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深層へ

 アーティナル迷宮において、10層を越したあたりから殆ど他の探索者と出会うことがなくなる。危険度が格段に跳ね上がるためだ。

 10層を超えて探索できる者たちは、それだけで尊敬を集めることが出来る。探索者として、冒険者としての一流に分類される猛者として扱われるためだ。

 バランスのとれた熟練の探索者ならば、20層までは攻略が出来るとは言われているが、実際にはこの10~20層での未帰還が最も多い。その実力が一流だと知られた探索者たちでも、ちょっとした油断や事故から未帰還となることは決して少なくはないし、背伸びした中堅探索者が行方不明となるケースも多い。

 そんな危険な12層にアラタはいた。

 あの『片羽』騒動から半年、アラタは探索者として迷宮にいる。



 今、迷宮の深層を探索するチームは両手の指で数えられるほどしかいない。


 まず名前が上がるのが、《神殺し》一党であろう。《神殺し》単体でも他のチームよりも深層へと到達できる実力を持つ上、彼の加護を受けた使徒たちもまた一騎当千の猛者揃いである。彼らは間違いなく【イル=レアナ】最強のパーティの一つであろう。『片羽』騒動の黒幕に対する切り札ともいえる一党である。

 今回の事変の黒幕と予想されている黒い触手の邪神を現在の【イル=レアナ】神話に組み込むことに失敗した場合、彼らが邪神を始末することになる。


 次いで名が上がるのが、南方のヴァース聖王国から迷宮都市入りした今代の聖女イリーナ一行。

 地母神メルティナの加護を最も強く受けた女性が聖女と呼ばれ、ヴァース聖王国の神権代行者となる。今代の聖女は既婚者であり二人の子を持つ母親でもある。邪神顕現の神託を受け、夫であり彼女の守護騎士でもあるファランド・イル・アブドゥエラ伯爵を中心とする聖女親衛隊。


 聖女一行と同じくらいの知名度を誇るのが、西方、ミロンド魔道国家連合に名高い《大導師》ラムサスとその高弟たちだろう。特に、《大導師》ラムサスは30年ほど前に起こった魔王漂着事件に於いて知識神ナージアの勇者として参戦、《神殺し》を出し抜いてこれの討伐に成功している。その高弟たちもまた、魔道の世界では名を知られた賢者たちである。


 人気、という面で言えば、暗黒神アトリネアスの勇者リオネルが筆頭にあがるかもしれない。迷宮都市に居を構える故に、彼は迷宮都市アーティナルの勇者として認知されていること、そして既に齢50を数えるはずなのに、20代前半の美貌を保ち続ける漆黒の勇者。特に女性にファンが多く、彼が都市部に帰還した際は黄色い悲鳴が絶えないとも言われている。もっとも、彼は夜の闇にまぎれることに長けているため、彼を見つけることが出来る者は稀なのだが。


 次いで、大分知名度も人気も劣るが、穴馬人気と言おうか、博打好きの一押しともいえるのが、帝国の勇者ヒロト一行である。なにしろヒロトには実績がないし、他の勇者と比べても突出した能力もない。彼の最大の力は、若さでありそこから生まれる伸び代である。とはいえ、この半年で少しずつ知名度も上がってきている。20層の踏破を確認された時点で、若い冒険者や探索者の間で人気が高まり始めている。もっとも、ヒロトの悪癖のためか、女性人気はすこぶる悪い。

 だが、《竜殺し》ヴォルドレイクが回復し、このパーティに参加することを宣言した時点で一気に知名度が上がっている。隻眼隻腕となったとはいえ、ヴォルドレイクの参戦はヒロト一行の名声に直結したのである。


 そして大穴中の大穴、賭ける者すらいないのが、アラタたちである。戦力的には、アンナとマリアの異世界人の機動兵コンビが一手に引き受けており、それなりの物を持っている。また、アラタの保護者でもあるナージアの高司祭リリーナが参加していて、神聖系魔法も充実している。もしもリーダーがアラタではなくリリーナだったならば、もっとましな評価にはなっていたかもしれないが、あいにくとこのパーティのリーダーはアラタである。鑑定士としては名前も知られ始めてはいたが、探索者としての実績はないに等しい。

 アラタたちのパーティはその特異性から各討伐隊の補佐に回るのだろうというのが事情通の読みである。



「ふう、さすがに難易度が上がったわね」

 モンスターの群れを排除し、アンナがつぶやいた。戦闘面では全く問題はなかったが、10層を超えてからのモンスター密度が上がったのが感じられて疲労につながってくる。

「騎兵が目立つからな」

 半ばあきらめたようにマリアが騎兵のハッチから顔を出しながら言う。

「とはいえ、主力だから手放す選択肢はないしな。まあこの迷宮が、あたしたちがイメージするものと違って騎兵が当たり前に入れることは助かるけどね」

「ですが同時にそれは、この巨人よりも巨大な魔物の生息を許すという事でもあるのですけどね」

 そう答えたのはリリーナである。このパーティの中で最も落ち着いている人物でもある。

 意外なのは、知識神ナージアの高位司祭である彼女が盗賊系技能に通じていたことであろう。被保護者であるアラタも初めて知った事実だった。彼女に聞いても、「年の功というやつですよ」と笑うだけで曖昧にしか答えてもらえなかったが。

