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決戦に向けて

 どのくらいの時間、迷宮内にいるのか、既に数えるのをやめてしまった。

 探索はあまり得意ではない。だから、ただ進み続けることが彼のやりかたであった。

 従者は今回連れてきていない。従者たちは、彼のモノを見つけた時に飛ぶためのマーカーでもあるためおいてきた。故に、彼はひとりだった。

 ただ前に進み続ける。彼の後には、滅びのみが続く。その屍の一つ一つが竜に匹敵する力を持つ。それを嬲り、殺し、滅ぼして喰らいつくす。使った力を喰らうことで取戻し、前へ進む。

 この深層に生息する者たちの多くは、異世界に於いて名のある悪魔や魔獣たちである。

 それらを歯牙にもかけず前へ進む。

 神話の時代の戦いがそこにあった。

 彼は知っていた。この戦いの先に彼の望む安息があることを。だからこそ、数千年の長きにわたって蓄えていた神力を纏い、前へ進む。

 その手には黒き呪われた魔剣。

 《神殺し》はただ進み続ける。



「いけません、伯爵。ここには強力な呪いが掛けられています!」

「問題ない。離れているがよい」

 執事の言葉にヴォルドレイクは彼を押しのけることで答えた。接収した《神殺し》の邸宅の宝物庫の前で、ヴォルドレイクと彼に従う見慣れぬ黒衣の魔道師はその扉に手をかけた。

 黒衣の男の聞きなれぬ呪文に扉全体が淡く光る。

「エンドルフ師、いかがですか?」

「確かに強力な呪法で守られておるな。じゃが、問題はない。強大な魔力の力技での封印にすぎぬ」

 エンドルフと呼ばれた魔道師は複雑な印を結び、掛けられた封印の綻びに楔を打ち込むための魔法を展開する。

「いかに強力な封印であれ、かように綻びがあれば我に解けぬ道理はない」

 いうなれば、この封印は何トンもある巨石を扉の前に置いて開けられぬようにしたようなものだ。だが、優秀な石工ならば、その巨石を切り取り、砕くことは不可能ではない。

 力任せの封印を解くことなどエンドルフと呼ばれた男にはさほどの問題ではない。もちろん、けた外れの力である以上時間と技術と労力をようすることは間違いないのだが、元来封印を解くという行為はそういうものである。

 どのくらいの時間を要したであろうか。

 エンドルフはゆっくりと顔を上げ、得意げにお辞儀をした。

「お待たせしました、卿。お望みのものはございますかな?」

 そして、そのまま動かなくなる。

 石化の呪い。

「愚かな。油断したところに罠を仕掛けるのは常套だろうに」

 憐れみを込めたヴォルドレイクの目。だが、もはやエンドルフに後悔する機会はない。


 宝物庫の中には驚くほどの量の財宝が無造作に置かれていた。それもそうであろう。《神殺し》は現在知られている地上の者としては最強の存在である。そんな存在が何百年と迷宮に挑んでいるのだ。この程度の財産など予想してしかるべきであろう。

 だが、ヴォルドレイクはそんな財宝を後目にさらに奥の部屋を目指す。

 《神殺し》が迷宮から持ち帰った秘宝は多い。その中には金に換えられないような代物や世に出すことを憚られるような禁断の品も多いはずである。

 ヴォルドレイクはいくつかの呪符を取り出すとそこに込められた防御術式を作動させる。それは強大な力を持つが、あまりに高価な使い捨てアイテムであった。

 そして、目的のものを見出すと、ゆっくりとそれを手にした。

【神食い】と呼ばれる魔剣を。



「でりゃぁぁ!」

 驚異的なスピードで繰り出される鋼鉄の拳は、ミノタウロスの頭部を吹き飛ばす。機械的にサポートされたアンナの戦闘力は極めて高く、そのスピードは簡単に捉えられるものではない。

 深層へと足を踏み入れてはいるが、アンナとマリアの戦闘能力はまだまだ余裕がある。

 そんな彼女たちにも悩みがあった。それは、彼女らの力に耐えられる武器がないことである。何度か市販されている長剣や大剣を用いたこともあるが、彼女らの、正確には彼女らの機械補助された戦闘力に耐えきれず使い物にならなくなった。

