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対決

 彼女は、かつては豊穣の女神であった。

 繁茂を象徴し、大地を実りで満たした。

 人々は彼女に感謝し、信仰した。

 そんな人々を、彼女は慈しんだ。


 やがて人々は畑を耕し、自らの領域で実りを享受することを覚えた。

 彼女はそして、農業を司る神となった。

 人々は実りの中からもっとも良きものを彼女に捧げた。

 そんな人々を、彼女は慈しんだ。


 やがて人々は作物を交配し、より良き実りを生み出すことを覚えた。

 そのころから、信仰は形骸化し支配のための儀式となった。

 人々は自らの知恵を愛し、神を敬うことを忘れた。

 そんな人々を、それでも彼女は愛した。


 やがて人々は産業革命を起こし、世界の法則を知ることを覚えた。

 神への感謝はもはやなく、科学と合理性が支配した。

 人々は彼女の名を忘れ、知恵と機械によって世界を理解した。

 そんな人々を、それでも彼女は愛し続けた。


 やがて人々は科学で世界を解明し、改変することを覚えた。

 科学が新たなる神となり、神話はおとぎ話の中へ消え去った。

 人々は増長し、世界を自らに合わせて変える罪を犯した。

 そんな人々を、それでも彼女は愛したかった。


 そして人々は自らの世界を滅ぼした。

 世界は汚染され、人は世界の支配者たる権利を失った。

 人々は捨てたはずの神々を恨み、呪詛を叩きつけた。

 そして、彼女は穢れ変貌した。


 そして、管理者は、世界を、リセットした。

 壊れた彼女は、捨てられ、さまよい、その、塵箱へ、漂着した。




 彼女は、無限にして一瞬の夢から目を覚ます。

 彼女は帰らなければならなかった。彼女は、彼女の世界において地母神としての神格を持つ。

 彼女の神としての本能は、彼女がいた世界が再生したことを知っている。だが、彼女がいなければ世界に実りはない。

 彼女は、彼女自身が変容し、もはや地母神ではなく忌神と化していることは理解できない。だが、狂った神はそれでも神であり、世界を守りたいと、愛したいと思っていた。もはやその愛が世界を滅ぼすだけの穢れをまとっていたとしても。

 力がいる、力がいる、力がいる。

 この世界にて力を蓄え、帰還し、世界を正しく守る。

 かつての彼女は、ただ見守るだけだった。だから世界は狂った。だから、今度こそは正しく世界を支配しなければならない。


 計画は狂ってしまった。この迷宮内から地上へ干渉は出来ない。この世界の神々の力によってそれは禁じられている。

 次元を裂く船を見出した時、彼女は歓喜に震えた。彼女はその船に自らの分身を埋め込み、その力を奪おうとした。しかし、その船は彼女の想像よりも力を有しており、かろうじて端末を埋め込んだものの、封印の壁を破っての逃亡を許してしまった。

 だが、その次元の裂け目が閉じる前に、いくつかの命令をプログラムした端末を迷宮の各層へ飛ばすことに成功した。

 それは、憑りついた存在を支配し、神を喚起する儀式を行わせる。あるいは彼女を信仰するモノを確保する。

 次元の裂け目が閉じ、封印が再生したことで、端末とのリンクは途切れた。彼女に分かるのは、端末の生死くらいであり、それを除く全ての情報は途絶えた。

 次元を超える船に憑りついた端末には詳しい命令は与えていなかったが、それでもその端末は船を乗っ取り、生贄を奉げることで本体の喚起を行おうとした。喚起の儀式の影響でその階層への道が開きそうな気配があったのだが、それはやがて途絶えた。

 強力な現地生物に憑りついた別の端末は、運よく流転に巻き込まれ、比較的浅い階層へと飛ばされた。そこでその端末は大量の死を以て本体の喚起を行おうとした。だが、大量の死という生贄を奉げたものの儀式が正しく行われなかったため、彼女の喚起はならなかった。