「この階層クラスならば特に問題ではないが、先行するという考えはないのかい?」

 マリアの問いにアラタは苦笑しながら答える。

「僕らはこの邪神動乱に於いては主役じゃない。主要登場人物ではあると思うけどね。そもそも、マリアやアンナみたいに強力な兵器を持ってるわけでもないし経験も足りない僕が深層へ進みすぎても何かの事故でコロッと死ぬこともあるだろうからね。神狼から分与された力に馴染む時間も欲しい」

 迷宮都市のほとんどの者が知らぬ事実ではあるが、アラタは今や準神格者とも言える立場である。神狼フェリシアの神権代行者として迷宮に挑んでいる。その使命はこの邪神動乱の解決。その為にフェリシアとの間に神力の回廊を維持している。また、その神力をベースに強力な防御結界を張ることが出来るようになっている。

 おそらくはフェリシアの神聖魔法も使えるはずだが、さすがにそれをやることは躊躇われた。同性の中でも躊躇われるあの恰好を異性……それも、年頃の魅力的な女性二人と、保護者の前でやるのは普通の感性を持ったアラタにはムリだったのだ。

「驚いたのは、リリーナさんが【異能】持ちだったことですよ。それも迷宮に特化した力を」

 そう、リリーナが持っていた【異能】は、迷宮内の神力を分与された存在がどの階層にいるかを把握できるというものであった。

 もっとも、それはいくつかの制限がある。

 リリーナ本人が直接彼らと面識があること。

 リリーナ本人が迷宮内にいること。

 そして、リリーナ本人が到達したことがある階層にいること。

 あまりに出来すぎた能力だとは思ったが、事実である以上その能力は認めなくてはならない。

 そして、その【異能】により、《神殺し》以外の勇者たちの存在は確認している。おそらくは、《神殺し》はリリーナが未到達の階層にいるのだろう。

「あんたが焦ってないならそれでいいんだよ、あたしらはあんたを助けることに決めたんだから」

 マリアはそういうと軽やかに鬼神の操縦席から降りてくる。アラタが防衛結界を引いたことを確認したためである。アラタの、というよりもフェリシアの結界は強力で、一定範囲内の認識を狂わせる代物である。強固な意志があれば抜けることはできるのだろうが、明確な確信がなければほぼ確実にこの結界に囚われアラタたちの目の前を通っても気付かないだろう。

「だけど、先行してる連中がヤツを発見した場合、あたしたちがそこへ行けないってことはないの?」

 アンナの問い。

「それはないわ。そういうことになっているのよ。おそらくその邪神の存在は隠されている。それを引っ張り出すにはアラタの目の力が必要となるわ」

「まて、なぜそう断言できる」

 アンナがリリーナの答えにかみついた。

「そうだな、そこんとこ聞かせてほしいな」

 マリアもそう言いつつリリーナの前に立った。

「ふぅん?なかなか静かな殺気を放つじゃないの。でもね、お嬢ちゃん程度の殺気でどうこうなるものではないわよ。潜ってきた修羅場が違うの」

 そう告げたリリーナから突如殺気が放たれる。まるで物理的圧力があるかのような殺気だ。

「恫喝したいならこの程度は最低出せるようになさいな」

 殺気に押され一歩さがったマリアにリリーナは告げた。と同時に、纏った殺気が霧散する。

「まあ、いいわ。話してあげます。わたしもまた、役割を与えられたものというだけです。アラタや《神殺し》と同様にね。アラタ、わたしがどういう存在なのか当ててみなさい」

 リリーナはアラタに向き直る。

「なんなら、目を使っても構いませんよ」

 リリーナの問い。その目には今までになかった力があふれている。

「使命とは、いずれかの神に与えられたものですか」

「ナージアの高司祭に命令を与えることが出来るものはそういませんよ」

「リリーナさんが迷宮都市に初めて来たのはいつですか」

「アラタ、女性はいくつになっても歳は秘匿したいものですよ」

 艶然と微笑む。

「リリーナさんは、本気で戦ったらどのくらいの強さなのですか?」

「さて、どのくらいなのでしょうか。《神殺し》とやり合った頃以来ですかね?まあ、彼は覚えてないでしょうけど」

 リリーナとアラタの会話を、マリアとアンナはただ聞いているだけだった。何を指しているのかが分からない。

「わかっているのでしょう?確信しているのでしょう?」

 アラタは頭を二度三度振って、雑念を追いやる。



「神格者……なんですね。それも高位の。街の老人が言っていました。あなたは、彼が出会ったころからまるで変わっていないと。あなたはいずれかの神から力を分与された神格者なんだ」