 武器がなくとも彼女らの戦闘力は並の勇者よりはるかに高い。特に、マリアの騎兵は異界の邪神の力を取り込んだことで従来の弱点であった反射速度が大幅に改善されている。また、アンナの機動歩兵もまた、その驚異的な速度から繰り出される拳や蹴りは強大なモンスターでも一撃で葬る破壊力を持つ。

 だが、リーチの短さと彼女らの持つ破壊力はうら若い女性である彼女らにとって無視できない悩みがあったのだ。

 それは、返り血などの汚れである。どれだけ反応速度が上がっても、飛び散る飛沫を躱すことは難しい。中にはひどい臭気を持つものや毒素を持つものもある。彼女らの装備の装甲は特殊なものなので腐食等は起こらないのだが、悪臭は敵を呼び寄せ毒は装甲の隙間からしみ込み彼女らの肌を焼くのだ。

 なによりその不快感は女性である彼女らにとっては何よりの敵であった。もちろん、彼女らは元の世界でも戦士であり、危急の時にそのような些事を気にするものではなかったが、長期にわたり迷宮内で活動する彼女らにとってはなかなかに耐えられるものではない。毒に関してはリリーナの治療で事なきを得たのだが、臭気に関しては今のところ対応の方法がない。

 何より、臭気で鼻がやられてしまえばそれだけ警戒能力も落ちるし、なにより食事がまずくなる。

 また、マリアにせよアンナにせよ、本来はその機体性能に見合うほどの大剣を使用した戦いが専門だ。さらに言えば、高威力の銃器も使用したいところだが、残念ながらそういった武器は彼女らの船とともに封印されているし、たとえ手の中にあったとしても弾薬の補充が出来ない以上使い物にならない。


 着実な攻略を進めるアラタたちのチームはその堅実さから次第にその他のパーティとの差を詰めている。単身最も深い層を歩む《神殺し》や、その位置を秘匿する闇神の勇者リオネルの動向は不明だが、その他の勇者、すなわち帝国の勇者ヒロト、大導師ラムサス、聖女イリーナの一行とは少しずつ距離を詰めてきている。以前迷宮に挑んでいたラムサスはかなりの深層にいるし余裕もあるが、打撃力に劣るイリーナ、そもそも勇者として最も若いヒロトは進軍速度が大分鈍ってきている。

「何だかんだで、あたしたちって結構稼いでいるわね」

 アンナがちょっとした休憩の間にそうこぼした。アラタとリリーナというトップクラスの鑑定士がいるため、素材の採取や漂着物の管理が容易なこともあり、探索者本来の活動としてはかなりの稼ぎになっている。それは、ひと財産といってもいいレベルの稼ぎであった。

「しかし、あの場でアンナとかち合ったのは驚いたな」

「可能性で言えば、起こり得るとは思うけどね」

 マリアとアンナはそれぞれ独自に武器商をまわり、ほぼ同時期に偏屈だが腕のいい鍛冶師を紹介されていた。二人はそれぞれ自分が理想とする武器の図面を引き、その鍛冶師の所へ持ち込んだのだが、ばったりとその場で出くわしたのである。

 偏屈な鍛冶師……北方に住むドワーフ族の男だったが、彼はその様子を見て大笑いし二人の依頼を引き受けたのであった。

 彼女らが求めたのは、剣である。どちらもほぼ同じサイズで、剣身が3メートルにもなろうかという肉厚の大剣である。もっとも、動力甲冑とでも言うべきアンナの装備に合わせれば大剣であり、全高6メートルの騎兵にとって小剣であるのだが。

 どちらも肉厚で刃などないに等しかった。切るための武器ではなく、叩き割るための武器である。

「まあいい、アラタ。今回の探索が終わったらしばらく休みにしてくれないか。数日中にわたしらの武器が出来上がるはずなんだ」

 アンナが提案する。もちろんアラタに異存はなかった。探索は極めて体力を消耗するものであり、一度の探索の後、しばらく休養をとるのは基本である。今回のように異界の存在の討伐という理由がなければ、少なくとも数日休みに充てるのは普通である。アラタたちのレベルでの稼ぎを叩きだすなら、一月はゆうに休養を取ってもおかしくはないのだ。