 その端末は散り散りになり、殆どが死滅した。彼女が感知できるものは存在しない。

 各層に飛ばした端末も、あるモノは憑りつくものを見いだせず滅び、またあるモノは憑りつく間もなく食い殺された。運よく取り付けたモノも、次々と消滅していった。

 端末を滅ぼしたものたちは、ゆっくりと、しかし確実に彼女の潜伏する領域を目指していた。

 近いうちに、やつらはここに現れるだろう。神を畏れぬ愚かなるものたち。


 神の思考は一瞬にして永遠。彼女は襲撃者が現れる前に彼女自身を守る分体を次々に産み落とした。

 あるものは子鬼のような姿をし、またあるものは獣の姿を取った。あるものは美しく生まれ、またあるものは醜悪に歪んだ。

 それらすべては彼女のいとし子であり、彼女の前にみな平等であった。

 どれだけ狂おうと、彼女の本質は全てに平等なる愛であり、生み出された存在は等しく彼女の子供たちであったから。

 そして、彼女は待った。

 傲慢なるものたちを。愚かなるものたちを。



 彼女を外界から閉じ込めるための扉がゆっくりと開いた。

 先頭に立つ若い男が、声を張り上げて彼女に問うた。


「我、【イル=レアナ】の光輝神が勇者ヒロトが、【イル=レアナ】の神々の代行者として異界の神たる汝に提案する。汝、この世界に根を張り、新たなる象徴を得、この世界の神の一柱となる意志はあるか。或いはこの世界を去り、我らが世界の秩序を乱さぬ意志はあるか」

 傲慢な提案。

 彼女は、己が世界に於いて主神の一柱であり、生命そのものを統べるもの。

 いかなる従属もあり得ない。

 そして、この世界を去ることもできない。今の彼女では己の世界を手繰り、そこへ到達する力はない。

 ああそうだ。足りぬならば奪えばよいのだ。

 塵箱としての世界とはいえ、多くの神々が存在し、それらの力を奪えば、必ずや帰還に足る力を得ることができよう。

 ああ、そうしよう。

 その時、穢れた異世界の豊穣の神は、堕ちた。


 否。


 その意志が、彼女を真の邪神へと追い落とした。いや、自らそこへ堕ちたのだった。



「わかっちゃいたけどなっ!」

 ヒロトは、勇者の最大の能力である、神との経路を開いた。全身が淡く光り、神の力が流れ込んでくるのを感じる。

 リリーナが矢継ぎ早に呪文を唱え、強力な強化魔法を展開する。特に活力付与と呼ばれる強化魔法は極めて珍しく、それは掛けられた相手の疲労などの消耗を防ぐ魔法である。莫大な魔力を持つリリーナであるがゆえに使える術でもある。

「聖女殿。活力は私が維持しますので、治癒術は任せます」

「感謝します。これだけの活力付与術は初めて見ました。これならば、強力な治癒術を展開しても、戦士たちの負担がほとんどないかもしれません」

 聖女イリーナもまた複数の強力な強化魔法を展開する。リリーナの強化がフィジカルな面を強化するならば、イリーナの強化はメンタルな部分を強化する。

「リリーナ司祭、イリーナ。私はあなた方を命に代えてもお守りする。安心して術を展開されよ」

 イリーナの守護騎士であるファランドが彼女らの前に立ち、盾を翳し不動の構えを取る。強力な敵と相対する時、命綱となるのは術師たちである。そして、ファランドは守護騎士として20年にわたり、彼女を守り続けてきたのだ。

「わしは守ってくれんのかの?冷たい御仁じゃのう」

 西方の《大導師》、大魔道師と名高いラムサスがやや軽い調子で肩をすくめた。

「《大導師》殿には、ご自身の守護騎士がおられるでしょう。オーレリア殿の仕事を奪う気はありませんよ」

「ふぇっふぇっふぇ、木石かと思うたが、なかなかに返しがうまいの。オーレリア、まずはわしが道をつくるでの。守りは任せたぞ」

 《大導師》にのみ許された漆黒のローブをはためかせ、ラムサスは大魔法の詠唱を始める。その背後には5人の高弟がサポートに回っている。どのみち彼らは神と対峙するには力不足であり、初っ端に師の大魔法の発動に必要な魔力を分与した時点で撤退することになっていた。