「そこで、ナージアの、と言わないあたりなかなか慎重なのね。そう、私は神格を得ている。《神殺し》とあなたを出会わせたのもわたし。わたしは名も忘れられ消失した神に使命を受けし者。神々の作りし絵巻を守る者。そして永劫の苦悩の中にある存在の願いをかなえる者」

 歌う様に告げる。

「無理に考える必要はありませんよ。私は私の目的の為に行動していますが、その目的に反しない限り私はあなたたちの味方です。そして、私の目的はあなた方の帰還の後にありますから、私があなた方と敵対することはありませんよ」

 マリアとアンナに向かってそう告げる。

「それを信じろと?」

「信じる必要はないわ。ただ、私を利用しなさいという事よ。それに、あなたたちをここに縛り付けている呪縛の根源であるあの邪神を退ける事が出来れば、私は私の名において、あなたたちのお仲間に掛けられた呪いを払ってさしあげましょう」

 しばらく考えた後で、アンナが口を開く。

「仲間を先に助けることはできないのか?」

「それは難しいですね。彼らはその魂が汚染されています。まずはその汚染の大元を絶たねばなりません」

 こともなげに言うリリーナ。彼女は彼らの状態を完全に把握していることを隠そうともしていない。

「だいたい、なんであの触手野郎はあたしらを襲ったんだ?まあ、あたしがやられたのは奴の下僕にするためだったのは確かだろうが」

「単純な話ですよ。彼……彼女かもしれませんが、あの触手の邪神はそういった端末を通じて自らをより浅い層に召喚させるための儀式を行わせるつもりだったのですよ。事実、あなたたちのお仲間や探索者が保護される前に、召喚の儀式が行われていました。もっとも、神を顕現させるほど上等な生贄を用意できなかったため、実験的に、より高位の端末を召喚しています。それが……」

 そこでリリーナがアラタを見る。

「『片羽』、ですか。ですが、『片羽』が漂着したのは彼らを保護した層よりも深いところでしたよ?」

「儀式が完成する前に、《神殺し》とあなたたちが突入したことで、不完全なものとなったのでしょう。そして、『片羽』もまた、生贄を呼び寄せるために罠を張ったのです」

「だけど、リリーナ。『片羽』との戦いで多くの帝国兵が命を落としているわ。その邪神とやらは召喚されていないのはなぜ?」

 アンナの問いにリリーナはしばらく考えた後、

「当人にしかわからない事情があるでしょうが、《神殺し》や邪神に対抗できる存在を感知したのかもしれませんね。生贄を召喚の儀式に使うのではなく、邪神自身の強化のために使ったのかもしれません」

「どちらにせよ、厄介なことだ。だが、それはあんたが裏切らないという保証にはなっていないぜ?」

 問い詰めるマリアにリリーナは困ったような顔を向けた。

「では、誓いましょう。これは、神の名を用いた誓い。その名も永劫の彼方へと失われた大いなる存在の代行者、リリーナ・アジ・アルフィーニアの名に於いて、宣言する。異界の徒たるアンナマリーとマリアンナの両名に対し、リリーナは如何なる害もなすことは許されぬ。この誓い破りし時、相応の贄を世界へと捧げよう」

 その後、難解な神聖言語でその誓いを読み上げる。

「これで私はあなたたちに害を咥えることはできません。たとえば……」

 そう言ってリリーナは軽くマリアの頬を叩いた。

「おい、何をする」

 はたかれた頬をさすりながらリリーナを見たマリアは、ふと違和感を感じた。

「あら、指一本くらいは覚悟していたのですが、あの程度ならそこまでにはならないということですか」

 違和感の正体は、リリーナの髪だった。腰まで流れていた美しいブロンドは色褪せ、その長さも肩口で乱雑に引きちぎられたようになっていた。

「お、おい。それはいったい」

 その問いにリリーナは曖昧な笑みを浮かべていた。

「気にする必要はありません。こういっては何ですが、私もあなたたちを利用しています。わたしの目的のためにはあの邪神の排除が必要です。そして、それにはあなたたちの力も必要となるから。だから、あなたたちはあなたたちの目的の為に私を利用しなさい」

 重い空気。

 不自然なまでの静寂。

「……わかったわ。利用できるものは利用する。わたしたちはずっとそうしてきたし、これからもそうするしかないのだと思う。だからあなたをとことん利用しつくしてあげる。後悔しないことね」

 アンナがそう告げると、リリーナは優しげな瞳で彼女らを見た後、そっと目を閉じた。


「もうすぐです。もうすぐ、今回こそ、あなたを解放してさしあげます。心安らかにおまちください」

 そうつぶやいたリリーナの言葉は、なぜか誰も聞き取ることはできなかった。

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