 さらに探索を続け、深層への入り口を発見して深層へ下ったところで、今回の探索を終えることになる。



 荷車に乗せられてきた二振りの大剣は、周囲の者の度肝を抜くことになった。

 何しろ、刃の部分だけでも優に2メートルを超す大きさなうえに、重量を増すために肉厚で鉄塊とでも言うべき代物だったのだから。並の剣の30倍以上の重量があるはずであった。力自慢の男ならば持ち上げることは困難ではない。だが、柄を握り構えることは不可能である。

 もちろん、マリアの騎兵にとっては小剣ともいうべき大きさにすぎないため、それほどのインパクトはないのだが、アンナの等身大の強化装甲にその剣は大きく不釣り合いに見えた。

 武器の選定には当然その扱いやすさというものが重要なファクターとなってくる。特に重量武器にその傾向は強い。意外に思われるかもしれないが、長柄武器と呼ばれる一群の武器は実は非常にバランスがとりやすい。持ち手の位置によって武器のバランスを調整できるためである。

 剣もまた本来扱いやすいバランスで構成されているのだが、それは使い手の体重と剣の重量のバランスによるものでもある。今回作らせた剣のように大きすぎる場合、構えを取った時点で剣の重量が、使い手全体のバランスを崩してしまう。剣をふるうための腕力があればそれでいいというわけではないのだ。


「おー、すごいっすねー。さすがのわたしも、ここまで尖った武器を見るのはひさしぶりっす」

 呑気な声が上がったのは、その剣を二人が受領した直後のことであった。

 《神殺し》の使徒、マナである。

「お久しぶりっす。ご主人の命令で、アラタ様の一行に御一緒させていただくっすけど、よろしいですか?」

 マナはその背中に大盾を背負ったまま深くお辞儀をする。二人の大剣も大概な代物だが、マナの背負う盾もまた規格外である。

「勝手に決めるなよ。あんた、御主人とやらと一緒じゃなかったのかい?」

 マリアが尋ねる。マナは悪びれずに笑顔のまま答えた。

「いやー、今回同行者の選抜に落ちてしまいまして。ご主人は、メイド長のアリシア様がご一緒されてまして、何ともうらやましい限りっす。まあ、メイド長に比べれば、わたしなんぞ新参もいいところっすから、何も言えないんですけどね」

 あっけらかんとした態度に、毒気を抜かれたマリアらは困ったような顔でアラタを見た。

 なんだかんだ言っても、このパーティの決定権は常にアラタにある。

「なぜ、僕らと同行するんです?」

「えーっと、目的自体は二つあってですね。一つは、単純にアラタ様の護衛を仰せつかったんっすよ。アラタ様の力は必ず近い将来必要になるそうですから」

「で?もう一つは?」

「まあ、ご主人が転移するための目印にわたし自身がなってるってことっす。アラタ様が敵の本拠地を突き止めた場合、ご主人が駆けつけるのは普通の方法では無理っすから」

 アラタは少し考えた後、さらに尋ねる。

「他の勇者たちが見つけた場合どうするの?彼らの所にも、マナさんの同僚とかがいるんですか?」

「それはないっす。ご主人曰く、アラタ様が見つけるのだそうです。何でかは私ごときには知らされてないっすけど、とにかく、見つけるのはアラタ様、とのことっす」

 アラタは改めて訊き返そうとするが、その表情からマナ自身がその理由を理解していないのが見て取れたのか言葉を飲み込んだ。

「わかりました。では次の探索から同行をお願いします。ところで、《神殺し》は今どのくらいの階層に?」

「分からないっすね。ご主人は敵の探索能力を警戒して自らの位置を隠蔽していますから。とはいえ、探索者の中で最も深く入り込んでいることは間違いないので、遭遇することはないとおもうっす]

「しかし、迷宮内は転移は原則として封じられているはずなのでは?」

「アラタ様、忘れては困るっす。ご主人は《神殺し》、存在のレベルとしては神々に匹敵する格を備えているっす。もちろん、迷宮を管理する神々の承認、というか黙認があれば、限定的に転移が可能になってるっすよ。勝手な話っすよねぇ。自分らの手は汚さずにご主人にばかり罪を押し付けるなんて」

 マナは肩をすくめながらぼやいた。

「ま、なんにせよこれからよろしくっす。このマナがいる限りはアラタ様の身の安全は保障されたも同然っすからね」



 そして、時は流れ……満ちる。

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