それらは一瞬で修復され、ダメージを受けたようには見えない。それに対し、邪神の触手や放たれる飛礫は掠めただけでも戦士たちの肉を抉った。イリーナの治癒魔法、リリーナの体力付与がなければ、戦線の維持すら難しかっただろう。
もし、この戦いが邪神本来の世界……その世界に於いて彼女は豊穣の地母神……での戦いであったならば、先に力尽きるのは勇者たちであったろう。いかに邪神を傷つけようが、彼女の属する大地からの無限の力をもってすれば再生など容易いことであったから。たとえそれが、死からの復活であろうと。
だが、ここは【イル=レアナ】
すべて世界から見捨てられた屑籠世界。
数多の世界に於いて、世界の法則を守るために捨てられた存在たちの廃棄世界。
この世界にいる限り元の世界の干渉はなく、また逆もない。
故にこの世界に於いて、異界の神々が力を行使するという事は、その存在をすり減らしていくことになる。
アラタは一瞬両翼で戦う二人の女戦士に目をやる。彼女らの壮絶な戦闘は間違いなく邪神の存在力を削り倒している。
アラタにとってこの場にいることはかなりの重圧になっている。が、邪神の侵食が用意された護符の力を上回った時に解除できるのがアラタだけである以上、戦略的に欠かせないものである。神狼の加護を得ても戦力的にはこのメンツの中では最も低いともいえる。防御に特化することでこの場にいることが出来ているものの、攻撃に参加できるほどではない。
だからこそ、彼はすべてを見ていた。
《神殺し》たちは間違いなく邪神を削っていく。それは、間違いない。だが、奇妙な胸騒ぎが消えない。何かを見落としているのだが、それが何か見当もつかない。
やがて、邪神の再生力を攻め手の攻撃力が上回り始めた。開戦当初は、腕を切り落としたとしても、それが地に落ちる前に完全再生されていた。だが、いつしか切り落とされた部位を触手で絡め取り、同化する形で修復するようになっていた。おそらくは存在力の消費の激しい再生よりも、消費の少ない修復へと切り替えたのだろう。
やがて、修復の速度も衰え始めた。
「ここで終わらせる!」
《神殺し》の剣が邪神の胸部を斜め十字に切り裂いた。今まではどれだけ傷つけてもむき出しになることがなかった神の命の結晶、神核があらわになる。
「これで、終わりだ!」
《神殺し》がその無銘の魔剣が引き絞られ……
だが、それが突き込まれることはなかった。代わりに……
《神殺し》の背後から胸を貫いて、その神核をえぐりだしたのは、邪剣《神喰い》。
その使い手は、《竜殺し》ヴォルフガング・アル・ファンダール。
そして、その左手に持った長剣で、勇者ヒロトの首を刎ね……そして……