「任されましたわ、旦那さま」

 オーレリアと呼ばれた女性騎士がずいと前に出る。美女というほどの器量ではないが、男好きのする一見おっとりとした女性であった。

「だ、だんなさま??」

 気合を入れようとして剣と盾を構えていたヒロトの腰が砕けて、思わず振り返った。

「と、歳の差カップル……」

 アラタもまじまじと二人を見た。ラムサスの年齢は80を超えているという。覇気という面では決して若者には負けていないものの、別段若作りというわけではなく。貫禄のある老魔術師をそのまま絵にしたようなラムサスと、甲冑に身を包んでいるとはいえ女盛りのオーレリアが夫婦というのには些か信じがたいものがあったりする。特に、ヒロトにとっては。

「照れますわね。ですが大切な方を守るという意思こそがわたくしたちの力の源。ファランド卿ならわかっていただけますわよね」

「もちろん。それこそが我らが誉れ。たとえ相手が凶神であっても、我らが背後こそが世界で最も安全な場所となるだろう」

 大導師の唱える呪文は、必要とされる魔力の高さから遺棄された遺失魔法の一つである。並の魔術師の10倍を超すと言われた大導師ラムサス。さらには知識の神ラージアの勇者となりさらに強化されていてなお、その魔法を行使するには彼の高弟によるバックアップが必要なほどの魔法。【イル=レアナ】には広域攻撃魔法というものはほとんど存在しないが、それは結局のところそれを行使するだけの魔力を持つものがいないためである。術式の理論は存在しても、それを支える魔力がなければただの理屈でしかない。

「さて、頃合いかの」

 詠唱が完成し、その手に持つ杖に光が宿る。

 生み出された落とし子たちは、迷宮内とは思えぬ広大な空間を埋め尽くすように生まれ、進み始めている。そして、凶神はさらに子を産み続けていた。

「射線を開けよ、騎士たちよ」

 その言葉にファランドとオーレリアが左右に分かれた。

「極大魔法、破壊の光槌。潰し、砕け!」

 杖の先に灯った光はやがてその光量を増し、奔流となって落とし子たちに襲い掛かった。

 光そのものに意志があるように、次々と落とし子を砕き潰し邪神へと到達する。女性の姿をした邪神は軽く右手を振ると光の奔流を弾く結界を編み出した。

「これで終わると思っていたのだがの。流石にそううまい話はないか」

 ラムサスはそう呟いて後方に下がる。

「だが、道は開いた。次は!」

 アラタが叫ぶ。

「そう、こじ開ける!マリア、いくよ!」

 アンナとマリアが同時に飛び出す。ラムサスが開いた邪神への道を閉ざさぬために、アンナは右、マリアは左側に残存する落とし子たちへと襲い掛かった。アンナはその機動力と大剣の破壊力を武器として。マリアはその騎兵の巨躯を武器として。

「俺たちは、彼女らがこじ開けた道を突破し、邪神本体を叩く。本命を叩きこむぞ!」

 ヒロトが叫び、開かれた邪神への道を駆ける。邪神は一声叫ぶとその手の先から何かを撃ち出した。が、素早く最前列へ飛び出したマナがそれを大盾で弾く。弾かれた飛翔体は、天井に叩きつけられ埋まりこむ。そこから蔓草が恐ろしいほどの速度で成長し、一行を絡めとろうとその魔手を伸ばした。

「ふん!」

 ヴォルドレイクがベルトから短剣を抜くなり伸びてくる蔓草の核を狙って投擲した。

「勇者よ、後ろの心配はするな。貴様は《神殺し》とともに邪神を止めるのだ」

 そういいながら、彼は魔剣【神喰い】を抜き放った。その魔剣を見て、一瞬《神殺し》が怪訝な表情を浮かべたが、すぐに邪神へと向き直ったため誰もそれに気が付かなかった。



 邪神は、その時あることに気づいた。

 ああ、そこにいたのね。

 私の……


 まるで、何かを招くように、邪神は妖艶な笑みを浮かべ、伸ばした手を……

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